第九章 裏側のヴェールを剥ぐ
"【現実】
【聖暦741年6月17日18時45分】
【評価:戦闘! 快感!】
【自分より強い成人男性二人と準超越者を連続で撃破。背水の陣を敷き、相手の不意を突いたことで、自分でも想像しえなかった力を爆発させましたね!】
【受け取るがいい。これはあなたの活躍に相応しい褒美だ】
【報酬:運命ポイント×20、【先見の視界 Lv.1】、【冷静思考 Lv.1】
【運命ポイント:24】
「はっ――」
ボロボロの鉄製ベッドの上で、赤髪の少女が悪夢で窒息したかのように、勢いよく身を起こした。胸を押さえ、大きく息をつき始める。
シャルルは貪るように新鮮な空気を吸い込み、先程までの冷たい窒息感からゆっくりと抜け出していった。
以前の即死と比べて、【死線返し】を使った後の、体温と思考が少しずつ失われていくあの感覚は、抗いようのない絶望感を伴う。
長くは心を落ち着かせず、シャルルは顔を上げ、目の前で点滅する銀白色の光のスクリーンを見つめた。
「20ポイント……」
獲得した運命ポイントを見て、シャルルはゆっくりと安堵の息をつき、こめかみを揉んだ。
今回のシミュレーションで得たポイントは、前の二回を合わせたよりも倍以上多い。あたしの取った背水の陣の行動は、間違っていなかったようだ。
次のシミュレーションに十分なポイントを確保できたことを確認してから、シャルルはようやく獲得したスキルに視線を移した。
以前に獲得したスキル、【器用さ】も【死線返し】も、どちらもあたしにとって非常に大きな助けになった。
【器用さ】がなければ、以前のあたしの腕前では最初の尾行者すら殺せなかったかもしれない。ましてやその後の戦闘など、論外だ。
そして【死線返し】もまた、あたしに恩恵をもたらした。このスキルで意識を取り戻さなければ、あたしはとっくに相手に喰われていただろうし、あの黒衣の男が持っていた薬瓶やノート、それにあの奇妙な触手を手に入れることもできなかったはずだ。
シャルルが見つめる中、新しい能力の説明が目の前に浮かび上がった。
【先見の視界 Lv.1:パッシブスキル。あらゆる事物の1秒後の状態を視ることができる】
【冷静思考 Lv.1:より極限的な状況下でも冷静な思考を保つことができる】
新たに獲得した二つのスキルを見て、シャルルは小さく頷いた。
これらの獲得スキルは、あたしがシミュレーションの中で見せた行動に基づいている。スキルは直接的、あるいは間接的に、シミュレーション中のあたしの行動と関連しているんだ。
システムが最初に言ったように、最初のシミュレーションで走り回ったから【器用さ】を、初めて死を恐れずに直面したから【死線返し】を得た。
そして、前のシミュレーションでは、どういうわけか黒衣の男があたしを喰らおうとする動きを事前に察知できたから、【先見の視界】を得た。
一方、【冷静思考】は、【器用さ】と同じように、ボーナス的な報酬って感じかな。
新しく得た能力は、どちらもシャルルにとって非常に有用だ。【冷静思考】は、あの黒衣の男の催眠術のような声の影響を減らしてくれるだろうし、【先見の視界】は脅威を事前に回避する助けになる。
シャルルはシステム画面から視線を外し、自分の右手を見た。手を上げようと思った瞬間、既に淡い幻影がわずかに持ち上がっているのが見えた。
その考えを引っ込めると、幻影は霧散し、同時に、車酔いのような軽い眩暈が頭を襲った。
どうやら、このオフにできないパッシブ能力にはまだ慣れていないらしい。時間をかけて少しずつ慣れていくしかないか。
彼女は再びシステム画面に目を向け、今度はショップ画面を開いた。
システムのショップ画面には多くの新しいアイテムが追加されていた。マントなどの衣類の他に、前回のシミュレーションで手に入れたいと思っていた物が見える。
【トマスの日記】
【運命ポイント:1】
【トブンの研究記録】
【運命ポイント:2】
【『アベンジャー』再現薬】
【運命ポイント:100】
【『教唆犯』霊性素材】
【運命ポイント:50】
二冊のノート、黒い霧の入った小瓶、そして霊性素材と呼ばれたあの触手。
「アベンジャー」とは何? 「教唆犯」とは?
