5.自分の気持ちに正直に
ブクマ、評価などありがとうございます。
「エヴァンスさんとお付き合いすることになりました」
「やっふぁり?よふぁっははない!」
「……ありがとう。でも飲み込んでからで良いわよ」
私がエヴァンスさんと付き合うことになったと報告すると、ブリジットは口に食べ物を詰め込んだまま喜んでくれた。
リスの頬袋みたいで可愛い。
あの食事会の後、エヴァンスさんは何度も私に会いに来てくれて何度かデートもしているが、ブリジットとはなかなか時間が合わず会えていなかった。
「やっぱりねー。絶対上手くいくと思ってたのよ」
「会う前にもリジーは絶対大丈夫って言ってたわよね?」
「そりゃそうよ。だって私とアレクはエヴァンスさんがアリシアのこと気になってるって知ってたんだもの」
「先に教えておいてくれれば良かったのに」
「紹介相手がエヴァンスさんだって?それ先に言ってたらアリシア怖気づいたでしょ?」
「う……否定できない」
「でしょう?」
ブリジットは本当に私のことをよく分かっている。
先に相手がエヴァンスさんだと知っていたら、畏れ多くてやっぱり止めたいと怖気づいていただろう。
今でこそ顔はキラキラしているが意外と親しみやすい人だということが分かってはいるけれど。
「それで?愛の告白は何て言われたの?」
「ひ、秘密!」
「え~、彼の愛の言葉は自分だけの物って?」
「っもう!揶揄わないでよ!」
ブリジットがにやにやしながら聞いてくる。
憧れていた恋バナがこんなに恥ずかしいものだなんて知らなかった。
自分が恋愛とは無関係の時は人の話を聞いているだけで良かったから楽しいだけだったのに。
「だってアリシアの初めての恋愛よ?気になるじゃない、応援したいじゃない。じゃあアリシアは何て言ったの?ちゃんと好きだって言った?」
「……言ってないわ。恋愛として好きかどうか分からないって言った」
「はあ?本気で言ってるの?」
ブリジットにじとっと睨まれる。
「だ、だって仕方がないでしょう?今まで誰かをちゃんと好きになったことないんだもの。そういう好きって、普通の好きと何が違うの?リジーはどうしてテンダーさんのことがそういう好きだって分かったの?」
「……そ、そこから?そっか、アリシアは初心だものね、うん、仕方ないわ」
ブリジットはぶつぶつと呟くと「人それぞれだと思うけど」と前置きした上で、自分がテンダーさんのことをどう思っているのかを語ってくれた。
「私はもうアレクのことは好きっていうより愛してるんだけど、そうねぇ。アレクが笑ってくれたら嬉しいし、辛そうな時は悲しいし傍に居たいと思うわね。手を繋いだら嬉しいし、抱きしめられたら幸せだし、キスもそれ以上もしたいって思うわ。逆にアレク以外の男なんてどんなに顔が良くてもお金持ちでもごめんよ。絶対に嫌。手も握られたくないわ。あら、アリシア顏真っ赤よ?大丈夫?」
「……大丈夫、続けて」
「そう?あとはあれよね、幸せな感情と同時に自分の醜い感情にも気づいちゃうわね」
「醜い感情?」
「まあ簡単に言うと嫉妬心ってやつ。アレクに他の女がちょっかい掛けようものならアレクは私のなのに、触らないでって思っちゃうのよ。もしアレクが私以外の女を選んだらって考えたら怖くなる」
「そんなこと有り得ないでしょう?」
テンダーさんは誰がどう見てもブリジット一筋だ。
溺愛していると言っても良い。
「そう、あり得ないの。でも例え話だとしても嫌なのよ。アリシアも想像してみたら分かるんじゃない?もしエヴァンスさんがアリシア以外の女性と楽しそうに話をしていたら?他の女性と手を繋いでいたら?キスをしていたら?アリシアはそれを笑って祝福できる?」
「私は――」
「まあエヴァンスさんは今のアリシアの気持ちを分かった上でお付き合いしてるんだからそんなに焦って答えを出す必要も無いと思うけどね。よく考えてみれば?」
「……うん」
ブリジットと別れて歩いていると、美人の看板娘がいると評判の花屋から見知った人が出てきた。
(あ、エヴァンスさんだわ。見回り中ね)
せっかくだから声を掛けようかと思っていると、エヴァンスさんを追いかけるように出てきた女性が彼の腕を掴んだ。
金髪のさらっとした髪を緩く結んだスタイルの良いとても美人な女性。
噂の看板娘だろう。
女性はエヴァンスさんの腕に自分の腕を絡ませ楽し気に何かを話している。
何か自分の中にもやもやとした感情が渦巻くのを感じた。
