01 望んでもいないのにトラブルがやって来る ①
第12章の投稿を開始します。
本日より毎日0時更新。
全6話+閑話となっています。
よろしくお願いします。
おはようございます。
【はじまりのダンジョン】受付を担当している人夜です。
現在、受付を担当している者は私を含めて6名。3交代シフトでふたりずつ現場にでています。
私の相方はもちろん一宕です。
受付は非常に簡単かつ楽な仕事です。なにしろ、メインは新規探索者の会員登録だけですから。後は、苦情対応や、ダンジョンにおける情報の開示(イベント等)くらいです。
冒険者協会でいうところの、いわゆる依頼案件は、掲示板を介して探索者さん同士で勝手にやってもらっています。
ですから、依頼云々に関しては、私たちは掲示板の利用申請の審査をする程度です。
あ、もちろん、依頼用掲示板の利用は有料です。10日間で1GPと、利用しやすい額となっています。1GPくらい、ダンジョンにはいれば10分と経たずに稼げますからね。
さて、正式オープンして6ヵ月が過ぎました。
問題もなく、楽しく暇つぶ――お仕事をしてきましたが、ここにきておかしなことが発生しました。
それはほんの数分前の事です。屈強そうな男性、恐らくは脳筋系の戦士であるふたりを従えた、これまた筋肉だるまなスキンヘッドの男が受付へと訪れました。
時刻は午前6時を回ったところ。恐らくは本日のモノレールで到着し、そのままこのサンティの塔へと来たのでしょう。
はじめてこの町を訪れた者は、まず寝泊まりする場所を確定するために町を散策します。ですから、こうしてまっすぐにサンティの塔へとやってくることは珍しいことです。
彼はこの受付までドスドスと足早にやってくると、こう宣いました。
「これまでご苦労だった。これからは我々がここを預かる。早急に退去したまえ」
顔に似合わず、居丈高ではあるものの丁寧な物言いではあります。……いえ、丁寧と云っていいのでしょうかね? 乱暴ではないというだけです。
『お姉ちゃん、どうしよう。なにを云っているのか分からない』
笑顔のまま、一宕が困惑したように日本語で私に云います。
『大丈夫。私も意味不明だわ』
ちっとも大丈夫ではありません。本当になにをトチ狂ったことを云っているのでしょうか? この御仁は。
「おい、なにを云っている? とっとと失せないか」
ハゲが騒いでいますね。
私と一宕はにっこりと微笑みました。
「なぜ私たちが退去せねばならないのかわかりません」
「そもそも、そのように横暴なこというあなたは何者なのです?」
私は禿げ頭に問いました。もちろん、笑顔は絶やしません。余裕はみせておかねば、このような輩はつけあがるだけです。
「冒険者協会のバンダだ。これからここは冒険者協会が仕切る。冒険者協会の真似事はこれで仕舞だ。いまならなんの咎も与えずにおいてやる。いますぐその場を空けろ」
ニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべて禿げ頭が宣います。
……なぜさも当然とばかりに、そのような無法が通ると思っているのでしょうか?
「なにを勘違いされているのかは知りませんが――」
「――ここは探索者協会です。冒険者協会ではありません」
「「見当違いも甚だしいというものです」」
「どうぞ回れ右をしてください」
「お帰りはあちらです」
私と一宕が出入り口を手で指し示します。
禿げ頭と取り巻きはあからさまに表情を歪めました。
ふむ、怒っていますね。実に分かりやすい。
まったく。自分たちがどれほどの無法を、それこそ野盗の類と同じようなことをしているという、自覚はないのでしょうか? 冒険者協会の者ともなれば、信用はなによりも大事でしょうに。
あぁ、もしかして――
「あなたがたは本当に冒険者協会の者なのでしょうか? これほどの常識知らずの無法な行いよう。とても信用第一の冒険者協会の職員とは思えませんが」
「そもそも“出て行け”のひとことで、私たちが退去すると考えている時点でおかしいのです。本来であれば、責任者との交渉を望むべきでしょう。……いえ、その横柄な態度では、取り次ぐことなど有り得ませんが」
私たちがそういうと、禿げ頭――いえ、禿げバンダが顔を真っ赤に紅潮させました。
「この俺が嘘を云っているというのか!!」
「「えぇ、もちろん。それともその禿げ頭は、誰もが知るほど世界的に有名なのですか?」」
もはや礼儀など不要でしょう。そもそもこの世界の人間如きに、私たちを害せるわけもありません。
いえ、それ以前に、この場所で敵対行動を取ること自体不可能です。なにせここはダンジョン・コアの完全管理化にあるのですから。
さて、どうやって追い返そうかと悩んでいると、禿げ共のすぐ隣に突如として人影が出現しました。
現れたのはお母様。白いシャツに紺色のロングのキュロットスカートという出で立ちは、この世界ではかなり異質です。
禿げ共もいきなり現れたお母様に困惑しているようです。
「なんだか揉めてんねー。どーしたー?」
お母様の話し方に、私たちは思わず顔を強張らせました。
『お、お姉ちゃん、まずいよ』
一宕が狼狽えつつも、ひそひそといいます。
『わかってるわよ。でもどうしようもないでしょ』
まったく、この禿げ共はなんてことをしてくれたのでしょう。
私は姉様から聞いているのです。お母様の口調が普段と変わる時、それが場に合わせた丁寧な口調でない場合は、相当に機嫌が悪くなっているという証であると。
