第五章 死の逆転
"【現実】
【聖暦741年6月17日18時44分】
【評価:最初のシミュレーションと比較して、2回目の情報収集能力は明らかに大幅に向上しましたね。死に対する恐れも薄れてきているようですが……果たして、それは良いことなのでしょうか?】
【受け取るがいい。これは死を恐れぬ者への褒美だ】
【報酬:運命ポイント×3、【死線返し Lv.1】
【運命ポイント:14】
「はっ――」
短く息を吸い込む音。シャルルは手で身体を支え、ベッドから勢いよく身を起こした。
左の頬にはまだ幻の痛みが疼く。さっきはどれだけ平然を装っていたとしても、肉が引き裂かれる苦痛が少しでも和らぐわけじゃない。
シャルルはシステムの評価コメントなんざ無視して、心の中で直接システムメニューを呼び出した。
【シミュレーション】
【スキル】
【倉庫】
【ポイントショップ】
意識をポイントショップに集中させると、目の前に銀白色の仮想リストが展開され、いくつかの新しいアイテムが現れた。
視線が手前の衣類をざっと流し、すぐにその中の一つのアイテムに釘付けになった。
やった……!
【.450口径リボルバー(歴戦)】
【運命ポイント:1】
い、いちぃ?
シャルルは瞬きし、自分の目を疑った。
前の制服や卒業証書だって1運命ポイントもしたんだ。ただのガラクタ同然のものなのに、ぼったくりもいいとこだって思ってたのに。
それが、リボルバーの値段がたったの1運命ポイントだって? 信じられない気持ちだった。
1ポイントで服一枚がちょいボッタだとしたら、1ポイントで銃一丁は、どう考えたって服よりずっと価値があるはずだ。
でも、これまでのシステムの態度からして、絶対何か裏があるに違いない。
「弾、あと何発残ってる?」
シャルルは内心で警戒しつつ尋ねた。
【5連装シリンダー、残り弾数は3発です】
【弾薬をご購入の場合は、1発1運命ポイントとなります。ありがとうございます】
あんたから買うなんて、どうかしてる。
どうやら、システムの価値観はあたしみたいな一般人のそれとはだいぶ違うらしい。服だろうが銃だろうが弾一発だろうが、システムにとっては同じようなもの、ってことか。
もっと色々なアイテムに触れてみないと、システムがどういう基準で値段をつけてるのか、判断するのは難しそうだ。
弾は残り3発しかなかったけど、シャルルはこのリボルバーを買うことに決めた。
今のところ、これ以上の安心感を与えてくれるものは他にない。たとえ運命ポイントに他の使い道があったとしても、今はまずこの銃を手に入れなきゃならない。
「購入します」
シャルルの運命ポイント残高が14から13に変わる。ポイントショップを閉じると、【倉庫】タブの右上に金色のマーカーが点灯しているのが見えた。
倉庫を開くと、4つのスロットがついに空ではなくなっていた。最初の一つにリボルバーのアイコンが表示されている。
シャルルが念じると、手を開いた瞬間、白い光が集まり、一丁の黒い旧式リボルバーがその手に握られていた。
ずっしり重い。グリップも人間工学なんてまるで無視したデザインだ。銃身にはいくつも傷があり、引き金さえ少し緩んでいる。だけど、手入れは行き届いているようで、銃身は鈍く光っていた。
まるで前世で見た1800年代の銃みたい。今の時代に対するあたしの認識とも一致する。
ずっと並行世界のロンドンにでもいるのかと思ってたけど、どうやらここは、あたしの知ってる普通の、ありふれた世界じゃないみたいだ。
まさかギャングのボスが、訳の分からない「儀式」なんて名目で、あたしを殺そうと計画してくるなんて。
それに、エミィの手紙にあった、ギャングがどっかの教会の信者とつるんでるって話。おまけにこのシステムの存在。この世界には本当に超常的な力があるんじゃないかって、疑わざるを得ない。
この世界にどんな知られざる危険が潜んでいるにせよ、まずは目の前の難関を全力で乗り越えないと。
