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第三章 来たる日、過ぎし日、古き日

"激しい息遣いだけでは、心の奥底の恐怖を鎮めることはできない。頭を銃弾に貫かれた痛みがまだ纏わりついているかのようだ。シャルルは先ほどの光景がもたらした衝撃の中にまだいて、なかなか落ち着きを取り戻せないでいた。


思わず立ち上がって家を飛び出し、工場地区へ姉の安否を確かめに行きたくなる衝動に駆られる。だが、理性がシャルルをその場に留まらせた。ゆっくりと、呼吸のリズムを整えようと試みる。


さっき起こったことは、現実じゃない。ただ、リアルすぎる、悪質な幻覚……。


「懐中時計……」


シャルルは自分の両手を見つめた。そこには何も無い。ただ、右手の親指にある傷口だけが、懐中時計がかつて存在したことを彼女に思い出させていた。


「どうしました? 私のこと、考えてました?」


キラリと光る銀色のスクリーンが目の前に展開される。それはシャルルの頭の動きに合わせて、常に視界の中心に留まっていた。


確か、さっき懐中時計が自分の血で起動した後、バインディング情報のようなものが表示されたはずだ。

この懐中時計、直接自分の体内にバインドされたっていうの?


「システム?」


シャルルは呼びかけてみた。


目の前のスクリーンが再び明滅し、変化して、いくつかの選択肢が現れる。


「シミュレート」

「スキル」

「倉庫」

「ポイントショップ」


「Ps:次回からは心の中で唱えるだけでOKです:D」1


本当にシステムだった。

しかも、結構おしゃべりなタイプの。


シャルルは直接「シミュレート」の画面を開いた。見慣れたスクリーンが目の前にパッと表示される。


「来たる日:2 Days(聖暦741年6月19日 18:58)(消費:10運命ポイント)」

「過ぎし日:1 Day(聖暦741年6月16日 11:55)(消費:10運命ポイント)」

「古き日:(***、*** Days???)(消費:10000運命ポイント)」


「Ps:あなたの『来たる日』シミュレーションは、6月19日18:31以前の時点に固定されています。現実で何らかの変化を起こし、死亡エンドを回避することで、『来たる日』でシミュレート可能な日数を拡張できます」


シャルルは、「来たる日」以外に、「過ぎし日」と「古き日」の日付がランダムなものに変わっていることに気づいた。


「ホストの“死亡エンド”が変更されるまで、『来たる日』のシミュレート日数は、死亡事実が発生する直前までに限定されます」


まるでシャルルの心の内を先読みしたかのように、光る銀色のスクリーンが、彼女の疑問に答えてくれた。


つまり、明後日の死亡事件で自分が生き残らない限り、未来シミュレーションの日数は、常に今から19日の6時半までの間に限定されるってこと?


「その通りです」


「システム、もし過去に戻ったら、未来を変えることはできる?」シャルルは思わず問いかけた。

これは非常に重要な問題だ。過去で何をしたとしても、予測不能なバタフライエフェクトを引き起こす可能性がある。


「『来たる日』と『過ぎし日』のシミュレーションは、どちらも現実には影響を与えません。一方、『古き日』のシミュレーションは、『古き日』の“あれら”の存在にのみ影響します」


過去は変えられない、か……。

良いことなのか悪いことなのか、何とも言えない。少なくとも、シミュレーション中の自分の行動が、現実に何か大きな破壊をもたらすことはないわけだ。

未来のシミュレーションについては、他のことはともかく、競馬だけでも、すぐに大金持ちになれるだろう。少し控えめに、勝ち負けの頻度をコントロールして、毎回違う競馬場に行けば、ギャングだって私に目をつけたりはしないはず。


シャルルはふぅっと息を吐き、シミュレーション画面を閉じて、頭の中の情報を整理する。

今はもう一度未来へ行く気にはなれない。今、慌てて二日後へ行っても、何もできないばかりか、再び姉の死を目撃することになるだけだ。

まずは、システムの全ての機能を把握すること。


シャルルは二番目の「倉庫」タブを開いた。中には、がらんとした四つの小さなマスがあるだけで、何も入っていない。

ここがアイテムを保管する場所なのだろう。


シャルルは「倉庫」を閉じ、その下の「ポイントショップ」を開いた。

大きな画面がシャルルの目の前に展開され、無数の分類とマス目がびっしりと並んでいる。だが、現時点で明るく表示されているのは、一番手前にあるいくつかのマスだけだった。