そしてこの状況。お母様のお心がどうなっているかなど、火を見るよりも明らかというものです。
本当になんてことをしてくれやがったのでしょう! よりにもよって、お母様を激怒させるなんて。
「人夜~。一応は聞いていたんだけれどさー、なにがどうなってるのか説明してくれないかな~?」
いつもの取り澄ました顔でお母様が問います。
当然、私たちがお母様に嘘をいうことなど有り得ません。今ここで起きていたことをそのままに伝えます。
「なるほど。自身の身分証明もしないで、いきなり人の家を寄越せとか、常識無いの?」
目をそばめつつ、お母様が剥げ共に視線を向けました。
「なにをいうか! ダンジョンは全て我々が管理するモノだ!」
「なに? それじゃ全てのダンジョンはあんたたちのモノってわけ?」
「当然だろう!」
「そう。じゃ、あんたらは私たちにとってただの押し込み強盗だ。この時点から敵として扱わせてもらうよ。
ここは、この町は私が創りあげた町だ。それを寄越せって? 寝言は寝てからいいな」
お母様が受付の前、私たちの前に立ち塞がりました。
お母様がどんな表情をしているのかは見ることが出来ませんが、私たちはもう気が気ではありません。
「お前が創った?」
「えぇ」
「馬鹿なことを」
「私がダンジョンマスターだとしても?」
禿げバンダの取り巻きが抜剣してお母様に斬りかかりました。まるで鏡にでも写したかのように、ふたり共同じ動作で剣を振り上げ斬り降ろします。
ですがお母様はこともなげにふたりの腕を掴み、引き、捻りつつ軽く腕を回しつつ下へと降ろしました。
勢いを利用された上、腕を曲げられない方向へと向け、引っ張られたふたりは、ぐるんと前転するように転倒しました。
その状況に驚愕し、目を見開いている禿げバンダは、ふたりもろとも電撃をお母様より受け、その場に倒れました。
「まったく。いきなり斬りかかるとか、躾がなってないなぁ。しかも悲しいほど弱いときてる。さて、私は優しいから、譲歩してあげるよ」
お母様はそういうと、ひっくり返っている3人の側に屈み込みました。
「私が作った小ダンジョンがあるんだ。これからあんたたちをソコへ放り込む。
あんたたちがそのダンジョンを無力化できたら、喜んでここをあんたたちに明け渡してあげるよ。
信用できない? あはは。お前らと一緒にすんなよ。吐いた言葉を違えるなんて、恥知らずな真似はしないよ。それじゃ、逝ってきな」
冷ややかに云いながら、お母様がパチンと指を鳴らしました。
途端、3人がフッと消えました。おそらくは、どこかへと転移させられたのでしょう。
「あの、お母様?」
「あの3人は?」
「あぁ、あいつらならイベント用のVRダンジョンへ放り込むよ」
え、VRダンジョンですか?
「下手に殺すと処分が面倒だからね。イベントのための実験……テストをしてもらうよ」
実験もテストも同じでは? いえ、それよりも!
「「先の条件は――」」
「あぁ、大丈夫大丈夫。絶対にあいつらじゃクリアできないって。頭ごなしに命令するだけのあの性格じゃあね。
あ、デメテル、あいつらは待機させておいて。みんなで攻略の状況を見物するから」
《了解です、マスター》
心配する私たちに、いつもの取り澄ました笑顔のまま、お母様はそう答え、ダンジョン・コアに指示を出したのです。
もはや完全に娯楽のひとつとしていませんか? お母様。
「あんたたちもおいで。連中がどんな無様を晒すかをみたいでしょ。ここは――」「受付業務は我らにお任せください」
人型に化けたステルススライムが4体、お母様の肩に乗ったクアッドスライムの言葉に合わせて現れました。
相変わらず神出鬼没のスライムたちです。
「それじゃ、お願いね。
あ、そうだ。オモイカネ、ワールドアナウンスの準備をしておいてね」
《ワールドアナウンスですか?》
「冒険者協会は私の敵だから。それを周知して。あの――あいつらの名前ってなんだっけ?」
「禿げバンダです、お母さん」
「一宕、名前はただのバンダですよ」
「禿げパンダって……」
お母様が眉をひそめています。
「いえ、パンダではありません。バンダです、お母様」
「あぁ。よかったよ。パンダだったらどうしようかと。あんな愛嬌の欠片もない禿げ親父がパンダとか、絶対に許せないよ」
いや、お母様、それはどうでもよいことなのでは!?
「それじゃオモイカネ、連中のダンジョン攻略失敗と同時に、バンダが原因で冒険者協会と我々が敵対していることを、世界に周知させてね」
《畏まりました》
あぁ、可哀想に。これで冒険者協会は全ての教会から神敵あつかいとなるでしょう。そうなれば、全ての人々から敵視されることになります。
この世界、人々の信仰は厚いですからね。
ですが、あの馬鹿ひとりの所業で冒険者協会全体を敵とするのは、少々哀れにも思います。
そんな風に思っていたことが顔に出ていたのでしょう。お母様が珍しく表情を緩め、私たちにこう云いました。
「ま、本部が平謝りでもしてきたなら、町の方に支部を作ることくらいは許してあげるよ。これが最大の譲歩。そもそもあんなのを送り込んできたんだもの。本部とやらもたかが知れてるわよ。
それじゃふたりとも、ついておいで」
かくして私たちはなし崩しに休みを頂き、彼らの様を見物することとなったのです。
願わくば、彼らには少しでも私たちを楽しませて欲しいものです。
※感想、誤字報告ありがとうございます。




