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悪役王女、名誉失墜 ! その3 (一章 終了)

「余は、あなたから受けた温情に答えねばならぬ」

 皇太子はサンシアの前に片膝をついた。

「どうか余の求婚を受け入れてください。皇女よ、ふたつの帝国がひとつとなり、永遠の幸福のもとに大陸を統治いたしましょう」

「……喜んで!」


 サンシアが手を差し出し、皇太子がその手を握った。

 途端に−−。眩い光がサンシアの全身を包み込んだ。いや、サンシアの全身から、聖なる光が放たれたのだ。

 貴族とその子女たちはあまりの眩しさに目を眩ませる。


 サンシアが着ていた粗末な農婦の服が飛び散った、と思った直後には、純白に輝くドレスが彼女の身体を包み込んでいた。宝玉に飾られたフリルと長いスカートのドレープがたなびいたのだ。

 光が過ぎ去った時、そこには神聖天空帝国の皇女が立っていた。いったいそのドレスはどこから出てきたのか、農婦の服の下に着ていたのか、重ね着なのか、とか、そんなことはどうでもいい。愛の力と魔法の力が引き起こした奇跡であった。


 サンシアも自身の変化に戸惑っている。アレクサンドル皇太子に目を向けた。

 皇太子は「これでいいのだ」と頷いて立ち上がった。

「これがあなたの、本当の姿なのだ」


 貴族と子女たちが歓声を上げる。

「サンシア皇女万歳!」

「神聖天空帝国を讃えよう!」

「この婚礼が永遠の幸せに包まれますように!」

「我らの皇太子、我らの皇太子妃、万歳!」

 サンシアを褒め称える声が唱和して、いつまでも続いた。


「な、なんなのよ……! なんなのよッ、この展開!」

 一人、歓喜の外に置かれているのはエレナ王女であった。


 アレクサンドルとサンシアの成婚を祝う歓声が突然にやんだ。

 そして−−貴族とその子女たちが一斉に冷たい目をエレナ王女に向けてきた。

 不穏な空気にエレナ王女もタジタジとなる。この場に集まった全員が、どす黒い憎悪のオーラをメラメラと燃え立たせていたのだ。悪意と敵意を秘めた白い目がエレナ王女を取り囲んでいたのである。


「なっ、なによ、その目は! わたくしはこの王国の姫なのよっ! 礼儀を弁えなさいッ」

 張り上げた大声に答えたのはアレクサンドル皇太子であった。

「エレナ王女よ、ローラシア大帝国の憲法に則って命ずる。本日ただ今より、そなたの名誉を剥奪する」


 エレナは動揺して言い返す。

「どうしてですのッ? いったい、わたくしになんの罪が……!」

「ひとつ、王家の財政を不当に私物化した罪だ。もうひとつは、神聖天空帝国の皇女に対する不敬の罪だ」


 エレナは歯ぎしりをしてサンシアを見上げた。

 王家の法務大臣が前に出てくる。

「大帝国憲法により、あなた様には地下牢への五十年間投獄が命じられます」

「ごっ、五十年間……!」

 五十年後の自分はどうなっているのか。老婆ではないか!


 衛兵が歩み寄ってくる。大勢で捕りまいて、手にした槍の穂先をエレナに突きつけてきた。

「やめて……助けて……!」

 エレナは、生まれて初めての恐怖と絶望に震えた。

 ポロポロと涙がこぼれる。お得意の嘘泣きではない。本気の絶望の涙だ。四時間もかけて整えたメイクが涙で溶けて崩れていく。


「嫌ああああああっっ!!」

 ついには床に膝をつき、身体を折って身悶え始めた。恐怖と絶望で金髪を掻きむしる。もはや王女の威厳も気品もない。高貴な身分から転落しきった罪人。見苦しい姿があるばかりだ。

「嫌よッ! 地下牢なんて嫌ッ! 誰か助けて……わたくしのために、許しを乞うてちょうだいッ!」


 その時であった。凛とした美声がエレナの頭上から振ってきた。

「許します」

 エレナは顔を上げた。許しの声を告げたのは、真っ白な大理石の階段の上に立つ、サンシアであった。


 アレクサンドル皇太子が驚いてサンシアに顔を向けている。

「良ろしいのか皇女よ。あの女は、あなたをさんざん苦しめてきた性悪女。罪に相応しい罰と苦しみを与えるべきだと思うが……?」

 サンシアは決然と首を横に振った。


「この国の人々は、あまりにも多くの苦しみを強いられすぎました。わたしはもうこれ以上、誰かが苦しむ人を見たくはないのです。わたしはあなたを許します。エレナ王女よ」


 貴族とその子女たちが感動の吐息を漏らした。

「なんという広いお心……」

「さすがは神聖天空帝国の皇女様」

「恐怖と悲しみに満ちていたこの国も、今日をもって救われましょうぞ!」

 サンシアを褒め称える声が大広間じゅうにこだました。


 アレクサンドル皇太子も大きく頷いた。

「余の心も救われた。あなたという伴侶を得て、ローラシア大帝国は名誉と幸福の内に統治されるであろう!」


 一堂が唱和する。

「ご成婚万歳!」

「ローラシア大帝国、神聖天空帝国、万歳!」

「サンシア皇女、万歳!」


 皆の大騒ぎを耳にしながら−−あたしは目覚めた。

(な、なんなの、この茶番!)

 ガッと両脚を踏ん張って立ち上がる。

(これで最終回ってわけ? ハッピーエンドでした、っての? はぁ? なんなのよコレ!)

 あたし−−エレナ王女は、ガツガツとヒールを踏み鳴らしながら広間を出た。

「この長期連載少女マンガが、こんなありきたりの最終回で終われると思ってんの? 冗談じゃないわよ!」

 宮殿を走り出て、夜空に向かって拳を振り上げ大きく吠えた。


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