05 雪歌と幻獣
姉様復活から5日が経過しました。
町やダンジョンに関しては、ほぼ見て回れたと思います。
件の発電施設を視察した際には、私と同様の反応をされていたのが少しばかり嬉しくありました。
さて、姉様の目から見て、なにかしら問題がありはしないか訊いてみましょう。
「うーん……問題というわけじゃないんだけれど、気になるところはひとつあったわね」
「どこにが気になりましたか?」
「幻獣」
はい?
また妙なところをついて来ましたね。
「どういうことでしょう?」
「現状だと、ひとりあたり2体くらいが限度なわけでしょう?」
「そうですね。それ以上は魔力回復量の関係上、幻獣を支えることが不可能ですから」
「うん。それは説明されているから分かっているわ。でもね、絶対に要望と云うか――違うわね、残念に思われると思うのよ!」
はい?
「誰しもコレクター魂というものはあるものよ。50種以上も入手可能な幻獣がいるというのに、選べるのは2体だけというのはあまりにも悲しすぎるわ!
例え、自身にインストールした幻獣を入換えることもできなくはないとはいっても、いままで共にした幻獣を手放すというのは辛いというものよ!」
いえ、確かにそうでしょうが、実際問題として不可能ですからね。一部の、ディートリントのような例外以外は。
「だからね、差別化をしようと思うのよ」
「差別化ですか?」
「そう。現状だと、自身に幻獣をインストールして、魔法として召喚するわけでしょう?」
「はい。そういう仕様ですね。出しっぱなしにすることもできますね。そうすることにより、幻獣も成長し、強くなっていきます」
パメラさんはトビネコを使い魔のようにしていますしね。
「ゲームとかだと、モンスターをカードやオーブに封印して、そこから召喚して使役する、なんていうのがあるのよ。そういったことはできないかしら? ダンジョン・コアちゃん、そこんところはどうなのかしら?」
《可能ではあります。ですが、予め魔力を与えた上での召喚となりますから、時限式になります》
「十分十分。問題ないわ。それが差別化というものよ。あ、でもそうすると、幻獣の成長はしなくなったりするのかしら?」
《はい。お察しの通り固定化されます》
「うんうん。いいわね。それでいいわ。探索者のみんなには幻獣を蒐集してもらって、そこから自身のパートナーをじっくり選んでもらえばいいのよ。
そういったアイテム化した幻獣を、従来通りにインストールすることはできるんでしょう?」
《可能です。ですがこれまでと同様、自身にインストールした場合はおいそれとアンインストールすることはできません。基本、アンインストールは破棄となります。探索者にはこちらが買い取っていると説明していますが》
「もういっそ“アンインストールは推奨しない”或いは“なにかしらのペナルティ”をつければいいわ」
なるほど。確かにその辺りを細かく明確にしておかないと、後々問題になりそうです。
上層階の幻獣を手に入れても、すでに自身に他の幻獣をインストールしていては、パートナーにしたくとも出来ませんからね。
アイテム化はパートナーとしての仮契約のようなものとして使役させるというのはいいアイデアです。
予め魔力を与え、それが尽きた時点で送還……インストールしたカードなりオーブに戻るとすれば問題ありません。
ただ、進化とかありますし、そのあたりまで制限するとなると、それはそれで問題がありそうです。幻獣を鍛えるのにも時間が掛かりますからね。
「ところで、姉様としてはどの幻獣が気に入りましたか?」
「これ」
そういって自身のとなりに巨大なクマのぬいぐるみを召喚しました。
【パペットベア】。文字通りのクマのぬいぐるみです。デフォルメされたくまぬい身の丈は2メートル強。下半身がどっしりとしていて、腕も先の方が大きくなっています。先についている爪が凶悪ですが、さほど凶悪に見えないというところが質が悪いです。
「騎乗できるのがいいわね。騎乗というか、肩に乗る感じだけれど。でもなにより、モフモフが素晴らしいわ!」
姉様はごきげんです。
さて、この【パペットベア】ですが、入手可能階層を考えると破格の強さをもった幻獣です。ですが、欠点もあります。それはその巨体です。
