1.アリシア・セルジュは自信が無い
初めましての方も、そうでない方もようこそいらっしゃいました。
前作と違い、今作は誰も死にません。
安心してのんびりアリシアを見守ってください。
アリシアに共感できる人も、できない人もいると思います。
無理だと思ったらそっとページを閉じてください。
ではどうぞー(*´▽`*)
「ねえ、どうしてアリシアは結婚しないの?」
この歳になるまで何度も耳にしたこの言葉がどれだけ私の心を抉って来るのか、悪気なく聞いてくる人には分からないのだろう。
いや、半分くらいは悪気があるのかもしれないが。
「結婚って良いものよ。愛した人とずっと一緒にいられるんですもの」
当たり前のように恋愛をして、誰かに望まれて、そうして結婚した人にはそうでない者の気持ちなど分からないのだろう。
だから私は敢えてにっこり笑って言ってやるのだ。
「知ってる?残念なことに結婚って一人じゃ出来ないの」
なぜだか分からないが、この言葉を言うとみんなキョトンと不思議そうな顔をする。
そして「アリシアって面白いこと言うのね」と笑うのだ。
なぜだ。
「もう嫌~。みんなして結婚結婚って、世の中には結婚したくても出来ない女もいるって何で分かってくれないのかしら……」
「それはアリシアが結婚に興味が無いように見えるからじゃない?」
「何よ、それ……リジー、私そんな風に見えてるの?」
親友のブリジットの言葉につい溜息が出た。
「私はアリシアのことよく知っているからそうじゃないって分かってるけど、他はそう思わないってことよ」
「そんな~、どうしたら良いって言うのよ」
「まずは恋愛しなさいよ」
「……それが出来たら苦労しない」
アリシア・セルジュ、23歳。
この国の多くの女性は17~22歳くらいで結婚する中、私は立派な行き遅れ街道を突き進んでいる。
私だってこの歳にこんなことを親友に愚痴っているなんて幼い頃は思いもしなかった。
大人になったら素敵な誰かと恋愛して、適齢期になったら結婚して、愛のある家庭を築くのだと信じて疑わなかった。
だが現実はどうだ。
この歳にして独り身で、しかも恋人もいない。
というか、いたことがない。
正直に言えば誰かを好きになったこともない。
完全なる恋愛未経験女、それが私だ。
休みの日にはこうして友達とカフェでお茶をするのが唯一の楽しみの面白みの無い女だ。
世の中には結婚したくない人もいるとは思うけれど、私はそうではない。
結婚したくても出来ないのだ。
「私も結婚したい~、素敵な旦那様が欲しいぃぃ~……」
「あー、もう!鬱陶しいわねぇ。さっさと恋人作りなさいよ」
「だからそれが出来たらこんなに悩まないわよ……まず出会いが無い」
可愛い親友は顔に似合わず辛辣だ。
まあ、このやりとりも今までにも何度もしているのだからその反応も仕方が無いのかもしれない。
こうして愚痴に付き合ってくれているだけありがたいというものだ。
「出会いがあるようなとこに行かないからでしょうに」
「だって~」
街にある結婚相談所に行くのは勇気がいる。
自力では結婚出来ませんと宣言するようなものだし、第一恋愛もしたことが無いのにいきなり結婚の話が出るのも怖い。
かと言って恋人斡旋所なんてお店側が用意した偽物がいて詐欺に遭いそうだし、それならまだデート倶楽部で最初からお金を払って偽りの恋人関係を楽しむ方がマシだと思う。
そんな場所に足を踏み入れる度胸も無いけれど。
「何で騙される前提なのよ」
「だって見極められる自信なんてこれっぽっちもないわ」
なにせ恋愛経験が無いのだ。
手を繋いだことだって無い。
甘い言葉を掛けられたらコロッといってしまいそうな気がする。
「いやいや、アリシア前に声掛けられた時はものすごい警戒してたから大丈夫でしょ」
「ああ、あの時ね」
前にブリジットと一緒に街を歩いていた時、男性から声を掛けられたことがある。
やたらと容姿を褒められて、一緒に遊ばないかと言われた。
「ああいう人たちは私じゃなくても誰だって良いのよ。その時楽しめればそれで良いっていう人たちでしょ?軽い男は好きじゃないわ。それにあれは私じゃなくて、リジーが目当てだもの。私なんてたまたまそこに居ただけのおまけよ」
「まあ私の顔が可愛いのは否定しないけど」
そういうことをしれっというブリジットが私は嫌いじゃない。
