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第一章 少女は平穏に暮らしたいだけ

"聖暦741年6月17日、重工業都市、バーロン市。

赤毛の少女が、目の前の分厚い木のドアを押し開け、騒がしい教室から出ていく。

教室を出ようとした、その瞬間。背後から少し緊張したような女の子の声が彼女を呼び止めた。


「シャ、シャルルさんっ! あの、明日の午後のお茶会に、お誘いしたくて……場所は、うちです」


声のした方に、シャルルはわずかに振り返る。その暗い赤色の瞳には、相手の、高貴さの象徴でもあるかのような真っ青な瞳と、彼女が手に持つ金箔押しの黒い招待状が映り込んでいた。


「ありがとう、エミィさん」シャルルはくるりと向き直って微笑み、招待状を受け取りながら言った。「明日、もし時間があれば、必ずお邪魔させてもらうわ」


目の前の赤毛の少女がはっきりと頷かなかったのを見て、エミィは少し残念そうな顔になる。

こう言われた時は、大抵お茶会には来ないだろうことを、彼女は知っていた。以前の、他の人たちからの誘いも、いつもこうやってやんわりと断られていたからだ。

それでもエミィは諦めきれず、重ねて誘いの言葉を口にする。


「進学についてのお茶会なの。アンソウ大学の教授も何人かいらっしゃる予定で……シャルルさん、法律に興味があるって言ってたじゃない? うちのお父様、その方たちと懇意にしてるから、教授たちの前であなたの聡明さを見せつければ、きっと推薦状をもらえるわ!」

「それに、もうすぐ卒業なのに、シャルルさん、まだ一度もうちに来てくれたことないし……うち、結構広いのよ?」


そこまで言って、エミィの瞳に再びキラリと光が宿る。

お茶会に参加さえすれば、首都アンソウで一番の大学の推薦状を、しかもシャルルが興味を持っている学科のものを、必ず手に入れさせてみせる――そう、ほとんど明言しているようなものだった。

もしシャルルが推薦状を手に入れられたなら、二人で一緒に、この灰色の霧に覆われた街を出て、首都アンソウの大学に通えるのだ!

エミィの心臓がドキドキと高鳴る。目の前で俯いて考え込んでいる絶世の美少女を見つめながら、彼女自身も少しうっとりとしてしまっていた。


シャルルの髪はまるで炎が燃えるよう。カールした髪が窓から差し込む陽光を浴びて、金赤色の光を放っている。まるで髪の一本一本が、炎の情熱と力を宿しているかのようだ。

その肌は象牙のように白く、赤毛との対比が鮮やか。彫刻のように完璧な目鼻立ちは、常にうっすらとした微笑みを浮かべ、どこか神秘的で高貴な雰囲気を漂わせている。

特に、心ここにあらずといった様子の、その暗い赤色の瞳は、深遠でミステリアス。視線が注がれるだけで、抗いがたい魅力が放たれていた。


「シャルルさん?」エミィは、思わず声をかけていた。シャルルの口から答えが聞きたい。たとえ、これまで誰の誘いも成功したことがなくても。


「わたくし……」シャルルの彷徨っていた視線が、再び目の前の金髪の少女へと焦点を結ぶ。ふっと表情から笑みが消え、招待状をポケットにしまうと、淡々と言った。「法律に興味があるなんて、一度も思ったこと、ありませんわ」

「お誘いありがとう。明後日の卒業式で会いましょう」


シャルルは軽く会釈して、くるりと背を向けた。

黒いワンピースの制服のスカートの裾が、ふわりと翻る。翻った裾は、エミィの感傷もろとも、重力に引かれて地面へと落ちていった。

エミィは何かを言おうと手を持ち上げたが、やがて力なく下ろし、目の前の赤毛の少女が遠ざかっていくのを、ただ見つめているしかなかった。


……


友人Aをあしらい、クラスメイトBに挨拶し、先生Cに出くわした時は少し長めに言葉を交わし、最後に通行人D、E、F、Gに笑顔で別れを告げた後、シャルルはバーロン私立学院を後にし、家路についた。

この世を儚んだ少女の身体に魂が入り、代わりに生活を始めて三年。シャルルも、この世界の生活と、自分の新しい身分には、おおよそ慣れていた。

前世と似て非なる世界。まるでヴィクトリア朝時代のバーミンガムのようでありながら、細部では多くの違いがある――例えば、前世では聞いたこともない名前の教会がいくつもあり、それらが建てた奇観とも言うべき建築物も多い。

