第36話 キース・カールトンの独白 後編
レベッカは恐らく、娘の護り手を集めていたのではないかと思う。
その最大手はアッシュだ。さすがにアッシュを同い年設定にはしなかったようだが。
――レベッカが亡くなった後、部隊数を半分以下に減らしながらも俺たちは生き残った。
そして、全員が部隊を解散することに同意した。
正確には、俺とリバーとジェシカ以外、生き残った大人たちが賛成した。
どこかでわかっていた。
レベッカがいたからこそなんとか生き残っていた。
皆、それぞれ実力があると思っている。だけど、一番の実力者であるレベッカですら死ぬ。
「――レベッカが死ぬまでは、ずっと傭兵でいると思ってたよ。それこそこの部隊名を轟かせようってな! ――だけどよ、その前に死ぬだろうな。死んで名を轟かせるよか地面に這いつくばってでも生き残った方が勝ちだ。……この世界はな」
「俺は、傭兵になるしかなかった。お前らレベッカに拾われた連中もそうだろ。どこもかしこもアンノウンと戦うかさもなくば人と戦うか。ここには平和なんて欠片もねぇ、ならいっそ傭兵になって敵をぶっ殺す腕を磨き続けた方がいいって思った。……でも、ここの戦争が終結して、アンノウンも人も死にまくった。さすがにこれ以上殺そうって考えるやつはいないだろ。なら、ここで、平和に暮らす算段を見つけるさ」
この地区を復興しつつ傭兵ではない暮らしを探す人、生まれ育った地区に戻る人、途中で見つけた穏やかな地区に行ってみる人、それぞれがバラバラに分かれる。
俺たち四人は、ひそかに傭兵を続けようとしたが、アッシュに捕まった。
「お前らに、俺が生前レベッカから伝えられた遺言を教える」
俺たちは固まった。
『もしも自分が死んだら、自分の娘クロウを護り、リバー、ジェシカ、キースを安全に暮らせるように手配しろ』
――その言葉は、俺を縛った。
リバーやジェシカはわからない。二人はそう言われようが――特にリバーは――自分の意思を貫くかもしれない。
だが、俺には無理だった。彼女がそう望むのなら、彼女に命を救われ、安全に生きてほしいと願われたのなら、俺はそれに逆らえない。
俺は諦めて下を向いた。
リバーは何か言いかけて口を閉じ、諦めたようにそっぽを向いた。ジェシカは、何か言わないのかというような目でリバーを見た後、次に俺を見て、やはり諦めて下を向いた。
「俺はもともとセントラル地区の出身だ。兄たちに嵌められ、ここに追いやられた。だから俺は、俺の方法でお前たちを保護する。まずセントラルに乗り込んで兄たちを粛清にかかる。――ということで、まずは俺の復讐の手伝いをお願いすることになるな」
俺たちは啞然としてアッシュを見た。
リバーは呆れた声を出す。
「お前……俺たちをいいように使う気かよ?」
「言葉ではなんとでも言えるでしょ。とにかく、俺が思いつく安全な場所はそこだ。かつ、危険な場所でもある。何せ、少しでも油断したら嵌められて殺されるかもしれないところだからな。だが、今の俺ならそうはいかないし、お前らも――なんとかなるだろ」
アッシュが肩をすくめる。
「復讐は、やめる気がないんですか?」
俺が尋ねると、アッシュが苦笑する。
「ない。――というか、しないとこっちが殺られる。俺はもうなんとも思っちゃいないが、連中は俺が現れたら『追い落とされ殺される』って戦々恐々として、こちらを殺しにかかってくるだろうからな」
それは復讐ではないんじゃないかと思ったが、言葉ではなんとでも言えると言ったアッシュの言う通り、復讐でも排除でも防衛でも、行う予定の行動はそうなんだろう。
――そして、ナンバー99の皆と別れた。
全員、部隊で着ていた兵服ではなく、私服で別れた。
「――アイツら本当に大丈夫か? 一般人のフリして潜入してきた傭兵としか見えないんだけど」
アッシュが歩き去る皆の背を見ながらつぶやいていた。
*
そして今ここにいる。
これはこれでいいかな、というのが現時点での感想だ。
居心地は決して良くないが、別に何かを殺すことに生きがいを感じているわけではないし、死に急ぎたいわけでもないし、安全な暮らしをレベッカが望むのなら、それでいい。
ただふと、あのときのことを思い出す。
レベッカに「残念だったな。お前もジェシカもついてない」と言われたことを。
――そう。俺は、両親と俺の両腕の仇であるあの隣家の連中に復讐出来なかった。
あのとき父は、警備隊にあることを頼んだ。
それは、父とあの男たちの会話をオープンにして誰でも聞こえるようにしておくから、何かあったらフォローを入れてくれないか、シェルター前まで来たら声をかけるから入れてくれないか、だった。
警備隊は父の言葉にうなずいてくれた。
そして――シェルター前までやってきた隣家の連中に、扉は開かなかった。
必死になって開けようとし、さんざん喚いたらしいが、開かなかった。
そこに、とうとう追いついたアンノウンが隣家の連中全員を殺してしまったそうだ。
俺はジェシカほど酷く怨んでははないが、確かに俺の手で殺したかったかな、という気持ちはある。
だが、会話を聞いて、『決して扉を開けなかった』警備隊のあの人には、感謝をしている。