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6.セオドア・エヴァンスは恋に落ちた ※セオドア視点


前話まではアリシア視点。

ここからはセオドア視点です。


 

 生まれ育った少し離れた町からこの町に移って早5年。

 仕事も警邏隊に所属することが出来、それなりに楽しい毎日を過ごしている。

 ここよりも都会にある学校に通っていた時、アレクサンダー・テンダーという男と友人になった。

 アレクサンダーは非常に優秀で、地元を離れ、より高度な知識が学べる学校に通っていた。

 学校を卒業する年になると生徒たちはそれぞれ働き口を探し出す。

 アレクサンダーは彼の地元に拠点を置く比較的大きな商会の職を勝ち取った。

 その頃の自分はと言うと、都会を離れ、もう少しのんびりとした場所に行きたいという漠然とした希望を持っていたが、何も決まっていない状態だった。

 そんな俺にアレクサンダーは自分の地元に遊びに来ないかと言った。


『ファンガは自然も多いし、適度に賑わっていて良い所だよ。ちょっと過ごしてみてそれで気に入ったら街の警邏隊の試験受けてみたら?この間帰った時、ちょうど隊員の募集掛けてたんだけど、あと3ヶ月くらい毎週末希望者の試験を受け付けてるって。セオは剣術も体術も凄いし受かるんじゃないか?』


 アレクサンダーの提案は俺にとってとても魅力的だった。

 都会から離れたいとは言っても、あまりに田舎過ぎるとここでの暮らしに慣れている自分には不便だろうし、何より気心の知れた友人がいるというのは何とも心強い。

 2週間程の休みに実家に戻るから遊びに来いと言うアレクサンダーと一緒に彼の地元ファンガに行き、彼の家に世話になりながらファンガの街を巡った俺はすっかりそこが気に入り、そのまま警邏隊の試験を受けて合格をもらい、卒業と共にこの町にやって来たのだ。


「おーい、こっちこっち!」

「悪い、アレク。待たせたか?」

「いや、俺も今来たとこ」


 今も俺とアレクサンダーはよくつるんでいたが、学生時代と大きく変わったことがある。

 それはアレクサンダーが結婚したことだ。

 アレクサンダーは1年ほど前に幼馴染の女性と結婚をした。

 俺にも紹介してくれたがかなりの美人で、普段は飄々としている友人が奥さんにメロメロになっている姿はなかなか面白いものだった。

 アレクサンダーは奥さんを溺愛し過ぎて、結婚して完全に自分のものとなるまで会わせてもくれなかった。

 奥さんを信じていないわけではなく、俺が奥さんに惚れたら困るからだと言っていた。

 それもそれで失礼な話である。

 仮にものすごく自分の好みだったとしても、親友の恋人に手を出すわけないだろうが、俺を信用してないということじゃないかと怒ったことは記憶に新しい。

 実際はアレクサンダーの奥さんを初めて見た時に、失礼な話だが自分の苦手なタイプかもしれないと思ったのだが。


 俺は容姿が良いと言われる女性にあまり良い印象が無い。

 俺は4兄弟の末っ子で、上に兄が1人、姉が2人いて、俺を含めて全員がみんなから褒められる容姿をしている。

 兄はまともな人間だったが姉2人が厄介だった。

 頭がおかしいとか、性格が極端に悪いとかそういうことではないが、自分たちの容姿に絶対的な自信を持っていて、見た目に掛ける情熱が半端じゃなかった。

 外出する時はしっかりと化粧をし(厚化粧と言ったら蹴られた)、香水をつけ、恋人にする男も顔で選ぶという徹底ぶりで、「私たちが美人なんだから恋人だってそうじゃないと釣り合いが取れないでしょ?」と平然と言ってのける。

