※ 踊る神託ノ巫女
その日、世界は震撼した。
ときおり神より降される神託。
たいていは災害、疫病の予言が降されるのだが、その日は違った。
【白教】【黒教】【緑教】【青教】【赤教】
神託を受けたそれぞれの巫女は驚愕した。
《告:祝福せよ。彼の地にて神が誕生した》
ただ、問題がひとつだけあった。
この“普通”の世界を管理しているシステムは、神託を各宗教ごとに、少しばかり変えて降したのだ。
★ ☆ ★
【白教:大神殿神託ノ間】
《彼の神は雷ノ神也》
神託の巫女は法悦した。
【白教】。秩序を重んじ、清く正しく生きることを人々に説いている宗教である。混沌とした世界に凛とした秩序を打ち立て、人は人として正しく生きるのだと。
【正義】を信念とした彼らにとって、神は絶対の存在であった。そして記録にある神罰、それは常に『雷』であった。
彼らは知っていた。日頃崇めている神が、実のところは本来の神の代行であることを。
それは記録にある最初の神託に、そう記されているのだから。
《神の代行たるシステムより、神託を告げる――》
遂に、遂に我らが地上に神が降臨された。
涙を流し、広げた両手を天に掲げ、巫女は神の誕生を歓迎し、祝福した。
神託の光が消えるまで天を仰ぎ見ていた彼女は、光が消えるや否や駆け出した。
早く、この事実を報せねばと。
そして、まかり間違っても、神に危害を加えないようにと。
巫女は知っている。自分たちの教義が、ある種の欠点を抱えていることを。そう『自分たちこそが正義であり、自分たちが悪と断じたモノは、なんであろうとも悪である』と宣い、己の誤った正義を執行する愚か者が多数いるのだ。
残念ながら、それらの一部はいくら説教しようとも改善されず、場合によっては、秘密裏に始末している有様である。
先ずは政務卿に。そして法務卿にも釘を刺さなくては。
巫女はこれから行わなくてはならない愚か者共の躾を考え、つい今しがたの晴れやかな気分がすっかり陰ってしまった。
ふ、ふふ……。えぇ、容赦なく躾けましょう。必要ならば【静かの園】へと送ることも辞しませんよ。
暗に“殺害”することも視野に入れ、彼女は【神託ノ間】を後にした。
★ ☆ ★
【黒教:大神殿神託ノ間】
《彼の神は命ノ神也》
神託の巫女は狂喜した。
【黒教】は生と死の教会である。生命の有り様、生きることの意義を説いている宗教である。
五教の中ではもっとも人気のない【黒教】。だが、一線、現役を退き、隠居に入った貴族や軍人、商人たちはそれまでの宗教から改教し、【黒教】へと入信する者が多い。故に、宗教としては人気はいまひとつであるとしても、その信者の数は他教に劣るものではない。
誰の頭上にも、いずれ死は訪れる。残りの人生を心穏やかにするために、改教し、入信する者は多いのである。とはいえ――
まさに【黒教】の教義に則した神の誕生に、巫女は狂喜していたのである。
巫女は快哉を叫び、手を天に突き上げ、声の限りに祝福の歌を唄った。
やがて力尽き、肩で息をしながら彼女は胸を抑えた。
ひりひりと喉が痛む。だが、足りない。これではまるで足りない。どれだけ我らが神の顕現を歓迎し、歓喜しているのか示せていない。ならば――
神託ノ巫女は息を整えると、あらためて静かに祈りをささげた。
足りない。祝うにまるで足りないのだ。こんなこじんまりと行うべきではないわ。祭りよ。そう、盛大な祭りを、神の生誕祭を大々的に執り行わなくては!
彼女は決意し、神楽ノ巫女の元へと向かった。彼女たちと共に、法王様を説得し、是が非でも予算をもぎ取るのだ!
★ ☆ ★
【緑教:大神殿神託ノ間】
《彼の神は花ノ神也》
神託の巫女は忘我した。
【緑教】は自然崇拝の宗教である。自然と共にあれ。自然を畏れ、自然を敬い、そして自然と共に生きる。それが彼らの教義である。とはいえ、文明の利器を否定しているわけではない。双方のバランスをとりつつ、いかにしてよりよい世界を作り上げるのか。それを模索し、邁進し続けているのが彼らだ。
ある意味、もっとも正しく生きているといえるのかも知れない。
また教義の関係上、一部の獣人族やエルフ族に熱狂的な支持を受けている。
神託ノ巫女は祈りを捧げ、歌を捧げ終えると、足早に【神託ノ間】を後にした。
先ずは神木となる記念樹を植えなくては。そして神の生誕を祝う祭りをし、そして――
我らが元に、是非ともお招きしなくては。そして我らの築く世界を見守りいただくのです。
神託ノ巫女は自身に架した使命に鼻息荒く、護衛の神殿騎士たちを伝令の如く使い神託を広めさせた。
神であらば、存在しているだけで周囲に影響を与えるというもの。それらを探り当てるのは、我らエルフの得意とするところ。
あぁ、神よ。顕現されたばかりとあっては、きっと不自由しておられる事でしょう。すぐにも、えぇ、いますぐにでも我らがお迎えに参ります!
★ ☆ ★
【青教:大神殿神託ノ間】
《彼の神は時空ノ神也》
神託の巫女は歓喜した。
【青教】。知識、知恵こそが人々の行き先を照らす光となる。そんな教義に準じているのが彼らだ。ひとことでいえば『魔法、科学、万歳!』な者たちだ。
そんな彼らの元に【時空ノ神】なる、謎の神の誕生の神託だ。
【時空】とはなんぞや!?
