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2話目です。
【アニマ先輩視点】
「おい兄上、急げよ!もうすぐリリー嬢が来てしまうだろうが!さっさとそれを完成させないと、次は暫く来られないんだぞ!」
「分かってる!焦らせるな!今大事な所なんだよ!」
ガサガサバサバサと資料を集め、順番を確認して、優先順位が先のものから資料を並べていく。
来週から暫くはリリー嬢が産休に入る為、魔道具の開発に協力出来なくなる、今日と明日で出来る限り、魔力だけでも込めて貰わないといけない物が多数ある。
勿論お腹の子供には充分配慮して無理をさせるつもりは無いが、今の所リリー嬢にしか出来ない魔力操作の道具が幾つもある。
「おし!出来たー!おい、確認してくれ!ここで間違ったらとんでもない事になる!」
「ああ、じゃあ兄貴は茶でも準備してくれ!」
「おう分かった!」
「あ!紅茶はダメだぞ!妊婦なんだから!専用の薬草茶にしとけよ!」
「わ~かってるって!今度で3人目だろ!俺だって少しは魔道具以外も学習するんだよ!」
「威張って言うことか?魔道具以外ダメダメの癖に?」
「お前だって似たようなもんだろう?」
「俺は、魔道具に夢中で餓死しかけたりはしない!」
「昔の事を持出すなよ~」
◆◆◆◆◆◆◆
我がタングステル子爵家は、代々魔道具の製作に携わってきた家系で、王城の魔道具科には多くの親類縁者が所属している。
子供の頃から魔道具に囲まれて、興味を持つなと言う方が無理な話で、5歳の魔力判定を受けてからは、日々無属性であることを神に祈っていたものだ。
10歳でも無事魔力有りの判定を受け、教会に通ってまで祈りを捧げたが、祈り虚しく学園では水属性と鑑定された。
魔力は多いらしいが、無属性でないなら、意味は無い。
同級生には汎用性があって羨ましがられたが、俺は無属性が欲しかった!
初等部では魔力のコントロールを身に付ける事に熱中し、高等部に上がってからは、1年時は部屋を散らかして同室者に怒られながら、自分独自の魔道具を作れないかと試行錯誤し、2年になってからは、魔道具科で先輩方の残した様々な資料を読み漁り、やはり独自の魔道具が作れないかと試行錯誤した。
噂を聞いたのは偶然。
あまり魔道具以外の事には関心の無かった俺は、噂とか話題とかには疎かったせいで、大事な事を聞き逃していたようで、1年生に無属性の魔力持ちがいると知ったのは、2年も終わりの頃。
是非とも魔道具作りに協力を願えないかと、なんとか接触しようとしたが、中々本人には会えなくて、やきもきしながら3年になり、なんと、本人が魔道具の授業を専攻し、普通に挨拶された。
3年は、自分の魔道具製作に励むのも、誰かと共に製作するのも自由で、俺は勿論協力を求める為に、授業を受けるふりをして、無属性の使い手であるリリー嬢を観察してた。
下手に関わって、惚れたはれたは面倒だし、必要以上に警戒されても困るから、慎重に距離を詰められるように注意した。
が、珍しく神経を使って徐々に近付いていた俺の配慮等露知らず、リリー嬢は、何の警戒もなく普通に話し掛けてきて、あれこれと遠慮無く魔道具の事を質問してきて、協力を求めたら、至極あっさりと了解された。
なんでも、リリー嬢は本の虫らしく魔法の本だけでなく魔道具の基礎的な本も読んでいて、その上魔法庁副長官殿には直々に指導を受け、今後魔道具の製作で協力を頼むかもしれないとまで言われていたらしい。
トントン拍子に協力関係を作れ、自分の脳内でしか実現しそうもない魔道具の構想を話した。
魔道具とは、魔物から取れる魔力を帯びた素材に、魔法銀と呼ばれる特殊なインクで用途に合わせた設計図を書き、魔石と呼ばれる石を繋ぐことで、状況に応じて魔法的な現象を起こす道具である。
魔道具師は、緻密な設計図を書ける計算力と、その設計図を間違えずに書ききる集中力を必要とし、魔法銀に常に一定の魔力を流し続けるコントロール力のある優秀な人間の事で、それはその辺の人間に出来るものではないと思っていた。
