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3.狼にはならない

 

「お待たせ、アレク。エヴァンスさんも。紹介するわね。こちら私の大親友、アリシア・セルジュ」

「アリシア・セルジュです」

「初めまして。アレクの友人のセオドア・エヴァンスです。よろしく」


 名乗って笑顔で手を差し出してきたエヴァンスさんに私も慌てて手を伸ばし握手を交わす。

 男らしい骨ばった手に思わずドキッとしてしまった。

 男性と手を繋いだのはいつ振りだろうか。

 いや、これは握手だけれど。

 遡っても小さい頃に父親と手を繋いだくらいしか記憶にない。


(駄目だわ……私、免疫が無さすぎる)


 緊張と恥ずかしさで高鳴る胸を隠すように私は席に着いた。

 注文した飲み物と食事が来ると、テンダーさんがエヴァンスさんの紹介を始めた。


「アリシアさん、セオは街の警邏隊で働いてるんだ」

「もちろん知ってます。だから、驚いてます」

「あ、やっぱりか。セオは有名だからね」


 セオドア・エヴァンス。

 この街の警邏隊に所属する青年はとても有名だ。

 程好い長さに整えられた焦げ茶色の髪、吸い込まれそうだと言われる切れ長のアッシュブラウンの目、警邏隊員の中では細身に見えるがその強さは一二を争うほどだとも言われている。

 なおかつ人当たりも良いのだ。

 つまり、とんでもなく人気がある。

 今まで彼に恋をして散っていった女性は数知れず、そして彼のお眼鏡に適った女性も数知れずと言われている。

 まあこれはあくまでも噂で、作り話も含まれているとは思っているのだけれど。

 正直に言うとその煌びやかな様子から遠い存在に感じられて、私からすればちょっと住む世界が違う人という感じだ。

 そんなエヴァンスさんがなぜここに居るのか。

 4人掛けのテーブルで私の前の席に座り朗らかな笑顔を向けるエヴァンスさんを見てもその理由が分からない。


(何でこの人こんなところにいるの?)


