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第八章 血沸き立つ夜

"なぜ彼女が嗅ぎつけてきた!?

彼女は何も知らぬまま死ぬはずだったのに!


黒衣の男は目の前の少女を見て驚愕していた。元々激しく痛む頭では、少女がいかにしてこの場所を突き止めたのか、全く考えることができなかった。

しかも、あの赤髪の少女は、ブレイドの頭を正確に撃ち抜いた後、なんと銃口を自分自身に向けた……!? こいつはイカれてるのか?


いや……もしイカれていないのなら、もう一つの可能性がある。

このような奇妙な、常人離れした行動をとるのが、狂人でなければ――それは超越者しかありえない。


だが、そんな馬鹿な?

こいつはブレイドが儀式のために選び抜いた生贄だ。何の背景も人脈もない、死んでも誰も気に留めないような存在のはず。彼女がどうやって再現儀式を成し遂げた? 彼女はどのルートを辿ったというのだ?


まさか……これまでの彼女の平凡さも、再現儀式の一環だったとでもいうのか?


少女がゆっくりと自分に近づいてくるのを見て、黒衣の男はこれ以上時間を無駄にできないと悟った。

彼の再現儀式はまだ終わっていない。こんな所で死ぬわけにはいかない!


黒衣の男はもはや躊躇わなかった。ローブの陰に隠れて、直接ローブの中に手を差し込み、あの肉色の触手が入った容器――試験管を握り潰した。

半透明の試験管が砕け、破片が彼の指の皮膚を切り裂く。そして、あの肉色の触手が、まるで虫のように、身をくねらせて彼の傷口へと潜り込もうとしてきた。


「待ってくれ……レディ……いや、閣下!」

「わ、私には、完全な再現儀式の記録と魔薬がある! それを差し上げよう! 私の愚かさに対する、謝罪の印として!」


黒衣の男は赤髪の少女を見上げた。彼の干からびた醜い顔が、再び細かい肉芽によって満たされ始めていた……。


……


地面に倒れて半死半生の黒衣の男を見て、シャルルの心拍数がわずかに上がった。

先ほど黒衣の男が撃たれて倒れた時、ちょうどフードがめくれ、彼の忌まわしく、吐き気を催させるような頭部が露わになったのだ。

痩せこけた頬、たるみきって筋肉と骨を覆いきれていない皮膚、そして頭頂部にある膿疱のような、今も脈打つ肉腫の数々。

一目見ただけで心の底から恐怖が湧き上がり、彼に向かっていた足が自然と止まった。


目の前の、半人半鬼とでもいうべき姿に、シャルルは自分の手にある銃や刃物が、果たして彼に実質的なダメージを与えられるのか、疑い始めていた。


躊躇した、その一瞬。目の前の黒衣の男が、片手で地面を支え、震える声で言った。


「待ってくれ……レディ……いや、閣下!」

「わ、私には、完全な再現儀式の記録と魔薬がある! それを差し上げよう! 私の愚かさに対する、謝罪の印として!」


彼はゆっくりと顔を上げる。黄ばんだ白目と焦点の合わない瞳がシャルルと視線が合った。その瞬間、シャルルは脳が激しく鳴るのを感じた。


「ブレイドは私の再現儀式の生贄に過ぎない。唆した後は、彼一人に行動させていただけだ。まさか、彼が閣下を標的にするとは……」

「この魔薬は、私がブレイドを唆すために使っただけのもの。もし閣下がご入用なら……」

「この魔薬と記録は、閣下のものだ……」


黒衣の男の声がシャルルの脳内に響き渡る。彼女の視界では、全てのものがぼやけた色の塊となり、唯一はっきりと見えるのは、徐々に肉芽に覆われていく黒衣の男の顔だけだった。

シャルルは脳内の囁き声が次第に大きくなり、自分の思考さえも覆い隠していくのを感じた。手足がこわばり始め、四肢の感覚が失われていく。


これは……何の力?

これが……超常の力?


魔薬……記録……再現儀式……唆し……

これらの言葉が、シャルルの脳内で困難に再構成されていく。


彼女の目に映る世界は、次第に色の塊さえも歪み始め、ただあの恐ろしい顔だけが視界の中で点滅し、その点滅の度に、自分との距離を詰めてくる。


ダメ……動かないと……

シャルルの脳内で警鐘が鳴り響く。あの顔が近づくにつれて、彼女は既に恐ろしい幻覚を見ているようだった――肉芽が相手の頬を突き破り、顔から這い出し、逆棘のついた触手で自分の顔を喰らい始める……。


そうだ……スキル……

死線……返し……


シャルルは最後の力を振り絞り、左手でずっとこめかみに当てていたリボルバーの引き金を引いた。


パンッ――!