ただ、少しがっかりしたのは、この三年間、超常的な力に関連する事件や人物には、一切遭遇しなかったことだ。どうやら、ここはごく普通の平行世界らしい。


学院を出た彼女は、整然とした石畳の道を進み、そのエリアを抜ける。三ブロックほど歩を進めると、シャルルの足元は、黒い砕石が敷き詰められた砂利道へと変わった。

クロックタワー横丁。

学院周辺の、清潔で優雅な環境と、きれいに敷かれた石畳とは対照的に、クロックタワー横丁は蒸し暑く、機械と炉の轟音が絶えず響き渡っている。地面の黒い砕石が敷かれた、轍だらけの道からは、なんとも言えない酸っぱい悪臭が漂っていた。

クロックタワー横丁は、バーロン市の縮図そのものだ。機械は昼夜を問わず轟音を立て、蒸気は黒煙を伴って天高く昇る。街全体が、まるで大空をも焼き尽くさんと欲する巨大な炉のようだった。


「チリン――」


一台の馬車が猛スピードで走り去り、水たまりの汚水を跳ね上げた。黒い水飛沫が飛び散り、その一滴が、シャルルの清潔な白いハイソックスに、ぽつんと暗い染みを作った。

学院からここまで来ると、まるでホグワーツの撮影現場から、隣の『ピーキー・ブラインダーズ』のセットに数歩で足を踏み入れたかのようだ。同じ街の中に、こんな光景が存在するなんて、ちょっと信じがたい。


「おっと、嬢ちゃん、大丈夫かい?」


馬車はシャルルの背後、少し離れた場所で止まった。ダブルの礼服を着た、でっぷりと太った中年の男が、窓から頭を突き出す。頭のシルクハットを取って額の汗を拭いながら、その目はシャルルの後ろ姿に釘付けになっていた。


シャルルはまるで聞こえなかったかのように、制服のつば広帽子の縁をぐっと引き下げ、足早に歩を進める。

まるでアフリカの大草原にいるカメラマンのように、発情期であろうとなかろうと、動物とのいかなる接触も極力避け、「自然主義」と「非干渉撮影法」を遵守する。

シャルルは慣れた足取りで路地を抜け、反対側の道へ出た。

通りの両脇には、高さもまちまちな長屋が立ち並び、壁はところどころ剥がれ落ち、年月の痕跡を物語っている。路地には、石炭の煙と料理の匂いが混じり合って漂っていた。

彼女は44番地の前で立ち止まり、ふうっと息をつく。数段の階段を上がり、ドアの前に立った。

シャルルは鍵を取り出したが、すぐには錠を開けない。わずかに身を屈め、ドアの隙間を注意深く探る。やがて、隙間から一本の、燃えるような赤い長い髪の毛をそっと引き抜いた。

自分が家を出た後、ドアが開けられていないことを確認して、シャルルはようやく鍵を錠に差し込み、ドアを開けて中に入り、内側から鍵をかけた。

分厚いドアが、外の騒音と、なんとも形容しがたい匂いを遮断してくれる。シャルルの張り詰めていた神経も、いくらか和らいだ。

目の前の狭いリビングには、粗末な木製のテーブルと椅子、古風だがきれいに拭き上げられたソファ、そして小さな暖炉がある。暖炉の上には、いくつか可愛らしい小物が置かれており、全体的に簡素ながらも温かみのある空間だった。

キッチンはリビングと繋がっており、そこの石炭ストーブが主な調理器具だ。隅には、いくつかの石炭の袋が積まれている。

シャルルは二階に上がり、自室に戻ると、制服のワンピースとエプロンを脱ぎ、作業しやすい麻のスカートに着替えた。それからキッチンに下りて火を起こし、食事の準備を始める。

もし学校の人間――例えば、先ほどのエミィさん――が今の彼女の姿を見たら、間違いなく顎が外れるほど驚き、自分が幻覚でも見ているのではないかと疑うだろう。

あんなにミステリアスで貴族的な雰囲気の美少女が、どうしてこんな最下層の地区に住んでいて、こんなにも手際よく家事をこなしているのか?

――そんな顔しちゃって。信じられないとでも言いたげね?


シャルルは手慣れた様子で夕食を作り終えた――ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、キャベツと、少量の肉の切れ端で作ったシチュー、それから厚切りにして軽く焼いた黒パンだ。

小さな鍋に入ったシチューと、皿に盛られたパンを、小さな木製のテーブルに並べると、シャルルはエプロンで手を拭き、スカートのポケットに手を入れた。取り出したのは、古びた銀色のケースの懐中時計だ。

この懐中時計は、シャルルがこの世界に来た時から彼女の身にあったものだ。鎖は見当たらず、元は銀色だったであろうケースも酸化して黒ずんでいる。しかし、時間の正確さだけは確かだったので、シャルルは質に入れることなく、手元に残していた。