己も優秀な魔法研究者である巫女は、【時空】という不明の言葉に喜び、【神託ノ間】の真ん中で踊り狂うようにはしゃぎまわっていた。
もしいまの彼女の状況を見ている者がいれば「治療師! 治療師ーっ!!」と、大騒ぎになったであろう。
息切れし、体力が尽きて倒れた彼女は、そのまま30分ほど美しく彩られた天井を眺めていた。
息も整い、ようやく身を起こした巫女は不敵な笑みを浮かべた。
是非とも、是非ともこの神殿に神をお迎えしなくては。
目の前に提示された【時空】という、新たな世界の秘密。我らの知らぬ知識!
まだ知らぬ知識に思いを馳せ、神託ノ巫女は【神託ノ間】を後にした。
さぁ、どうやって法王様を説き伏せて、我らが神の捜索隊を編成しようか?
★ ☆ ★
【赤教:大神殿神託ノ間】
《彼の神は職人ノ神也》
巫女はその神託に熱狂した。
【赤教】は戦いの宗教である。人生は戦いである。心身ともに強くあれ。その教義のもと、信者たちは己を律し、日々鍛錬を欠かさない。また火を信奉してもおり、金属を扱う職人たちの多くが【赤教】に入信している。そう、赤教は職人たちを信者に多く抱えているのだ。
神託ノ巫女はその神託に目をぱちくりとさせ、呆けたように口を開けっ放しにして立ち尽くしていた。
今しがた聞こえてきた神託が、頭に入ってこない。
神代行たるシステム神はなんとおっしゃったのか?
職人ノ神?
その言葉が頭に浸み入り、理解したところで巫女は奇声を上げた。
あまりの声に、【神託ノ間】の外に控えていた巫女の世話役たる侍女たちは慌てて扉を開けた。
神の御声を聞くことのできる巫女は尊きお方。なにかあってはならないのだ。
侍女ふたりは、扉を開け、立ち尽くした。
目に見えるのは、熱狂し、狂乱して踊り狂っている敬愛する巫女の姿。しかもあまりに激しい動きの為か、髪は乱れ、着ていた巫女服は肌蹴てほぼ全裸だ。
「と、トランス状態っていうやつかな?」
「ま、まだ神託中だったみたい。開けちゃったけれど、神罰がおちたりしないよね」
年若いふたりの侍女は互いに顔を見合わせると、そっと扉を閉じて見なかったことにしようとした。
しようとしたところで、巫女と目が合った。
巫女の動きが止まった。おかしな恰好で。
侍女たちが困ったように顔を強張らせていると、巫女はおもむろに肌蹴けた姿を整え、居住まいを正した。頬が朱に染まっているのは、今しがたの激しい動きばかりが原因ではあるまい。
そして彼女はちょいちょいとふたりを手招く。
侍女ふたりは顔を強張らせたまま、靴を脱ぎ、【神託ノ間】へと入った。
「職人たちを動員しなさい」
神託ノ巫女の言葉に、ふたりは目を瞬いた。
「神の社、本殿、拝殿、そして寝所を建てるのです」
明らかに目の色がおかしい巫女に、ふたりはうろたえた。
ご乱心なされた!?
「あ、あの……」
「神託です。神が誕生し、地上に顕現なされました。我らが職人の神と、システム神からのお告げです。この地上を彷徨っておられるであろう神を捜し出し、是非とも我らが教会にお越しいただくのです!」
神託ノ巫女が熱に浮かされたように云う。ふたりの侍女はその言葉の意味を把握できず、ぽかんとした。
神が顕現された? え、嘘でしょ?
そんな言葉が頭を巡る。だが、神託ノ巫女は、こと神託に関しての嘘は決してつかない。つくことができない。ならば、いまの巫女の言葉は真実である。
それを理解するに至り――
「ひゃーっ!」
「ぴゃーっ!」
奇声をあげたふたりに、神託ノ巫女は正座した姿勢のまま跳ね上がった。
「「お任せください!」」
「最高の大工を集めて見せます!」
「最高の職人を集めて見せます!」
「「我らが神に相応しくも素晴らしい邸を築き上げるために!!」」
ふたりはすっくと立ち上がると一礼し、バタバタと【神託ノ間】から飛び出して行った。
そんなふたりの様子を見、ややあって神託ノ巫女は頭を抱え蹲った。
いまさらながら、先ほどの狂乱した姿を客観視し、それを見られたことの羞恥に耐えられなくなったのだ。
「神よ、これが試練なのですね?」
巫女はひとりごちるが、それはきっと違うと思う。
★ ☆ ★
おわかりだろうか?
これが、大神が彼女を見た際「なんじゃあ、こりゃあ!?」と驚愕した理由である。
元来、神が持つ主となる権能はひとつだけなのだ。にもかかわらず、彼女は複数の権能を得ていたのだ。
本来であれば、彼女の得た権能は、物造りに関するものだけであった。生前、彼女は家の雑事をすべて担っていた。炊事洗濯、繕いものはもとより、水漏れの簡易修理や網戸の張替えまでいろいろと。その代わり姉は家計関連を全て担っていた。彼女の姉は虚弱であったため肉体労働は妹に任せるという、役割分担がされていたのだ。
故に、職人ノ神としての権能を得たのである。だが、それに付随するように、彼女の名、即ち“名付け”の効果によってもたらされた能力強化が、複数の権能を生んだのだ。これは、本来ならば有り得ない事である。そう、名が、表意文字でさえ無ければ。
こうして少女は、神の中でも破格の能力を持った神と成ったのである。
――ただ、彼女はこの事実をいまだ知らない。