「【.450口径(11.43mm)黒色火薬弾頭(軽度の変形あり)】」

「運命ポイント:1」


「【バーロン私立学院 卒業証書シャルル】」

「運命ポイント:1」


「【バーロン私立学院 卒業式用礼服】」

「運命ポイント:1」


「……」


ざっと目を通して、シャルルは一瞬、言葉を失った。

見覚えがある。これらは全て、自分がシミュレーションに入った時に身につけていたものだ。

だが、まさか、自分の後頭部に撃ち込まれた弾丸まで購入できるとは、思ってもみなかった。

ちょっとしたブラックジョークだわ、これ。


それにしても。

シミュレーションの中から、物を買い戻せるなんて? 時空が乱れたりしないのかしら?


「購入可能なのはシステムの複製品です。【唯一】特性を持つアイテムを除き、他は全て購入可能です」


システムは即座に返答し、シャルルの疑問を解消してくれた。


そして、シャルルに残された最後の疑問は、当然、前回のシミュレーション終了後に獲得したスキルについてだ。

【器用さ Lv.1】。


彼女がそう考えた瞬間、銀色のパネルが目の前に現れた。


「器用さ Lv.1:あなたの敏捷性を小幅に向上させ、動作をより機敏にします」


シャルルは拳を握ってみたが、特に力が向上したような感覚はない。

試しに立ち上がり、いくつか準備運動のような動作をしてみる。一通り試した後、彼女は自分の身体に確かに変化が起きていることに気づいた。

以前より高く、遠くへ跳べるようになっている。今では2メートル半ほどの天井の梁に、全力で跳ばなくても指先が触れるほどだ。以前の、お世辞にも良いとは言えなかった身体能力を考えれば、これは大きな進歩と言える。

元々の彼女の身長では、この高さに届くことなど、絶対にありえなかったのだから。

それ以外にも、身体のバランス感覚も大幅に向上している。着地する際には、身体が無意識のうちに衝撃を吸収するような技術を使っていた。

シャルルは、これらの動きが以前の自分にはできなかったことだと確信していた。以前の彼女は、運動に対して、不得手というレベルではなく、まったくできなかったのだから。

どうやら、この【器用さ Lv.1】スキルは、総合的に彼女の身体の機敏さを高め、以前よりもずっと身軽にしてくれたようだ。

忘れてはいけない。これは、未来シミュレーションの中で少し走っただけで得られた、いわば残念賞のような報酬に過ぎないのだ。

もし、シミュレーションの中で何か他のことを成し遂げたり、システムの評価を高めたりすれば、もっとすごいスキルが手に入るのではないだろうか?


この能力……すごい。


シャルルは、ほぼ一瞬で、このシステムに対する自分なりの評価を下した。

ふと、何かを思いつき、リビングを駆け足で出て階段を駆け上がり、自分の小さな部屋へ戻る。引き出しの中から、厚紙表紙の糸綴じノートと、一本の黒鉛筆を探し出した。

ノートを開くと、淡黄色の紙から、微かに明礬の匂いが漂う。シャルルはペンを取り、最初のページに、漢字で一行書き記した。


【聖暦741年6月19日 - 午後6時31分死期)】


これが、おおよそ、二日後に事件が発生し、姉と自分が死ぬ時間だ。


少し考えた後、シャルルは書き続けた。

「これから、一日の中で起こった全ての重要な出来事を、このノートに記録する。どんな些細な、常識外れなことや、直感的な違和感も見逃さない……」

美しい筆跡が、彼女のペン先から滑らかに紡ぎ出される。紙に書かれている内容は、日記というよりは、未来の自分自身への戒めの言葉だった。


書き進めるうちに、シャルルはふと手を止めた。目の前に再び、あの銀白色のシステム画面が現れる。彼女はもう一度、シミュレーション画面を開いた。

今は過去をシミュレートする必要はない。未来をシミュレートすれば、全てを取り返しのつかない、あの時間点に到達してしまう。

操作できる余地が、あまりにも少ない。

なぜなら、未来をシミュレートする際、自分にはその間の記憶が欠落しているからだ。

例えば、シャルルが今日、つまり17日に、枕元にケーキを置いておいたとする。システムを通じて19日に飛んだ後、ケーキがなくなっていたとしても、それが誰に食べられたのか、あるいは、どういう事情でなくなったのか、彼女には分からない。

