2.親友の持ってきた話
そしてこの話のことを忘れた頃、ブリジットは満面の笑みを浮かべて朝早くから私の家にやって来た。
今日は休みだったのでゆっくりと朝食をとっていたのだが「ちょっと良い話があるから家上げてくれる?」といきなりやって来たのである。
「どうしたの?今日は約束していなかったわよね?」
「良い話があるって今言ったじゃない」
「……それって本当に良い話?ブリジットがその顔をする時ってちょっと怖いんだけど」
「何よそれ、失礼ね。アレクには女神のごとき笑顔って言われるのに」
「はいはい。恋は盲目って言うものね。まあ、リジーは本当に可愛いけど」
「なんか怒れないし、喜べないわね」
ブツブツ言いながらもブリジットはイスに腰を下ろした。
「コーヒー飲む?」
「いただくわ。あ、コーヒーには――」
「何も入れない、ブラックよね。はい、どうぞ」
「さすが、アリシア。私のこと分かってる!」
ブリジットは飲み物に砂糖は入れない派だ。
私はその反対でコーヒーにも紅茶にもたっぷりの砂糖とミルクを入れる。
二人でカフェに行くと大体砂糖入りの物をブリジットの前に、ブラックを私の前に置かれる。
ブリジットはそれをいつもプリプリと怒るのだけれど、私はもう慣れた。
「それで?どういう話なの?」
「ふっふっふ。あ、アリシアって来週のお休みは何か予定ある?」
「来週?特に何も無いけど」
「よーし、よし。ついにアリシアに紹介できる男性が見つかりましたー!」
「……は?え?!あれまだ諦めてなかったの?」
「何で諦めるのよ。えっとね、アレクの友達なんだけどアリシアも絶対気に入ると思うわ。性格も良いし、見た目も素敵なのよ」
「ちょ、ちょっと待って」
見た目も性格も良い人は紹介なんていらないだろう。
私みたいな行き遅れを紹介されるなんて可哀想だ。
テンダーさんの友人ということだから、気を使って断れなかったのかもしれない。
「それでね、早速だけど来週会うことになったから」
「は?」
「最初から二人きりだと、アリシア緊張しちゃうでしょ?大丈夫、安心して!私とアレクも一緒だから」
「はー?!」
いや、全く安心出来ない。
全然大丈夫じゃない。
そもそも私は行くって言っていない。
「そんなこと急に言われても!」
「だから1週間前に言いに来たじゃない」
「そういう問題じゃない~!」
私は頭を抱えた。
たしかに恋人は欲しいし、いずれは結婚もしたい。
でも心の準備というものがあるだろう。
私は急にこんなことを言われて「やったわ!来週楽しみ!」と簡単に思えるような人間ではないのだ。
しかし来週会うことはもう決定事項のようだ。
「わ、私、来週はちょっと」
「予定無いって言ったわよね?」
「……はい」
(ううっ……用件を聞いてから答えるんだった)
「アリシア、逃げるんじゃないわよ?」
ブリジットはにっこりと笑って言った。
怖い。
逃げられない。行くしかない。
ブリジットだって私の為を思ってやってくれたことなのだ。
「……分かったわ。でも条件がある」
「何よ」
「相手の人にちゃんと私の情報を伝えておいて。性格とか見た目とか良い風に誇張しないで正確にきちんと伝えて。それでも相手の人が良いと言うなら会うわ」
変に期待させては可哀想だし、期待されても困る。
それでも断れずに相手は来るのだろうが、その時は私が察して解放してあげれば済む話だ。
私がこれだけ心配しているのに、ブリジットは「何だ、そんなこと?絶対大丈夫よ」となぜか自信満々だ。
その自信、私にも分けてほしい。
ブリジットは私に自信を持てと言うけれど、それはなかなか難しい。
昔から誰かを愛し、愛されるということに憧れを持っていた。
恋物語を読んでは、こんなに劇的な展開は無くてもいつか自分にも素敵な男性が現れるのだと信じていた。
けれど、学校に通う13の歳にもなると、それは自分には当てはまらないのだと気付かされた。
男友達はそれなりにいるけれど、私のことを女として見てくれる人はいなかった。
