出番です!淑女育成委員会
「レミリア・クラウディウス公爵令嬢、貴女との婚約を破棄する! そして私はミミル・ラウト男爵令嬢を新たな婚約者とする!」
この国の王子であるコルネリオは自らも通う学園の卒業パーティーで、高らかに宣言した。
その言葉にレミリアはにっこりと笑って、
「婚約破棄ではなく婚約解消と申し上げたでしょう、コルネリオ様! 一生に一度のセリフを間違えないでくださいませ!!」
笑顔のままで、器用に王子に一喝入れた。
それを見ていた周りは苦笑し、ミミルもまた扇を広げて口元を隠した。
「うっ…。すまない、レミリア嬢」
「王族が簡単に頭を下げない!」
「すま…いや、なんでもない。レミリア嬢、貴女との婚約を解消しミミル嬢を婚約者とする。ミミル嬢もよろしいか」
イマイチきまらない王子と元婚約者のやりとりの中、話を振られたミミルは「よろこんで」と一礼した。
根回しができてるのに大丈夫かとも思われるコルネリオ王子だが、その辺りはミミルがしっかり手綱を握れば問題ないというのが、男爵令嬢であるにも関わらず選ばれた彼女への信頼の強さからきている。
遡ること数年前…。
全ての貴族の子息令嬢が通う学園でのこと。
学園へ通うことが決まった片田舎の男爵令嬢であるミミルは、王子であるコルネリオと仲を深めていた。
きっかけは些細なことで、ミミルが落としたハンカチをコルネリオが拾いあげたのだが、施された刺繍のすばらしさに目の肥えているはずコルネリオが称賛の声をあげたのだ。
趣味の範囲でしかなかったはずのことがどうしてそこまで讃えられているのか理解できなかったミミルは、最初こそ困惑した。
しかし、かなり熱く語るコルネリオに次第に絆されるようになり、身分そっちのけで恋に落ちたのである。
頭の片隅では、王子ならば婚約者である公爵令嬢がいるはずと分かっていた。だがズルズルと関係を続けていってしまい、とうとう婚約者のレミリアのお茶会の招待状が届いてしまった。
出ないという選択肢はなく、出席したお茶会には当然レミリアの親しい令嬢たちがそろっていた。
ミミルを歓迎する声はあるはずもなく静まり返っている中、ミミルはレミリアと同じテーブルに案内された。
これはもう開き直るしかないとすら思っていたミミルに、簡素な挨拶を済ませたレミリアは問いかけた。
「ミミル様、あなたはコルネリオ様のことを愛しているとおっしゃるのですね?」
「…はい、レミリア様」
「そう、ならば…」
レミリアは扇を持っている手を振り上げた。
殴られる!
そう思ったミミルはギュッと目を瞑った。
「ようこそ、淑女育成委員会へ!!」
「はい?」
「これからミミル様は王子の伴侶にふさわしい技量を備えるべく、我らが委員会の一員になっていただきます!」
レミリアはバッと扇を広げてその場にいる全員に聞こえるほどの見事な声量で告げた。
そして周りからはなぜか喝采があがった。
あぜんとするミミルの両手をガシッとレミリアは握った。この公爵令嬢、見た目より力がある。
「臆することはありません。委員長は王妃様です」
「え」
「顧問には王妹であるジェリンヌ様が就いておられます」
「へ」
「そしてわたくし、レミリアは副委員長でございます!」
「ふえ!?」
「ミミル様、我らが委員会はコルネリオ様を支える同志で結成されているのです。この先あなたがコルネリオ様と結ばれるためには委員会に属し、いかなる時も淑女として振る舞えるようにならなければならなければなりません。田舎者と侮られぬ振る舞いを、身分の低さを覆すさらなる高い身分の後ろ盾を得て次期王妃の座をつかみなさい!」
「ええええええええええ!?」
―淑女育成委員会―
それは歴代のどこかで必ず身分の低い令嬢に恋をした王子が出るために作られた、王妃主催の集まりである。
この国は王族でも自由恋愛をする風習があるため、身分が低すぎなければ特に問題はなかった。しかし建前上としては公爵家が後ろ盾となるために伴侶となるべきであった。
そのためとりあえず婚約はするが、その後どうするかは王家と公爵家が話し合いで決めるというなんとものほほんとした内情がある。
今回も王子が恋慕したのが男爵令嬢であり、公爵令嬢は王子に恋心の欠片もなかったことから円満に委員会は立ち上げられたのだ。
そういったもろもろの情報過多により、ミミルは思考を停止しかけた。
停止している暇など委員会のメンバーによって阻止されたのだ。
怒涛の勢いで始まったミミルの淑女教育により、歩き方やお茶の飲み方などの振る舞い、ダンスに言葉遣いまで、信じられない勢いで彼女は次期王妃に相応しいとされる成長を見せた。
泣き言を言わなかったわけでもなく、反対の声が上がらなかったわけではない。
だが後ろ盾はその時はまだ婚約者のレミリアである。彼女を始めとした淑女育成委員会のメンバーにもまれにもまれたミミルは、それは逞しくなった。精神的に。
反対派を丸め込み、根回しをしたのは委員会の力添えを得たミミル自身ということもあり、今回の婚約解消は当事者のはずのコルネリオすら気づかぬ部分まで知れ渡っていたのだ。
そんなこんなで。
ちょっと抜けてる王子なコルネリオと、王妃・公爵令嬢公認である新たな婚約者ミミルは、じゃっかん王子が尻に敷かれてる感が無きにしも非ずながらも無事夫婦となった。
数年後、王妃となったミミルは思った。
もし自分の子である王子が、自分と同じ身分の低いものと恋に落ちたら…
その時は、徹底的に令嬢を鍛え上げればすべては円滑に進むんだろうなぁ、と。
もしそうなれば、次の顧問は間違いなく今でも親しくしているレミリアなのだろうなとも思ったり思わなかったり。
おしまい。