屋外であれば問題ありませんが、屋内となると出せる場所は限られます。パートナーとして出しっぱなしにするというのは、少しばかり難しいでしょう。
なにより、一般的な住居の扉を通り抜けるのも一苦労ですからね。
「あ、そうだ。ダンジョン・コアちゃん。ちょっと気になるところがあるのよ」
《なにか問題がありましたか?》
「問題はないわ。ただ、幻獣に個性がないのは寂しいわ。個性と云うか、個別の見た目の違いね。この【パペットベア】なら、この普通の茶色の毛並みの子以外にも違う色、黒や白、他にもぬいぐるみらしくそこかしこに縫い目とかがある個体もあっていいと思うのよ。目をボタンにしたりとか。そういうのは出来ない?」
あぁ、なるほど。デザイン的な変化ですが。いいですね。機能に違いを持たせるのは面倒ですが、外見の違いであるならさほど問題はないでしょう。そういった資料はいくらでもありますしね。
マスターには無断ではありますが、この仕様変更は問題ないでしょう。むしろ余計な問題を回避できそうです。
幻獣の窃盗などの別な問題を引き起こしそうですが、そこは契約者以外召喚できない仕様にしておけば問題ないでしょう。
かくして、姉様と私、ダンジョン・コアとで仕様を決めていきます。
まず、媒体はカード型としました。カードに幻獣の画像を記すことで、なんの幻獣であるかを分かるようにするためです。サイズは名刺サイズの金属板。その表面には幻獣の画像の他、幻獣の名称、状態、魔力のチャージ量が記されています。
そして媒体から幻獣を召喚する装備、バインダーはひとまずガントレットと小盾を用意しました。
ガントレットはカードを2枚、小盾の方は4枚マウントできます。つまり、ガントレットは同時に2体(両腕なら4体)。小盾は同時に4体まで召喚できるということです。
もっとも、多く召喚すればいいというものでもありませんけれど。カードの方の幻獣は能力が固定化されていますし、自律行動力は弱め。召喚主がしっかり指示しないといけません。
どこぞのアニメの主人公のように「避けろ!(そんな技はない)」という命令を連発するようなことをしなくてはならなくなります。
これが自身にインストールしている場合は、精神が繋がっていますから、どうしたいと思考するだけで、それに合わせた行動を勝手にとってくれますからね。
そういった意味では、パートナーとした場合と比べると、使い勝手はかなり悪いといえます。まぁ、お試し用の感が強いのと、あくまでも蒐集用と考えれば問題ないでしょう。
半日ほどで、仕様の草案はほぼ仕上がりました。
「と、いうことで、使い勝手をモニターしてもらうわ」
すっくと立ち上がり、姉様がいいました。
「モニターですか。どなたにお願いしますか?」
「パメラさん。彼女、やたらと幻獣が気に入っていたじゃない。やっ子ちゃんが苦笑いしてたし。いまは念願のトビネコをゲットしてご満悦って聞いたわよ」
冒険者4人組のパメラさん。テスター8名の中で、特に幻獣にいれこんでいる方です。
確か、今日は休養日のはず。【サンティの塔】の仕様の都合上、連日利用されると身体能力が落ちてしまいますからね。なにせあのダンジョン、VRダンジョンですから。実際にはただ寝てるだけです。
故に、ダンジョンアタックに関しては現状、制限を掛けています。
対処案としては、微弱電流を用いて筋肉を刺激し、衰えるのを防ぐということも考えましたが、余計な面倒事も引き起こしそうということで見送っています。
実際、“死なない仕様”と嘯いていますので、それを理由に一度入ったら1日間を開ける、というルールにしました。
身体が資本の彼らは、余程調子を崩していなければ勝手に鍛錬をしていますから、これで問題ないでしょう。
★ ☆ ★
地上へとあがったところ、目当ての人物は講義を受けている最中でした。
講師はじっ子。
えぇ、パメラさん、ディートリントに便乗してじっ子より魔法の講義を受けているようです。
じっ子からの報告で、現状、この世界で広まっている魔法はかなり効率が悪いらしいですからね。
まぁ、科学的考察なんてものはされておらず、基本的に空想科学で魔法を構築しているようなものですから、現実と妄想とのギャップのせいで効率が落ちている、ということです。