勿論、大概の人間はそんな事は出来る筈もなく、特殊技能の一つとして、世間ではそれなりに尊敬される職業でもある。
あまり知られていないが、実は何の属性を魔石に込めても、魔道具は作動する。
ただし、火の魔力を込めた魔道具は、火属性を持つ者にしか使えず、水なら水魔法使い、土なら土魔法使いにしか使えない道具となる。
唯一無属性魔力を込められた魔石の魔道具だけが誰にでも使える魔道具になる。
無属性魔力を持つ魔法使いは少ないが、他の属性持ちより魔力はかなり多く、少ない人数でもかなりの量の魔石に魔力を込める事が可能で、世間に流通している魔道具のほとんどの魔力を補っていられる程。
それで、なぜ魔道具作りに無属性魔力保持者の協力が必要かというと、魔道具を作る時に、魔石に魔力を込めるのだが、何の魔道具を作るのかをちゃんと理解してから魔石に魔力を込めないと、正常に作動しないからだ。
なぜそうなるのかは謎だが、一説には魔石には魔物の意識が残っていて、魔力を与えられると元の体を復元しようと暴走するから、それを魔力で押さえ付け、用途にあった魔力の使い方を強制するのだとか。
なのでリリー嬢に協力して貰わなければ、俺の望む魔道具は完成しないのである。
リリー嬢というのは少々他の貴族令嬢とは違って、マナーや自分の扱い等にはあまりうるさくなく、あまり表情も変わらずに淡々と物事を受け流しているように見えて、変に核心を突いてくる時もあり、妙な知識と予想外な発想を持ち、思いもしない提案をしてきたりする。
魔道具の事も、
「なる程、電子基板と電池か」
何をどう理解したのかは不明だが、そんなことを呟いて、納得して話がスムーズに進んだ。
「ねえ先輩、その俺の考えた最強の魔道具とか、俺の考えた革命を起こす魔道具とかよりも、もっと生活に根差した魔道具って作れないもんですかね~?」
「君も母上と同じことを言うんだな?女性にはこのロマンを理解出来ないらしい。だがこれは魔道具師の野望なのだよ!いつか誰もが驚く凄い魔道具を作ることは!」
「まあ、それは好きにすれば良いですけど、子爵家のおこづかい全部と昼食代まで削って買った魔石でも、ランク4でしょう?お腹グーグー鳴らしながらやることですか?空腹って、健康に悪いし集中の邪魔になるでしょう?」
痛い所を指摘しながら、同室者と作ったというサンドイッチを分けてくれるリリー嬢。
お礼を言って食べ始めれば、
「そもそもね、この平和な国に、先輩の言う最強の魔道具って必要無いですよね?それでもロマンで野望だって言うなら、それはそれとして、もっと計画的に出来ませんかね?」
「計画的?」
「そう。まずはクズ魔石を有効に使った、生活に役立つ魔道具を作り、世間に広く流通させて、魔道具の良さを広め同時にお金を稼ぐ、そして騎士団や冒険者に役立つ魔道具を作り、より良い状態の魔石を取ってきて貰う。ね?お金が有れば、より良い魔石が手に入るんですよ!先輩の野望にも近付けるでしょう?」
「…………ふむ。しかしだな、俺はやっぱり…………」
「はいダメ~!こことここの計算が間違ってますよ!空腹でやるから間違うし、そもそもランク4の魔石でこの魔道具が作動する訳ないでしょうに?」
「うぐ、それは分かっているが」
「ん~、じゃあ言い方を変えるとですね、クズ魔石を使った魔道具っていうのは、最低限の魔力でいかに安定して持続する魔道具を作れるか、魔力消費の節約が学べます!そして騎士団や冒険者に役立つ魔道具とは、ズバリピンチの時に少ない魔力で攻撃魔法を発動できたり、身を守ってくれるような魔道具の事でしょう?攻撃の威力や範囲、魔物の攻撃の強度等を学べます!それは先輩の目指す最強の魔道具には必要な知識ではないですか?机に噛り付いて知れる事では無いでしょう?」
「!確かに!」
言われてみればその通りで、俺の野望の広範囲攻撃魔法を撃てる魔道具には、リリー嬢の言う知識は必須である。
とにかく強力な魔法を撃てる魔道具を目指していたが、ただ強力と言っても通じる訳も無かったのだ!
指摘されるまで気付かないとは!
