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悪役王女、名誉失墜 ! その2

 中でも一番の衝撃を受けたのはエレナ王女であった。

(こ……ッ、婚約破棄……ですってぇぇぇぇええええッ?)

 全身がビリビリと痺れた。彼女をとりまく空気が一瞬で氷結し、さらにはひび割れ、バラバラと崩れ落ちていった。


「いったいなぜでございます……! あまりにも突然のお話……。たとえ冗談にしても、あまりにもひどいでお言葉でございますわ!」

 エレナ王女はアレクサンドル皇太子に訴えた。

「いったいわたくしに、どんな非があったと仰るのでしょうか!」


 アレクサンドル皇太子は階段の下に立った男に目を向けた。

「財務大臣よ、エレナ王女がお訊ねだ。そなたが答えよ。……そう。この広間の全員に聞こえるように、大きな声でな」


 王国の財務大臣は貴族の有力者だ。太った腹を揺すりながら前に出てきた。

「エレナ王女のご下命、ならびにアレクサンドル皇太子のご命令にございます。これよりエレナ王女の罪状を申しあげまする。ウォッホン」

 手にしているのは報告書の巻紙だ。咳払いをし、顔の前で広げて読み上げる。

「王国の予算の数々が、エレナ王女によって私物化されておりまする。

 一つ、王都の運河の改修費用、金貨2000枚!

 一つ、鉱山の開発費用、金貨800枚!

 一つ、孤児たちの救護院の予算、金貨200枚!

 これらの財貨が、エレナ王女の意を受けた金蔵番によって運び出されておりまする!」


 エレナは激しく動揺しながらも天性の虚言癖を発揮する。

「なにを言っているのッ? さっぱりわからない!」


 アレクサンドル皇太子が階段の上から冷やかに見下ろしてくる。

「この国の人々が幸せに暮らすための金……。いったいどこへやったのだ、エレナ王女よ」


「まったく心当たりがございませんわ! ああアレクサンドル、わたくしを信じてくださいまし! 悪人の嘘になど騙されないで!」

「財務大臣が嘘をついていると申すか」

「そうよ! ぜんぶ嘘! わたくしを陥れるための陰謀なのですッ」


 エレナはポロポロと真珠のような涙を流した。

 いつでも泣ける。幼女の頃からの特技であった。この嘘泣きで父王や母の王妃まで手玉にとってきた。

 世間知らずの皇太子など、わたしの涙でイチコロだ。そう思っていた。


 ところが。一人の老いた尼僧が貴族たちの人垣の後ろから前に出てきて、アレクサンドル皇太子に向かって拝跪した。両手の指を組んで宣言する。

「申しあげまする。財務大臣は、嘘などついてはいらっしゃいませぬ」


 アレクサンドルは目を向けた。

「そのほうは何者か」

 老尼僧は答えた。

「エレナ王女様の乳母にございます。王女様はこのわたくしがお育て申しあげました。ですからすべてをつぶさに見ておりまする。エレナ王女様は確かに、それらのお金を横取りしてご自分の物となさいました……」


 エレナは老尼僧を叱りつける。

「ローゲ! お前はこのわたくしに仕える身でありながら、このわたくしの名誉を傷つけるのかッ」

 老尼僧は涙を流しながら答える。

「わたしは、あなた様にお仕えする者である前に、神に仕える尼僧でございます……もうこれ以上、神に嘘をつくことはできませぬ……」

 そう言って泣き崩れた。


 エレナはアレクサンドルに向かって叫ぶ。

「乳母は老いて耄碌したのですわッ。現実と妄想の区別もつかなくなっているのです!」


 アレクサンドルは頷いた。

「その通りかもしれぬな。老いれば記憶も定かではなくなろう」

「そうでございますとも!」

「ならば若い者たちに質そう。これへ連れてまいれ」


 皇太子の言葉で広間の大きなドアが開けられた。メイド服姿の娘たちが入ってくる。緊張しきった様子で一斉にかしずいた。


 皇太子はメイドたちに向かって質問する。

「お前たちは何を見たのか、答えよ」

 メイド長が代表して答えた。

「乳母様のお言葉はまことにございます。国庫より盗まれた金貨は王女様の遊興に使われましてございます」


 エレナ王女は激怒した。

「お前たち、自分が何をしておるのか、わかっておるのかッ。鞭打ちぞッ、地下牢に閉じ込めて二度と太陽が見れぬようにしてくれようぞッ」

 そう叫んでから「はっ」と我に返った。


 貴族とその子女たちが、驚き怯えた目でエレナ見ている。

 アレクサンドルの視線はいよいよ冷やかだ。軽蔑の色まで浮かべていた。


「エレナ王女よ。そなたは……残酷な刑罰を侍女たちに処しておったのか」

「いっ、いいえ! けっしてそのような……! 躾けも教育も受けていない村娘たちに、宮殿の礼節を躾けていただけですわ!」

 エレナは動揺したが、動揺すると怒りが沸騰する性格である。ワガママに育てられたエレナの自己防衛であった。


 エレナはサンシアにビシッと指先を突きつけた。

「王妃の座は、この国でもっとも身分の高い女性が座るべき場所! 身分の卑しい村娘育ちが座ることなど許されない! サンシア! あなたのような者を見れば貴族の方々の目が汚れるわッ。下女部屋にお戻りなさいッ」


