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記されざる真実

9話を少し修正しています。

物語にそこまで大きく関りはありません。

 焚き火の音が静かに夜を彩っていた。ぱち、と薪が爆ぜるたびに、三人の間を包む空気が揺れる。


 男——フードを被った旅人は、炎の向こうでじっと二人を見つめていた。

 フィオナの左目に浮かぶ魔眼の光に、男の目が細くなる。


「やはり、“第七”か……随分と久しいものを見た」


 男のつぶやきに、フィオナの肩がぴくりと震えた。リュカは反射的に身を乗り出す。


「第七……って、フィオナの魔眼のことですか?」


 男は答えず、視線を焚き火へ落とす。

 その横顔には、冷たい静けさと、どこか過去に触れるような哀しみが混ざっていた。


「語ろう。君たちが“それ”を持っているのならば、避けては通れぬ話だ」


 そう言って、男は語り始めた。


 ⸻


「かつて、この世界には九つの大陸があった。海を隔てて遠く離れ、それぞれに独自の文化と理を築いていた」


 男の声は低く、乾いた風のようだった。


「その九つの大陸に、ぽつぽつと“魔眼”と呼ばれる特殊な目を持つ者が現れ始めた。選ばれた者たちの眼に、異形の光が灯った。まるで、空の裂け目から落ちてきたかのようにな」


 リュカは息を呑んだ。

 フィオナも目を見開き、無意識に自らの眼に触れていた。


「魔眼は、それぞれ異なる力を持っていた。あるものは死を見、あるものは未来を、あるものは幻を操り、またあるものは――」


 男の視線が、フィオナの眼に戻る。


「過去を映した。“第七の魔眼”……君の眼は、そう呼ばれていた」


 フィオナは震えた指先を胸元で握りしめた。


「なぜ……そんなことを……」


「私は“記録を継ぐ者”だ。魔眼にまつわる歴史、戦争、継承者たちの足跡を追っている」


「戦争……?」


 リュカが眉をひそめる。


「そうだ。魔眼は当初、世界に知をもたらす奇跡として扱われた。しかし、やがて気づかれる。魔眼の力は、“互いに干渉し合う”ことができる、と」


 男の手が、地面に置かれた石を指した。


「例えば、真実を映す眼があれば、それを幻で上書きする眼もある。死を視る者がいれば、それを癒す者もいる。未来を視る者がいれば、因果を操作する者が現れる……そして、封じる者。破壊する者」


 焚き火の灯が、男の影を壁のように伸ばす。


「均衡だった。力は拮抗し、互いに牽制することで世界は保たれていた。……だが、それも、長くは続かなかった」


 男の語り口に変化はない。それでも、そこにひそむ哀しみは濃くなっていた。


「ある時代、すべての魔眼が一度に揃った。各地の継承者が生まれ、ある者は王に仕え、ある者は宗教を導いた。そしてある者は、他を屈服させようとした」


 フィオナが声を失い、リュカが拳を握る。


「……魔眼戦争。それが、この世界を覆った時代の名だ。魔眼を持つ者たちは、互いの力を恐れ、欲し、憎んだ。ついには力が暴走し、九つあった大陸のうち五つが、地図から消えた」


 焚き火の火が、ふ、と揺れる。風が通ったのだろうか。それとも——言葉の重みに、空気が動いたのか。


「力の暴走によって滅びた大陸。その一つ、フォルダナは“視られただけで崩壊した”という伝承が残っている。……破壊の魔眼だ。滅眼とも呼ばれた」


 リュカとフィオナが同時に息をのむ。男は目を伏せた。


「大陸が滅び、戦争が終わったが、魔眼は生きている。宿主を失えば、新たな器を探す。ただ、目覚めぬまま、どこかに潜んでいるだけだ」


「じゃあ……」


 フィオナがかすれた声で言う。


「この眼も、誰かのものだったんですか……?」


 男は一瞬、言葉を飲み込んだように黙った。そして、静かに答える。


「記録には、君の眼の“前の持ち主”の名も残っている。ただし、その者は……最も記録が少ない継承者の一人だった。自らを記すことを、拒んだかのように」


 リュカはフィオナを横目に見た。彼女は、自分の眼を恐れていた。それでも、この場に座り、真実を聞こうとしている。


(……すごいな、フィオナは)


