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さて、ではいきますよ!
王子殿下に引っ付いている自称ヒロインマニュエル、後ろからでもニヤニヤ笑ってる顔が分かるような、クネクネした後ろ姿のすぐ後に近付き、その膝裏に膝を入れて膝カックン。
バランスを崩した所を、肩を押して振り向かせる。
手を振り上げてバランスを取ろうとする腕を掴み、一気に背中に担ぐようにしてっ!
ズダーーーンと響く重い音。
初めてやったけど、物凄く気持ち良く決まった1本背負い!
受け身も取れずに、床で呻く自称ヒロインマニュエル。
ポカーーーンとした顔で静まる食堂。
1番最初に正気になったと同時に爆笑しだしたのはチルル。
机をバンバン叩きながら、ヒーヒー言って爆笑してる。
笑いは伝染して、次々笑い出す生徒達。
その間に、私はロープで自称ヒロインマニュエルの手足を縛り上げる。
手加減等せず、力の限りギュウギュウに縛ってやったさ!
そこまでやって、ふぅと一息付き、自称ヒロインマニュエルを見下ろしていると、取り巻きだったキラキラ男子集団が、今、目覚めました!みたいな顔で正気を取り戻した。
「…………ええと?これはどう言う状況なのかな?なんだか頭がボンヤリしてて…………」
「クラップ殿下が、そこに転がされている女生徒を苛めた罪で、わたくしを退学処分とする、と言っておりました。何時ものご様子とあまりに違うと感じたので、一応様子を見るために反論させていただいたのですが……………」
「…………私がそんなことを?全く覚えていないのだが…………それでどうして彼女は縛られた上に転がされているのかな?」
「それは…………リリーが……」
とても言いづらそうに言葉を濁すレイチェル様。
「精神操作の魔法を使っている事を確認したので、取り敢えず捕縛するために、投げ飛ばしてから動きを封じて、縛り上げて転がしました!結果的に魔法が解けて幸いです!」
「「グフッ!」」
笑顔で言い切ったら、王子殿下の後ろに居たライオット様とエンデ様が吹き出しました!
周りも笑ってるし!
自称ヒロインマニュエルは、学園の警備員に何処かに連れて行かれた。
何故か王子殿下と側近の方達も一緒に、昼食の続きを食べている。
レイチェル様も含めて、キラッキラの面々に囲まれて食事って、何の拷問だろうか?
「眩し過ぎて目が潰れそうです!」
「同感です!」
「あれっ、心の声が聞こえた?」
「ダダ漏れてた」
「あらやだ、はしたない!」
「「「ブフゥッ!クククク」」」
同席している男子達が笑ってますよ?
こそこそ話してたのに、聞こえてたらしい。
笑われた事で緊張も解けて、チルルも普通に話せる様になって、和気藹々と食事が終了してしまった。
◆◆◆◆◆◆◆
高位貴族の皆さんは、気さくに過ぎる!このままでは雑な性格がダダ漏れして、私の僅かしか無い令嬢力が枯渇して、その内遠慮も忘れてただの無礼な女になりそうで、とても不安な今日この頃。
自称ヒロインマニュエルが居なくなって1週間。
平和な日々。
卒業に向けて、学園内が落ち着かないけど、何処か浮かれている感じ。
多くの生徒が最後の思い出作りに、将来の野望を叶えるために、そこここで愛の告白大会を開催し、成就したり敗れたり。
卒業式後のパーティーに誘ったり誘われたり。
人目を憚らずイチャイチャして、顰蹙を買ったり。
3年生を中心に、ピンクのオーラに包まれる学園。
自称ヒロインマニュエルが居ないと、こんなにも学園が平和で愛に溢れた場所になるとは!
乙女ゲームのヒロインとは、いったい何だったのか?とても疑問。
結ばれるはずの婚約者同士の邪魔をして、複数の男子をはべらせて、それでヒロインは本当に幸せになれるのだろうか?
私なら、1人の人でも手一杯になるけど。
1人の人とも上手くいかない事も多いのに複数なんて。
ゲームの世界と思ってたのかな?