時間観念の強い人間にとって、このような懐中時計は非常に重要なのだ。


「6時29分……1分早かったわね」


料理の腕がまた上がったせいか、今回は夕食を作り終えるのが1分早かった。

1分という時間は、何をするにも中途半端だ。ただ時間が刻々と過ぎ去っていくのを見つめるしかない。時間を無為に過ごす感覚に、シャルルは少しばかり焦りと居心地の悪さを感じた。


「大丈夫。目を閉じて1分カウントダウンすれば、お姉ちゃんが帰ってくるはず」


シャルルは目を閉じ、深く息を吸う。手の中の懐中時計の秒針が、チクタクと時を刻む音に身を任せた。


59……

21……

1……


「ゴォォン――ゴォォン――」


クロックタワー横丁にそびえ立つ巨大な時計塔が、高らかな鐘の音を響かせた。この地区の住民に、時刻が午後6時半になったことを告げている。

その時、ドアの外から聞こえてきた、普段とは違う騒々しい物音が、彼女を瞑想状態から現実に引き戻した。


「ドンッ――」


鈍い衝突音。それに続いて、少し嗄れた、怒気を帯びた女の声が響いた。


「失せな! 二度と家の前でコソコソ嗅ぎ回ってる姿を見せるんじゃないよ!」


お姉ちゃんが帰ってきた?

シャルルは立ち上がり窓辺へ歩み寄ると、カーテンの隙間から外の様子を窺った。

金髪の後ろ姿が、シャルルに背を向けて玄関前の階段に立っている。そして、その金髪の背中の前には、キャスケット帽を被った、痩せた背の高い青年が転がっていた。

青年が倒れると同時に、同じくキャスケット帽を被り、黒いサスペンダー付きのズボンと白いシャツを着た数人の青年たちが、四方八方から姿を現す。その中の一人、片目の小柄な男が、倒れた青年を抱き起こした。

青年は支えられて立ち上がると、いきなり、助け起こした片目の男の顔面に拳を叩きつけた。

「クソッ! 人が来たんなら、なんで言わねぇんだよ!?」

片目の男は、ただただ恐縮した様子で青年の後ろに立つ。一方、青年は服についた土埃を無造作に払い落とし、目の前の金髪の女性に向き直ると、ふてぶてしく言い放った。


「リチィ、そうカッカすんなよ。俺はただ、未来の嫁さんの顔を見に来ただけだってのに」


その軽薄な言葉に、彼に従ってきた男たちがどっと笑い出し、中には口笛を吹く者もいる。

リチィの拳がギリッと握り締められ、額の青筋が浮き上がりそうだ。だが、彼女は何かを思い出したかのように、ふうっと息を吐き、握った拳を下ろすと、ただ淡々と言った。


「消えな、エアン。次にここでアンタを見かけたら、その汚い口を引き裂いてやるから」


言い捨てて、リチィはくるりと背を向け、一言も交わす気はないとばかりに歩き出す。


「……ちっ」エアンは、リチィの後ろ姿を見つめ、忌々しげに地面に唾を吐き捨てると、罵った。「化け物面が」

彼の視線が、ふと窓の方へと向かう。窓の後ろから覗いていた、赤毛の小柄な少女の姿を捉えた。


「シャルル~!」エアンは大げさに両腕を広げ、窓に向かって叫んだ。「久しぶりじゃねえか!」


だが次の瞬間、カーテンが引かれた。エアンは気にも留めない様子で、なおも、周りに誰もいないかのように笑いながら叫び続ける。


「明後日、卒業なんだってな? おめでとうよぉ! 卒業式には俺も行ってやるぜ? お前の友達にも、挨拶しとかねえとな」

「どうせお前には家族もいねぇんだ。俺が友達たくさん連れてってやるよ。場を盛り上げてやるって、ハハハハ!」


嘲弄的な笑い声が背後から聞こえてくる。それはまるで、一本一本の鋼の針がリチィの脳に打ち込まれるかのようだった。

リチィは、怒りの炎が心の底から頭のてっぺんまで突き上げてくるのを感じる。まるで濃硫酸でも浴びたかのような、痛々しい傷跡に覆われた顔が、ぐにゃりと歪み始めた。

彼女がこんなにも必死で働いているのは、ただ、妹のシャルルを、もっと良い場所へ送り出し、自分自身と、そしてこの階層から完全に切り離し、より良い人々に出会わせるためだったのだ。

もし本当に、このチンピラに卒業式で騒ぎを起こされたら? 妹の友達は、妹の先生は、彼女をどう見るだろうか? 妹が苦労して築き上げた友人関係や人脈が、一日で全て台無しになってしまうかもしれない。

リチィが作業ズボンの内側に忍ばせた短剣の柄に手を伸ばした、その時。

家のドアが開き、一本の、白魚のような、細くしなやかな手が、彼女の腕を掴み、家の中へと引き入れた。"


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