仲間
俺は一つ深呼吸をした。
地上のガスやなんやらで汚染されたものとは違い、はるか上空の澄んだ空気が体内をめぐっていく。
「動け」
俺は目の前の消しゴムを見つめながらそう口にする。
すると、ふわりと物理法則を無視するかのごとく消しゴムが数センチ浮かび上がった。
念動力。
それが、俺の与えられた神の祝福。
次に俺は、自身の机に目を向ける。
もう一度深呼吸をした。
「動け」
机がガタリと揺れる。
それだけだった。
「……」
俺の能力を正確に言うと、手のひらサイズ以下の物体しか動かすことができない念動力だ。
神の祝福を得られるだけうらやましいと言われることもあったが、こんなちんけな力が何に役立つと言うのか。
いや、全く役に立たないわけではないのだが、周りには炎を出したり氷を出したりと言ったどこぞのフィクション化と言いたくなるような奴らがゴロゴロいる中で、こんなしょぼい力を持っていたところで悪目立ちするだけである。
『落ちこぼれ』というレッテルが貼られてもう一年近くたつ。
「はあ……」
思わずため息をつきながら背もたれに大きくもたれかかると、見上げた視線の先に見知った顔があった。
「どうしたの?そんなため息をついて」
「元気ねーなアイト。また相沢になんかやられたか?」
そこにいたのは一組の男女だった。
女子の方は俺の幼馴染の四条玲愛。
家が隣で小学校から中学校までずっと一緒のクラスというプチ奇跡もありつつ、気心の知れた中だ。
もう俺は見慣れたが、眉目秀麗学業優秀の才色兼備女子であり、中学校の時には一週間で三十人から告白されたという伝説を持っている。
ちなみに今まで告白をオーケーしたことはないらしく、もしや同性が好きなのではという噂が立ったこともあった。
男子の方は、嵐原集。
この学園で入学してから出会った。
名前順に並んだ時に席が前後だったから自然と話すようになり仲良くなった。
今では俺の唯一の友人と言ってもいい。
俺の神の祝福を知ったうえで変わらず接してくれる気のいいやつだ。
玲愛は心配そうに、集は怒ったように俺の顔を覗き込んでいた。
俺は薄く笑って首を振った。
「いや、一週間後に神様が言ってたイベントがあるだろ?あの鐘を鳴らせば、願いが叶うってやつ。俺も本気で挑もうと思ってるんだが、自分の神の祝福を改めて確認してため息をついてただけ」
そう言って俺は窓の外に目を向ける。
風が強いのか、屋上に設置された鐘が少し揺れていた。
「ああ……なるほど」
集が何とも言えない表情をする。
反対に、玲愛はぱあっと顔を輝かせた。
「ならさ、私たちチームを組みましょうよ!」
机にドンッと手をつきながらそう提案した玲愛に、俺は首を傾げる。
「チーム……?」
確かに、チームを組んではいけないなんてことは言われていない。
しかし、褒美を受け取れるのは鐘を鳴らした一人だけなのだ。
チームを組んだとしても、その一人以外は褒美をあきらめなければならない。
「誰が鐘を鳴らせるかはわからないけど、もうそれは恨みっこなしにしましょ」
俺の考えを読んだのか、玲愛がそう付け加える。
確かに、最後どういう状況になっているかもわからないし、予め誰が鳴らしても文句なしってことにすれば問題ないのかもしれない。
しかし、それ以外にも問題がある。
それは――
「……俺とチームを組むメリットが、玲愛にはないだろ」
玲愛の神の祝福は稲妻。
雷を扱うことのでき、光に近い速度での移動も可能なチートすぎる力だ。
学内でも最強候補に挙がる神の祝福。
そんな玲愛が落ちこぼれの俺と組むメリットがない。
そんな俺の言葉に、玲愛が悲しそうに目じりを下げた。
「……メリットなんてどうでもいいよ。私はアイトと一緒にいたいの」
そんな一歩間違えれば告白にしか聞こえないような言葉に、俺の頬が僅かに紅潮する。
しかし、俺は首を振った。
「……ダメだ。玲愛にも願いがあるだろう?俺みたいなお荷物を背負わせるわけにはいかな――」
「私がもし鐘を鳴らしたら、アイトと同じ願いを言うと思うよ」
俺の話を遮った玲愛の言葉に、俺は驚き目を見開く。
そうだった。
こいつは幼馴染みで、俺のことを何でも知ってるんだった。
潤んだ瞳が俺の視線と交錯する。
本音を言えば。
玲愛の協力は願ってもない申し出だった。
しかし、俺のために玲愛が自分を犠牲にしていいはずがない。
その自分を納得させるための理由は、当の玲愛によって叩き潰された。
気付けば、震える声が俺の喉奥から出ていた。
「……助けてくれ」
「勿論だとも」
玲愛がにっこりと笑って自身の胸を叩く。
俺は思わず涙が出た。
「あー、勿論俺もチームに入れてくれるよな?……え、入れてくれるよね?」
感情がぐちゃぐちゃになって、集の言葉にまともに返事が出来なかった。
返答がないことに焦った集がテンパった様子を見せるので、思わず笑ってしまう。
「……ああ、二人ともよろしく頼む」
俺がそう言うと、玲愛と集は大きく頷いた。
次話で少しアイトの過去を書きます。