実際に可愛いのだから問題無い。
「じゃあキャサリンに連れて行かれた交友会は?あれって顔を仮面か何かで隠して参加ってやつだったんでしょ?アリシアの方が人気があったってキャサリンが悔しがっていたけど?」
キャサリンは私と同じく行き遅れの女の子だ。
いや、正確に言うと行き遅れていた女の子か。
最近めでたく恋人が出来た。
彼女は色々なところに顔を出して積極的に出会いを求める行動力があった。
「逆に怖くない?顔も見えない、初めて会ったであろう相手に素敵だとかよく言えると思わない?すごい勇気よね。仮面を取ってこんなんじゃなかったって思ったらどうするつもりなのかしら。逃げるの?そんなことされたらショックで地面にめり込むわよ」
「だったらなんで参加したのよ」
ブリジットは呆れたように言ってカフェの店員を呼んでケーキを追加注文した。
「あれはキャサリンが一人で参加したくないって……独り身なのが私しかいなかったからでしょ。私が自分から参加するわけないじゃない」
「何でよ。行きなさいよ。恋人欲しいんでしょ?」
「そうだけど、でも……知らない人って怖いじゃない」
まず信用出来ない、というか信用するまでに時間を要する。
私は人見知りなのだ。
顔には全くでないので気付く人は少ないが、慣れるまではかなり緊張する。
だからあんな場所で優しく声を掛けられたとしても、別の意味で心臓がドキドキするだけだ。
優しい言葉や甘い言葉を囁かれても、「そんな馬鹿な」「なんて口の上手な人なんだろう」としか思えない。
こんな事を言ってしまえばお前は何しに交友会に来たのだと言われてしまうだろうが。
「あんたは野生動物か……」
ブリジットの声が先ほどよりもさらに呆れたものになる。
けれど仕方が無いのだ。
私だって恋愛してみたい。
男の人とキャッキャウフフして可愛らしい女の子になってみたい。
でもそれは叶わないことだと、きっとこのまま誰からも好かれることなく人生を終えるのだろうと心のどこかで思ってしまっている。
私の理想は最初は友達で、そのうち相手を意識するようになって、そこから恋愛関係に発展していくというものだ。
学校に通っていた時はそういう展開にならないかと少しは期待していた。
今の職場も、周りに男の人がいないわけではない。
けれども何かが起きる気配は微塵も無い。
そもそもこの歳まで何も無かった私だ。
誰かに好かれ、求められる自分が想像出来ない。
「本当に面倒臭いわね。知らない人が嫌なら紹介してあげるって言っても断るし」
「だって相手が可哀想じゃない」
紹介されるということは相手にも私を紹介するということだ。
少なからず期待してやってきた相手が私のような女では相手に申し訳ない。
「何でよ。アリシア、あんたの自己評価どうなってるの?」
「可愛くないし性格も良くないし料理も出来ない。無い無いづくしの女」
「馬鹿じゃないの?顔は私ほど可愛いとは言えないけど悪くないわよ」
「忌憚のない意見をありがとう。リジーのそういう嘘をつかないところ私好きよ」
こういう素直な子だから一緒にいて楽だし、何でも相談したくなる。
「あら、ありがとう。私もアリシアが大好きよ。私みたいな性格の悪い人間も受け止めてくれる心の広さがあるもの。アリシアの性格が悪かったら私は悪魔か何かよ」
「リジーは性格悪くなんかないわ。素直なだけよ。陰口とか言わないじゃない」
ブリジットは学生時代、一部の女の子たちからいじめられていた。
リーダー格の女の子の好きな人がブリジットのことを好いていたからだった。
当時からブリジットの可愛さはずば抜けていたし、多くの男の子から好意を寄せられていたから単純な嫉妬だったのだと思う。
『顔が可愛いからっていい気にならないでよ!』
『あら、可愛いって認めてくれるのね。ありがとう。あなた頭は悪いけど目は良いのね』
『……っこの性悪女!』
ブリジットは可愛いだけの女の子じゃなかった。
頭も良かったし、自分の容姿を変に謙遜するようなこともしなかった。
その気の強さもなるべく波風立てないように生きていきたいと思っていた私には新鮮で、羨ましさを感じたものだ。
だから多人数に囲まれて物理的に傷つけられそうになっていたブリジットを思わず助けてしまったのだけれど。
「あの時だって助けてくれたし、アリシアは優しいわよ」
