※ Old man in Red
メリークリスマス!
「サンタクロースを実装しようと思うんだよ」
マスターが突然そんなことを云いだしました。姉様はそんなマスターを胡散臭げに見ています。
「サンタクロースって、こっちの人は知らないわよ。クリスマスだってないんだし」
「うん。だからそのまんま実装する気はないよ」
「……実装、なんて云い回しからして、ダンジョンに組み込むの?」
「そう!」
いい笑顔のマスターに反して、姉様は苦虫を噛み潰したよう。
あの、サンタクロースって、そのクリスマスのお祭り? の夜に、良い子の元へプレゼントを配って歩く老人の妖精のことですよね?
え、ダンジョンに実装って、モンスターとして配置するんですか!?
「え、なに? 戦ってプレゼントを強奪するの?」
「さすがにそんなことはしないし、させないよ。ダンジョン内で遭遇したら、プレゼントが貰えるってだけだよ。もちろん、各人1回限定」
姉様がマスターを胡散臭げに見ています。ちなみに、姉様は今日もゴスロリドレスです。マスターがせがんだ結果です。
なんでこんなことに……。と、姉様が時折嘆いていますが、その言葉が自身に向けたものなのか、それともマスターに向けたものなのかは不明です。
「きちんと周知させないと、強奪しようとする人がでてくると思うわよ」
「それをやったらペナルティを出すよ。殴っても死なない設定にするから、どうあがいてもプレゼントを受け取ることになるね」
「なによ、そのぐう聖」
「でも殴ったらプレゼントはロクでもないものになるよ。当たり前だけど。しかも絶対ロストしない呪われアイテムにしようかと。まぁ、永続だと可哀想だから、効果は長くてもひと月くらいかな」
「地味にエグイですね。呪いの内容にもよりますけど」
おや、急に姉様が微笑を浮かべています。大抵はマスター同様、取り澄ましたような表情をしているのに。
「ねぇ、雷花ちゃん。サンタクロースについてどのくらい知っているの?」
「え? 確か……。
・24日の夜に、良い子にプレゼントを配る妖精。
・赤いコート? に白髭のお爺さん。
・9頭だてのトナカイのソリに乗って、世界を音速を超えた速度で移動。
・9頭目のルドルフの赤鼻がランタン代わり。
・盗人の七つ道具を駆使して屋内に侵入し、靴下にプレゼントを突っ込む。
・元ネタは聖人ニコラウス。
――だっけ? このくらいかな。知ってるのって」
「おー、けっこう知ってるわね。元ネタやルドルフを空で云える人はあまりないと思うわよ」
「中学の時に気になって調べたんだよ。結構、覚えているもんだね」
「ふむ。でも黒いサンタクロースにまでは調べが至らなかったか」
マスターが目を瞬きました。
「え? 黒いサンタクロースってなに?」
「悪い子にプレゼントを渡すサンタクロース」
姉様がさっくりと答え、口にお茶菓子を運びます。
本日のお茶菓子はミルフィーユ。有名店のものではなく、マスターの故郷、町内にあった洋菓子店のもの――のコピー品です。えぇ、DPを使っての再現品です。
「悪い子に渡すって、それってサンタの意義に反してない?」
「渡すプレゼントは嫌がらせよ。その内容は親御さんに喜ばれるような物。じゃがいもとか釘とか」
いや、姉様。さすがにそれは親御さんでもあまり喜ばないのでは?
「この伝説の生まれた時期を考えるとそうでもないわよ。昔の西洋の主食がじゃがいもだった時期もあったわけだし。かのルイ16世は、おりからの食糧難打開のためにじゃがいもの生産を奨励したんだけれど、宗教が邪魔してうまくいかず、結果、食糧難が原因で革命に入って首を落とされちゃったけれど。
実際、ルイ16世ってさほど無能ってわけじゃなかったと思うわよ」
「マリー・アントワネットのあの有名な台詞は?」
「革命側のプロパガンダ。そもそも王族の台詞がなんで市井にでまわるのよ。王家に仕えている者がそんな話を吹聴すると思う?」
納得できる話ですが、その王朝がどのような体制であったのかを知らなくては、なんともいえませんね。
「まぁ、そっちはいいわ。黒いサンタクロ―スは、正確にはサンタクロースの従者よ。こちらもモデルとなった実在の人物がいるけれど、それはどうでもいいわね。 要は、悪い子担当のサンタよ」
「むぅ……どうせなら両方実装しようか。いや、そうすると、黒サンタは単なる嫌がらせでしかないしなぁ」
マスターが唸っていると、姉様が今度はなんだか悪い顔をしました。
「こういうのはどうかしら? 前に、私の友達がサンタクロースの考察をして、結構納得できるとんでもないことを云っていたのよ」
「……なに? なんだか怖そうなんだけれど」
「まぁ、ホラー寄りね」
そういってくすくすと姉様が笑います。
「実際ね、サンタクロースって、私たちの知っている話通りだと不備があるのよ」「不備?」
マスターが首を傾げています。
私はというと、そもそもサンタクロースに関しての話はロクに知らないので、現状はただ鵜呑みにするだけです。
「そう。だって考えてみなさいよ。世の中ひとりっ子ばかりじゃないのよ。兄弟姉妹がいる家庭は多いわ。そして部屋を共有しているなんてこともザラでしょ」
「まぁ、そうだね」
「で、彼女はこんなことを云ったのよ。
ふたり兄弟で部屋は共有。上の子はジャイアニズム全開の、いわゆる悪い子。弟は普通に良い子だとするわ」
ここまではいいかな? と姉様が私たちを見ます。
じっと話に集中している私たちに得心したのか、姉様は続けます。
「クリスマスプレゼントをもらいました。兄は嫌がらせの代物、弟は欲しがっていた物をもらいました。さて、この後、どうなるでしょう?」
私とマスターは顔を引き攣らせました。
「兄が、弟のプレゼントを奪う……ですか?」
「ピンポンピンポ~ン! はい。メイドちゃん、その通り。そしてそれを、良い子の味方であるサンタクロースが見抜けないわけがない! と、彼女は断言したわ」
姉様が、ぐぐぐっ! と、胸元で力強く拳を握り締めています。
なんでこんなに無駄にオーバーアクションなんでしょう?