現在じっ子は、いかに水が不思議物質であるのかということを講義しています。
……じっ子、確かに水は突き詰めるとかなりの不思議物質ではありますが、魔法構築に関していえば、そこまで突き詰めて講義する必要はないと思いますよ。
ふたりは真剣な顔で講義を受けていますけれど、果たしてどこまで理解できているのか。
ここは図書館内にある個室のひとつ。8畳間ほどの広さの部屋です。
「おじゃまするわよ!」
姉様がノックと同時に部屋へと乱入しました。
姉様、せめて返事を待ちましょうよ。
さて、講義を一時中断してもらい、パメラさんにモニター役を打診します。
幻獣関連の追加の話をしたところ、凄く目をキラキラとさせています。もはやほとんどペット感覚のようです。ペットとしてみると餌が不要ですから、手間は一切かかりません。
……子供の情操教育には向きませんね。
「えっと……このガントレットか小盾を使うんですね?」
「はい。そこのスロットに幻獣を封じたカードを差し込んで、魔力を通すことで召喚できます。小盾の方は盾として十分機能しますが、ガントレットの方は防御力に期待はしないでください」
「考えたら、防具にスロットを付けない方が良かったかもしれないわね。バインダーに関しては、もう少し検討が必要ね」
姉様が呻くように云いました。
確かに、実用性を考えれば、その方が無難でしょう。バインダーを荒事につかえば破損の可能性が高くなります。防具は攻撃を一身に受けるものですからね。正直、ミスマッチといえます。
「私もモニターに参加するんですか?」
「ディーには無用、の長物。でもモニターはひとりよりふたりの方が、いい。興味があるなら参加する、と良い」
じっ子の勧めで、ディートリントも乗り気になったようです。
彼女の場合、魔力容量と魔力回復量が異常ですからね。それだけなら亜神級です。もっとも、魔力があまりにありすぎるせいで、自己の魔力を認識できない状況に陥っているため、魔法がまともに使えないという有様なのですが。
「それじゃ、ディーちゃんにもモニターをしてもらいましょう。まだパートナーとする幻獣は決めていないのよね? 折角だから気になる幻獣をここで試してみると良いわ!」
ふたりが驚いたような顔で姉様を凝視しました。
あぁ、私の位置からは見えませんでしたが、恐らくは姉様の背後に擬音を見たのでしょう。
……あ、じっ子の口元が少し引き攣っていますね。あの物怖じしないじっ子もさすがに驚いたようです。
バインダーですが、パメラさんが小盾。ディートリントがガントレットとなりました。
ガントレット、装備したところを見ると、ちょっとゴツいですね。これは早急に再考せねばならない案件です。
「特撮の変身ベルトみたいに、ベルトのバックルに差し込むとかのがいいかしら。いえ、それはそれでアレだわね。どーしたもんかしら」
姉様もブツブツと呻いています。
パメラさんは小盾の内側にあるスロットを確かめていますね。
「そうそう、報酬だけれど、バインダーと試用してもらった幻獣のうち1体を進呈するわ! ただ、バインダーはそれじゃなくて、ちゃんとしたものを後で渡すわね」
なかなかの椀飯振舞……に見えますが、妥当なところでしょう。幻獣は1体だけであるならば、ガチャで引き当てたようなもの。バインダーももう少しまともなモノを考えましょう。
「いいんですか!? ありがとうございます!!」
パメラさん、すごい喜びようですね。
「それじゃふたり共、この中から4体選んでね。同じ幻獣を選んでもいいわよ」
そういって姉様がカードを20枚テーブルに並べました。21階層までに出現する幻獣です。
ちなみに、姉様がさきほど出した【パペットベア】は21階から出現する幻獣です。
パメラさんが選んだのは次の通り。
【アクア】(6階) :水属性。水の人型の幻獣。
【フロラディ】(13階) :土属性。魅惑の大根。
【ホギツネ】(15階) :火属性。ちりちりと燻る子狐。
【パペットベア】(21階):土属性。くまぬい。
4属性中風属性を除く3属性を揃えたようですね。風属性は【トビネコ】で十分なのでしょうか?
