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05 そして物語は大団円


「でんか、お、おお、お戯れを……。クレフティス様とはほんのすこし仲違いはございましたけれど、先日の話し合いで、わたくしたちは高位貴族の婚約というものについて彼のお姉さまから教えを説かれ、これからは手に手を取り合って向き合っていこうと」

「あの子にゆずるって堂々と言っていたのでは?」


 鋭いツッコミが入り、「私も聞いた」「俺も聞いた」と同意があがる。

 のんびりとした声色でベルナールが追撃。


「あのときいなくなった者に話を聞いてもよいだろうか。とくにあの者は重鎮であるからな、国政にかかわる者として、未婚女性とどのような話し合いをしたのか気になるのだ」

「ボルステン閣下とは、そのっ」


 アマンダが悲鳴のような声をあげた理由は、もはや恒例となりつつある、周囲の声で補足説明される。

 どうやらボルステン閣下とは、古株の重鎮。(よわい)六十を数える男らしい。

 アマンダの守備範囲が広すぎて、エイミーは呆然とするしかない。初恋を自覚したばかりの少女には、理解できない世界である。


 エイミーを孤立させるために選んだ場所で、自分が追い詰められることになったアマンダは、ついに逃げ出した。捨てセリフのひとつでも残しておけばおもしろかったのだが、己を糾弾した相手が第二王子では文句も言えないのだろう。

 こんな状況でもその判断ができるあたり、アマンダに備わっている『貴族としての矜持』はたいしたものである。


 しかしここまで衆人環視のもとで失墜させられると、自業自得とはいえ、彼女いわくの『未来』はないのかもしれない。

 素行に問題はあったにしろ、重犯罪は犯していないのだ。あそこまでやる必要はあったのだろうか。


 エイミーは以前ベルナールが言った「鼻もちならない奴を調子に乗らせて、最高潮に達したときに落とす。じつに気持ちがいい」という言葉を思い出して、げんなりした。

 本当に末恐ろしいお子さまである。こんなのに権力を持たせたら危険なのでは?



「ところでクレフ、せっかくの舞台なのだから、やることはやっておくべきではないのか?」

「この状況で、ですか?」

「あのクソ――いや、問題のありそうな令嬢が、そなたの恋人を貶めたのだぞ。今まさにここで正さず、いつ正すというのだ」


 いま、クソ女って言いかけましたよね。

 誰もがそんなことをちらりと思ったけれど、殿下の発言をきいたクレフティスがはっとした顔となって姿勢を正したので、くちをつぐんだ。いまからなにかが起きようとしているらしい。

 その場の全員が固唾を飲んで見守るなか、エイミーの前でクレフティスが頭をさげた。



「エイミー、巻き込んで本当にすまなかった」


 白に近い銀色の髪がさらりと頬を流れるさまは、かつて見た姿と重なる。

 クレフティスとの出会いは、あの婚約破棄を目撃し、咄嗟に引きずり出されたことだったとエイミーは思い返す。


 ああ、ここで終わりなのだと悟った。

 アマンダの言動がアレだったことが公然の事実となり、クレフティスはむしろ被害者になった。

 変わった色の瞳をしているせいで恐れられていたのも過去のこと。いまでは友人と呼べる存在ができて、学院で孤立することもないだろう。

 もうエイミーは必要ない。契約は満了だ。


「あやまらないでください。わたし、とっても楽しかったです。王都には知り合いもいないですし、クレフティスさまと一緒に過ごすことで、わたしも助かっていたので、お互いさまですよ」


 言ってエイミーは手を差し出した。

 握手ぐらい、いいだろうか。いいことにしよう。どさくさにまぎれて、はじめて手を握ってやろうなんて(よこしま)なことは、ほんのちょっぴりしか考えていない。いないったら、いないのである。


 緊張を隠しながら笑顔で手を伸べるエイミーに対して、クレスティフは膝をついた。そしてエイミーが差し出した手を両手で握る。


「ク、クレフティスさま。そのようなこと、服が汚れますよ!」

「エイミー・サンソン男爵令嬢。貴女に結婚を申し込みたい」

「え、だって契約彼女はおしまいで」

「うん。おしまいだ。彼女じゃなくて、婚約者になってほしいんだ」


 ルビー色の瞳に見つめられて、じわじわと胸の奥が熱くなってくる。

 なんだこれなんだこれ。あたらしいお芝居?


