7.持つべきものは親友 ※セオドア視点
「どうやったら仲良くなれると思う?」
アレクサンダーと夕食をともにしながらセルジュさんとどうやったら距離を縮められるのかを問う。
「いや、普通に誘えば?セオは嫌かもしれないけど、顔面っていう最強の武器があるじゃないか」
「これを武器にしたら軽い男だと思われるかもしれないだろ」
「あ、何?すごい真面目な子なのか?どんな子?」
「どんな……可愛い」
「いや、抽象的過ぎて分からん」
「仕事が丁寧で、気遣いが出来て、誰かが困っていたら当たり前のように手を差し伸べられる女性だ」
「あー、セオの周りには寄ってこないタイプか。知り合いなのか?」
「顔見知りではある。仕事で少し接点があるくらいだ。悲しいことに俺には興味が無さそうだけどな」
嫌われてはいないようだが好かれている気もしない。
「へー。名前は分かってるのか?俺も知ってる子かな?」
アレクサンダーに聞かれたので俺はセルジュさんの名前を口にした。
その瞬間アレクサンダーは驚いたように「嘘、本当に?配達所の?」と言った。
たしかに今まで付き合ってきた女性とタイプは異なるが、なぜそんなに驚かれるのか分からない。
「そんなに可笑しいか?というかアレクもセルジュさんのことを知っているのか?」
「知ってるって言うか……まあ俺も配達所には結構行くしね。ほ~、そうかそうか」
アレクサンダーはにやついた顔を俺に向けた。
「……何だよ、その顔」
「べつに~。まあ、あのタイプは顔に騙されるような子じゃないよな」
ちょっと待て。
その言い方だと俺が中身の無い悪い男みたいではないか。
アレクサンダーをひと睨みして文句を言う。
「悪い悪い、そういう意味じゃないって。まあとにかく頑張れ!俺も何か良い手はないか考えてみるからさ」
「……期待しないでおく」
こんな話をしてしばらく経った頃、アレクサンダーから呼び出された。
「よお!久し振り。その後どうだ?」
「その後?」
「セルジュさんだよ!何か進展あったか?」
「……何も無い」
そう何も無かった。
俺は意外と臆病者だったらしい。
盗人や不届き者には突っ込んでいけるくせに、好きな女性を誘うことすら出来ていなかった。
情けない。
警邏隊の仕事も毎日同じルートを見回りしているわけでもないから、セルジュさんにも毎日会えるわけでもない。
「そうか、そうか!そんなセオに今日は飛び切り良い話を持って来たんだ」
自信満々に笑顔を浮かべるアレクサンダーに何事かと聞けば、女性をひとり紹介してやると言われた。
こいつは一体何を考えているのだと思ったのは言うまでもない。
会ってそうそうセルジュさんのことを聞いてきたのだから、俺に気になっている人がいるのを忘れたわけではなさそうだ。
では何も進展が無い哀れな男に女をあてがおうとでも言うのだろうか。
アレクサンダーはそんなやつではないと思っていたのだが。
「止めてくれ。俺はセルジュさんのこと本気なんだよ」
「まあまあ、話は最後まで聞けって。その子リジーの親友なんだけどさ」
だから何だと言うのだ。
たしかにアレクサンダーの奥さんのブリジットさんは良い人ではある。
きっとその親友とやらも良い人なのだろう。
だが、俺はセルジュさんのことが好きなのだ。
女だったら誰でも良いわけではない。
そう思いぶすくれる俺にアレクサンダーは楽しくてしょうがないといった表情を向けた。
「親友の名前はアリシア・セルジュさんだ!」
「……は?」
俺は文字通り目が点になった。
(何だって?ブリジットさんの親友がセルジュさん?)
