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第二章 未来の死

"「1分遅刻よ」シャルルはドアを閉めて内鍵をかけると、リチィの手を引いてテーブルの方へ歩きながら言った。「料理、冷めちゃうところだった」


外の敵意と暴力的な衝突は、妹の穏やかな声と、家の中の温かい雰囲気によって洗い流されていく。急激な感情の起伏に、リチィは一瞬、呆然としてしまった。

彼女はシャルルに引かれるまま、食卓の椅子に腰を下ろす。シャルルが手を離すと、ようやく向かいに座った妹の方を見て、口を開いた。


「シャルル、心配いらない。あいつが式で騒ぎを起こすなんて、ありえないから。ちゃんと卒業式に出ればいい」


「平気よ」シャルルは首を横に振り、言った。「彼が来たって構わない。何の影響もないわ」


「どうして平気なもんか!」リチィはそれを聞いて、再び拳を握り締めた。「あのクソ野郎、きっと大声でデマをまき散らして、アンタの評判をめちゃくちゃにする! 大学の面接に響くんだぞ!」


「大丈夫だって」シャルルは小さく頷き、顎でシチューの鍋を示しながら、続けた。「ごはん、食べましょ」


「アンタねぇ……はぁ……」リチィはまだ何か言いたそうだったが、結局口を閉ざした。むっつりとパンを一枚手に取り、シチューに浸してかじりつく。

妹は身体こそ小さいが、頭は妙に切れるし、口も達者だ。本気で言い合っても、妹に理路整然と説得されるのがオチだろう。リチィは、いっそ黙って食べることにした。

シャルルは、がつがつと夕食を食べ始めたリチィを見ながら、ゆっくりと考えに沈んでいく。


リチィ。シャルルとは幼い頃から寄り添って生きてきた姉。

血の繋がりはないけれど、彼女たちは実の姉妹よりも固い絆で結ばれていた。数年前、荷馬車が横転する事故があった時、彼女はシャルルを突き飛ばし、自身は馬車から落下してきた薬品を顔面に浴びたのだ。

その結果、彼女の顔全体と左半分の頭皮は焼け爛れ、まるで厉鬼のように恐ろしい形相になってしまった。両腕も薬品で腐食し、皮膚は裂け、肉が覗いていた。

火傷を負った腕は、手の動きを不自由にした。リチィは紡績工場の意地の悪い工場主に解雇され、最終的には、もっときつく、もっと辛い石炭工場で働くしかなかった。

天然繊維と埃が舞う工場から、より危険な石炭の粉塵が舞う工場へと移っただけで、本質的な違いはない。どちらの仕事も、身体を蝕むことに変わりはなかった。

他の男性労働者よりも力が劣るため、リチィはより多くの時間を費やして仕事をこなし、より少ない週給を受け取るしかなかった。ただ、解雇されないために。

そして、リチィが稼いだお金の大部分――薬品による火傷の賠償金も含めて――は、シャルルを進学させるために使われた。この三年間、シャルルはリチィの期待に応え、成績はますます優秀になり、まさに順風満帆な人生を歩み始めようとしていた。

彼女はシャルルがこのまま学業を続け、将来は弁護士か医者になり、今の生活とは完全に縁を切ることを願っていた。それが、リチィの長年の願いだったのだ。


だが、シャルルは明らかに、そうは計画していなかった。

進学試験を受けるつもりはないし、推薦状を貰うつもりもない。明確な計画を持つ人間として、シャルルは、学問の道でさらに深めることが、自分が歩める道だとは思っていなかった。

アンソウ大学の年間の学費や諸経費を合わせると、140スーポンド近くにもなる。

姉のリチィがどれだけ必死に働いても、一年間、飲まず食わずで得られる収入は、せいぜい25スーポンド程度だ。

首都アンソウという街の、とてつもなく高い生活費は言うまでもない。大学進学は、彼女たちにとって、絶対に耐え難い負担だった。

金銭的な問題に加え、この貧しい地区には、様々な、表に現れたり陰に隠れたりした危険や、悪意に満ちた視線が、常に彼女たちを狙っている。例えば、半年前から、なぜかシャルルに付きまとい始めたチンピラのエアンのように。

