第26話 クロウ・レッドフラワー
――その手は空をつかんだ。
私の瞳孔が開き、わずかに体勢が崩れる。
『幻術だ』
クロウ・レッドフラワーの声が頭に直接響いた。
……粟立つ感覚。上からだ!
天を仰ぐと、クロウ・レッドフラワーが降ってきていた。
そして、自分の頭に取りつき、足で首を絞めてきた。
「ぐっ!」
もがいて取り外そうとしたが、あっという間に力が入らなくなる。
暗転しそうな意識をつなぎとめるのが精一杯だ。
ただ、わかったことがある。
戦い方がおかしいと思っていたが、どうやらコイツらは私を生け捕りにしたかったらしい。ならば、まだ手はある。
と、考えた途端、上部頚椎に針のようなものを差し込まれた感覚がした。
――やはり殺す気なのかと思ったら、死なない。
「シャム・シェパード。君はなかなか見どころがある。ブレインに防壁を構築している者は、このメンバー以外でははじめてだ。どう突破しようか悩んだが……やはり有線でつなぐのが一番だと思い、君が一番油断したこの瞬間を狙った」
「……な……に……」
「殺されるとわかったら、データを消去するかもしれない。あるいは自棄になって自殺するかもしれない。なので、追い詰めつつも死ぬか生き残るかのギリギリのラインを行ったり来たりさせ、精神にすき間をあけ、そして私を人質にとれば助かるかもしれないという希望の光を宿し油断させたのが今の状況だ。無線による防御壁はあるだろうが、有線はないだろう? 通常の方法ではないからな。というか、私にしか出来ない技だ。これで君のデータをいただく」
無感情に話しながら私をギリギリと足で締め上げる。気絶しそうな意識をつなぎとめ、必死でクロウ・レッドフラワーの足を外そうとするが、まるで人間の足じゃないかのような固さで固定され、どうにもならない。
足掻いていたら、またクロウ・レッドフラワーが静かな声で語りかけてきた。
「抵抗はしてもいいが、無駄だと言っておこう。君のブレインと私のブレインでは、性能の差がありすぎるし、そもそも今つながっている私のブレイン【クロウ】は情報処理特化なのだよ。――なので、そろそろ【クロウ】から【レベッカ】に交代する」
何を言っているかわからない。とうとう立っていられず崩れそうになったが、誰かが支えた。
「クロウ。本当にこの手しかなかったのか?」
不安そうな声が至近距離で聴こえてきた。……支えているのはアッシュ・ウェスタンスらしい。
「他にも手はあったけど、この手が使いたかったんだとさ」
雑な話し方になった。まるで人格が変わったかのようだ。
「……レベッカ……。止めろよ! クロウに万が一何かが起きて、クロウが吹っ飛んだらどうする気だ!? いくらお前のブレインが優秀だろうと、クロウの本体はクロウのブレインだろうが! お前はサブだろう!」
…………まさか。クロウ・レッドフラワーには二つブレインが入っているのか!?
そもそもそんなことをして、制御出来るのか!? 一つのブレインだって、私はここまで使いこなすのはすさまじく大変だったというのに……!?
「だから、吹っ飛ばないために今あたしが出てきているんだ。クロウが認めるほどのやつのブレインの処理能力に勝てるようにさ」
その会話を聞きながら、私の意識はとうとう暗転した。