 しかも自分は男に大事にされて当然という態度。

 その中には弟である自分も含まれていて、自分の手足のように使われたり女性の扱い方を叩き込まれたりもした。

 その反動もあって美人にはどこか苦手意識がある。

 今まで言い寄ってきた女性も、恋人になった女性も、俺のことを理想の男と言ってきた。

 けれど、それは俺自身を見てくれているというよりも、容姿の良い男を連れて歩ける優越感が強いのではないかと思うことがしばしばあった。

 そう、綺麗なアクセサリーと何ら変わりない。

 みんながみんなそうとは思わないが、少なくとも俺に言い寄ってくる女性はみんなそうだった。

 自身のこの望んでもいないのに女性に好まれる見た目や、姉たちに叩き込まれた女性の扱いのせいか、軽い男、軟派な男という印象を持たれることも多く、恋人や夫がいるのに遊び感覚で声を掛けられることもありうんざりすることもあった。

 けれど、アレクサンダーの奥さんはそういった美人とは全く違った。

 美人ではあるけれど、それを鼻に掛けることは無く、香水臭くもない。

 奥さんは俺のことは知っていたが、紹介されるまではアレクサンダーから出来るだけ俺に近づかないでくれと無茶なことを言われていたようで「うちのアレク(バカ)がごめんなさいね」と困ったように笑っていた。

 俺の前でも口を大きくあけて笑ったりと自然体で、何よりもアレクサンダーと相思相愛で、彼の失敗談などを話してはそういう所がまた可愛いのだとそう言った。

 正直羨ましかった。

 二人を見ていると、自然とこういう中身を見てくれる女性と結婚出来たら幸せだろうなと思った。

 今まで結婚願望は無かったが、本当の自分を見てくれる相手との結婚に憧れを持ち始めた。

 そんな折、職場に新人が入ってきたこともあって詰所での雑務が減り、その代わりに自分の巡回する範囲が広がることになった。

 その中に配達所があった。

 そこで出会ったのがアリシア・セルジュという女性だった。

 出会ったと言うと少し語弊があるか。

 初めて名前を知って会話をしたということだ。

 セルジュさんのことは名前は知らなかったが元々顔は知っていた。

 街の見回り中に何度か見かけたことがある。

 最初に見たのは大きな紙袋を抱えて年配の女性と歩いているところだっただろうか。

 ずいぶんと大きな荷物だったので、女性には少し大変かと思い手伝おうかと考えているうちに家に到着したようで、声を掛けることは無かった。

 この時は普通にこの二人が親子なのだと思っていたのだが、その後も小さな子供と目線を合わせるためにしゃがんで話していたり、他の年配の女性の体を支えて歩いていたり、またある時はこの町では見たことのない男と一緒にいるところを目撃した。

 その男とはすぐに別れていたが、一体どういう関係なのかと気になり辺りをキョロキョロと見まわしている男に声を掛けた。

 仕事中に何をやっているのかと思われるかもしれないが、言い訳をさせてもらえば町の住人ではなさそうな男が目的も無く街をうろうろしているなら警邏隊としても警戒しておく必要がある。


(そう、これは仕事だ。盗みなどを働く怪しい輩でないか確認するだけだ)


 そう自分に言い訳をして男に話しかけた。


「失礼、何かお探しですか?」

「え?いや、別に……うへぇ、こりゃずいぶんと男前な兄ちゃんだな。その制服、警邏隊か?何も悪いことはしてないぞ」

「先ほどの女性はお知合いですか?」

「うわ、何だよ見られてたのか。俺この街に初めて来たから美味い飯屋はないか聞いただけだよ。……まあ、あわよくば一緒に飯でもどうかと思って誘ったんだけどさ~、ご覧の通り撃沈」


 始めはただ普通に食事処を探していたのだが、セルジュさんの方から何かお困りですかと声を掛けてきたためいけるかと思ったのにと男は残念顔だ。

 セルジュさんは純粋に困っていそうだから声を掛けただけだったのだろう。

 その事実になぜだか少しほっとした自分がいた。


 セルジュさんは配達所の受付にいつもいて、俺たち警邏隊が行くと「いつもありがとうございます。お疲れ様です」と言って飲み物やちょっとした焼き菓子などを差し入れしてくれる。