何も起きなかった10年間が私から女としての自信を奪ったのだろう。
周りの友達には恋人や好きな人が出来るのに私には何も起きないし、そこまで誰かを好きだと思うこともなかった。
自分には人を好きになるという感情が欠落しているのかもしれないと思うこともある。
(……はあ、駄目ね。人のことなら前向きに考えられるのに自分のことだとどうしても後ろ向きな考えになっちゃうわ)
私がそんなことを考えて溜息を吐くと、ブリジットが私の眉間を人差し指で突いた。
「いった……何するのよ」
「まーた余計なこと考えてるんでしょう?そんな子には……こうよ!」
ブリジットは両手をワキワキと動かすと、じりじりと近づいて来て私の脇腹をくすぐりだした。
「やめ、止めて、リジー!」
「それそれ~」
「あははっ、もう、止めてったら!」
ブリジットはくすぐる手を止めると「アリシアは笑ってる方が素敵よ」と言った。
「……ありがとう、リジー」
「何がー?さあ!来週来て行く服を選ぶわよ!」
心優しい親友に促されて、それからは来週来て行く服選びの時間になった。
もしも本当に会ってもらえるというのなら少しでもがっかりされないようにしたい。
これが良いんじゃないか、あれが良いんじゃないかと服選びをしている中で、ブリジットが話しかけてくる。
「そう言えば、アリシアは相手の人のこと気にならないの?どんな見た目なのとか、どんな性格なのとか」
「そりゃあ気になるわよ」
私にだって理想はあるし、好みの顔だってある。
中身が良ければ見た目なんて気にしないと言えるほど出来た人間でもない。
これが元々友達で、そこから恋愛に発展していくというのなら完全に中身重視にもなるだろうが、今回は違う。
お互いそういうつもりで会うのだ。
正直見た目が生理的に受け付けられないレベルであったら中身を知りたいと思うことが出来ないだろうと思う。
とは言え最終的に重要なのはやはり中身。
見た目も良いに越したことは無いけれど、長く一緒にいることを考えたらそれ以上に大事なのは中身だと思う。
例えば、病気でも何でもないのにとんでもなく太っているとか、汚らしい格好をしているとか、音をクチャクチャさせて食事をするとか、いつも不満ばかりを口にしていたり思いやりのない人だったら嫌だと思うし興味を持てない。
けれど、紹介してくれる人がブリジットとテンダーさんならまずそんなこともないだろうし、性格も悪すぎるということもないだろう。
「だからね、紹介してくれるのがリジーたちだってだけで安心なの。それよりも私の方ががっかりされないかどうか心配だわ」
「だからそれがいらない心配なのよねー」
「どうして言い切れるのよ?」
「どうしても!とにかく大丈夫だから。来週楽しみにしててよね!」
ブリジットの言葉に曖昧に微笑んでおく。
来週が楽しみなような不安なような、落ち着かない気持ちでそれからの日々を過ごした。
そして当日。
「相手の人本当に来るの?」
「だから来るって言ってるでしょうが」
「そう、そうよね。……私の格好おかしくない?」
「大丈夫よ。誰がコーディネートしたと思ってるのよ。私よ?ちゃんと可愛いわよ」
私は緊張に耐えながらブリジットと歩いていた。
待ち合わせは街のご飯屋さん。
何を食べても美味しいと評判のお店だ。
すでにテンダーさんと相手の人はお店で待っているらしい。
紹介してもらう側なのに遅れて行くとは何事かと既に気が気じゃないのだが、始めからそういう算段だと言われてしまえばどうしようもない。
お店に着いて、奥の個室に案内されると座っていた二人の男性が立ち上がった。
その人を見て私は一瞬自分の眼を疑った。
だってそこに居たのは、おそらくこの街の年頃の女性ならほとんどの人が知っていると言っても過言ではない程の有名人だったのだから。
ブリジットはアリシアのことが大好きです。
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