第十章 欺瞞と救世女神教会
"ノートには大量の細々とした出来事が記録されており、一人の人間が信徒となってからの日々の心理的変化が、ほとんどそのままシャルルの目の前に示されていた。
そして、あの心乱される狂的な文字の最後、トブンという名の信徒が「真の」再現儀式を探し求めて去った後、記録は途絶えていた。
これは黒衣の男のノートではなかった。ノートの持ち主は、両耳を切り落とされた不具の男――トブンだった。この日記のような研究記録を通して、シャルルもまた、この世界の知られざる一面をゆっくりと剥がしていった。
救世女神教会――その名前はシャルルも知っていた。二年ほど前、超常の力を探していた時、彼女も教会に足を運び、しばらくの間、祈りの言葉を傍聴したことがあった。
だが、当時のシャルルはこの教会に何の異常も見出せなかった。ただ、教義の一部がどこか仏教に似た一神教、という印象を受けただけだった。
このトブンの研究記録によって、シャルルは知った。どうやら、教会内の信徒はおろか、牧師でさえ超常能力のことは知らないらしい。教会自体も、普通の教会として運営されている。
超常の領域に触れるには、まず侍者として選ばれ、その後の試練を通過して司祭にならなければ、教会の神秘的な力にアクセスすることはできないのだ。
そして、記録の中のトブンは、元々はただの普通の信徒だった。何らかの超常的な事件を経験したことで、牧師の段階を飛び越え、直接侍者として選ばれたようだ。
ただ、侍者としての修行の道中で、この高望みで極度に自負心の強いトブンは、救世女神教会の教義から乖離し、別の道を歩み始めたらしい。
シャルルはもう一度ノートを読み返したが、他に価値のある手がかりは見つからず、もう一冊のトマスの日記を開いた。
そして、この日記に記録されていた内容こそ、あの黒衣の男のものだった。
【日記――トマス】
【あの教会の裏切り者の記録が正しければ、個人の記録というものは再現儀式の進行に役立つらしい。ただ、俺をチェックしてくれる司祭なんていやしないし、俺自身、書いたところで何になるか分からんが。まあ、とりあえず書いておくか】
日記の扉頁にはトマスの感想が記されており、その後に書かれていた内容は、シャルルを少なからず驚かせた。
この男は元々、ただの強盗だった。普段からアンソウ国内の村々を渡り歩き、流竄的に犯行を重ねていた。
彼は人当たりの良い顔と立て板に水の弁舌で人の信頼を得ることに長けており、家に入り込むと、そのまま強盗殺人を実行する。しかも、狙うのは決まって一人暮らしで弱そうな者ばかり。殺した相手の大半は老人か女性だった。
これは彼の日記における自述だ。そして、彼がこの日記を書き始めたきっかけは、最後の殺人だった。
彼がバーロン市近郊の村で犯行に及んでいた時、上等な生地の服を着ているが、重傷を負って瀕死の男に出くわした。
信頼を得るため、トマスは相手の傷の手当てをし、廃屋にしばらく匿ってやった。
やがて、相手の傷が絶えず悪化していく状況と、トマスが示し続けた偽りの善意の下、男はトマスに市内にある自分の隠れ家を教え、そこへ連れて行ってくれと頼んだ。
この負傷した男こそ、先程の研究記録の作者、あの司祭トブンだったのだ。
その後の出来事は、言うまでもない。
強盗トマスは、トブンの一軒家で彼を殺害し、価値のあるもの全て――三本の薬液と完全な再現儀式の記録を含め――を略奪した。
一本の完全な『アベンジャー』の薬液、そして二本の半製品の『教唆者』の薬液。これらは全て、信徒トブンが記録を書かなくなった後に手に入れたものだった。
超常の世界を垣間見たトマスは興奮し、すぐにトブンが生前に残した全てのものを研究し始めた。そして、『教唆者』に関する研究記録を見つけ出した。そこには、『教唆者』の再現儀式が詳細に記されていた。
いわゆる再現儀式とは、神の事跡を再現すること――魔薬を飲み融合し――力を得ること。
それは、神に至る道を再び歩むことだった。
何度か躊躇した末、トマスは完全な儀式が存在する『教唆者』の道を選んだ。なぜなら、彼は自分自身がこの道とまさに意気投合していると考えたからだ。唆すことこそ、彼の得意分野だった。
『教唆者』の再現儀式は単純だった。まず一本の魔薬を飲み干し、他人を唆し始める。殺人だろうが犯罪だろうが、影響が大きければ大きいほど、魔薬の消化効果は高まる。