 その時、男の瞳がリュカへ向いた。


「君は、“アーク”の名を持つ者だったな」


 リュカが小さく頷く。


「はい。リュカ=アーク、それが僕の名です」


「……それは、興味深い」


 男は、薄く目を細めた。


「アークという名は、魔眼とは異なる文脈で、古い記録にのみ登場する。

 かつて“魔眼に寄り添う者たち”がいた。彼らは力を持たず、ただ継承者の傍にいた。争うでも、封じるでもなく。……人々は彼らを、“箱舟(アーク)”と呼んだ」


 リュカの目が揺れた。


「方舟……?」


 男は、淡く笑ったように見えた。


「すべてを背負い、沈まぬように運ぶ者。継承者たちが目に囚われた時、彼らを信じ、支えた者たちだ。

 そしてその名は、記録の中で、ひとつだけ残っている。“アーク”——未来を運ぶ器、とな」


 リュカは自分の膝を見つめたまま、しばらく黙っていた。

 “アーク”という名に、そんな意味があったなんて——。


「未来を運ぶ器……」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、どこか現実味がなかった。

 自分の姓が、そんな大それたものだったとは思いもしなかったのだ。


 老人は火を見つめながら、静かに続きを語り出す。


「“方舟アーク”と呼ばれた者たちは、戦わなかった。

 ただ傍にいた。

 争う魔眼継承者たちの中で、唯一“力を持たない存在”だったからだ」


「じゃあ、どうして……そんな人たちが伝説に?」


 リュカの問いに、老人は言葉を選ぶように目を閉じた。


「継承者たちが壊したのは、世界だけではない。互いの信頼も、尊厳も、名も……何もかもが瓦礫に埋もれた。

 方舟は守ろうとした。だが、守るには、あまりに非力だった」


 老人の声には、どこか痛みがにじんでいた。


「……記録を継ぐ私でさえ、方舟たちの名を完全にたどることはできなかった。

 それほどまでに、彼らは記録から消された。だが、一つだけ名が残っていた。“アーク”の名だ」


 フィオナが静かに顔を上げた。


「それって……リュカが、その一族の……?」


 老人は頷かない。だが否定もしなかった。


「私は確かめる者ではない。ただ、記録を残す者だ。

 だが君の在り方には、どこか——似ているものを感じる。

 “誰かを守ろうとする意志”。それは力によらずとも、継がれていくものだ」


 リュカはしばらく言葉を失った。


 “守る”という言葉が、胸の奥で深く響く。

 フィオナを助けたあの日も、魔物に傷ついた村人を救った時も、ただそれだけを思っていた。

 でも、それが“誰かから受け継がれた意志”かもしれないなんて——。

 いや……違う。あの日あの瞬間に抱いた想いは、確かに自分の意志だった。そんな確証がリュカの心にはあった。


「僕は……特別なんかじゃないですよ」


 ようやく絞り出した言葉は、自分でも驚くほど小さかった。


「誰かを守りたいって思ってるだけで……他の人に比べたら、全然強くないし……。

 でも、もしその名前が、本当にそんな意味を持ってるなら——僕は、誇りに思います」


 老人がふっと微笑んだ。


「それでいい。君が選んだならば、それが“意味”になり、意志になる。

 “アーク”の名とは、そういうものなのだ。自ら選び、歩む者が持つ器……。

 魔眼が過去を記録するなら、君たちは未来を紡ぐためにある」


 フィオナは、その言葉を聞いて微かに息をついた。


「未来を……」


 彼女の魔眼は、過去しか映さない。

 忘れられない光景、手に入らなかった温もり、取り戻せない時間。

 けれど、リュカの言葉はいつも、前を向いていた。


 ふと、フィオナは自分の左目をそっと指先で触れた。


「もし……この眼が、争いを起こすとしても、今は……私のものです。私はこの眼でリュカを、色んな人を助けた。そう思っても、いいですか?」


 リュカがまっすぐ頷く。


「うん。俺はそう思う。フィオナの眼に、僕は何度も助けられた。だから……ありがとう」


 その一言に、フィオナの胸が熱くなった。


(この人は、本当に……)


 老人は立ち上がった。焚き火の灯りに、長い影が伸びる。


「これを」


 彼は腰の袋から、何かを取り出した。小さな石板。

 古びた文字が、魔眼の形を模した紋様と共に刻まれている。


「“魔眼の記録”の一片だ。魔眼についてもっと知るのならば、“灰の塔”に向かうといいだろう」


 リュカが受け取り、じっと見つめる。


「僕たちの旅が……これで、次の一歩に進める気がします」


「旅は進むべきだ。過去を知ったなら、なおのこと」


 老人はフードを深く被り直した。


「“第七”が目覚め、“方舟”が歩き出す。記録されぬ物語が、またひとつ始まったのかもしれんな……」


 そう呟き、彼は森の奥へと消えていった。


 夜風が吹き、焚き火がぱち、と爆ぜる。

 リュカとフィオナは、それぞれに胸の中で何かを噛みしめていた。


 沈黙のあと、リュカが言った。


「僕……やっぱり、フィオナとこの旅を続けたい。誰かを助けるために。それが自分にできることなら、きっと意味があると思うから」


 フィオナは小さく笑って、頷いた。


「うん。……一緒に、行こう」


 夜が更けていく。

 だがその心には、確かな光が灯っていた。

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