05 さぁ、ジョギングだ!
さぁ、ジョギングだ! と、地上にまで来たんだけれど、なんだか大変なことになった。
どこで聞きつけたのは不明だけれど、いっ子たちを始め、レプリカントの皆がジョギングに参加した。
いや、それだけならいいんだけれど、黒竜さんたちが私が転移してきたことに気がついたらしく、同じくジョギングに参加。
……参加するのはいいんだけれど、当然のことながら人に化けた状態で参加するわけで。で、その人の状態というのは教皇様というわけで。そんな立場の人が走るなどといいだそうものなら、追従する者が大挙するわけで。
なんだか大変なことになったと思いつつ、黒竜さんに聞いたさ。
「走る必要ってあるんですか?」
「人の姿の制御訓練になりますから」
「……姉上は運動不足が酷いのです」
黄竜さんの言葉に、黒竜さんはそっぽを向いた。そして武闘派? である赤竜さんはよくわからないやる気をだしている。
……あれ? 赤竜さん、なんでここにいるの? ドーベルクが拠点だよね?
「引き払って来ました」
え? そんな簡単に出来るものじゃないでしょ? 赤教のトップなんだし。
「身代わりを作って置いてきましたから問題ありません。ここには姉と妹、そしてなにより女神様がいるのです。ここに私がいないなどという状況は有り得ません」
お、おぅ?
「ご安心ください。【白】や【青】がなにかしらちょっかいを掛けて来ても、責任をもって撃退しますので」
あ、うん。
……あれ? なんでこんなに忠誠心? が高いんだろう?
「姉に母の件を話したところ、女神様にいたく感服したようで」
どういうこと?
「我々は母に対し……まぁ、ロクな感情を持っていませんでしたから」
……そういや、実験で生み出された途端、邪魔だから出てけ! って、追い出されたんだっけね。
「我々は敵対出来ないように調整されて生み出されましたからね。その母を滅ぼしてくださった女神様には感謝の念しかないのですよ」
なんというか、すごい殺伐とした親子関係だな。いや、親子とはちょっと違うのか。結局のところ、あの紫の祖竜は黄竜さんたちを実験体としてしか見なかったってことだろうね。それも欠陥品として。
処分しなかったのは……ガチでやり合うのが面倒だったからかな? 劣化コピーとはいえ、自身の分身だしね。勝てるにしても、無傷とは行かないだろう。
そんなことを考えているうちに、ジョギング参加者が続々と増えた。
まず、レプリカントがマリアを除いて全員。マリアはいまお姉ちゃんの警護をしているからね。あ、先生も不参加だ。
先生も遂にレプリカント化したんだよ。ただ、体格がやっ子と同様5歳児という有様だけど。
そして神殿の方からは、神楽の巫女と手の空いている神殿騎士の皆さん。黒教と赤教の双方からの参加とあって、結構な人数だ。もちろん、祖竜の3名も参加。
このままぐずぐずしていると、走り終えるころには日が昇り切って、暑さにうんざりすることになるな。
私は軽く準備運動を済ませると、おもむろに走り始めた。
時刻は午前5時くらいだろうか。既に空は明るくなってきている。おかげで町並みも良く見える。
まぁ、真っ暗でも見通すことはできるんだけれどね。
というか、町並みが大分変わってるな。建物の数が増え、街灯が設置されている。
私が寝こけている間に、お姉ちゃんが色々と手を加えたみたいだ。とはいえ、町の南側が出来上がっているだけで、北側は空き地だらけのままだ。
北東部分は住宅街にする予定だけれど、住宅だけってわけにはいかないよね。適当な商業施設も欲しいかな。
個人商店でもやる人が出てくれるといいんだけれど。
「女神様、よろしいですか」
私の横に並走してきた黄竜さんが話しかけてきた。なんだろう?
「姉妹の動向についての報告を」
ん?