頭を殴られたようなショックを受けていると、
「はいはい、まずはこれ、最低ランクのクズ魔石で、3ヶ月は魔力補充しなくて済む魔道具を作ってみましょうか!」
「さ、3ヶ月は長くないか?」
「先輩、このクズ魔石の明かりの魔道具でも、買えない平民は多いんですよ!それも2週間で使えなくなるんです!地方の領地には無属性魔力保持者はほとんど居ないんです!それなのに2週間で使えなくなるって!蝋燭を使う方がはるかに安くて便利なんですよ!これが、3ヶ月は使い続けられるとなれば、これは売れますよ!魔道具の良さを大いに広められますよ!」
妙な迫力と共に力説され、大量の素材とクズ魔石を渡される。
見張られながら試行錯誤して作り上げた魔道具は、学園に報告をした後に専門の魔道具屋に卸される。
設計図は名前と共に魔法庁魔道具科に、売り上げは俺とリリー嬢に。
従来の物よりも設計図を簡略化し、長持ちさせる事に成功した事が認められ、特許として承認され魔道具の量産体制に入ったとの報告がきた。
次に作ったのは毒の感知器。
ブレスレット型で、これもクズ魔石を使って、毒を感知すると手首に軽い痺れが走る道具。
常時発動型だが、魔力は本当に微量で済むように作ったので、半年は持続する仕様。
これも特許が認められた。
そうしてリリー嬢に言われるままに従来の物をちょっとだけ改良して作っただけで、ことごとく特許として認められ、特許料が入ってきた。
半年分のこづかいよりも多い金額が入ってきた。
「凄い金額が入ってきた」
「そうですねぇ。バカと天才は紙一重と言いますが、先輩もその口でしたね?」
「ん?それは褒め言葉か?」
「たぶん?ある意味先輩は天才って事ですしね?」
「なぜ疑問系なんだ?まぁ良い、これでランクが上の魔石が買える!」
「いやいやまだですよ!どうせならより良い魔石を買う為に、今度は騎士団や冒険者に役立つ魔道具を作りましょう!魔物退治が少しでも安全になれば、魔物の魔石を取り出す作業も丁寧になって、同じランクの魔石でも、傷が少ないとか欠けたり割れたりしてない物が多く流通するかも知れませんよ!」
「おお!成る程!それは是非とも手に入れたい!」
「でしょ?じゃあ、人工バリアの改良と、悪意感知の魔道具の改良をしてみましょう!」
後になって気付いたが、リリー嬢の口車に乗せられて、多くの魔道具を作らされたが、そのお陰で魔道具は今までよりも身近になったと学園で表彰されたり、大学園の推薦状を貰ったりもした。
特許を多数認められた事で、母上には手放しで褒めちぎられ、父上と兄上には羨ましがられた。
リリー嬢が言うところのピンク女の事件でも、クラップ王子殿下から直接魔道具の依頼をされたりと、かつて無い忙しさだったが、多くの人と関わり、多くの影響を受けて、自分の考える魔道具の方向性も微妙に変わったように思う。
いつか最強の魔道具を作ることは、変わらぬ野望で目標だが、魔道具の良さを多くの人に広める事と、誰かの役に立つ道具を作ることの喜びも知ってしまったのだ。
大学園に進学して周りを見てみると、かつての自分の姿と同様に、内に籠っていかに独創的な魔道具を作るかに心血を注ぐ生徒が多く、より使いやすくより利便性のある魔道具を作ろうとする者は、教師も含めても少数派だった。
魔法庁魔道具科に就職希望の生徒が大半の大学園の生徒の内、実際に就職出来るのは、30分の1くらいの確率で、より斬新なアイデアの魔道具を作った者が就職出来るとの噂があり、誰にも知られる事無く偉業を成そうとする生徒は多い。
より良い物を作るのなら、使う人間の状況や求める性能、より使いやすい形状等も考慮しないといけないのに、それでは秘密がばれると、誰にも相談する事無く、とにかく威力が強い物や範囲の広い物と、闇雲に試作を繰り返しては私財を失い大学園の授業料さえ払えずに、退学する生徒も多い。
そんな生徒の中で、異質な目で見られながらも、俺は多くの生徒に声を掛け、騎士団の訓練場に顔を出し、冒険者ギルドに通い、と広い範囲で行動し、話を聞き、元々ある物は改良し、必要な物は詳しく話し合い必要な機能と形状とをすり合わせ、次々と魔道具を作っていった。