それにしても、この面子だと【フロラディ】が凄まじく異彩を放っていますね。なにせ見た目がぶっとい二足歩行の大根です。葉っぱをブンブン鞭のように振り回す攻撃と、初等の土系魔法が使えるだけです。あぁ、ダッシュからのドロップキックもありましたね。見た目がもの凄くシュールな攻撃です。
マスター曰く「初期が弱い幻獣は進化してからが本領発揮するものよ」とのこと。
フロラディも進化する幻獣のうちのひとつですからね。
なので、カードで使うにはかなり微妙でしょう。姉様はこれらの対処として、強引に進化させるアイテムでも追加すればいいと云っていましたけれど。
ディートリントは次の4体。
【プヨヨン】(2階) :水属性。スライム?
【ラピス】(9階) :土属性。鉱石の人型の幻獣。
【プチヴァーン】(12階) :風属性。小型の飛竜。
【パペットリンクス】(19階):火属性。ねこぬい。
地味に入手しにくい最弱の幻獣【プヨヨン】を入れているのがちょっと不思議ですね。
はい? 手触りとか抱き心地が素晴らしい?
いえ、ディートリント、モニターの意味を分かっていますよね? あぁ、もとから欲しかったのにちっとも見つからなかったと。
……まぁ、冗談じゃなしにダンジョンでの出現率の低い幻獣ですからね。出現階数は2~4階ですが、2階は教練階となっているので、実質、3階と4階でしか入手チャンスがありません。他の入手チャンスの少ない幻獣は、50階と51階から出現する2種だけですからね。
マスターが「もっとも有用な子が【プヨヨン】だよ。まぁ、そこまで育てるのは大変だろうけどね。とはいえ、そもそも育てようと思う冒険者がいるかも怪しいけれど」と笑っていましたね。攻撃も体当たりしかなく、進化もしない弱っちい幻獣という認識でしたが、果たしてどういう設計をされているのかは、マスターとダンジョン・コアしか知りません。
この様子だとディートリントはモニター後、自身にインストールするでしょうから、どう成長するのかを見るのが楽しみです。
「ひとまず期間は20日間くらいでお願いするわ。バインダーに関しては、もうちょっとまともな代物を拵えるから、それまではそれを使ってね。ただ、見た目通りの代物として使うのは自重してね。いえ、防具を渡しておいて、防具として使うなっていうのは無茶なんだけれど」
「そうですね。ですがまともに攻撃を受けたら壊れそうですし」
「……なんでそのことに気付かなかったのかしら? 勢いって怖いわね」
姉様が遠い目をしています。冒険者らしい装備に召喚機能をもたせようとしことが間違いでしたね。
まぁ、試用はVRダンジョン内となることが多くなるでしょうから、日常でも召喚するようにお願いしておきましょう。
非戦闘時での召喚可能時間の確認としておけば問題ないでしょうしね。
……そうしないと、VRダンジョンだけではまともなデータがとれませんからね。
さて、それでは拠点へと戻り……あ、早速パメラさんが【パペットベア】を召喚しましたね。
召喚されたクマのぬいぐるみは、天井すれすれです。そしてそのデザインは、水色とピンクのパッチワークのようなもの。目はボタンで口は×の字に縫われただけです。見るからにぬいぐるみ。
見た目がやたらと愛らしいですね。実際には、本物のクマよりも強いのですが。
しかしダンジョン・コア、仕事が早いです。姉様のクマとはまるで違うデザインです。
ふむ、これではもう、本日は魔法の講義は無理そうですね。ふたりとも幻獣のモニターのほうに気持が持っていかれています。
じっ子も肩を竦めていますし。
では姉様、帰るとしましょうか。
こうして、幻獣の仕様が少しばかり変更となったのです。