私はエヴァンスさんの恋人なのだから堂々と声を掛ければいい。
頭ではそう思っているのにどうしてか足が固まったように動かない。
その場に立ち尽くしていると、女性から腕を解放されたエヴァンスさんが不意にこちらを見た――気がした。
私は慌てて顔を逸らしその場を走り去る。
仕事中のエヴァンスさんがそれを放棄して私を追いかけてくることなど無いと分かっていて私は逃げたのだ。
そのまま家に帰る気にもなれず、近所の公園の奥まったところにあるベンチに座り、ぼうっと花を眺めながら、私は先ほど見た光景とブリジットに言われたことを考えていた。
『アリシア以外の女性と楽しそうに話していたら?』
嫌だと思った。
エヴァンスさんがあの女性に向ける笑顔は、私に向けてくれるものとは違う仕事中の物だというのは見てすぐに分かった。
もう一人の隊員もいたしあの女性の一方通行な想いだと分かった。
それでも嫌だと思ってしまった。
『他の女性と手を繋いでいたら?』
彼の意志とは関係ないとしても、他の女性と腕を組むエヴァンスさんを見て悲しい気持ちになった。
そして、心の奥で彼に触らないでと思った。
『キスをしていたら?』
嫌だ。
キスをしたことが無い私はそれがどんなものなのかは正確に知ることは出来ない。
けれど、エヴァンスさんが他の女性に触れることを想像しただけで胸が苦しくなる。
そんなこと、もう想像もしたくない。
「何だ……。私もうとっくにエヴァンスさんのこと好きなんだわ」
そうぽつりと呟いた言葉は自分の中にすんなりと沁み渡っていった。
(恋愛初心者にも程があるわ)
自分のあまりの鈍さに笑いが込み上げてくる。
かと言ってこんな人気の無い公園でひとり笑う女は怖すぎるだろうと自制して肩を震わせていると、突然後ろからその肩を掴まれた。
「アリシア!」
「っひ!……え?エヴァンスさん?」
振り返ると汗をかき、髪と息を乱したエヴァンスさんが立っていた。
「……泣いて、ない?」
「驚いた。どうしたんですか?」
エヴァンスさんは私の顔を見るなり深く息を吐いて、そして私の隣に座った。
「こんな時間に、こんな所で一人でいるのはどうかと思う」
「え?あ、すみません」
言われて空を見るともうじき日が沈もうとしていた。
この公園に来た時はまだ明るかったと思っていたのだが、ずいぶんと長いこと考えこんでいたようだ。
「違う……ごめん、こんなことを言いたいわけじゃなくて」
「エヴァンスさん?本当にどうしたんですか?」
いつものエヴァンスさんとはどことなく様子が違って見える。
「昼間、街で君と目が合った気がする。花屋の辺りに居た?」
「……いました」
「やっぱり。それで、目が合ったと思ったのに思い切り逸らされて……俺は何かしてしまったのかと思って。もしかして花屋の店員と何か誤解されたんじゃないかって」
それで仕事が終わってすぐに私の家へと足を運んでくれたらしい。
それなのに私がまだ帰宅していなかったから、慌てて周囲を探していたらしい。
「そうしたらこの公園があって、前にセルジュさんがここの花も綺麗だと言っていたから、もしかしたらと思って来てみたら……」
「案の定、私がいたと」
「そう。それで、その、君が泣いているように見えて……」
慌てて肩を掴んだということらしい。
申し訳ない。
「泣いてないなら、それで良いんだ」
「心配かけてごめんなさい。泣いてないし、誤解もしていません」
泣くどころか私、自分の鈍感さに呆れて笑っていました……。
「目を逸らして逃げたのは……ごめんなさい。なんだか、その、耐えられなくなって」
あの女性のおかげで自分の気持ちに気付いたとも言える。
ありがとう看板娘さん。
ブリジットの言葉だけでも気付けたとは思うけれど、やはり実際にああいう場面を見るとより分かりやすかった。
「誤解はしてないんですけど、でもあの女性がエヴァンスさんの腕に絡みついてるのとか、楽しそうに話しているのが嫌だなとか、こうもやもやと嫌な気持ちが大きくなって」
急な私の告白にエヴァンスさんは驚いているようだ。
「その直前にリジーに恋愛として好きってどんな気持ちなのかって相談していて、好きだとそう言う嫉妬心が芽生えるというような話をしていて、あの、それでですね。あの、私、エヴァンスさんのことがですね、ちゃんとそういう意味で好きなんだなと、そういう結論に至りまして」
「……本当?」
「私こんなことで冗談なんか言えません」
「そう、だな」