「そんなことない。だって私時々酷いこと考えちゃうもの」
「えー、例えば?」
自分と誰かを比較して「あの人でも相手がいるのに何で私は」と思ってしまうことがある。
その人を自分より下だと思ってしまっているということだ。
最低な考えだ。
そしてそう思った自分が酷く醜いものに思えるのだ。
そんな考えを持っているから、こんなにも性格が悪いから自分には相手がいないのだと痛感する。
「そんなの普通でしょうよ。それを表に出さずにいるならそれで良いでしょ。そういう感情を一切持たない良い子ちゃんなんて逆に怖いわよ。人間じゃないんじゃない?むしろ反省出来るアリシアはすごいじゃないの」
「そういうもの?」
「そうよ。それに料理なんて出来なくても死にゃあしないわ。見てみなさいよ。私たちの周りにはこれだけ美味しいものを提供してくれるお店があるのよ?出来る人が作ればいいの。それにアリシアだって別に料理出来ないわけじゃないじゃない。この前くれたクッキーだって美味しかったわよ?」
「あれはレシピ通りに作っただけだから誰だって出来るわよ。料理だってあんなの出来るって言わないわ。すごく簡単な物しか作れないもの」
「はあ、分かってないわねー。出来ないって言うのは私みたいなのを言うの!アリシアだって知ってるでしょ?野菜を炒めただけの物を作ろうとして私が作ったもの」
「消し炭だったかしら?」
「そうよ。アレクがお腹を壊した消し炭よ。不味くない食べられるものを作れるだけで十分よ」
ブリジットはいつもこうして私を持ち上げてくれる。
何て良い子なのだろう。
ちなみにアレクというのはブリジットの旦那様で、アレクサンダー・テンダーという非常に男らしい名を持った私たちの2つ年上の男性だ。
本人は男らしいというよりは美しいと言ったほうが正しいような人なのだけれど。
ブリジットとは幼馴染で彼女の性格もよく知った上で溺愛している。
相思相愛、羨ましい。
「アリシアはあれよね。男の人の理想じゃなくて自分自身への理想が高すぎるから自分に自信が無いんだわ。もっと自信持ちなさいよ。今まで周りにいた男に見る目が無いだけよ。私が男だったらアリシアのこと放っておかないわよ」
「ありがとう、リジー。嬉しすぎるからここのケーキ奢っちゃう!」
「まあ、本当?ラッキー……じゃないわよ、もう」
頬を膨らましながらケーキを口に運ぶブリジットは本当に可愛い。
やっぱりブリジットのような子が男性は良いのだろうなと思ってしまい、その思いに自己嫌悪に陥る。
こういうことを考えてしまうような女だから駄目なのだ。
「アリシア、あんたまた余計なこと考えてるでしょ」
「な、何のこと?」
「隠し通せると思ってるところがアリシアの可愛いところよね。決めたわ!私絶対アリシアを幸せにしてくれそうな人見つけてやるんだから」
「え?ちょっとやめてよ」
私のことを考えてくれるその気持ちは嬉しいが、ブリジットに無駄な事をさせるのは忍びない。
「どうせ無駄な事をとか思ってるんでしょ?」
「……」
なぜブリジットには私の思っていることが分かってしまうのだろうか。
そんなに顔に出る方ではないはずなのだが。
「まあ期待しないで待ってなさいよ。とりあえずアレクに聞いてみなくっちゃ。楽しくなってきたわ~」
「ちょっと!テンダーさんまで巻き込むの止めてよね。他人事だと思って面白がってるでしょ」
「何言ってるのよ。アリシアのこと他人だなんて思ってないわ。親友事だから燃えるんじゃない。結婚が絶対に良いとは思わないけど、私は結婚して幸せだし、アリシアだって結婚したいって思ってるんだから」
他のことに関しては積極的なのに、恋愛事になると途端に消極的になる私に変わって自分が頑張るのだとブリジットは語気を強めた。
こうなった彼女はもう止められない。
恐らくテンダーさんでも無理だろう。
無駄だと分かるまで好きになさせておこうと私は諦めたのだった。
身分差も魔法も何にも出てこない、恋愛だけのお話ですが楽しんでいただければと思います。
気が向いたら感想などもいただけると嬉しいです。
画面の向こうで小躍りしますヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
そんなに長くはならない予定ですが、これからよろしくお願いします!