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別の世界ではただの日常です

トレイ

作者: 茅野榛人

 仕事が終わると、決まって近くにあるフードコートで食事をする。

 今日もクタクタになった身体でフードコートに足を運ぶ。

 メニューは固定していない為、何を食べようか迷う。

 そう言えば最近魚を食べていない。

 自分の好きな食べ物を良く食べる傾向にある為、最近は肉料理を良く食べている。

 肉に飽きた訳では無いが、そろそろ魚を食べた方が良いのでは無いかと思ったのだ、と言っても、別に栄養に関する知識がある訳では無い為、適当に考えた。

 今日は魚の定食を食べよう。


「いただきます」

 魚の定食を食べながら考える。

 自分は一体、何の為に生きているのであろうか。

 学生時代は将来の夢を考えて、生気と幸せで満ちていたはずなのに、今は仕事しか考えていない。

 友人も恋人もおらず、ただ一人でサラリーマンをし、ささやかな幸せを受け取る為に食事をし、ただただ死なないように生きている、自分が何になりたかったのかさえ忘れて。

 嬉しい、楽しい、面白い、何時しかこれらの感情は、自分の奥深くへと消えて行ってしまった。

 自分は、今何がしたいのであろうか。


「ごちそうさまでした」

 腹を満たし、食器を置いてトレイを店の返却口に持って行こうとした時だった。

 隣のテーブルで食事をしていた男女も食事を終えて、トレイを店に返却しに行った。

 しかし女性はトレイに食器を綺麗に並べていた。

 几帳面だなと思ったが、その後自分のトレイを見てみると、あまりにも適当に並べ過ぎていると思った。

 自分はあの女性の真似をするように、食器を綺麗に並べ、トレイを店に返却した。


 自宅に向かっている途中、地面にボールペンが落ちているのを見つけ、拾った。

 交番に届けようと歩いていると、何か探し物をしている様子の若い女性を見かけた。

 もしかして、と思い声をかけた。

「すみません」

「あ、は、はい、何でしょうか?」

「何かなくされたんでしょうか?」

「あ、はい、あの、ボールペンを……」

「もしかしてこれでは?」

「あ! あ……ありがとうございます! これですこれです!」

「良かったです、道に落ちてましたよ」

「そうでしたか……私適当にバッグに詰め込んじゃうタイプで……そんでもってバッグには……これが……」

 女性が持っていたバッグには、大きめな穴があいていた。

「これは、中の物が落ちてしまいますね、良かったら、新しいバッグ買いましょうか?」

「いえいえいえいえ! そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ!」

「いえいえいえ、お気になさらないで下さい」

「……ん-そうですか? なら……」


 ベッドの中で今日の事を振り返る。

 思わぬ展開になった。

 昨日の夜、新しいバッグを買おうかと提案したら、自分の好みにあったバッグが欲しいから一緒についてきて欲しいと言われた。

 なので自分が殆ど毎日利用しているフードコートがあるショッピングモールの中にある店で一緒にバッグを選び、購入して別れた。

 久々にプライベートで他人かつ異性の人と話した。

 そしてやはり思った、これは、恋愛の始まりなのではないかと。

 生き甲斐の無い孤独な毎日が、遂に終わる日がやって来るのでは無いかと、期待している自分がいる。

「おやすみなさい」


 どうやら自分が勝手に恋愛の始まりだと思い込んでいたようだ。

 今日、いつも利用しているフードコートがあるショッピングモールに向かう途中、あの女性を見かけたのだが、男性と一緒に歩いていた。

 恋人繋ぎをしながら、楽しそうに歩いていた。

 恐らく、自分があの女性と一緒になれる日は来ないであろう。

 しかし、何故かは分からないが、自分はあの男性を何処かで見た事があるような気がする。


「ごちそうさまでした」

 結局自分は一生孤独なのだと思い、何時もよりもゆっくり箸を動かした。

 トレイを返却しに行こう。

 あ、思い出した、あの女性と一緒に歩いていたあの男性、一昨日フードコートで見かけた男女の内の男性だ。

 あの男性には、二人の女性が居ると言う事か。