撃鉄が弾丸の雷管を激しく叩く。黒色火薬が燃焼し、大量の硝煙を纏った弾頭が噴出する。銃口の火花が彼女の耳元の髪を焦がし、弾丸を頭蓋骨の内側へと送り込み、彼女の脳を掻き回した。

その銃声は、彼女の耳元で天地を揺るがす雷鳴のように響き渡り、全ての囁きと耳鳴りは、その轟音の中に消え去った。


脳漿と血が混じり合って頭から噴き出した瞬間、彼女の目の前の全てが正常に戻った。

彼女は見た。あの黒衣の男が、傷口を押さえながら、片足を引きずって自分の方へ歩いてくるのを。

彼の顔では、肉芽が皮膚を突き破ろうともがいている。シャルルは彼の眼球から滲み出る血と、そこから尖った先端を覗かせる、逆棘のついた肉芽さえも見て取れた。


恐怖も苦痛も、シャルルを打ちのめすことはなかった。むしろ彼女は、まるで死人のような、奇妙な冷静さに陥っていた。

彼女は黒衣の男が驚愕する視線の中、左手の弾切れのリボルバーを投げ捨て、右手の短刀を振るって素早く間合いを詰め、【器用さ】のスキルに後押しされるように、相手の首筋を薙ぎ払った。


汚れた黒い血が体に降りかかるのも構わず、シャルルは一太刀、また一太刀と、相手の首筋をめった切りにする。彼の顔から肉芽が狂ったように飛び出してきても、彼女に止まる気配はなかった。

今のシャルルは既に死人だ。死人であるならば、恐れるものなど何もない。


ブシュッ――ブシュッ――!

粘りつく黒い血が床に飛び散る。黒衣の男の首は、その一撃一撃が全霊を込めたかのような猛烈な斬撃によって、ほとんど断ち切られ、わずかな皮だけで繋がっている状態だった。


黒衣の男はとうに全ての生気を失い、彼の皮膚は再びたるみ、頭頂の肉腫は破裂して黒い血と、半透明の虫の卵のようなものが散らばった。一本の肉色の触手が、彼の死と共に、傍らの血溜まりの中で徐々に形を成し、静かにピンク色の微光を放っていた。


シャルルは手の動きを止めた。彼女に心臓の鼓動はなく、呼吸もない。これほど凄惨な光景を前にしても、恐怖のかけらも感じない。既に暗赤色に染まった瞳から、少しずつ光が失われていく。

次第に体への制御を失い、意識もまた、少しずつ薄れていく。


シミュレーション、終わるのかな……シャルルの脳裏にそんな考えがよぎった。

彼らを殺して、運命ポイントは十分に貯まっただろうか……あたしも死んじゃったし、あんまり貰えないかな……。

そうだ……魔薬……。


シャルルは短刀で黒衣の男のローブを切り裂き、硬直した動きで彼のローブの中から、黒い半透明の小瓶を取り出した。中に入っているのは液体ではなく、まるで流動する気体が満たされているかのようだ。

魔薬の他に、シャルルは二冊のノートも見つけた。それらは左手に握りしめ、シミュレーションが終わったら、それらをポイントショップに登録して中身を確認するつもりだ。


ふと、彼女は視界の端で、血溜まりの中に横たわる肉色の触手に気づいた。ゆっくりと右手を伸ばし、刀の切っ先でその触手を持ち上げ、力を振り絞って、少しずつ、硬直した体で立ち上がった。


うーん……

シャルルの思考が鈍り始める。考える力が大幅に低下していく。

彼女は焦点の合わない瞳で、刀の先の触手を不思議そうに見つめ、頭の中で一つの疑問を繰り返していた。


刀越しじゃ……これ、システムショップに入れられるかな?

自分で触らないとダメ……だよね?

でも、左手は塞がってるし、右手は刀を持ってる。手を離したら、もう拾えない……。


シャルルはゆっくりと腕を上げ、刀の切っ先を伸ばし、少しずつ、手の中のピンク色の触手を口元へと運んだ。


触れた……やったぁ……。


「キャアアアアアアアアアア――!」


ヒステリックな絶叫が、酒場の入口から響き渡った。


既に思考能力を完全に失っていたシャルルは、ぎこちなく首を回し、入口の方を見た。

そして、彼女はその首を傾げた姿勢のまま、その場で凍りついた。


この淀んだ死水のような通りは、その一声の悲鳴によって、次第に沸き立っていくのだった。"


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