今、彼女の生活と階層を最も大きく変えられる可能性を秘めているのは、大学に合格して四、五年かけて法律を学ぶことではない。卒業後すぐに、学院にバーロン市警察署への推薦状を申請し、まずはこの貧困と危険に満ちた地区から抜け出すことだ。

バーロン私立学院の優秀な卒業生である彼女なら、試験すら必要ないかもしれない。推薦状一枚あれば、警察署の文官職――事務職でもいい――を得て、この地区から引っ越せる。その後、ゆっくりと生活を良くしていく方法を考えればいい。

警察という肩書きがあれば、あのチンピラどもも、もう彼女たちに手出しはできなくなるだろう。そうなれば、新しい環境で安心して大学の学費を貯め、貯まったら試験を受けて、さらに上を目指す。一歩一歩、着実に。


「……ごめん」


嗄れた声が、シャルルの思考を中断させた。顔を上げると、リチィの視線とぶつかる。


「もっとうまく、もっと頑張りたいって……思うんだけど……どうすればいいのか、分からないんだ」


リチィの言葉には、かすかな悔しさが滲んでいた。毎日14時間近くに及ぶ労働は、彼女の心身を疲弊させていた。しかし、次々と押し寄せる現実の困難に対して、その傷跡だらけの両手は、やはり、あまりにも無力だった。

目の前で自責の念に駆られているリチィを見て、シャルルの心も重くなる。

シャルル自身、自責の念を感じていないわけがない。

この世界に来て三年、彼女も多くの試みをしてきた……だが、転生は小説とは違う。彼女には、転生者に「必須」とされるような知識など、まったくなかったのだ。

銃の構造は分からないし、ここで流行しているオペラのアリアや詩句も知らない。法律を学んでいた彼女は、物理法則も、発明や創造についても、何も知らなかった。できることと言えば、受験戦争で培った試験問題解決能力を頼りに、この世界でもひたすら問題を解き続けることだけだった。

ここの乱れた治安は、前世とは比べ物にならない。法学徒だからといって、魔法が使えるわけでもない。前世の知識は、ここでは全く役に立たなかった。

シャルルだって、超能力や魔法の類を探さなかったわけではない。そのために、以前は様々な魔術結社や、テレパシー、交霊協会の類にまで足を運んだし、彼らのデモンストレーションの現場に立ち会ったことさえある。

だが、疑いようもなく、それらは全て、人を騙すための手品に過ぎなかった。一目でインチキだと分かる代物だ。

この世界には、大小様々な教会も存在する。だが、彼女が訪れたそれらの教会は、どうやらごく普通の宗教団体に過ぎないようだった。もっと深い層の場所には、彼女の階層では、まったく手が届かなかった。

どうやら自分は、本当に、何の超常的な存在もない、ごく普通の異世界に、しかも困難な状況からスタートして転生してしまったらしい。

元の身体の持ち主が自殺したのも、無理はない。このプレッシャーは、並大抵の人間が耐えられるものではないだろう。


「……行ってくる」


夕食は沈黙のうちに終わった。リチィは食事を終えると、シャルルに戸締りをしっかりするよう念を押してから、夜勤へと向かった。本当の終業時間は、深夜1時だ。

今のリチィとシャルルは、それぞれに心事を抱え、未来のために、どうにかしようともがいていた。

リビングには、シャルルが一人、ソファに座っている。目の前の冷たい暖炉を見つめながら、手の中では、あの古びた銀色の懐中時計を弄んでいた。指先で、針が時を刻むのを感じながら。

もうすぐ卒業……バーロン市警察署に入れさえすれば、最低限の自衛能力は手に入る。でも、どうすれば、あのチンピラのエアンに卒業式を邪魔させずに済むだろうか……


「カァッ!」


窓の外でカラスが一際高く鳴いた。その声に、シャルルはびくりと肩を震わせ、思わず手の中の懐中時計を握りしめる。


「……いっ……!」


右手の親指に、チクリとした痛みが走る。見下ろすと、秒針を弄んでいた親指に、細い切り傷ができていた。傷口から血が滲み出し、文字盤の上にぽたりと落ちる。

シャルルが見つめる中、その血の滴は、まるで命を持っているかのように、文字盤の細かな模様に沿って流れ、やがて文字盤全体に染み渡っていった。


「カチッ――」


秒針が動く音が、シャルルの脳内で弾けるように響き、彼女の意識をぐらつかせた。


――まさか。血を媒介にした主従契約? そんなベタな展開って……?