「一番問題の【白】ですが、いまもって教会をまとめあげることに躍起になっているようです」
「あぁ、分裂したんだっけ? 白教」
「はい。現在は教皇派と神託の巫女派とで、ほぼ内戦状態です。実際に殺し合いをしているわけではありませんが」
「暫くは気にしなくても大丈夫かな?」
「問題ありません。次に【青】ですが、【白】と協力して得体の知れない実験を行っているようです」
「実験?」
「生物をいろいろといじくりまわしているようです」
……なんだろう。某ゲームのハゲドラゴンを思い出すんだけど。
「遠からず、青教はここにちょっかいを掛けて来るかと思われます」
「あー……。なんか私が寝てる間に。ダンジョンの宣伝をしたみたいだしねぇ」
まぁ、来たら来たでいっか。出方次第かな。
「ここに教会を置くことになっても、喧嘩はしないでね」
そういうと、黄竜さんは黒竜さんと赤竜さんに視線を向けた。
あぁ、そういや、仲悪いんだっけね。
「緑教はどんな感じ?」
「【緑】は海を隔てた南方に居を構えていますから、すぐにこちらに来ることはないでしょう。神捜索隊は出しているようですが、まぁ、森エルフですから……」
「無駄に気位が高いから、まともに任務を遂行していないのかな?」
「その通りです」
なるほど。なら、当面、緑竜は無視しておいて問題なさそうだ。
となると、直近で厄介そうなのは青竜か。学問馬鹿みたいなものらしいから、常識だのは通じないんだろうなぁ。
職人街の裏手を通る。ここらにはアルバンさんの一派しかまだ来ていないんだけれど、なんだか規模が巨大化してるなぁ。
大将さんたちがこっちにも工房構えて、アルバンさんの工房と渡り廊下で勝手に繋げたりしたから、完全に複合工業施設みたいになってるし。
そうそう、アルバンさんのお弟子さんが何人か、アルバンさんを追ってこっちに引っ越してきたみたいなんだよね。ドーベルクの方の工房……本店? は大丈夫なのかな? あとでちょっと確認しておこう。
「女神様、私からもよろしいですか」
「なんでしょう、赤竜さん」
「ドーベルクですが、近く戦争となります」
はい?
「戦争って、どことです?」
「シャトロワ王国とです」
「あー、デラマイルを飼ってたとこですか。……原因、私ですね」
「デラマイルが討伐されれば、飼い主がシャトロワであることは分かることです。たまたま女神様がそれを行ったというだけで、原因というわけではありません。そも原因というならば、シャトロワがデラマイルを使ってドーベルクとトラスコンに害を与えていたということでしょう」
そう云うと赤竜さんは楽しそうな笑い声を漏らした。
「うちの巫女から聞きましたが、滑稽だったらしいですよ。王に問い詰められ、シャトロワの外交官はしどろもどろに弁明していたそうですから。怖気づくくらいなら、初めから殴りつけるなというものです」
ふむ。
「赤教は関わるんですか?」
「うちの探索の巫女が被害に遭いましたからね。ドーベルクを支援する形で関わります」
えーっと、随伴神官? とかいると、士気が上がるとか聞いたような気がするね。そういう精神的方面での援助かな? あとは……回復魔法とか? そういや回復魔法ってどうなってんだろ? 魔法師協会の初等魔法にはなかったってじっ子は云ってたけど。
あ、じっ子で思い出した。デラマイルたちの首の解凍をしないと。多分、もの凄く邪魔臭くなってるだろうし。あとでドーベルクに行ってもらおう。……観光がてら私もいこうかな?
中間地点の町の最南端を通り過ぎる。このあたりで、ジョギングに参加した巫女の一部が脱落し始めた。
「騎士さんたちもそろそろ怪しそうですね。なんだか黒と赤とで意地の張り合いをしているみたいですけど。……せめて除装してくればよかったのに。軽装とはいっても、鎧は重いっていうのに」
あぁ、でも、現代でも歩兵は数十キロの装備を担いで進軍したりするんだっけ? 銃だけでも4キロくらいあるんだから、そうもなるか。そういやそれらの補助のために、パワーアシストをする外骨格とかが開発されたんだっけね。
それを考えると、鎧を着たまんまでのジョギング……ロードワークはアリなのかな?