成功が目前に迫った時、自分が唆した重大犯罪が起こる直前に、残りの魔薬を飲み、事の成り行きを静観しながら魔薬を消化する。
事件が終わる頃には、魔薬は自身と完全に一体化し、彼は真の超越者となれる。
それまでの数回の教唆の経験は、シャルルとは何の関係もなかった。
だが、最後の教唆は、シャルルと深く関わっていた。
彼は半年を費やし、魔薬が与える初歩的な「人を信じさせる能力」を使って、黒水組の首領に、自分が『アベンジャー』の薬液による再現儀式を知っていると信じ込ませ、首領に殺人を唆し続けた。
そして、トマスが自身の儀式の最後に用意したのは、黒水組の首領に、彼の甥を殺した者――その架空の仇敵――を自らの手で始末させることだった。首領が「復讐」を遂げたその瞬間に、『教唆者』の魔薬を飲む。
この儀式は完全に強盗トマスがでっち上げたもので、彼自身も儀式のプロセスを知らなかった。トブンの研究記録にも、『アベンジャー』の儀式に関する記述はなかった。
彼が黒水組の首領を騙して『アベンジャー』の魔薬を飲ませた目的は、間違った儀式によって首領が魔薬の影響で発狂し、理性のない、しかし超常の力を持つ殺人悪魔にすることだった。
そして、この悪魔が完成すれば、予想通り、トマスの『教唆者』の魔薬は完全に消化され、彼自身も真の超越者となるはずだった。
「ふぅ……」
シャルルは長い息を吐いた。
今の彼女には、自分がなぜこんな事件に巻き込まれたのか、ようやく理解できた。
これは裏切りと欺瞞によって紡がれた偶然の連鎖。シャルルはその中で、ただ無造作に生贄に捧げられる駒の一つに過ぎなかったのだ。
シャルルはシミュレーションの中で二本目の『教唆者』の魔薬を見つけられなかった。おそらく既にトマスが飲んでいたのだろう。そして、あの時あたしが彼を殺した後、彼の死体の血溜まりから析出したのは、完全な魔薬の素材だったということか。
幸いなことに、あたしは既に全てを知った。あたしはまだ暗闇の中にいて、敵はあたしの状況について何も知らない。
新しい情報がいくつか手に入ったおかげで、シャルルがこの事態を解決する手段もまた増えた。
例えば、ノートに記されていた――救世女神教会。
もし彼女がこの二冊のノートを救世女神教会の超越者に渡せば、自分が手を下すまでもなく、この事件は完璧に解決されるかもしれない。
難しいのは、どうやってこの二冊のノートの出所を説明するか、そして、どうすれば救世女神教会の超越者を見つけられるか、だ。
それに、教会の超常の領域に接触することが、自分自身を危険に晒すことにならないか、という懸念もある。
少し休む?
いや。シャルルはすぐにその考えを否定した。
彼女は今、知っている。午前4時45分を過ぎれば、トマスとソラリは西通りの「鉄槌」酒場にいる。しかも、ソラリは戦闘不能の状態にあるはずだ。彼らを殺すなら、夜明け前が絶好の機会。シミュレーションの中で、もっと細部を詰めるだけでいい。
もう一度シミュレーションに入る必要がある。できるだけ【死線返し】を使わずに済むように。もしシミュレーションの開始時間が午前4時45分を過ぎていなければ、まずは彼らを殺しに行き、その後に教会に接触する。
もし時間を過ぎていたら、直接教会に接触する。接触できなければ、シミュレーション内の時間で機会を窺って始末する。
彼女は確信していた。今のあたしなら、殺しの腕前は前のシミュレーションよりもずっと手際よく、もっと決断力を持ってやれる。もう相手に、ほんの少しのチャンスも与えない。
シャルルはシステムのシミュレーション画面を開いた。新しいランダムなシミュレーション時間がシャルルの目の前に表示された。
【来たる日:1時間後】
【過ぎし日:3日前】
【古き日:*、*日前】
一時間後?
シャルルが予想もしなかったのは、ランダムで選ばれた時間が、現在時刻からこれほど近いことだった。
教会がまだ閉まる前の時間。まずは教会を探ってみて、それから暗殺計画を練り直すことができる。
これって、あたしの計画に一番都合がいい回じゃない?
シャルルは二冊のノートを自分のメモ帳の上に置き、ベッドに横たわり、ゆっくりと目を閉じた。
「『来たる日』」
白い光が、彼女を飲み込んだ。"