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それでも連載は終わらない その 2

 数日後。


 騎馬の軍勢が、王都に向かって押し寄せてきた。

 あたしは宮殿の塔に立って眺めている。

「すごい数よねぇ」

 執事のレンがお行儀よく低頭して答えた。

「草原帝国の王、ラガャーシャ大公は、二万の騎馬軍団を率いて参られました」


「ラガーシャ大公?」

「あなた様の婚約者ですよ」


 あたしは持っていた望遠鏡を伸ばして覗き込んだ。

 鉄の兜を被り、鎧を着けた異国人の兵が見える。婚約者ではない。その軍兵だ。

 鎧の上に毛皮の上着を纏っている。リアルファーだけど、なんか汚くて臭そう。あんな毛皮はプレゼントされても嬉しくない。


「……それにしても不思議ね」

「なにがです?」

 あたしは望遠鏡から目を放してレンの顔を見た。

「ウチの先生、いつからこんな迫力のある絵が描けるようになったの? アレクサンドル皇太子の初登場シーンでさぁ、乗ってた馬が馬に見えないって、SNSで笑い物にされてたじゃない」


 レンは(その件は思い出したくない)という顔で頭を抱えた。

「あれはウマじゃなくてワマ……という動物だ、なんて、馬鹿にされてましたねぇ」

 しかし気を取り直した様子で顔を上げる。

「でも大丈夫です。先生の仕事場に新しいアシスタントを斡旋しましたから。馬や武器を描くのが得意な人です。軍オタですよ! 彼は今、とっても張り切ってますから」


 あたしはため息をもらした。

「張り切りすぎじゃないの? 二万の大軍勢をビッシリ描きこんでるじゃない」

「まぁ、ちょっと敵兵の数が多すぎですねぇ」

 マンガに出してしまったからには、そういう設定で話を進めていかなくちゃいけない。

 つまりあたしが、二万の騎馬軍団と対決しないといけない、ってわけだ。



 草原帝国の王ラガャーシャが宮殿に入った。あたしの宮殿。今はサンシアの宮殿だけど。

 さぁ、これから謁見だ。花婿と花嫁の初顔合わせである。


 あたしは長いドレスをメイドに介添えさせながら大廊下を歩んでいく。

「本当に、ぶちこわしちゃっていいのね」

 口許を扇子で隠しつつ、チラリと横目をレンに向ける。

 レンは底意地の悪そうな笑みを浮かべて頷いた。

「存分に暴れちゃってください。あなたに婚約をぶち壊していただかないと、今日でこのマンガは最終回ですから」


 そうまでして最終回を回避して、マンガ連載を引き伸ばしたいのか。

「だけど、あたしが主役を食っちゃわない?」


 主役はあくまでもサンシアだ。


「いいんですよ」

 レンは答える。メガネの奥で細い目が笑っている。

「編集部のアンケート調査でわかったんですけど、最近はサンシアよりもあなたのほうが人気があるんです。『悪行ざんまいのやりたい放題が、見ていてスカッとする』っていうファンレターも届いていましてね」


「はぁ? どうして、そんなことになってるの?」


「このマンガ、連載も15年目ですからねぇ……。連載開始の時に15歳だった中学生も、いまでは30歳ですよ。少女たちの理想形のサンシアよりも、大人の女としてコンプレックスをこじらせているあなたのほうにシンパシーを感じるようになったんでしょうね」

 まったくひとつもぜんぜん嬉しくない。


「だから主役の座があたしに移るっての? それが編集部の決定?」

 レンはニヤニヤと笑っている。否定はしない。

「ああサンシア、なんて愚かで可哀相な娘!」

 あたしはいつもの決めゼリフを口にした。読者のヘイトを集めるためのセリフだ。


 あたしの悪巧みや冷酷な仕打ちで可哀相な目にあわせた後で、「ああ、なんて可哀相なのかしら」とあざ笑う。

 あたしが見下して高笑いしているコマが、よくネット上に転載されてる。


 だけど今回だけは本当に可哀相。

 15年も主役で頑張ってきたのに編集部の都合でこんなことになってしまうなんて。


「とにかくですね」

 とレン。

「最終回だけは回避したいんです。婚約話をこじらせて引き伸ばしてください」


 あたしはともあれ「うむ」と頷いた。最終回を迎えたら、あたしはこの世から消滅する。紙とインクの臭いしかしないこの身体だけど、消えてしまうのはイヤだ。



 広間の扉が開かれた。長い絨毯が一直線に敷かれている。

 その先にあるのは大理石の階段。高貴な椅子が置かれて、草原帝国の王、ラガャーシャがドッカと座っていた。


 長い片足を堂々と組み、肘掛けに肘を置いて片手は握って頬に当てている。細面のこけた頬だ。顔色は青白い。

 黒髪を長く伸ばしている。細い目が冷酷な笑みを浮かべて、あたしをじっと見つめていた。


 あたしは口を扇子で隠したままレンに訊ねた。

「なんだか、いつもの登場人物と雰囲気違くない? ウチの先生、いつからあんな感じの男キャラが描けるようになったの?」

 王子様であっても女の子みたいな顔でしか描けない先生なのに。


「新しいアシスタントを雇わせました」

「またそれ?」

「レディース・コミックを描いてた人ですよ。売れてないけど。……どうです、いいキャラを描くでしょ?」

「レディコミ?」


 そう言われれば……と思って、あたしは自分のドレスを見下ろした。

 今までは少女趣味満開のフリフリドレスばっかり着せられていたけれど、今日はアダルトでセクシーな雰囲気だ。

 その新しいアシスタント……、キャバ嬢が●●●されるマンガなんかを得意としているんじゃないのか。


 これはよほどに気を引き締めてかからねばならん。

 下手をすればあたしまで草原帝国の王に●●●される。そういうシーンを描きたくてヨダレを垂らしているに違いないのだから。


 あたしは絨毯の上を歩んでいく。宮廷楽士がファンファーレを吹き鳴らした。

 草原帝国の王、ガネーシャは、あたしを無言で見つめている。あたしもキッと睨み返した。

「よくいらっしゃいましたわ、東方の大陸の王よ!」

 あたしは大声を張り上げた。

「ただし、歓迎されているとは、夢にも思わないことね!」


 集まっていた大臣たちや、貴族とその子女たちが、どよめいた。

 白髪の老大臣が顔色を変える。

「王女よ、非礼に過ぎまするぞ!」

 お黙りなさい。あたしの意も確かめずに勝手な婚儀を進めたほうが非礼であろうぞ!


 草原の王は笑みをまったく崩さない。しかしその両目には、冷たい殺気が漲り始めた。

(フン、望むところよ!)

 あたしも笑みを浮かべる。

(どっちが最後まで相手を見下し続けることができるか、勝負してやる)

 あたしはそう決意した。

よろしければご感想などお聞かせください・・

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