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短編集  作者: 角砂糖
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おいしい夕食

「今日は何が欲しいの?」

 いつもの占い師のお姉さんに、今日は味覚が鈍くなるアイテムをもらうことにした。

 このお姉さんは何でも持っている。望めば何でも手に入る気さえする。

「変わったものが欲しいのねぇ、逆なら欲しがる人はよくいるけれど」

 そうかもしれませんね、と私は言った。

「まあいいわ、ちょっとまってね」

 お姉さんはお姉さんの後ろにある衝立の裏へ行き、なにやらごそごそと音がした後、程なくして戻ってきた。

「はいどうぞ」

 私はお礼を言って頭をさげた。手のひらに乗せられたアイテムは、今回は小瓶だった。

「少しずつ飲んで、ちょうどいい鈍さを調節するといいわ。24時間程度で効果は切れるけど、戻らなかったらまたここへきてね」

 私はうなずいた。彼女はにっこり笑って、それじゃあ、と、テーブルに乗っている箱を開けた。箱はきらきらして装飾が施されており、中はビロードのような質感のワイン色の布が貼ってある。まるで宝石やアクセサリーをしまっておく宝箱のようだ。何度見てもそう思う。

 私はいつものとおり、箱から出る不思議な香りと風に包まれた。

 しばらくそうしていると、パタンと音がして、いつのまにか閉じていた目を開けると、お姉さんの綺麗に装飾された爪が箱を閉じていた。

「お代は十分いただいたわ。気をつけて帰るのよ」

 お姉さんの声は優しい。まるで母親のようだ。自分のというわけではなく、イメージの母親ということだ。私の母は私と折り合いが悪く、私と話す時はいつもキィキィ言っているから。

 私はまたお礼を言って頭をさげ、すこしぼうっとする頭を軽く振りながら、帰路についた。


 帰宅すると、母がちょうど夕飯の用意をしていた。帰るなり何か怒鳴っているが、これは内容を聞くだけ無駄だ。今の時刻は6時で遅いわけでもなく、お使いを頼まれて忘れているわけでもない。私は何も悪いことはしていないはずだ。

「聞いているの!」

 はいごめんなさい、と私は言い、母は心がこもっていないと叫んで、私は母の言葉をぼうっと聞いていた。収まるまでは何もしないのが得策だ。

「いつまで突っ立っているの!」

 これが行動していい合図だ。着替えて手を洗ってくるねと告げてゆっくりとダイニングを離れた。

 私は部屋へ行き、小瓶を一気飲みして、着替えて深呼吸をした後、洗面所で手洗いうがいをした。石鹸の匂いも、水の味もしない。


 夕飯の準備を手伝っている間に、弟が帰宅する。

「あら!おかえりなさい」

 母が嬉しそうに駆け寄る。学校がどうだったか等を聞いている。

「うわ、おでんかよ…別にいいけど」

 弟はそれを無視して、嫌そうな目線を鍋へ向けた。これは反抗期が起こす発言で、本当に嫌なわけではない。ちなみに弟は好き嫌いなどないし、おでんもなんならコンビニで買い食いするくらいには好きだ。

 母は弟にまだ何か話しかけている。弟は二言三言返して、部屋へ着替えに行った。

 母は慌ててご飯をよそい、おかずをならべてセッティングをする。私も箸を並べたりする。弟が割とすぐにまた現れ、私たちは夕食をとった。


 母の料理は味が濃い。とても濃い。私にはつらいほどに。でも今日は、味がしないし、匂いもしない。喉はかわくから、やはりおでんのくせにものすごくしょっぱいのだろう。これはきっと母が悪いわけではない。普通よりは味が濃いはずだが、食べざかりの子どもが二人いるのだから、普通といえば普通なのだ。父親だって汗をかいて仕事から帰ってくる。この味の濃さに対応できない私のほうが、異端なのだ。

 弟は無言でがつがつ食べている。ご飯もよく減り、私が茶碗半分のご飯を食べる間に2杯目を食べていた。

「ちょっとしょっぱかったかしら」

 母のいつものセリフだ。私は、ちょうどいいよ、おいしい、と答える。弟は無言で食べる。

「そう、よかった。これは?」

 ひとつひとつの料理の感想を求めてくる。私はいちいち、おいしいよとか、これまた食べたいとか、思ってもないことをいう。母はこのときだけ、機嫌がよく、優しい口調で話す。一通り話したら、母はパート先の話をし始めて、私は適したリアクションを取る。弟はさっさと食べてテレビをつけて見始めた。

「あら、今日はよく食べるわね」

 母が私の皿を見ていった。今日は味がしないから食べやすい。いつも濃いおかずを残してしまうが、今日は完食できた。おなかすいてたから、と私はいった。たべすぎちゃった、とも。明日からはまた味覚が戻ってしまうのだから、あまり滅多なことは言えない。

「いいじゃない。たまにはたくさんたべるといいわ。もう少し食べる?」

 ううん、もうおなかいっぱい、ごちそうさま、と、母の皿も空になったのを確認して、片付け始めた。おでんいいね、と、母に声をかける。

「あんたは煮物とか、小さい頃から好きだったものね」

 母は機嫌よく笑った。

 いつもは食後の洗い物で、洗剤の匂いで気持ち悪くなるが、今日はない。まだ帰らない父のおかずを取り分けて冷蔵庫に入れるときも、冷蔵庫の匂いで気持ち悪くなったりもしない。

 感覚がないほうが、やっぱりうまくやれるんだ、と私は思った。とても生きやすい。あの小瓶に入った薬の効果が、永遠なら良いのに。

 お風呂や洗濯物も、強い香料の匂いを感じずに済むんだ。

 いい匂いや好きな食物を犠牲にしてでも、せめてこの家にいる間は、あの薬がほしいと思った。

リハビリなのでいろんな文体や構成でかきたいなと…不定期ですがなるべくひとつひとつ短編にして、続けていきたい。

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