シャルルの目の前の全てが、次第にぼやけていく。彼女は、自分の意識が、真っ黒な空間へと沈んでいくのを感じていた。

そして、その黒い意識の空間の中に、銀白色のスクリーンが浮かび上がる。そこには、シャルルがどれほど久しぶりに目にしたか分からない、中国語が明滅していた。


`「所有者とのバインディングを実行中……」`

`「運命アクティベーション成功……」`

`「持ち込み可能アイテムを検出中……なし」`

`「運命ポイントを検出中……なし」`

`「初回シミュレーションにつき、システムより30運命ポイントを贈呈します。大切に使用してくださいね」`


一連の表示が明滅した後、シャルルの目の前には、三つの選択肢だけが残されていた。


「来たる日:2 Days(聖暦741年6月19日 18:27)(消費:10運命ポイント)」

「過ぎし日:300 Days(聖暦740年8月20日 12:00)(消費:100運命ポイント)」

「古き日:***、*** Days(消費:10000運命ポイント)」


「注:『来たる日』を選択すると未来をシミュレートできます。『過ぎし日』を選択すると過去をシミュレートできます。『古き日』を選択すると***を体験できます。慎重に選択してください……まあ、あなたには最初の一つしか選べないみたいだけど? ^^」


目の前の異様な光景に、シャルルは呆然と立ち尽くしていた。しばらくして、ようやく我に返り、改めて目の前の銀白色の文字を見つめ直す。

これって……システム?

選択肢は、一つだけ……。


「『来たる日』……?」


シャルルは、その言葉をそっと口にした。

もしこれが本当にチート能力なのだとしたら……どういうものなのか、試してみるしかない。

シャルルが選択を終えると、目の前の銀白色の文字は砕け散り、歪み、高速で回転する銀白色の懐中時計へと姿を変えた。

懐中時計はシャルルの視界の中で急速に拡大し、やがて弾け飛ぶ。強烈な眩暈が、彼女を包み込んだ。


……


眩い白い光が、次第に薄れていく。鼻先には、もう、温かみのある木の匂いはなく、代わりに、酸性雨と土埃が混じり合った、むっとするような酸っぱい匂いが漂っていた。

シャルルの目の前に、光の幕が浮かび上がる。


「来たる日」

「聖暦741年6月19日 18:28」

「カウントダウン - 23:59:59」


しとしとと降る雨が、シャルルの目の前に表示されていた日付の光幕を洗い流していく。

周囲には、もはや家の面影はない。自分は、いつの間にか屋外に立っており、細かい雨が、彼女の服を濡らしていた。

シャルルは雨に打たれながら見下ろし、自分が黒い式服のようなものを着ていること、そして手に、白いリボンが結ばれた卒業証書を持っていることに気づいた。

卒業証書? これは、明後日の卒業式で受け取るはずのものでは?