攻略対象とハッピーエンドを迎えたとしても、生活は続くのに?
ゲームとは縁遠かった私には、理解出来ない。
この世界に生まれ育った記憶が有るのだから、この世界で幸せにならないと意味が無いと思うんだけどな~?
ピンクなオーラに充てられたのか、ボンヤリと廊下を歩いていると、レイチェル様に拉致られた。
チルルと共に連れて行かれたのは、レイチェル様の家。
つまり公爵家。
家じゃないよ!城だよ!庭が広すぎて、何処までが庭なのか分かんないよ!メイドさんが多い!
豪華!絨毯に足が埋まる!
混乱の極致に居る私とチルルを、数人のメイドさんが流れる様に誘導して、風呂に入れられ、磨かれ、揉まれ、塗りたくられ、出来上がったのは、かつて見たことも無いくらいビッカビカに着飾ったドレス姿の私とチルル。のはず。
鏡を見せられても、誰?って思う程の磨かれ様。
そして馬車に乗せられ、着いたのは城。
本物の城。
デカイ!広い!豪華!
デビュタントで1度来ているはずなんだけど、全然記憶にございません!
緊張が、3周くらい回って更に緊張してるけど、妙に冷静な部分も出てきた。
応接室に通されて、お茶を出され、レイチェル様と3人。
「なんで平民の私が、ドレス着てここに居るんだろう?」
「なんでだろう?」
「わたくしも聞いておりませんの。貴女達2人をお城へ連れてきて欲しいと頼まれただけなので。お城に連れてくるにはドレスを着ませんと、入城が許されませんので、急遽わたくしの持っていたドレスを着ていただいたのですわ!わたくし、人のドレスを選ぶのは初めてで!お2人にとてもお似合いで、ホッとしておりますのよ!」
レイチェル様の言葉の後、聞いてたのか?ってタイミングで部屋に入ってきた王子殿下と側近の方達と、ライオット様とエンデ様。
「急に呼び出して悪かったね!おお!2人ともとても綺麗だね!見違えたよ!普段の制服姿も野に咲く花の様に愛らしいけど、着飾った姿は温室で大切に育てられた大輪の花のようだね!レイチェル嬢にお願いして正解だった!」
王子殿下が、全くつっかえずに、恥ずかしい褒め言葉を浴びせてくるよ!これは貴族特有の遠回しな嫌味なのかな?
ピッカピカの笑顔が相変わらず眩しいね!
訳が分からず現実逃避していたら、やっと呼び出しの理由を教えてくれた。
「例の彼女の処分が決まってね。協力してくれた君達にも知らせておこうと、来てもらったんだよ!聞けば彼女とは幼馴染みとも聞いたしね!聞きたく無いなら、無理に聞かなくても良いよ?」
「いえ、聞かせてください」
「私も聞きたいです」
「そうか。彼女の処分は、魔法封じの魔道具を装着した上で、教会の施設送りになったよ。彼女の一番の罪は、王子である私に、精神操作の魔法を掛けた事と、公爵令嬢であるレイチェル嬢を、無実の罪で陥れようとしたこと。他にも色々有るけど、裁かれる罪としては、その2つが大きいかな?何か質問は?」
「教会の施設って何ですか?」
チルルが聞けば、
「教会の施設と言うのは、主に精神に異常をきたした者が収容される施設だね」
「精神に異常をきたした?彼女は正気ではないんですか?」
「言ってる事が理解出来なくてね。同じ言語を話してるはずなのに、意思の疎通が出来ない感じかな?」
「あぁ。昔からそんな感じでしたけどね」
「それは聞いたよ。だからこそ教会の施設なのさ。あそこは完全な個室だから、他の人に迷惑にもならないしね!もし万が一、精神操作の魔法を使えたとしても、掛ける相手が居なければ意味が無いからね!」
隔離病棟のようなものですな。
「まぁ、これは内緒だけど、魔法局の研究にも役立ってもらうつもりさ!闇属性は希少だからね!」
爽やかにエグい事を言う!