「アリシアは配達所で働いているのよ。ね!」

「え、ええ。主に受付で」

「知っていますよ。さっき初めましてとは言いましたけど、何回かお話したこともありますよね」

「え?!私認識されてるんですか?」


 たしかに私はエヴァンスさんとお話したことがある。

 私の働く配達所は警邏隊の見回りのコースに含まれているのだ。

 ただ、毎回エヴァンスさんが来るわけではないし、話すと言っても二言三言交わす程度なのでまさか覚えてもらっているとは思わなかった。


「当たり前じゃないですか。逆に覚えていないと思われていたことの方が衝撃です。いつも差し入れを頂いてありがとうございます」

「い、いえ」


 警邏隊の人たちが来た時には、飲み物や、一口で食べられるようなお菓子を渡したりしている。

 それもいつも見回ってくれている警邏隊の人たちへのほんの感謝の気持ち程度の物なのだが。


「みんなありがたがっていますよ。配達所に行く時間帯は昼時が多いのでみんな腹を空かせてるんです」

「まあ、そうだったんですか?だったらもっとお腹に溜まる物を用意しておきますね」

「あ、いや。まいったな。なんだか催促したようになってしまった」


 そう言って困ったようにエヴァンスさんは笑った。

 この後も始終和やかな雰囲気で会話が弾んだ。

 始めの内は丁寧な言葉で話していたが、堅苦しすぎるとブリジットとテンダーさんに言われて、最後の方はだいぶ砕けた話し方になっていた。


「は~、もうお腹いっぱいだわ」

「ははっ、リジーはデザートの食べ過ぎじゃないか?そろそろ出ようか」


 テンダーさんの言葉にみんなが頷きお店を出る。


「朝晩はだいぶ涼しくなったわね。歩いて帰るのにちょうど良いわ」

「そうね。歩いたらこの膨れたお腹も引っ込むかしら?」

「もうリジーったら」


 自分のお腹を摩るブリジットに思わず笑ってしまう。

 男性がいるからといって変に気取らない所も彼女の良い所だと思う。


「じゃあそろそろ解散にしようか。セオはアリシアさんを送ってあげなよ」

「え?」

「え?」


 テンダーさんの言葉に私とエヴァンスさんの声が重なる。

 二人で顔を見合わせ何とも言えない気まずい空気が流れた。

 まだこの時間なら人通りも少なくないし、一人でも全く問題無い。


「駄目よー、アリシア。お酒だって飲んでるんだから」

「で、でもエヴァンスさんに迷惑じゃ」

「いや、そんなことは無いけど……」


 エヴァンスさんが困ったように私をちらっと見た。

 そして「セルジュさんの方が困るんじゃないか?」と言った。

 不思議そうに首を傾ける私に、エヴァンスさんはそこまで親しくない男に自宅を知られるのは嫌じゃないのかと言った。

 エヴァンスさんはテンダーさんの友達だし、警邏隊の人でもあるからかあまり気にならないと私が言えば、なぜか溜息を吐かれた。


「セルジュさんはもう少し警戒心を持ったほうが良いな」

「警戒心?エヴァンスさんに?」

「べつに俺だけのことを言ってるわけじゃないけどね。でも今日が何のための食事会だったか忘れてるだろ。俺、セルジュさんを紹介してもらうために来たんだけど」


 エヴァンスさんの言葉に思わず目を丸くした。

 そしてその意味を理解してじわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。


「セオ、まさか送り狼になる気じゃないよね?」

「アレク」

「……」

「っちょ……痛い、痛い!冗談だって!」


 ふざけたことを言ったテンダーさんにブリジットとエヴァンスさんからそれぞれ一撃が入った。

 そしてエヴァンスさんは溜息を一つ吐くと私に向き直った。


「絶対にアレクが言ったような事にはならないから、セルジュさんが嫌じゃなければ送らせてもらいたいんだけど良いかな?」


 私は顔を赤くしたまま頷くことしか出来なかった。

 けれど、そんな私の返答にエヴァンスさんは嬉しそうに笑ったのだ。


「ありがとう。じゃあ行こうか。アレク、ブリジットさんも今日はありがとう。またな」

「ああ、またな~」

「エヴァンスさん、アリシアのことよろしくね」


 ブリジットたちと別れ、私とエヴァンスさんは肩を並べて歩き出す。

 さっきのエヴァンスさんの言葉のせいで、私は半ば混乱気味だ。

 私を紹介してもらいに来たのだとこの人は言った。

 いくらでも誰でも選べそうなエヴァンスさんだから、今日はテンダーさんの頼みを断れずにやって来たのだと勝手に思っていた。

 食事中も恋愛の話になることは無かったから、やっぱりそうだったのだと、悪いことをしてしまったなとそう思っていたのだ。


(え?!なに?どういうこと?エヴァンスさんは私に紹介される気があるってこと?今はまだあれだけど、そのうち、こ、恋人になっても良いって思ってくれたってこと?そういうことなの?!)