シャルルはリボルバーを倉庫に戻し、【スキル】タブを開いて、さっき手に入れた新しいスキルに目を向けた。
最初の【器用さ Lv.1】の下に、【死線返し Lv.1】が追加されている。
【死線返し Lv.1:死の危機に瀕した際、全てのマイナス状態異常を解除し、大量の精神力を消費して強制的に瀕死状態を短時間維持する。精神力が尽きても瀕死状態を脱せなかった場合、死亡する】
強制延命、数秒間……ねぇ。
シャルルはこのスキルを見て、なんとも言えない表情を浮かべた。
もしこれがゲームの中だったら、神スキルだ。必殺技クラスの存在と言ってもいい。
でも、今のあたしにとっては、全くの役立たず(チキンリブ)。
シミュレーションの中で死んだとしても、数秒じゃ何も変えられない。せいぜい、もう少し情報を得られるくらいだ。
現実で致命傷を負ったとしたら、この数秒の延命はもっと役に立たない。数秒で応急処置なんて、ほとんど不可能だし。
まあ、良い方に考えれば、シミュレーションの中なら、無理やりHPをロックして装備やアイテムを奪ったり、命と引き換えに重要な情報を得たりはできる、か。
前の【器用さ】が身体能力のちょっとした強化程度だったとすれば、この【死線返し】は、完全に超常能力みたいなものだ。
それに、シャルルは気づいた。これらのスキルの右横に、小さな金色の「+」マークが光っていることに。
意識が「+」マークに触れた途端、システムメッセージが目の前に表示された。
【10運命ポイントを消費して【死線返し】をアップグレードしますか?】
『いいえ』
シャルルは即座に断った。
今残っているのは13運命ポイントだけ。シミュレーション一回分しかない。次のシミュレーションで大きな進歩がなければ、もう次はないも同然だ。
今のところ、シミュレーション以外に運命ポイントを手に入れる方法は知らないし、こんな切羽詰まった状況で、のんびりポイント稼ぎの方法を探してる余裕なんてない。
あのチンピラのエアンがシャルルに目をつけたのは半年前。ことあるごとにあたしや姉さんを怒らせようとしてきた。あのしつこさ、死に場所を探してるみたいだったけど、今思えば偶然なんかじゃなかったんだ。
黒水組が二回目のシミュレーションであたしを狙ってきたとき、姉さんを殺しに繁華街には現れなかった。これは一回目とは違う。
この二つの唯一の違いは、エアンを殺したのがあたしになったこと。
まさか、あの所謂「儀式」の条件って、あたしか姉さんがエアンを殺すことだった、とか? だからエアンはあれだけ必死になってあたしたちを挑発してきた?
もし、あたしと姉さんが同時に繁華街にいたら? 警察署にいたら? それどころか、貴族の友達の家にいたら? それでも儀式は続けられるんだろうか?
できることなら、片っ端から試してみたい。
でも、残り少ない運命ポイントがあたしに告げている。次のシミュレーションで何か大きな変化を起こして、十分なポイントを稼げなければ、もう続けられない、と。
逃げることを選んで、那些可能性に賭けるより。相手が半年も計画して――あたしが死ぬ時間を分単位で計算して――見落としたであろう穴に運を任せるより。シャルルはもう一つの選択肢に心を決めた。
相手がどうしたって予想できないであろう、選択肢。
それは――やり返すことだ。
シャルルは深呼吸し、心の中でシステムメニューを呼び出し、【シミュレーション】を開いた。
『来たる日』のシミュレーション時間は毎回違う。次のシミュレーションが明日なのか、明後日なのか、それとも今日なのかを知る必要がある。それから計画を立てないと。
【来たる日:10時間後(聖暦741年6月18日4時45分)(10運命ポイント消費)】
【過ぎし日:30日前(聖暦741年5月16日7時30分)(100運命ポイント消費)】
【古き日:*、*日前(???)(10000運命ポイント消費)】"