 一緒に見回りをする同僚と俺に分け隔てなく接してくれる。

 当たり前のことだと思うだろうが実際はそうでもない。

 見回りは警邏隊の仕事であると街の住人も知っているので、みんなが毎回感謝や労いの言葉を掛けてくれるわけでもない。

 こちらとしてもそれを仕事としているのだから全く不満は無いが、それでもありがとうと言われるのは嬉しいものだ。

 それに、無駄に見栄えの良いこの顔のせいで、同じ仕事をしているのに明らかに女性に贔屓され、差し入れや労いの言葉を俺だけがもらうなんてこともある。

 同僚はそれで俺に文句や不満を言うこともないし、望んでもいないのに女性に囲まれている俺を見て「最初は羨ましかったけど大変だよな。お疲れ」と逆に励まされることに若干の居心地の悪さを感じていた。

 そんなある日、仕事が休みだった俺は一人で公園に来ていた。

 警邏隊の宿舎で過ごすのもつまらないし、かと言って街中で女性に囲まれるのも面倒で、公園のベンチから外れたところにある芝生の上でごろんと寝転んでいた。

 ベンチのある所には噴水があったりして人は多いが、俺が寝転んでいる芝生は奥まった所にあるので人はほとんどいない。

 少なくとも服が汚れるのを嫌うような女性は来ない場所だ。

 適度に噴水周りにいる人の声と風が揺らす木々の音が融合して落ち着ける場所だった。

 そこでぼうっとしていると聞き慣れた名前が耳に入った。


「――そう思わないか、セルジュ」


 男が呼ぶセルジュさんの名前に思わず起き上り、そろりと噴水の近くまで移動する。


「思いませんよ。それどこにもエヴァンスさんに非はないじゃないですか。所長もそう思いますよね?」

「そうだな~」


 続いて自分の名前が出て聞いたことに驚いた。

 一体何の話をしているかと盗み聞きは良くないと知りながらも聞き耳を立てると、どうやらセルジュさんは昼休憩中で職場の人たちとベンチに座ってお昼を摂っているようだった。

 そして男性は最近恋人に振られたらしい。

 その理由がなぜか俺らしい。


「あの色男だったらもっとスマートにエスコート出来るだろうとか、女が喜ぶ言葉を言ってくれるはずだとか……そんなの知らねーよ!俺はあんな奴大っ嫌いだ」

「いや、だからそれものすごい理不尽ですよ。大体恋人さん、リンダさんでしたっけ?エヴァンスさんとお付き合いしたことあるんですか?全て○○のはずだって想像でしかないですけど」