「―—さん、セルジュさん。おーい」


 ぐるぐると考えながら耳に届いた声にふと顔を上げれば、私を覗き込むようにしているエヴァンスさんと目が合った。


「――っ!」


 思わず思い切り後ずさってしまった。

 エヴァンスさんが驚いた顔でこちらを見ている。


「……大丈夫?酔っちゃった?手繫ごうか?」

「いえ!大丈夫です!」

「うわ、即拒否。さすがに傷つくなあ……」

「え?!す、すみません。えっと、あの……エヴァンスさん?」


 私が慌てているとエヴァンスさんは口に手を当て肩を震わせていた。


「もう!揶揄わないでくださいよ!」

「ごめん、ごめん。さっきから話しかけてもずっと反応が無いからさ」


 私がぐるぐると考えている間に何度も話しかけてくれていたらしい。

 周りを見回せば、ブリジットたちと別れた場所からだいぶ進んでいた。


「……家どっち?歩きながら少し話そうか」


 エヴァンスさんと再び肩を並べて歩き出す。

 男性と二人きりで歩くことも滅多に無い私はこれだけでも緊張してしまうのだが、エヴァンスさんは慣れているのだろうなと少し悔しい気持ちになる。


「今日俺がいて驚いてたよね?俺じゃない方が良かった?」


 そんな事は思わなかった。

 けれど、なぜエヴァンスさんのような人がここに居るのかと不思議には思った。

 エヴァンスさんは女性からとても人気があって、私と違って紹介なんかしてもらわなくても相手の方から寄ってくるような人だ。


「確かに驚きました。何でエヴァンスさんのような人がここに居るのかって。テンダーさんに言われて断れなかったんですよね?すみません、無理言って」

「俺みたいな人ってどういう意味?軽い男ってこと?」

「そんなこと!……まあ最初は少し思ってましたけど」

「……思ってたんだ」


 エヴァンスさんががっくりと肩を落とした。


「い、今はそんなこと思ってないですよ」

「そうなの?」

「エヴァンスさんの存在だけ知っていて、お話したりするようになる以前の話です。話したら何となくその人となりって分かるじゃないですか。それにさっきだって私が家を知られるのは嫌じゃないかとか、色々考えてくれてますよね。もしエヴァンスさんが軟派な男の人だったら、しめしめとは思ってもわざわざ注意してくれたりしないと思います」


 だからエヴァンスさんは軟派な人ではなくて、色々な気遣いが出来る人だから女性が勝手に寄ってきてしまうのだろうなと思う。


「ただ、人気があるのは間違いないからわざわざ女性を紹介される必要なんかないじゃないですか。しかも私みたいな行き遅れ。あ、もしかしてちゃんと事前に情報伝わってなかったですか?相手に申し訳ないからしっかり伝えておいてって頼んでたんですけど」