内緒なら隠しといて下さい!
「最後に幼馴染みとして、会っておくかい?」
チルルがこっちを見るので、どうする?と相談してみた。
チルルはちょっとだけ、と面会を希望した。
貴族用ではない牢屋に入れられた自称ヒロインマニュエルは、汚れてくたびれて、ヨレヨレだった。
足音に気付いて顔を上げるが、王子殿下しか見えていないように、牢屋の鉄柵を掴んで、
「ああ!クラップ様!迎えに来てくれたんですね!早く!ここから出して!そして私をお妃様にして!」
くたびれた姿からは想像も出来ない程の大声で叫ぶ自称ヒロインマニュエル。
「う~わ~、この期に及んで、自分の立場を理解してないとは。昔から頭おかしいと思ってたけど、理由くらい聞いてみようと思った私が間違ってた~」
チルルの声よりも、王子殿下の視線が動いた事で、チルルの存在に気付いた自称ヒロインマニュエル。
グワッと目と歯を剥き出して、唾を飛ばしながら怒鳴ってくる。
「あんた!なんであんたがそこに居るのよ?!そのポジションは私のものでしょ!あんたのせいね!あんたが裏でなんかして、私の居場所を取ったんでしょ!ヒロインは私なのよ!私に返しなさいよ!許さない!許さないんだからー!」
怒鳴り過ぎてゼィゼィしてる自称ヒロインマニュエル。
それを見る皆の目が、凄く冷たい。
「子供の頃からヒロインヒロインって五月蝿かったけど、物語のヒロインってのは、普通もっと天真爛漫で優しくて、色々やらかすけど憎めなくて、何事にも一生懸命な、そんな可愛い女の子をヒロインて言うのよ。あんたの何処にヒロインの要素があんのよ?」
「あんたこそなに言ってんのよ?!今あんたが言ったのは、全部私の事じゃない!」
「はあ~?あんたの何処が天真爛漫で優しくて、一生懸命なのよ?あんたのそれは、能天気で考え無しの、猪突猛進って言うのよ!しかも突っ込んで行くのは男相手だけ!ヒロインとは真逆だろうが!」
「馬鹿ね!あんたは知らないだろうけど、この世界が私をヒロインって決めたのよ!この世界は私のために作られてるの!だからこんな扱い間違ってる!さっさと私を王妃にしなさいよ!」
「あ~、ダメだこりゃ。幼馴染みとして、最後に話くらい聞こうと思ったけど、全然通じない」
チルルは優しい子なので、子供の頃から散々見下して、嫌がらせをしてきた奴に、最後だからと話を聞いてあげようとした。
まぁ、無駄に終わったけども。
チルルが私に視線を向けてくるので、一応声をかけてみる。
「魔法で人の心を操って、自分のそばにはべらせて、本当に気持ち良かった?この国は、一夫一妻制なのに、そんなに沢山の男子に囲まれて、これからどうするつもりだったの?結婚するまでは肉体関係を持たないのが常識の国で、何人の男子と関係を持ったの?」
これは後から分かった事実。
自称ヒロインマニュエルを取り巻いていた男子で、教会に隔離されてた生徒が正気を取り戻し、証言したもの。
誘われて、遊び半分に手を出して、洗脳に掛かったらしい。
自称ヒロインマニュエルの精神操作魔法は、実際に触れる事でより強力に掛かるらしい。
「なによなによなによ!何が悪いのよ?!」
髪を振り乱し、泡を吹いて叫ぶ姿は醜悪の一言。
「この世界に、生まれて育った記憶があるでしょう?それでなんで、前世の常識のまま通用すると思ったの?転生って、生まれ変わることでしょう?ゲームと違って、リセットボタンは無いんだから、失敗したら、それで人生終わりなのに」
静かに言い聞かせるように言えば、
「ウソ!あんたも転生者?!だからうまくいかなかったの?でもだって!この世界は乙女ゲームの世界じゃない!私がヒロインじゃない!!」
「違うよ。ここは乙女ゲーム、に、似てるだけの別の世界。誰もあんたのためになんか生きてない」
「………似てるだけ…………ヒロインじゃない?ウソよ!ウソウソ!ウソ?………………あぁ、あああ、あああああーーーーー」
呆然と私の言った言葉を繰り返し、理解したのか、叫んで、バタンと気を失った。
本当はずっと嫌いだった。
幼い日のお茶会で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームとかヒロインって言葉を聞いてから、同じ世界からの転生者同士、仲良くなって、この寄る辺無い寂しさを共有出来るんじゃないかって、ちょっと期待してたのに。
いい加減で、自分勝手で、誰の言葉も聞かないで、前世の知識に引きずられて好き勝手して。
やっと自分の死を受け入れて、こっちの世界に馴染もうとしてきたのに、嫌がらせを受けて。
どんどん嫌いになっていった。
理不尽にも裏切られたように感じていた部分も、あるのかも知れないけど、こうなった彼女に同情心が欠片も湧かない。
ああ、これで本当に前世とはお別れ。
私は私としてこの世界で生きていく。
そんな覚悟を決めたのに、牢屋から応接室に戻った私は、王子殿下に尋問を受けております!
