魔 物
「俺は忌子・・・・・」
波打つ子宮の渦の中で、彼は全てを見抜いていた。
凄惨たる現実の人間関係が、母体を通して彼に伝達される。
それだけならまだ救われた。
狂気を持った言葉は母体に流れ、いつしか外部からの攻撃が始まり
肉体的苦痛と痛みが、まだ誕生を見ぬ彼を変化させた。
彼は知っていた。
自分の母親がそんな愚民を恨んでいる事に。
弱く、手の出せない母親は時折涙を流しこう言った。
「いつか殺してやる」と。
日に日にエスカレートする言葉の暴力と肉体的苦痛。
赤黒い子宮の中で、彼は母親が破水しないように懸命に意識を動かした。
心の目を開くと、そこには更に赤黒く染まった狂気が蠢いており
今にも彼を覆いつくそうとしている。
手のひらサイズにまで成長した彼は、そんな狂気にこう叫んだ。
「やれるものならやってみろ」と。
衰弱した身体で彼を産むのは、もはや至難の業と言われた。
彼がこの世界で目を開き、産声に似た断末魔を叫んだとき
既に母親に息は無かった。
自分の命と引き換えに、母親は彼を産み落とした。
まるで周囲から受けた屈辱を、彼の手によって現実のものにして欲しいとでも言うように。
母親が息を引き取る前
母親は彼に言った。
「恨みを晴らしてね」と。そして彼は答えた
「はい」と。
それが生まれて初めて発した言葉であり、産声であった。
成長した彼に宿るもの。それは母親と言う「魔物」
呆然と立ち尽くす彼の周囲に
子宮の中で見ていた顔が、真っ赤な血を流し死んでいる。
変わり果てた姿となった人間どもに
産み落とされる意味を否定されたカルマなど、分かりやしない。
恨み・・・・それが彼の生きる意味。
生きる事を否定され、産み落とされる意味さえも失って生まれた彼は
自分が何者なのかさえ、生涯分からないままだろう。
唯一分かる事は、母親と言う魔物が自分に取り付いているという
ただ・・・それだけの事・・・・
そう・・・それだけ・・・それだけの事なんだ・・・・