 いやちょっと待て、一昨日見かけた時はあくまでも男女で居ただけだ、あの時一緒にいた女性と付き合っていると言う根拠は無い。

 それに対して今日見かけた時は、恋人繋ぎをしていた。

 と言う事は、現時点では恋人繋ぎをしていた、あの女性と付き合っている可能性の方が高いと言う事になる。

 断定は出来ないが、もし恋人繋ぎをしていたあの男女二人が本命同士なのであれば、自分とは何の恋愛感情も抱かなかった事になる。

 やはり小説やドラマのような恋愛の始まり方は、早々無いのだな。

 自分はトレイに乱雑に食器を並べる自分が嫌になり、密かにあの男性に対抗するように食器を綺麗に並べ、返却した。


 ショッピングモールを出ると、あの女性に声をかけられた。

「良くここで食事するんですね!」

「ええ、フードコートには、色々な店がありますから」

「良ければ、明日一緒に食事しません?」

「いえ、それより、彼氏さんと食事に行かれてはどうでしょう?」

「え? あ、見てたんですか?」

「ええ、すみません」

「別にあれは……」

「彼氏さんにこんな所見られたら、間違いなく怒りますよ、自分だったら耐えられないです」

「いやあの……」

「失礼」

「あ! ちょっと待って下さいってば!」

 彼氏のいる女性と一緒に居るのは自分にとっても宜しく無い。

 自分はもうあの女性とは関わらない事にした。


「ごちそうさまでした」

 今日もトレイの上に綺麗に食器を並べ、返却しに行こうとした。

 その時、隣の席から声をかけられた。

「食器、綺麗に並べるんですね」

 男性の声だ。

 声がした方向を向くと、あの男性が一人でいた。

 食事は既に終えていたようだった。

 やはり食器は綺麗に並べている。

「信じられないとは思いますが、実は俺、能力者なんですよ」

「はい?」

 一体何を言っているんだ?

「俺は、このトレイに綺麗に食器を並べて返却すると、幸せになれる能力を持っているんです。この能力に気が付いたのは、二週間前です。隣の席の、食器が綺麗に並んでいるトレイを見て、真似をしたのが最初でした。俺は食器を綺麗に並べるのを習慣にしようとしたのですが、時々忘れてしまう日も多々あったんです。それで気が付きました。決まって食器を乱雑に並べると、不幸になり、綺麗に並べると、幸せになる。この事に気が付いた瞬間、俺は絶対に食器を綺麗に並べるようになりました。長続きは、何かしらの見返りが無いとしないものなのでしょうかね」

「何故、自分に能力の事を?」

「……貴方も、同じ能力を持っているのではと思ったもので」

「自分にも?」

「ええ」

 確かに、考えてみればそうだ。

 食器を乱雑に並べた翌日には、あの女性とこの男性が一緒にいる所を目撃した。

 この男性には能力があったとしても、自分のは全て偶然で、能力では無いはず。

 って言うか、この男性、自分の事を見ていたのか。

「全て偶然です」

「またまた、隠しても無駄ですよ、俺は気付いていますよ、貴方は魚の定食を食べていて、俺は妹と食事をしていたあの時から、貴方は綺麗に並べ始め、今日も綺麗に並べている」

「やめて下さい、自分には能力なんてありません」

「言っておきます」

「何ですか」

「俺は貴方がバッグを買ってあげたあの女性が好きなんです。俺は一生諦めませんので、宜しくお願いします」

 そう言うと、綺麗に並べられたトレイを自分に見せつけて、トレイを返却しに行った。

 自分は、安心した。

 あの男性は、魚の定食を食べていた。

 主菜の皿に骨が残っていたのと、自分が前に食べた魚の定食と同じ食器だった事から間違い無いであろう。

 あの男性は、確かに食器を綺麗に並べていたのだが、主菜の皿を左下に置いていた。

 和食なら、基本主菜の皿は右上だ。

 あれではとても綺麗に並んでいるとは言えない。

 未だにあの男性は、料理の正しい並べ方を知らないのであろう。

 自分に挨拶と料理の並べ方を徹底的に叩き込んでくれた親に感謝する。

 自分は孤独から抜け出す。

 って言うか、気が付いたら自分、あの女性に夢中になっているではないか。

 自分は、恋と言う生き甲斐を見つけた。

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