エヴァンスさんは姿勢を正すと膝の上に置かれていた私の手を上からぎゅっと被せるように握った。
「本当に、俺で良い?」
「エヴァンスさんが良いんです。他の人だったらこうして手を握られるのも嫌です」
「俺、仕事柄色んな人に会うし、これからも今日みたいなことがあるかもしれない。でもなるべく言い寄られたり触られないように気を付けるから」
エヴァンスさんの宣言に思わずきょとんとしてしまう。
エヴァンスさんだって好きで言い寄られたりしているわけでもないだろうに。
「ふふっ、ありがとうございます。ちゃんと分かってますから大丈夫です。……でもやきもち焼くくらいは許してくださいね」
「それは俺を喜ばせるだけなんだけどなぁ」
やきもちを焼くと喜んでくれるのか。
困らせるものだと思っていたけれど、それだけではないらしい。
エヴァンスさんはンンッと咳払いをすると私の名前を呼んだ。
「アリシア・セルジュさん。俺は君のことが好きです。結婚を前提に俺と付き合ってください」
「……はい!私もエヴァンスさんのことが好きです。よろしくお願いします」
私が笑顔でそう答えると、エヴァンスさんは辺りをキョロキョロと見渡して何かを確認すると「抱きしめて良い?」と言った。
「えっ?」
「本来外でこういうことはしないんだけど、辛抱堪らん。抱きしめさせてください」
私も思わず周りを見たが、辺りには誰もいなかった。
「ど、どうぞ」
そう答えるとすぐさまエヴァンスさんの両腕が伸びて来て、私をその中に閉じ込めた。初めて手を繋いだ時にも思ったが、大きくて、筋肉質で、自分とは違う男の人なんだなと改めて実感する。
ドキドキする。
嬉しい。
恥ずかしい。
幸せ。
色々な感情が一気に身体を駆け巡る。
頭が沸騰しそうだ。
「……俺は今最も幸せな男かもしれない」
私を抱きしめたままエヴァンスさんは呟いた。
「……だったら、私は最も幸せな女です」
私がそう言うと、抱きしめる腕に力が入った。
「幸せついでにもう一つ、いや、二つ良い?」
「二つですか?何でしょう」
「名前で呼びたい」
「……さっき呼んでくれてましたよね」
「バレてたか。俺心の中ではずっとアリシアって呼んでたから、ついね」
「あれ実はちょっと嬉しかったんです。私もセオドアさんって呼んでも良いですか?」
「ああ。でもセオって呼んでくれたらもっと嬉しい」
「セオ、さん」
「うん、出来ればさんも失くしてほしいな。ブリジットさんと話すように俺にも話してほしい。それが二つ目」
「……セオ?」
「……うん、良いね。好きだよ、アリシア」
「私も、セオが好き……」
セオドアの腕に包まれたままお互いの気持ちを確かめ合う。
身体も心もぽかぽかと温かくて、日は沈んだというのにまるで春の陽だまりの中にいるような気分だった。
公園から家に送ってもらう途中、セオドアから嬉しいことが聞けた。
「そう言えば、俺、自分から告白したのはアリシアが初めてだ」
人気のある彼が今まで恋人がいないなんてことはないと分かっていた。
自分ばかりが何の経験も無く、彼の色々な初めては自分ではないのだと思っていたからセオドアから告白したのは私だけだという事実は私を大層喜ばせた。
「私ばっかりが初めてじゃないのね……なんだか嬉しい」
自然と笑顔になってしまう。
これから長いこと一緒に居られたら、セオドアとのもっと色々な初めてを見つけられるのかもしれない。
それを探すのもなかなか楽しそうだ。
「人生長いんだし、一緒にいたらいくらでも見つかるよ」
セオドアも自分と同じようなことを考えていたことが嬉しくて、私は笑顔で「そうね」と答えた。
まだまだ自分に女としての自信は持つのは難しいし、人の気持ちはずっと一緒だという保証はないけれど、今はただ自分の気持ちに素直になってみよう。
セオドアが好きだと言ってくれるなら、可愛いと思ってくれるなら、本当に可愛い女性になれる気がする。
「……ありがとう、セオ」
「?何に対して?」
「私を好きになってくれたこと」
「それは俺の台詞」
顔を見合わせて笑い合う。
手を繋いで歩く家までの帰り道。
まだまだ着かなければ良いのにと、そう思った。
ちょっと優しくされただけで好きになってしまうなんて自分チョロすぎなんじゃとアリシアも考えはしました。
けれど、切っ掛けが何であれ、自分がセオを好きになったことに変わりはない、今感じているこの気持ちを大切にしたいと思っています。
次からはセオ視点で何話か書く予定です。