驚いて固まる俺にアレクサンダーはなおも楽しそうに話しかける。
「どうだ?驚いたか?今度一緒に食事をする場を設けるからな。友達の紹介なら安心だろう?」
「アレク……お前セルジュさんと知り合いだったのか?」
そう聞いてふと思い出す。
前にセルジュさんのことを話した時に少し言葉を濁したのはこの為かと。
「実はリジーと3人で食事をしたこともあります」
「……」
「セルジュさんが我が家に遊びに来たこともあります」
「くっ……羨ましい」
何ということだ。
こんなに近くにセルジュさんに近しい人間がいたなんて。
アレクサンダーを羨みながらも俺は神に感謝したのだった。
そして約束通り、セルジュさんとの食事会の約束を取り付けたと言われ、俺は内心飛び上がるほど喜んだ。
けれど、その食事会には条件があると言われた。
「条件?」
「ああ。セオにアリシアさんの外見や、人となりをしっかり伝えておくこと、だそうだ」
「どういうことだ?食事会に来る男のことを教えてくれ、ではなくて?」
普通気にするのはやって来る男がどんな人物なのかではないのか。
それなのに、自分事を伝えておいてくれというのは不思議な話だ。
「あー、どうもな、リジーの話だとアリシアさんは自分に自信が無いらしい。自分のことを伝えて相手が嫌だと思ったら断ってくれて構わないと」
「……なぜ?」
普段の彼女を見る限りではそんなに自信が無いようには見えない。
明るく笑顔を絶やさないし、仕事も早く気遣いも出来る。
人から好かれることはあっても嫌われる事など無いと思うのだが。
「なんかなあ、恋愛面だけは駄目らしい。年齢のことも気にしているらしいし」
どうやら行き遅れと言われる年齢になってしまったことをひどく気にしているらしい。
ブリジットさんと同い年ということは今年23歳。
たしかにこの地域の女性はもう結婚している者が多い年齢ではあるが、人の生の中ではまだまだ若い。
俺の生まれ育った地域ではまだ結婚していない女性も多いくらいだし、俺の母親だって俺を生んだ時は30歳を超えていたと聞いている。
「あとは今まで誰とも付き合ったことが無くて、自分には魅力が無いと思っているらしい」
「誰とも?……喜びしかないんだが。それに俺にとっては魅力的だ」
「それは追々本人に言ってあげなよ。じゃあ食事会は予定通りやるってことで良いよな?」
「もちろんだ」
セルジュさんの魅力が分からないなんてこの町の男どもは見る目が無い。
まあ今となってはそれすらもありがたいと思ってしまうほど俺は浮かれているのだが。
セルジュさんとの食事会は来週に決まった。
今から待ち遠しくて仕方がない。
服装はどうするか、髪型はどうするかと真剣に考える。
あまりキメた格好にして軽いと思われたくないが、ダサいとも思われたくない。
(清潔感を重視して、とにかく警戒されないように)
女性と会う時にこんなに真剣に考えるのはいつ振りだろう。
とにかくこの機会を逃すまいと自分でも笑ってしまうほど俺は必死だ。
けれどそれ以上に楽しみで仕方がなかった。
表には出さないようにしていたつもりだったが、職場では「何か良いことでもあったのか」と聞かれたりして、食事会までの日々はあっという間に過ぎて行った。
そして食事会当日。
俺とアレクサンダーは約束している食事処に先に来て待っていた。
邪魔が入らないようにと少し金額を上乗せして個室にしてもらった。
「アレク、俺大丈夫か?どこかおかしなところはないか?」
「問題無し。今日も色男だ。まあ、強いて言うなら挙動不審だな。何でそんなに緊張してるんだよ」
隣に座ったアレクサンダーが俺を面白そうに見る。
この状況で緊張しない男などいるのだろうか。
声すらかけられなかった想い人と初めて食事を共にするのだ。
緊張するなという方が無理だ。
「お前一応アリシアさんと顔見知りだろ?話したことだってあるんだろ?」
「話したことはあるが、仕事でってだけだし。それに今日はそういう目的の食事会だろ?」
セルジュさんには誰が来るか伝えていないらしいが、紹介する男を連れて来ると言う目的の食事会なのだから、気が合えば関係を先に進めることになる。
今までの仕事上での当たり障りのない会話とは全く違うのだ。
「駄目だ……変な汗出てきた」
「お前意外と可愛い奴だな」
アレクアンダーは俺の肩にがしっと腕を回し、揶揄い混じりに言う。
「可愛いと言われても嬉しくない」
「そんな可愛い奴は抱きしめてやろう」
「止めろ、気色悪い。それに抱きしめるならセルジュさんが良い」
アレクサンダーの腕を引き離しながら言うと、呆れたように「……お前、願望が口から出てるぞ」と言われた。