「お願いだから、頷いてよ。君の御父上にはもう話は通してあるんだけど、本人の意思を尊重したいって言われているんだ」

「へあ!?」


 またしても女優とは程遠い悲鳴が洩れ、視界をぐるぐるさせているエイミーにクレフティスが語る。


 ソロン領の酪農産業に目をつけたクレフティスの姉は現地を訪れ、彼もそれに帯同した。エイミーは事前に手紙を送っていたし、クレフティスを通して書付を持参してもらっている。

 その際に、クレフティスはエイミーの両親へ婚約の打診をしていたというのだ。

 おとなしい彼にしては、すごい暴走である。


「卒業したらソロン領へ行って、あちらで働くつもりなんだ。姉との仲介役だね」

「うちの田舎では、たしかに公爵家とまともに取引なんてできないと思うので、助かりますけど、あ、だからか。仕事を円滑にするための婚約ですね」


 なるほど! と膝を打つエイミーに、クレフティスが不満げな表情を浮かべた。


「違うよ。さっきアマンダ嬢に言ったとおり、僕がエイミーを欲しいんだ。もっとずっと一緒にいたいんだよ」

「ですが、クレフティスさま。それはおそらく、刷り込み現象です。わたしがあなたを普通のひととして扱ったから。それがめずらしくて嬉しくて、だから勘違いなんですよきっと」

「泣かないでよエイミー」


 自分のほうが辛そうな顔をして立ち上がったクレフティスがこちらに手を伸べるから、エイミーは自分が泣いていることに気がついた。

 両親以外の誰かの指が頬に触れ、涙をぬぐう感触。

 はじめてのそれはあたたかく優しさを伴っていて、余計に涙があふれてくる。


 ああ、好きだ。

 エイミーは、この優しい青年のことが、大好きなのだ。

 みっともなく鼻水をすすりあげ、エイミーは泣きながら笑顔になる。


「僕と結婚してください」

「へい」


 改めて告げられた言葉にエイミーは、今度こそ女優なみの返事をしようとして、盛大に失敗したのであった。



     ◇



 衆人環視のもとで行われたキャットファイトからの断罪劇、そしてラブストーリーへ。

 初心なカップルゆえに『しあわせなキスをして終わり』とはならなかったけれど、この一連の騒動は今も学院で語り継がれる伝説の一幕である。


 道化師役となったアマンダ嬢の行方は知れない。

 騒動のあとは通学しないまま卒業を迎え、どこか別の国へ渡ったという話もあるが、定かではない。


 彼女は不特定多数の異性と逢瀬を繰り返していたが、そこで得た情報を父親に流していたのではないかともいわれた。

 しかし侯爵は関与を否定。娘の独断だと言い張りその痴態を嘆いた。


 ショーン侯爵家は、アマンダの不審な行動が始まったころから不自然なまでに金回りがよくなっている。疑わしいが確たる証拠はなく、捕縛には至らなかった。

 後年、侯爵は別件で不正が発覚し、投獄されている。


 あの場で唯一名の挙がったボルステン閣下は、年齢を理由に蟄居生活となり、すべてはなにもなかったこととなった。

 その裏で王族によるなにがしかがあったとも言われているが、民は預かり知らぬことである。



 学院へ話を戻そう。

 遅れて入学したクレフティスの弟は、なにかにつけて兄の恋愛劇を持ち出され、女性を寄せ付けないようになってしまったが、そこがまたクールで素敵と女子に黄色い声をあげられたという。

 将来の姉となるエイミーとは、じつの姉弟のように親交を深め、彼の兄がヤキモキしたという逸話も残っている。



 さて、エイミー・サンソンである。

 公爵子息を射止めたシンデレラガールだが、その容姿はいたって平凡で、動物とロマンス小説をこよなく愛する少女であったという。


 公爵家の跡継ぎを田舎へ引っ越しさせたことで恐縮していたが、なんの問題もなかったことが判明する。

 エイミーが名を憶えていなかった、サンソン男爵が治めるソロン領を管理する『なんとか子爵』の名前がエトガル子爵で、その正体がクレフティス・エトガル・フォルナー、そのひとだったのだ。


 都では風当たりがきついだろうと心配した公爵夫妻が、息子のために用意した土地である。

 国王と第一王子にしか伝えていなかったことではあるが、フォルナー公爵家はクレフティス本人の意思で、爵位は次男に継がせる可能性もあり、アマンダとの婚約を解消したことで、それは半ば正式決定したことも公表された。

 クレフティスは入り婿として、サンソン男爵家へ迎え入れられたのであった。

 

 そのクレフティス・エトガル・サンソン男爵は朴訥とした人柄が民に好まれ、たいそう慕われた。穏やかながら秀でた頭脳を用い、土地の改良にも努めた。酪農以外にも牧羊地としての発展にも寄与し、彼の姉を通じて王都へ流れた商品は話題を呼び、観光に来る者も増えた。

 その容姿が神聖な白ウサギを彷彿とさせることから、白ウサギ男爵とも呼ばれ、その妻であるエイミーとともに仲睦まじい(つがい)として語り継がれた。

 彼は本当に神の御使いだったのではないかとも囁かれたが、いずれにせよ、この土地に繁栄をもたらせた稀代の名君である。





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ちょっとした裏設定、キャラクター解説など。

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