さっきの黒衣の男との会話で、彼はあたしを何か「再現儀式」を行っている閣下と勘違いしていたようだ。システムは彼を準超常と言っていた。彼が再現儀式を行っていた人物、ってこと?
次々と疑問がシャルルの頭に浮かぶ。それと共に、激しい眠気が押し寄せてきた。
先程のシミュレーションで、彼女は精神力を大量に消耗した。特に【死線返し】を使った時は、精神力がポンプで吸い上げられるように、とめどなく流れ出ていったのだ。
とはいえ、シミュレーション中のように精神力が完全に枯渇した感覚までではない。シャルルにはまだ他のことをする余力は残っている。ただ、普段より少し気怠いだけだ。
シャルルは確信していた。前回のシミュレーションで、彼女は常人のものではない超常の力に触れた。今の疑問を解決するためには、あの二冊のノートを交換する必要がある。
それは、自分が見たことのない世界をもっと理解するためだ。
シャルルは二冊のノートを交換し、2運命ポイントを消費した。
【【トマスの日記】、【トブンの研究記録】の交換成功。【トブンの研究記録】内の霊的印は除去されました】
【残り運命ポイント:21】
研究記録が日記より1ポイント多いのは、中の霊的印を除去するため、か。
あたしのメモ帳と似たような安っぽいノートと、黒い羊皮で装丁された精巧なノートが、シャルルの手元に出現した。
彼女は見た目が普通の方の日記を脇に置き、一秒考えた後、直接黒い羊皮のノートを開いた。
少し角張った筆跡の一行が、シャルルの目に飛び込んできた。
【再現研究記録――トブン・ファヴァーリ――救世女神教会】
扉頁には他に文字は残されていない。シャルルはページをめくり続けた。
【他の司祭たちのように、私も霊性の記録をつけ始めた。私の苦修を早く終えられることを願って。一介の信徒である私が神の侍者になれるとは思ってもみなかった。私は全身全霊を教会に捧げ、苦修を生活の隅々まで実践するつもりだ。女神よ、私が試練を早く乗り越え、司祭となれるようお守りください】
パラリ。
シャルルはページをめくる。その後は些細な教会の日常ばかりが記録されており、注目すべき点はなかった。やがて、シャルルはあるページで手を止めた。
【ユーリス上級司祭が私の霊性の記録を見て、密かに私を叱責した。高望みするな、と……。だが、私は早く女神に全てを捧げたいのだ。それも間違いだというのか?】
【闇市で人に頼んで、私の筆跡に霊的印を施してもらった。これで誰にも私が何を書いているか見られまい。ただ、印を付けてくれたあの闇商人の、人を見る目は実に不愉快だったが】
ここから、元々はやや緩やかだった筆跡が、硬く強張ったものに変わっていく。シャルルはページをめくり続けた。
【私は他の苦修者たちがやったこと全てを、既にやり遂げた。彼らよりもっと苦しい思いさえしてきた! なのに、なぜまだユーリス上級司祭の認可が得られないのだ!?】
【女神は言われた。我々がより多くの苦痛を背負えば、世の苦痛はそれだけ減る、と。だが私は、他の誰よりも多くを為してきた。なぜ私に再現儀式を行わせてくれないのだ!?】
再現儀式?
シャルルの興味がついに引きつけられた。彼女はさらに数ページめくった。
【ユーリスが大司祭に昇進した。何か緊急事態があったようだ。彼女はついにこの教会から異動になった。新しく来た上級司祭は、いとも容易く私に司祭の試練を通過させた。やはり、私の努力は報われるのだ】
【新任の上級司祭が霊的印の打ち方を教えてくれた。これでようやく、こそこそと霊性の記録を書かずに済む】
ページをめくる。
【苦修士の再現薬を手に入れた。女神に私の成果をお見せする時が来たのだ】
ページをめくる。
【なぜ……失敗した?】
ページ、ページ、ページ。筆跡は日ごとに乱れていき、シャルルにはもう中の文字が判読できなくなり始めていた。
ページをめくる。
【教義が間違っていたのだ……。私の問題ではなかった】
【もし世の苦痛が一定量ならば、他者に苦痛を与える者たちを殺せばいいだけのこと。魔薬には何かが足りない。私は知っている……女神が、女神が私に教えてくださった……新しい道は『アベンジャー』と……】
【彼らは誰も私を理解しない……私は別の場所を見つけ、私の儀式を完成させなければ】"