「元恋人な!あるわけないだろ。デート中もエヴァンスを見つけるとキラキラした目で見てたけどな……」

「先輩、そんな女性別れて良かったと思いましょう。ねえ、所長?」

「そうだな~」

「うるせー。お前に俺の気持ちが分かってたまるか。男日照りの行き遅れのくせに」

「うわぁ、驚くほど失礼ですね」

「女性に向かってそんなことを言っては駄目だね~。セルジュさんはまだまだこれからだよ~。セルジュさんは素敵な女性だからきっと良い人に巡り合えるよ~」

「ありがとうございます、所長。先輩はそういうこと言うから振られるんですよ。私以外の女性にそんなこと言ったら泣かれた上に悪評ばら撒かれますよ」


 要約すると、そこの男は俺と比べられて恋人に振られたらしい。

 俺が責められる謂れはない。

 しかし、時々「俺の女を奪った」と言ってやって来る男は、こういう奴なのだろう。

 いい迷惑だ。

 しかもセルジュさんのことをあんな風に言うなんて最低な男だ。

 許せん。


「大体エヴァンスさんて先輩が言うような人じゃないと思いますけど」


 セルジュさんの言葉に今にも飛び出してしまいそうだった足が止まる。


「何だよ。結局お前も他の女と同じであの面が良いのか」

「違いますって。まあ素敵なお顔なのは否定しませんけど、中身は先輩が言うような軟派な男性じゃないと思うんですよ」


 どうしてそう思うのかと問う男に、セルジュさんは淡々と説明していく。

 最初は自分も軽い男性かと思ったが、話してみると全くそんな感じはしなかった。

 たしかによく女性に囲まれているが、どちらかと言うと女性の方から言い寄っているという雰囲気だし、同時期に多数の女性と親密になっているという噂は聞いたことがない。

 外では肩を抱いたり、腰を引き寄せたりといった接触を見たことがないとセルジュさんは言った。


「それに、配達所に見回りに来る時も至極真面目ですし、警邏隊の中でも一二を争う強さというのも日々の鍛錬あっての物じゃないですか。女性の間をフラフラして他が疎かになっているような人ではそうはいかないと思います。それにアイーシャちゃんがあんなに好意丸出しでも手出しされてませんし」

「好みじゃないだけだろ」

「アイーシャちゃんあんなに可愛いのに?ただの女好きだったら絶対放っておかないですよ。先輩だってアイーシャちゃんからアプローチされたら自分の好みと多少違ってもちょっと気持ち傾くでしょう?」

「う……否定できない自分が憎いぃぃ!」


 セルジュさんの言葉に、男の俺への憎悪は鳴りを潜めたようだった。

 そしてしばらくするとセルジュさんたちは食事を終えて配達所へと戻って行った。

 俺はと言うと、セルジュさんがさっき言ってくれた言葉を噛みしめていた。


(俺のことをあんな風に思ってくれてるんだ)


 見た目ではないところを見てくれる女性。

 配達所では必要最低限の言葉しか交わさないし、セルジュさん自身真面目そうな感じだからもう一人の受付の子と違ってもしかしたら自分は避けられているのかもと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。


(嬉しい……何だこれ、嬉しいな)


 じわじわと胸が温かくなるのを感じる。

 今まで生きてきて、セルジュさんと同じように言ってくれた人もいたはずだ。

 けれど、その時は有難いことだと思ってもただそれだけだった。

 ならばこの嬉しさは何なのか。


(……考えるまでもない。そうか、そうだったのか)


 俺はセルジュさんが好きなのだ。

 以前からセルジュさんの姿をよく見つけてしまうのも、彼女の言葉がこんなにも嬉しいのも、俺がセルジュさんを好きだからだ。


(セルジュさんにこの想いを告げたら迷惑だろうか)


 昔、自分から好きになった子がいた。

 告白してくれたのは女の子の方からだったけれど、両想いだったんだと浮かれた初めての恋人だった。

 だけど、その女の子には、俺と付き合っていると他の子に嫌がらせを受けるからもう嫌だと振られた。

 それ以来、自分から好きになって付き合ったことは無い。

 いつも女性の方から告白されては「思っていたのと違う」「私のこと好きじゃないんでしょ」などと言われて振られるか、自身とのあることないことを吹聴されて嫌気がさして別れを切り出すかだった。

 そんな事だから恋人と長続きせず軽い男と思われ、本当に好みなタイプからは余計に敬遠された。

 自分のタイプは派手な美人ではなく、セルジュさんのような素朴な可愛らしさを持った自立した女性だ。


「俺のことを庇ってくれたけど、男としては眼中にないんだろうなぁ……」


 自分で呟いた言葉に虚しさを感じる。

 けれど頑張るしかない。

 とりあえずはどうやったら自分のことを恋愛対象として認識してもらえるかだろう。

 いきなりご飯などに誘ったら軽い男だと警戒されるだろうか。

 俺の悩ましい日々の始まりだった。



聞いた話だと、顔が良い人もそれはそれで大変なことがあるらしいです。


あと2話くらいを予定しております。

よろしくお願いしまっす!

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