そうこうしているうちに店員がやって来て「お連れ様がおみえになりました」と言った。
案内されてやって来たセルジュさんを見て、思わず心臓が跳ねた。
(……可愛い。いつもよりもさらに素敵だ)
セルジュさんは普段見る姿よりもお洒落をしていた。
普段は一つに結んでいる赤毛の髪はサイドを三つ編みにしてハーフアップにされており、ワインを思わせるような深いブラウンのワンピースに小振りのネックレス。
落ち着いているがとても女性らしい装いだった。
この食事会の為の格好だと思うと嬉しさが込み上げる。
そんなセルジュさんは俺を見て明らかに驚いていた。
(俺では不服だっただろうか)
しかし、もしそうだったとしてもこの場を他の男に譲る気は無い。
この食事会で、少しでも良い印象を持ってもらうことが今自分のすべきことだと気合を入れた。
席に着き、お互い自己紹介をして握手を交わす。
女性の手を握ったことなんて何度もあるはずなのに、握手一つでこんなに緊張するとは我ながら笑える。
けれど実際は笑っている場合ではなかった。
まさかセルジュさんが俺に認識されていないと思っていたとは。
配達所に見回りに行った際に話したこともあったのに、そんなに興味が無さそうに見えていたのか。
下心を出し過ぎないように気を付けていたのが裏目に出たのかもしれない。
やはり今日の頑張りに全てが懸かっているような気がしてきた俺は、少しでも自分のことを意識してもらえるようにとたくさん話しかけた。
軽い男だと思われないように、なるべく丁寧な言葉遣いを心掛けていたら、途中でアレクサンダーたちに仕事中じゃないのだから堅苦しいと笑われ、いつも通りの話し方に戻した。
本当はその勢いでセルジュさんのことも名前で呼んでみたかったけれど、馴れ馴れしいと思われたくなかったので我慢した。
隣で軽々しくアリシアさんと呼ぶアレクサンダーを羨ましく思いもしたが、焦りは禁物だと自分に言い聞かせた。
時間が経つにつれて、始めは緊張していたセルジュさんにも笑顔が増える。
(……やっぱり、好きだなあ)
仕事中とは違う、友人といる時の自然な笑顔はいつもよりも幼く見えて可愛らしい。
自分ばかりが増々セルジュさんのことを好きになっていくようだった。
そうしてお酒も進み、お腹も満たされ、楽しい食事会の時間は終わってしまった。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
(もう解散か。少しは良い印象を持ってもらえただろうか。……また会ってくれるだろうか)
食事会は楽しかったけれど、特に俺の女性の好みを聞かれたり、恋愛的な話は何も無かった。
今日はそういう目的の食事会だったはずなのだが、本当に何も無かった。
無さ過ぎて不安になる。
もう少しだけセルジュさんと話がしたい。
俺のことをどう思っているのか、このまま関係を進めても良いと思ってくれているのか、自分に可能性が残されているのか確認しておきたかった。
店を出てからもブリジットさんと楽しそうに話すセルジュさんに、どう話を切り出そうかと考えていると、アレクサンダーが「じゃあそろそろ解散にしようか。セオはアリシアさんを送ってあげなよ」と言ってきた。
「え?」
「え?」
俺とセルジュさんの声が重なる。
一人でも大丈夫だと言うセルジュさんに、ブリジットさんも送ってもらえと言う。
恐らく二人は俺に気を利かせてくれて言った言葉だとは思うがそれは駄目だろう。
ようやく知人レベルになった男に自分の家を知られたくは無いだろうとセルジュさんに聞けばそんなことは無いと言う。
思わず溜息が出た。
セルジュさんはもう少し警戒心を持った方が良い。
相手が俺だから良いものの、いや俺にも下心が無いとは言わないが、世の中危険な男だっているのだ。
「警戒心?エヴァンスさんに?」
どうしてと言わんばかりの視線を受けて、俺は何となくだがセルジュさんの心の内を察した。
全く俺のことを意識してくれていない。
それどころか俺がセルジュさんのことを全く意識していないと思っている。
自分が誰かから想われているだなんて微塵も考えていないのだ。
「べつに俺だけのことを言ってるわけじゃないけどね。でも今日が何のための食事会だったか忘れてるだろ。俺、セルジュさんを紹介してもらうために来たんだけど」
ちょっとムッとした言い方になってしまったのは反省するが、こうでも言わなければ一生セルジュさんに俺のことを意識してもらうことは無理だと悟った。
少しでも関係を進めるためには俺が動くしかない、そう思った瞬間だった。
アレクとセオは仲良し(笑)
ブクマ、評価&誤字報告などありがとうございます。
嬉しいです(・∀・)
助かっています。
あと1話で終わる予定です。