「仲が悪いわけでもないので、張り合わせて置く分には問題ありません」
「却って鍛え上げるための原動力となるというものです」
いがみ合ってなければ問題ないし、なにかあってもふたりがどうにかしてくれるだろう。
「黒竜さんに赤竜さん、こっちでの生活に不便はありませんか?」
「不便どころか、非常に快適です」
「騎士たちの訓練も怪我無くできるようになりましたし」
それもそうか。現代の暮らしそのものとまではいかないものの、こっちの生活水準と比べたらかなり便利だしね。魔法なんてものがあるおかげで、そんなに抵抗なく受け入れられたみたいだし。
訓練に関しては、ダンジョンをうまく活用しているんだろう。ただ、初心者ダンジョンはあくまでも個人の戦闘能力向上だから、集団戦の訓練にはならないけど。
初級ダンジョンも死亡率を0にして、集団戦訓練施設に切り替えた方がいいかなぁ? まぁ、それについては、あとで考えよう。
外周を1周し、塔にまで戻った時には、神殿関係者は半数以上が脱落していた。掛かった時間は90分くらいだ。
尚、私のペースについて、どうにか完走した人たちは、まさに息も絶え絶えでひっくり返っている。
走った後に急に止まってしまうと、心臓に負担が掛かるから、早歩き程度で動きながら心拍数を整えてからひっくり返ったほうがいいよ。
「なにか違いはでるのですか?」
「寿命が縮むんじゃない?」
質問してきたいっ子に答えた。
あ、それを聞いていたのか、騎士さんたちが起きあがって、ゆっくりとしたペースで走り始めた。
戦闘職の人たちがこれで大丈夫なのかな? 体力錬成とかしっかりしたほうがいいような気がするけど。それとも――
「これは認識を改めないといけないのかな?」
「気にすることはないと思います、マスター」
「いや、メイドちゃんにもいろいろ云われてるからさ。地球人はおかしいって」
……いっ子、そこで目を逸らさないでくれるかな?
「さてと、ちょっと心配だったやっ子はどうしたかな?」
「お呼びですか、マスター!」
凄い勢いでやっ子が私の前にまで走り込んできた。
「……問題なさそうだね。コンパスの差もあるから、かなり大変じゃないかと思ったんだけど」
「こ、このサイズになったことを、ちょっとだけ後悔を……」
あぁ、やっぱり大変だったんだね。
「さてと、いい塩梅に体もほぐれたし、久しぶりに手合わせでもしてみる?」
さすがに戦闘勘も鈍ってるだろうし、たまには訓練しないとね。私が前面にでることはそうはないだろうけど、祖竜が喧嘩を売って来た時には、直接殴り倒したい。
あれ? なんでみんな顔を引き攣らせてるのかな? つか、近接戦闘だったら、私よりみんなの方が強いでしょうに。
いや、なんでそんな顔をするのよ。そんなあからさまに「おまえは何を云ってるんだ」って無言で云わないでよ。
いやいやいや、嘘じゃなくキミらのが強いからね。私、権能つかわないとクソ雑魚だからね。
なんで今度はそんな優しい目でみるのさーっ!
ま、まぁ、いいよ。
えーっと、教会関係の人たちは……まだ完走してない人が結構いるね。ほかの騎士や巫女さんたちは、まだのろのろと走っている状況だ。
陽が昇り切ったら、中断させるように云っておこう。暑さでぶっ倒れかねないからね。
さて、それじゃ私たちは先に戻ろうか。
模擬戦なんて久しぶりだから、ちょっと楽しみだ。




