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04 断罪のための舞台


「クレフティス様は、貴女にゆずってさしあげてもよろしくってよ」

「はあ?」


 学院の廊下で待ち構えていたアマンダが突然そんな宣言をして、エイミーは立ち止まった。

 ざわざわ。周囲にはたくさんひとがいて、ぽっかりと空いた円の中心で、エイミーはアマンダと対峙していた。


「わたくし、第二王子殿下に熱く秘めた想いを打ち明けられましたの。殿下はわたくしを見初めてくださり、あの冷徹なクレフティス様にはわたくしを任せておけないとおっしゃってくださいました」


 どうやら例の会合は決行されたらしい。そして予想どおり、アマンダは第二王子に鞍替えをしたというわけだ。

 ひとつ確認しておこうと思って、エイミーは問う。


「ベルナール殿下は、十三歳とお聞きしましたが」

「ええ。わたくしとは四歳差。ちょうどいい年まわりですわよね」


 つい先日エイミーに宣言したことはきれいさっぱりなかったことにしているらしく、アマンダは頬を紅潮させて喋り続ける。

 これは照れているのではなく、興奮しているためだろう。声は上ずり、大きくなっていく。

 それに伴い、人だかりも増えはじめた。


「クレフティス・エトガル・フォルナー様は、幼少のみぎりより傍にいたわたくしに対し、一方的に婚約破棄を突きつけました。貴族の結婚に恋愛感情はないとわかっておりますが、だからといって親愛の情ぐらいは持ち合わせてもよいのではありませんでしょうか」


 どのくちが言うのか。情のカケラすら持っていなかったのは、アマンダのほうではないか。

 エイミーのなかで、むくむくと怒りが立ち上がる。


「貴女が金銭目的でフォルナー公爵家の嫡男に媚びを売ったのは、ここにいる皆さまも少なからず納得はしてくださることでしょう。サンソン男爵なんて、聞いたこともありませんし、そもそも土地に住まわせていただいているだけ(・・)なのでしょう? 貴族といえど、労働者と同じようなものよね」


 言って、クスクスとアマンダは笑った。

 周囲にチラリと目をやるのは、衆目を集めるためにわざとこの場所を選んだ証左。自分が王族に見初められたことを自慢しつつ、しがない末端男爵令嬢のエイミーを笑い者にする、ここはそのための舞台。


 貶められて、それでもクレフティスの手を取るというのであれば、それは『お金のために彼に媚びます』という宣言になるし、ここで敗退したとしても、みじめで分不相応な恥知らずの女となる。

 どちらに転んでもエイミーは笑い者だ。

 この舞台における道化師。


 うまいことを考えたものだなあと、エイミーは唇を噛む。


 クレフティスとの恋人関係は、ベルナール殿下の合図をもって解消することになっていて、エイミーには知らされていない。

 クレフティスの存在は、食堂でごはんを食べたり勉強を見てもらったりと、すでに生活の一部と化している。

 彼女役が終了したとしても、友達枠に残留できたら御の字だと思っていたが、今の状況ではそれも無理かもしれない。

 そのことがひどく残念で胸が苦しい。



 ――ああ、わたしってばあのひとのこと、好きになっちゃってたのかなあ。



 遅まきながら、自身の内で育っていた淡い気持ちに気づいたけれど、それこそ身分不相応というやつだろう。

 この恋は、はじめから実るわけがないのだ。



「アマンダ嬢、その言葉はすこし違うよ」


 割って入った男の声は、緊張に支配された周囲を緩めるほど穏やかだった。ゆっくりと歩をすすめ、彼はエイミーの傍で足を止めると、励ますように肩を抱いた。

 じわりと伝わる体温に、エイミーの顔も熱くなる。

 なんだこれなんだこれ。猛烈に恥ずかしい。


 偽装彼女とはいえ、触れ合うことは一度もなかった。

 じつは手すらつないだことがないと言ったら、自分たちを恋人同士だと思っている彼の友人らは仰天することだろう。「初等生のほうがまだやることやってるぞ」と。



「クレフティス様、違うとは?」

「君からゆずってもらうんじゃない。僕がエイミーを選んで、欲しているんだよ。間違えないでほしい」


 静かに、しかし強い意志を滲ませた声でクレフティスが言い、周囲から吐息が漏れる。

 ギリリと音でも立てそうな強い眼光でアマンダがこちらを睨みつけ、「このひとの圧、やっぱりすごい、怖い」と思った瞬間、クレフティスの背中に庇われた。

 細身だと思っていたけれど意外と肩幅があり、彼が男性である事実にいまさらながらどきまぎする。そんな場合じゃないのに心臓の音がすごい。

 ときめきは場所を選ばないらしい。自重してわたしの恋心。


「なにをおっしゃっておりますの。公爵令息ともあろう方が、下々の者に騙されるなど。ああ、卒業までの戯れですのね。家督を継ぐ前に羽を伸ばすのも、ほどほどになさったほうがよろしくてよ。次の婚約者がわたくしのような寛容な方とはかぎりませんのに」

