第55話 あの事件の裏 ②
ジェシカはこの数日のいつ仕掛けてくるかわからない状況下で、クロウの安否に気遣った。
どんな暗殺者にしろアッシュを狙っているのならば、クロウを人質に呼び出すのは策の一つになるだろう。母親である伝説の傭兵【ナンバー99】のブレインを入れているとはいえ、まだ誰もクロウの〝本気〟を見たことがない。
クロウの肉体事情もわからないので、出来る限り自分が守りたいとジェシカは思っているのだ。
そんな中で、クロウが消えた。
ジェシカは半狂乱で探し回り、談笑していたキースやリバーを怒鳴りつけ、探しにいかせた。
「クロウが姿を消した」と、取り乱しているジェシカをなだめるために、キースもリバーもクロウに専用回線で問いかけ、
「『単独行動中だ。そのうち戻るから心配しなくてい』と言っているから心配する必要はないだろう」
「クロウがそんなに簡単にやられるワケねぇしよ、隠密行動中なら騒がねぇほうがいいんじゃねーの?」
と、呑気に返したらジェシカの怒りが爆発したのだった。
廊下でシャム・シェパードと話しているクロウを見かけたとき、ジェシカは血が凍るかと思った。
慌てて駆けよったが、シャム・シェパードはあくまでもとぼけた生徒の状態だったのでジェシカは安堵し、クロウをシャム・シェパードのそばから引き離し抱きしめつつ専用回線で問いかけた。
『どうしてこんなところにいたの!?』
『敵対者二名が動いたからだ。シャム・シェパードが勝利し、ミザリー・アレグラを始末した。この後どうでるか探ったが……さすがとしか言いようがない。人格が切り替わったように平静だ。珍しいタイプのプロだな』
『呑気! 下手をしたらクロウも危なかったじゃないの!!』
ジェシカが詰るとクロウは冷静に返した。
『ここで私を襲ったら今までの努力が水の泡になるだろう。絶対にないと言い切れる』
『…………』
ジェシカはしぶしぶ同意した。
シャム・シェパードはジェシカの狂乱にドン引きしている。そして危うきに近寄らずと言わんばかりに「……僕、呼び出されているので……」とごにょごにょ言いながら遁走しようとした。
その時、タイミングを計ったと言わんばかりに悲鳴が上がる。
悲鳴の方へ振り向くと、ルージュ・サラブレットが血まみれで飛び出してきた。
『血まみれだけど……彼女、生きているの?』
『犯人にするために生かされたのだろう』
ジェシカとクロウが専用回線で会話する。
シャム・シェパードの思惑通り、ルージュ・サラブレットは半狂乱で「あたしじゃない!」と繰り返している。
「行くぞ」
クロウが声をかけ、ジェシカと向かった。
空き室に、ミザリー・アレグラが倒れている。辺りは血まみれだ。
クロウがジェシカに声をかけると、ジェシカは意図を組んでミザリー・アレグラの生死を確認した。
シャム・シェパードはミザリー・アレグラの死体を息を呑んで見つめ、嘔吐くと口元を押さえて走り出ていった。
クロウはそれをチラと見ると、キースに連絡した。
『ナンバー29。シャム・シェパードの行方を追ってくれ。その後の行動は任せる』
『ラジャー』
現場近くまで来ていたキースは短く返答すると、現場へは向かわずシャム・シェパードの行方を追った。
専用回線でジェシカとのやりとりを聞いていたキースは、初めてシャム・シェパードという人物に戦慄した。
キースの目に映る、青い顔をしながら嘔吐している少年は、どう見ても普通の生徒なのだ。
死体に慣れていない、血の臭いに慣れていない者のする、当たり前の行動。
誰も見ていないのにいっさいの油断なく演技をし続けるその少年は、単なる『人殺しを生業としている者』以上の存在だ。
自分には無理だ、と思いつつ、無表情かつ無感情に彼を心配し、ついてくるように促した。