シャルルは目を見開いた。手の中の証書を慌てて開き、確認する。そこには、紛れもなく彼女の名前が記され、彼女の写真が貼られていた。

これは、自分の卒業証書に間違いない……卒業日付は、聖暦741年6月19日……。


「ここは……二日後?」


シャルルは顔を上げて辺りを見回し、すぐに自分が今いる場所を認識した。

クロックタワー横丁に入ってすぐの道だ。家の方向を向いている。

自分の性格からして、卒業証書を受け取ったら、すぐに警察署の推薦状を貰いに行ったはずだ。

シャルルは小さな駆け足で軒下へ移動し、ポケットを探る。すぐに、油紙に包まれた封筒が見つかった。封筒を見て、彼女はようやく安堵の息をつく。

どうやら無事に卒業して、警察署の推薦状を手に入れられたようだ……計画通り。

早くこの良い知らせを姉さんに伝えなくちゃ。仕事なんて辞めてもらって、一緒に警察署の近くに部屋を借りて引っ越そう。

シャルルの足取りは軽い。泥水がスカートの裾を濡らすのも気にしない。バーロン市は、一年の大半が雨なのだ。三年間住んでいる彼女は、とっくに慣れていた。


「ゴォン――ゴォン――」


夕食の時刻を告げる鐘の音が響き、各工場に、食事休憩の時間を知らせる。シャルルは鐘の音と共に路地を抜け、角を曲がったところで、次第に足取りがゆっくりになった。

自宅のある44番地の家の前に、人だかりができていた。彼らは口々に何かを議論し、中の様子をあれこれと評している。


「シャルルが来たぞ!」


誰かが叫んだ。群衆は一斉にシャルルの方を振り返り、中央で道を塞いでいた人々も、自然と一本の道を開けた。

群衆が取り囲む中心には、四、五人の人影が転がっていた。降り注ぐ雨に洗われながら、おびただしい血が、地面の黒い砕石と混じり合っている。

一番外側に転がっているのはエアンだ。仰向けに倒れ、白いシャツは血で赤黒く染まっている。喉は鋭利な刃物で切り裂かれ、腹も切り開かれて、腸が散乱していた。死の間際の目には、まだ恐怖の色が宿っている。

次に、あの小柄な男。彼の喉は正確に一筋、切り裂かれていた。両手で喉を押さえているが、それでも血は噴き出し続け、身体は痙攣し、最後の抵抗をしている最中だった。

そして、それらの死体の奥。家の玄関前の、血に染まった白い階段に、一つの人影が寄りかかるように座っている。その手は短剣を握りしめ、右目には銀灰色のナイフの柄が突き刺さっていた。恐ろしい形相の顔は、歪んだまま固まっている。

血に染まった花束が、彼女の周りに散らばっていた。階段の上には、ひっくり返ったクリームケーキもある。それに飾られていた「シャルル、卒業おめでとう~」と書かれた砂糖菓子のプレートは、雨に打たれ、溶け出した赤い文字のシロップが、まるで血のように流れ落ちていた。


「ドクンッ!」


シャルルの頭蓋の内側を、まるで鉄槌で殴られたかのような衝撃が走る。先ほどまでの軽やかな気分は、この瞬間、奈落の底へと急降下した。

冷たい雨水が顔を打つ。だが、両目はまるで灼熱の太陽に焼かれているかのように感じられた。

何が……起こったの?


「あっちの……黒水組の連中だ!」

「早く行け……嬢ちゃん、アンタも早く!」


一団の男たちの到来に、周りの住民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

あっという間に、先ほどまで野次馬でごった返していた通りは、がらんとしてしまった。見物しようとする者すら、一人もいない。


「6時31分……なぜ、儀式にズレが?」


「カチャッ――」


老いた男の声が、シャルルの背後から聞こえた。

撃鉄を起こす、乾いた、鋭い音と共に、男が手に持つ金属製の銃身は、すでに目の前の赤毛の少女に向けられていた。


――これは、夢……?


冷たさが、シャルルの心臓から足元へ、そして頭のてっぺんへと広がっていく。彼女の視線は、一瞬たりとも、階段の上の人影から離すことができない。冷たい雨は、目の前のこの光景を、洗い流してはくれなかった。

何が起こったの? どうして……こんなことに?


「バァン――!」


リボルバーの銃声と共に、激痛がシャルルの後頭部を襲う。彼女の目の前の世界が、一面の銀白色の光に覆われた。

光が再び消え去ると、冷たい雨水は消え、古びた暖炉と、パンを焼いた後の香ばしい残り香が、鼻先をくすぐる。彼女は、目の前の銀白色のスクリーンを見つめ、手足が氷のように冷たくなっていた。


……


「現実」

「聖暦741年6月17日」


「評価:あなたは二日後に少しランニングをして、走りの技術を磨きました。初めてのシミュレーションなので、残念賞をあげます……そんな怖い顔しないでくださいよぉ」

「悪いことは、まだ起こってないじゃないですか?」


「報酬:運命ポイント×1、【器用さ Lv.1】」

「運命ポイント:21」"


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