その内の幾つかは特許が認められ、私財も増えた。
ある時大学園の教師に声をかけられて、
「君は何故そのような俗な物しか作らないのだね?崇高な志を持つ魔道具師になりたいのなら、金儲けに走るのは感心しないが?」
と言われた。
父上や兄上と似たその教師の考え方は、以前の自分の考え方と同じであり、理解は出来たが賛成は出来なかった。
かつてリリー嬢の口車と思っていたものは、数年後、現実の物として実感出来てしまったからだ。
話を聞き、具体的に討論し合って作り上げた魔道具で、冒険者が命拾いしたお礼として、ランクは低いものの傷一つ無い魔石をくれた事があり、その魔石には、通常の倍以上の魔力を貯める事が出来て、それはそのランクの魔石としては、会心の魔道具として今までの物と威力は変わらないのに、継続時間が倍の長さとして発揮され、その魔道具で今度は騎士団員が命拾いした。
そうしてお礼に受け取った魔石も、丁寧に取り出された事で傷一つ無い物だった。
と良い循環が出来、今では多くの冒険者や騎士団員に声を掛けられるようになった。
魔道具の構造は分からなくても、どんな魔道具が欲しいか、何に使うものなのか、どんな時に必要か等の具体的な要望も取り入れた魔道具は、更に使いやすく改良され、直接魔道具の依頼を受けるまでになった。
その事を教師に話すと、教師は頭から否定するのでは無く、何かを考えながら去っていった。
それは父上や兄上も同じようで、リリー嬢に聞いた言葉も交え話してみたら、2人とも考え込んでしまった。
それを聞いていた母上は、
「ねえ、あなた達が作っているのは道具よね?道具というのは使う人がいて初めて道具としての役割を果たすのよ。使う人の意見を聞かないでどんな道具を作ろうと言うの?勝手に作られた道具をほら使え、って渡されたって、使いづらくて当たり前じゃない?」
母上の言葉は至極もっともで、確かに魔道具製作は面倒で、集中力のいる仕事で、誰でも出来る仕事では無いが、かと言ってそれ程崇高な仕事と特別視される仕事でもない。
その事に気付くか気付かないかで、作る魔道具は全く別物になる。
まあ俺も、リリー嬢の言葉だけでは何年も気付けずにいたけど、リリー嬢のお陰で、多くの人と交流を持つことで、やっと実感したのだ。
母上の言葉に納得した父上と兄上がこれから作る魔道具は、今までの物とは違ってくるだろう。
◆◆◆◆◆◆◆
「お疲れさまでーす。差し入れ持ってきましたよー!」
「おお、リリー嬢、良く来てくれた!ささ座って、お茶も淹れてあるぞ!ちゃんと妊婦用の薬草茶だ!味も悪くないやつを選んだ!」
「フフ、ワニマ様、私をいつまでお嬢呼びするんです?もう3人目ですよ?」
「いやいや、分かってはいるんだが長年の癖でね!良いじゃないかいつまでもお嬢さんで、若く居られるよ!」
「こんにちはリリー嬢!早速で悪いが、魔道具の説明をしても良いかな?今回も数が多くてね!」
「やっぱりアニマ先輩もお嬢呼びするんですね?」
「え?なんの話し?」
「そろそろリリー夫人とお呼びしないと失礼になるかな?って話」
「ええ、今更呼び方を変えるのは変な感じがするな~?」
「でももう2人の子持ちで3人目もお腹に居ますのよ!」
「う~ん、リリー夫人…………やっぱり変な感じ!」
「まあ良いですわ、おいおい直してくれれば。それで、今度は何を作るんですか?」
「ああ、今回は兄上と共同でね………」
魔道具の話しは尽きない。
ただ、学生時代にリリー嬢と会った事で、俺の理想とする魔道具の方向性は大きく変わった。
リリー嬢の持つ、特別な発想力で作り出される空間魔法は今のところ、関係者以外口外禁止だが、いつか、魔道具で同じものを作るのが密かな野望だ。
だから、今更失恋の痛みなど感じてはいない。
学生時代からの淡い恋心は、自覚し告白する間も無く敗れ、魔道具への愛情に転化した!
だから3人目の子供を妊娠して幸せそうなリリー嬢を見ても、心は痛んでない!痛んでないって言ったら痛んでない!
くそぅ、その内凄い魔道具作ってやるからな!