そうね、唯一自称ヒロインマニュエルに言葉が通じて、ダメージを与えた私、しかも王子殿下達にしてみれば、私の方が自称ヒロインマニュエルに近い、訳のわからない事を言っている。
話しましたよ!洗いざらい全部!
前世の事も、乙女ゲームの事も、自称ヒロインマニュエルの勘違いの事も!
王子殿下に、途中で奴の勘違いを訂正できなかったのか?とか言われたけど、私の存在自体を認識してない奴に、どんな言葉が通じたと思う?って逆に聞いてやりましたよ!
散々奴を力ずくで止めてきたでしょ!って言ってやりましたよ!
チルルとレイチェル様に、頭を撫でられたよ。
お茶を飲みながら、前世の事を聞かれたけど、そんなに詳しく覚えてる訳じゃないので、微妙な返事しか出来なかった。
ただ、その微妙な知識が、希少魔法で役にたった事は誉められた。
それも別に大した事はしていない。
自分で空間魔法を使えるのと、チルルに内臓とか血管とか、その辺の知識を図で説明しただけ。
それで治癒魔法が上達したのは、チルルの努力の賜物。
◆◆◆◆◆◆◆
自称ヒロインマニュエルは、その後牢屋から教会の施設に移され、魂が抜けたような状態で、常にぼんやりと過ごしているらしい。
以前よりも、受け答えが出来る様になったとか。
本日は卒業式。
クラップ王子殿下の卒業式なので、朝から女生徒達の嘆く声が多い。
卒業式の後は、卒業祝いのパーティー。
王子殿下の卒業なので、特別に王城で開かれるパーティー。
卒業式に参加しない下級生の令嬢達は、朝から着飾るための準備で大忙し。
そして私とチルルは、またもやレイチェル様に拉致られて、メイドさんによって隅々まで磨かれた。
成すがままにされる私とチルル。
下手に逆らえない怖さよ!
友人を着せ替え、飾り立てる事に楽しみを見いだしてしまったレイチェル様の仕業。
普通に制服で参加する気満々だったのに!
「あ~、リリー綺麗ね~」
「チルルも凄く可愛い」
「お2人とも、とてもお似合いですわ!」
お下がりとは言え、公爵令嬢のドレス。
着心地は抜群に良く、生地の手触りも全然違う。
サイズの調整は、その場でササッと仕上げてしまうメイドさんの神業を見た。
所々に縫い付けられてるのは、色付きガラスではなく、本物の宝石じゃないだろうか?
この前は、突然の事過ぎてドレスを見る余裕も無かったけど、これ、下手に汚したら、やっと盛り返してきた我が家が破産するんじゃないだろうか?
そう思った私は、自分とチルルのドレスにそっと魔法でバリアを張った。
これで余分な汚れが付かないといいな~。
チルルも顔を引き攣らせながらお礼を言ってきた。