 サンシアはオドオドとなっている。自分でも、この晴れやかな大広間の、貴族たちを見下ろす席に座らされていることに気後れしていた様子だ。

 立ち上がって一礼し、退席しようとすると、またしても皇太子がサンシアの手を掴んだ。

 そして、優しい微笑みをサンシアに向けた。

「どこへも行ってはならぬ。ここにいてほしい。これは余からのお願いだ」


「で、でも……」

「この玉座は、あなたに最も相応しい席なのだ。サンシア、これを見てほしい。そして思い出してくれ」


 皇太子は制服の衿を開いた。胸元の白い肌を露わにする。指でまさぐってネックレスを摘み出した。首から外して、ネックレスの宝玉をサンシアに示した。

「見覚えがあるであろう」


 青色に輝くラピスラズリの宝玉。その表面には黄金に輝く紋章が彫り込まれてあった。

 サンシアの両目が見開かれる。

「それは……!」

 ペンダントとアレクサンドル皇太子の顔を交互に見る。


 アレクサンドル皇太子は優しい笑みを浮かべて頷いた。

「そうだ。そなたが余に授けてくれた聖石のペンダントだ」

 皇太子は立ち上がると、皆にペンダントを示しながら語り始めた。


「皆も知ってのとおり、余は子供の頃から病弱であった。重い病に苦しめられ、生死の境を彷徨うこともあったのだ」

 皇太子は遠い昔を思い出す顔つきとなった。


「あれは余が十歳の夏。余は、父に連れられて狩りに出かけた」

 父とは皇帝のこと。高貴な身分の人々は夏になると野山での狩猟を楽しむ。

「宮殿の奥深くで育てられた余は、野山が新鮮に、美しく感じられた。喜悦のままに走り回った。はしゃいでいたのだ。……だが、病弱な余の身体にはあまりに大きな負担であった。疲れ果てた余は、たちまち高熱を発した」

 貴族の妻や娘たちが息を呑む。


「臣下の者たちは広い野原に散らばっている。助けを呼ぼうにも、余には声を出す力もない。巨木の下に倒れ込み、熱に浮かされ、息を喘がせるばかりであった。その呼吸も次第に細くなっていく。死が近づいていたのだ。余自身にも、命が尽きんとしていることがわかった」

 女性たちが顔を手で覆う。美貌の少年の受難に心が潰れてしまいそうだ。


「その時、一人の少女が駆け寄ってきた。余の病状を見て取ると、自らが下げていたペンダントを外して、余に授けてくれた……。あらゆる病魔を癒す力を秘めた、この聖石のペンダントを!」

 高々と掲げた皇太子の手に握られた石が高貴な光を放つ。貴族と女性たちがどよめいた。

「余が一命を取り留めたのは、この聖石と、聖石を授けてくれた少女のお陰なのだ」


 大臣の一人が一歩踏み出して質した。

「その少女の正体とは、いったい……」

「そのことだ。紋章官! 前に出よ!」


 老学者が御前に出てきた。白髪と白髯を長く伸ばしている。眉毛も真っ白で瞼の上にかぶさっていた。

 紋章官とは、家紋を研究して記憶している学者である。すでに滅亡してしまった王朝の紋章にも詳しい。

 皇太子は聖石に刻まれた黄金の紋章を示した。


 紋章官は一目見るなり驚愕し、皺だらけの瞼を大きく見開いた。

「これは……! 神聖天空帝国の紋章!」

 貴族たちもざわつく。

「神聖天空帝国……!」

「千年も昔に滅亡した魔法国では?」


 皇太子は大きく頷いた。

「その通りだ。かつてこの大陸を統治した聖なる帝国……。今でこそ我が父が皇帝としてこの大陸を支配しているが、千年前には我が家は、神聖天空帝国に仕える臣下にすぎなかった」

 この大陸の者ならば誰でも知っている歴史だ。


「余は、神聖天空帝国が残した聖石の力で病を克服した。余が生きて皇帝の位を継ぐことができるのも、この聖石のお陰なのだ」

 大臣が首を傾げる。

「しかし殿下。千年前に滅んだ帝国の遺物が、なにゆえ今に伝わっているのでしょうか」

「それは、ペンダントの持ち主、すなわち余に授けてくれた娘が、神聖天空帝国の継承者であったからだ」


 皇太子はサンシアに顔を向けた。

「あなたこそが神聖天空帝国の血統をひく、この世で唯一の尊き娘なのだ。このペンダントがその証だ!」


 サンシアは両目を見開いて身を震わせている。

「……そのペンダントは祖母の形見です……。あなた様が、丘の上の皇太子様……!」

 皇太子は大きく頷いた。

「ずっとあなたを探していたのだ。神聖天空帝国の姫よ」

「あたしも、あなた様にもう一度お会いしたかった!」


「サンシア皇女よ。あなたは高貴な身分の証となる唯一の品を、余に授けてくれた」

「あなた様を病苦から救うためでした」

「高貴な身分を証だてることの叶わなくなったあなたは、貧しい農夫に引き取られ、王家の下女として仕え、虐げられてきた……」

 サンシアは両目に涙を浮かべて見つめ返した。

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