「心配をありがとう。でも大丈夫だよ、次の相手はエイミーだもの」


 ごへっと、唾と息を同時に飲み込んでむせたエイミー。

 心配するクレフティス。

 怒髪天のアマンダ嬢。


「わ、わたくしという婚約者を捨てて選ぶ相手が、こんな芋娘だというのですか!」

「婚約者を連呼しているけど、そもそもショーン侯爵令嬢は関係ないのでは?」

「クレフティスの彼女って、最初っからエイミーちゃんだよなあ」


 どこかわざとらしく呟いたのは、聞き覚えのある声。ちらりと人垣から顔を覗かせたのは、クレフティスの級友たちだった。

 何名かが徒党を組んで、クレフティスがどれほどエイミーを大事にしているか、ふたりが仲が良いかを語りはじめると、感化されたように周囲の生徒たちも発言する。


 最上級生の教室棟によく来ているのを見かけた、廊下を並んで歩いている、食堂でいつも一緒に食べている、図書室でよく勉強している、町でデートしてるのも見た、近寄り難いと思っていたフォルナーさまも普通に恋する男の子なんだなって思って親しみが湧いた、あのちっちゃい子と一緒にいるときは溶けそうな顔してる、めっちゃ好きだよなあれ。


 総論としては、「クレフティスの周囲でアマンダ嬢を見たことは、入学以来一度もないから、とっくに婚約関係は解消されていると思っていた。勝手に怖いひとだと思って避けていたのが申し訳ない、彼女ちゃんのおかげでクレフティスの印象が良くなった、身分的に難しいのかもしれないけれど、応援している」である。


 アマンダが反論しようとしたときだ。人垣が割れて、誰かがやってくる。

 クレフティスの背中からひょいと覗くと、驚いたことに、そこにいたのはベルナールであった。

 なんというタイミングだろう。もしや謀ったのか? だとしてもジャストすぎる。


 悪巧みに関しては末恐ろしいほどの勘を持つと噂の第二王子は、その悪辣さを隠して、無邪気な笑みを見せた。


「クレフ、入学前の見学に来たんだ。案内をしてほしいのだが、頼んでもよいだろうか?」


 小首をかしげ、あざといまでの顔を作って問うと、周囲の女子生徒が黄色い声をあげた。

 お姉さまがた、あれ、演技ですよ。めっちゃえぐい性格してますよあの子。

 エイミーが内心で呟くなか、演技派のベルナールはアマンダを見て、大袈裟に驚いてみせた。


「ああ、先日の。きちんとしたご挨拶もなく、失礼いたしました」

「ベルナール様」

「たいへん申し訳ないのですが、ぼくにも立場があるので、敬称なく名を呼ぶのは遠慮していただけますか?」

「……え?」


 軽々しく王子の名前を呼ぶとか、失礼ですよ貴女。

 そんな言葉を滲ませられたアマンダは目を見開いて硬直。そしてタイミングよく、人垣の誰かが呟いた。


「第二王子殿下と恋仲になったって言ってなかった?」

「全然そんな感じじゃないよね。嘘だったの? え、妄想?」


 ぷっと誰かが噴き出した。それを合図にざわめきが広がる。

 笑ってはいけないけれど、あまりにも滑稽すぎて笑えてくる。我慢すればするほど笑いたくなる、そんな空気が伝播していく。


「う、嘘なわけがありませんわ。ねえ、殿下。わたくしを夜会で見かけて気になったのだと、そうおっしゃってくださったではありませんか。声をかけて話をしたかったのだと」

「はい。気になって当然ではありませんか。僕にとってもうひとりの兄であるクレフの婚約者が、クレフとは目も合わさず、幾重にも手袋をして、できうるかぎり距離を取ってダンスを踊っているのですから」

「それ、は」

「従僕に金を握らせていた理由、側近に聞いてみましたが、ぼくには教えてくれませんでした。クレフを置いてホールを出て、どちらに行かれていたのですか? ご不浄にしては長くいらっしゃいませんでしたよね。ぼく、クレフが心配でずっと見ていたので、貴女が最後までいなかったのは知っていますよ」


 赤く染まっていたアマンダの顔が、今度は青くなる。

 王家主催の夜会に行ったことはないエイミーだが、創作物から得た知識と、人垣から漏れた悲鳴と囁き声で察しはついた。

 大人の時間。

 俗っぽくいえば、ご休憩。


 そういえばホールからいなくなったひとが他にもいましたねとベルナールが挙げた名は複数で、またも周囲がどよめく。


 一晩で? いつも途中からいなくなるのって、そういうことだったの?

 誰でもいいなら俺も――という男子生徒の声は、クレフティスに耳を覆われたので、途中になってしまったが、聞かなくても下世話な話題であることはよくわかった。


 赤くなったり青くなったりしているアマンダ。

 反論の声があがらないということは、咄嗟に弁解できるほどの言い訳が思いつかないからだろう。それはつまり、ベルナールが言っていたことが事実だから。

 自分のほうが不貞を繰り返していて(推定)、よくもまあ、クレフティスを有責にしようなどといえたものである。



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