「さっきも言ったけど、俺は来たくて来たんだよ。相手がセルジュさんだって分かっていて来たんだ。……何その顔。全然信じてないだろ」


 だって私ですよと言おうとしたところで家に着いてしまった。

 何というタイミング。

 良いのか悪いのか。


「ああ、ここか。残念、時間切れだ」

「あ、あの、本気で言ってます?」

「本気も本気、大真面目だけど。でもその話はまた今度」


 今度とは。

 私とエヴァンスさんがこんなに話すことなんて今の機会を逃したら二度と来ないのではないだろうか。


「今度はアレクたち抜きで二人で会いたい。その時に今言ったこともきちんと説明するよ。だからハイ、君はもう家に入りなさい」

「え、えっ?今じゃ駄目なんですか?」


 私の背を押すエヴァンスさんにそう言えば、彼はぼそっと呟いた。


「……理由があればまた会ってくれるだろ」

「え?今――」


 私が聞き返すよりも先にエヴァンスさんは私と距離を取った。

 そして「またね。おやすみ」と言って手を振って去っていった。

 私はその後姿を見ながら、またねっていつなのか、二人で会いたいってどういうことなのか、大体連絡はどうやって取ればいいのかと色々考えたのだった。



 あの食事会から僅か2日後。

 私の働く配達所に見回りにやって来た警邏隊員はエヴァンスさんだった。


「きゃー、セオドアさん!お疲れ様ですぅ!」


 警邏隊は二人一組で見回りをしているのだが、もう一人の隊員を押し退けて同僚のアイーシャちゃんが飲み物を渡しに行ったのを見て思わず苦笑してしまう。

 私はもう一人の隊員に飲み物とお菓子を手渡した。


「いつもご苦労様です。後輩がすみません」

「ははは、ありがとうございます。よくあることなので慣れっこですよ。セオドアだから仕方ないですよ。今日も変わりはなさそうですが、何も問題はありませんか?」

「ええ、大丈夫です」


 私がその隊員と話しているとアイーシャちゃんを躱したエヴァンスさんがこちらにやって来た。

 警邏隊員の証でもある黒い隊服を着たエヴァンスさんは本当に格好良い。


「ご苦労様です」

「いえ、セルジュさんもお疲れ様です」


 この間の夜と違った少し距離を感じる話し方に、やっぱりあれは都合の良い夢だったのかと思い始めた。

 まるで友達のような話し方もあの時限りだったのだと思うと少し寂しく思う自分がいることに驚く。

 住む世界が違う人だと思っていたはずなのに、あの夜のエヴァンスさんの言葉にどこか期待してしまっていた自分がいたことにこの時気が付いて少し恥ずかしくなった。

 彼らはいつも通り所長と二言三言交わして配達所を出て行こうとした。

 けれど、エヴァンスさんだけ足を止め、受付の席に座る私の方に戻ってきて、「セルジュさん、次の休みって何か予定ありますか?」と聞いた。


「……え?何もありませんけど……」

「じゃあ空けておいて下さい。一緒に出掛けてお昼ご一緒しましょう」

「あ、はい」

「良かった。では10時ごろ迎えに行きます。あの話の続きをしましょう」


 にこやかにそう言ったエヴァンスさんに、入り口付近にいた隊員が「おーい、セオドア仕事中だぞー」と声を掛けた。


「悪い、今行く。ではセルジュさん、また」


 爽やかに手を振って去って行ったエヴァンスさんがいなくなると、アイーシャちゃんがこちらにすごい勢いでやって来た。

 しまった。

 アイーシャちゃんは自分をエヴァンスさんのファンだと言って憚らない子なのだ。

 親し気にエヴァンスさんから話しかけられてしまった私に何を思ったのかと心配と同時に怖くなった。


「アリシアせんぱーい!!ちょっと今のどういうことですか?!いつの間にセオドアさんと仲良くなったんです?!」


 アイーシャちゃんは私の予想に反して目をキラキラさせて興奮気味に話しかけてきた。


「仲良くって言うか、それよりも私はアイーシャちゃんの反応の方が驚きなんだけど」

「え?何でですか?」

「だってアイーシャちゃんエヴァンスさんのこと好きでしょう?それなのに、あんたみたいな行き遅れがーってならないの?」

「え?やだぁ!先輩ったら私のことそんな性格悪い子だと思ってたんですか?」

「そうじゃないけど……」


 でもそれが普通の反応だと思うと言うと、アイーシャちゃんは呆れたように溜息を吐いた。

 なぜ呆れられるのか全く分からないのですが。


「先輩は分かってないですねぇ。私先輩のことすっごく良い人で可愛い人だと思ってますから!見た目だって童顔ってわけじゃないけど若く見えますよ~。まだ学生って言っても問題無いくらい。それと、勘違いされたら困るから言っておきますけど、セオドアさんは私にとっては恋愛対象じゃなくて目の保養ですから!」

「目、目の保養?」


 たしかに整った容姿だが。


「そうですよぅ!あんなキラキラしい人が恋人じゃ疲れちゃいますよ。私嫉妬深いんで、周りに他の女がうじゃうじゃいたら耐えられないし。あ、これはあくまでも私個人の意見ですからね。それで?先輩はセオドアさんと付き合ってるんですか?」

「まさかー、そんな事あるわけないじゃない」

「え~、でもセオドアさんの方から誘ってたじゃないですかぁ。彼って自分からはなかなか誘わないって有名なんですよ」

「え?そうなの?」

「そうですよ!そんなセオドアさんが声を掛けたのがアリシア先輩だなんて、素敵!セオドアさん見る目ある!」


 なぜ私に声を掛けたことが見る目があるということに繋がるのかは分からないが、とりあえずアイーシャちゃんを悲しませることにはならなかったので安心した。

 アイーシャちゃんは言いたいことだけ言うと「あ、いっけない。所長がすごい目でこっち見てるから持ち場に戻りまぁす」と言って去って行った。


(そっか、そっかー。自分からは誘わないんだ)


 その事実に嬉しくなってしまう私は単純なのだろう。

 次の休みまであと3日。

 仕事がいつもより頑張れそうな気がした。




ブリジットは脇腹に肘打ち。

セオドアは頭をスパーンッと平手打ち。


アレクサンダー「リジーの方が痛かったよ」

ブリジット「アレクが馬鹿なこと言うからでしょ!アリシアが警戒しちゃったらどうするのよ、もう!」

アレクサンダー(怒るリジーも可愛いなあ。友達想いの俺の奥さん世界一)



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