しかし、ノートに記録しておけば、ノートを確認することで、このケーキがなぜ消えたのかを知ることができる。

それどころか、事前にノートにヒントを残しておくことで、未来の自分に、ノートの内容に基づいて、このケーキをどう処理すべきか指示することさえできるかもしれない。

こうすれば、直接シミュレーションに入るよりも、このノートに情報を残す方法の方が、シャルルは、シミュレーションだけでは得られない、より多くの情報や手がかりを得られるだろう。

彼女は「自分自身」に、自分のために調査してもらう必要があるのだ。


銀白色のスクリーン越しに、シャルルはテーブルの上の紙に、漢字で書き記していく。


【エアンは6月19日に姉さんと衝突し、姉さんの死を招く】

【19日の卒業式には行かないこと。姉さんを説得し、一緒に早めに他の地区へ引っ越すことを試みること。クロックタワー横丁から離れ、この衝突の発生を回避すること】

【黒水組が黒幕らしい。可能であれば、黒水組に関する情報を探ること】


黒水組は、バーロン市の地元ギャングで、クロックタワー横丁の全ての酒場と、地下の密造酒工場を支配している。シャルルは、なぜ自分と姉が、この闇の勢力と関わりを持つことになったのか、見当もつかなかった。

なにしろ、シャルルの行動は極めて控えめで、学校でさえ、他の貴族や富豪の子弟とは一定の距離を保ち、どちらかの派閥に肩入れして、もう一方から恨まれることを避けていたのだから。

これほど慎重に行動していたのに、自分は一体、どういう理由で黒水組に目をつけられたのだろう?


そこまで書いて、シャルルは鉛筆を置き、再び目の前の銀白色のスクリーンに視線を集中させた。

前回の未来シミュレーションでは、現在から二日後までの、間の二日間の記憶がなかった。異なるルートを開拓するために、毎回シミュレーションで行動し、それを記録して分析する、という方法に頼るしかない。

シャルルは、この方法がうまくいくかどうかは分からない。だが、何事も試してみる必要がある。

それに、もう一つ、シャルルには非常に疑問なことがあった。

以前、エアンは何度も自分に嫌がらせをしてきたが、その都度、直接的な衝突は避け、ひたすらしつこく付きまとうという手法を取っていた。それが今回、なぜ、いきなり暴力的な流血沙汰にまで発展したのだろうか?

まさか、彼がまた何か余計なことを言って、姉を完全に激怒させたのだろうか?


「違う……」


シャルルは、思わず首を横に振った。

姉さんは、私の注意を心に留めてくれるはずだ。絶対に、相手が先に手を出したに違いない。

シミュレーションの中で、姉の死という情報に頭が真っ白になりかけたとはいえ、彼女はそれでも、周囲で起こっていること全てを、はっきりと洞察できていた。

黒水組の連中が、後始末に来ていた。自分の背後で、老いた男の声が何かを言っていた。

シャルルは注意深く記憶を辿り、すぐに、老人の声が言ったあの言葉を思い出した。


『6時31分……儀式になぜ、ズレが?』


ズレ……儀式……何のズレ? 何の儀式?

まさか、今回の乱闘も、姉の死も、そして自分の死さえも、人為的に計画された産物だったとでもいうの?

シャルルには分からない。だが、調査を試みることはできると知っていた。

そう考えると、彼女はすぐにペンを取り、ノートに再び一行書き加えた。


【時間に余裕があれば、黒水組と、所謂儀式について、詳しく調査すること】


この一文を書き終えると、シャルルは鉛筆を置き、再びシステム画面を開いた。


「10運命ポイントを消費して『来たる日』へ向かいますか」


シャルルはノートに漏れがないかを確認した後、ノートを閉じ、頷いて確認した。


「ええ」


銀白色の針が、シャルルの目の前で絶えず回転し、拡大していく。やがて視界は果てしない銀白色に満たされ、身体の感覚を失った。


再び指先を動かせる感覚を取り戻した時、目の前の銀白色は急速に消え去り、しとしとと降る雨音が耳元で聞こえ始めた。

目の前の銀白色のスクリーンには、彼女が今いる時刻が表示されている。


「来たる日」

「聖暦741年6月19日 18:29」

「カウントダウン - 23:59:59」"


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