マスターが「お姉ちゃんは無駄にパワフルだから」と以前云っていましたが、こういうことなんでしょうか?
「で、彼女はある疑問をもっていたのだけれど、それを解消し、同時に兄弟の不和を回避する答えをみつけたわ。
彼女の疑問は、サンタのプレゼントはどうやって運ばれているか? ということよ。
もちろん、担いでいる白いズタ袋でしょうけど、その容量はたかが知れているわよね?」
「青狸のポケットみたいなものじゃないの? 妖精なんだし」
「ふむ。ではそうだとするわね。それじゃ、プレゼントの材料はどうなっているのかしら?」
「へ?」
「世界中の子供たちに配るのよ。その材料も膨大なものになるでしょう。どこぞのおもちゃ企業と提携して商品を得ているわけじゃないんだから」
確かに、そうなりますよね。お父さんお母さんがサンタに代わってプレゼントを用意しているリアルを省くとなると、その疑問はもっともです。
魔法でどうこう……ということだとしても、数が多過ぎて無理でしょうしね。
私とマスターは首を傾げました。
「ところで雷花ちゃん。ズタ袋って、ポイポイと色んなものを放り込んで運ぶにはピッタリのアイテムよね」
「へ? なに、いきなり?」
「それこそ赤サンタや黒サンタが担いでいるのはとってもサマになっていると思うのよ。でもね、ほかにもサマになってる人はいるわよね」
私とマスターは顔を見合わせました。
ズタ袋の似合う人いわれましても、すぐには思いつきません。背嚢であるなら、行商人とか冒険者というのが真っ先に思いつきますが。
「思いつかないかしら? そうね、例えば……“人さらい”とか」
にんまりと笑む姉様に、私とマスターは顔を引き攣らせました。
「え……え? ちょっ、え、そういうこと!?」
「そう。悪い子はズタ袋にしまっちゃおうねぇ。そしてプレゼントの材料にしちゃおうねぇ。大丈夫、キミの存在していた痕跡は記憶から物品まで全てしまっちゃうからねぇ。誰もキミの心配をすることはないし、捜すこともしないよぉ」
う、うわぁ……。
「って、彼女は考察したのよ。悪い子は自身はもとより、存在の証そのものをズタ袋に放り込んで消す。それを材料にプレゼントを創って良い子に配る。これで世に悪い子はいなくなる。でも第2、第3の悪い子は現れるから、プレゼントの材料には事欠かない。ってね。
さすがにこれを聞いた時には、こいつは何を妄想してるのよ? って思ったわね」
「……お姉ちゃん、友達は選ぼうよ」
「毎年クリスマスにケーキを持ってきてくれたあの子よ」
「えぇ……」
どうやらこの話をした人物は、マスターも良く知る方のようですね。
「と、いうことで、サンタを実装するなら、この設定でのサンタを実装するといいわ!」
「いや、設定って。確かに設定だけどさぁ……」
「殴ったものは完膚なきまでに痛めつけて、動けなくなったところをズタ袋に詰め込めばいいわ! お前がプレゼントの材料になるんだよ! ってわけにはいかないけど」
うわぁ……。
「それで塔の1階へ強制退出? トラウマを量産するんじゃ……」
「死なないんだし問題ないわよ。あ、ちゃんと呪いのアイテムはくっつけるのよ。とびきりみっともないのを。さっき云ってたみたいにひと月くらい取れないのを。豚の付け鼻とか。鼻眼鏡とか。肉と書いたワッペンをおでこに付けるのもいいわね」
ひどい。
姉様の話を聞き、神妙な顔をしていたマスターですが、突如として頭を抱えて唸り始めました。
あ、あの、マスター!?
「どうしたの? 雷花ちゃん?」
姉様が聞くと、頭を抱えていたマスターは恨めしそうな顔をあげました。
「お姉ちゃん、ダメだ。サンタのはずなのに、なまはげしか頭に浮かばなくなっちゃったよ」
「なんでなまはげなのよ。確かにあれも年末……大晦日の行事だけど。でもなまはげはさっき私が云ったみたいな愉快なことはしないわよ」
愉快って……。
「知ってる。鉈を持っておいかけまわすんでしょ」
「ちゃんと調べなさいよ。違うわよ。まぁ、ダンジョンに実装するならそうなるんでしょうけど。とりあえずなまはげの実装は止めなさい。サンタクロースでいいでしょ」
「そうだね。……あ」
またしてもマスターがなにかを思いついたようです。
「今度はどうしたの」
「プレゼントは選ばせるようにするよ」
「選ばせる?」
姉様が首を傾げます。
「そう。3択式にするよ」
マスターがそう宣言すると、姉様は眉をひそめた後、盛大にため息をひとつ。
「雷花ちゃん、さすがにそれはどうかと思うわよ。サンタクロースだから3択ロースってことでしょ? なに? 牛、豚、羊のロース肉3種からひとつを選ばせるの? それともロースの部分をちょっとなまらせてローズにして“プレゼントを配るローズお爺さん”とでも云い張って実装するの? わざわざ名前を変更しなくても、サンタクロースのままでいいじゃない」
マスターが目を逸らしています。
……マスター、サンティの塔(3Tの塔)といい、その変なネーミングセンスはなんなんですか。
「メイドちゃん、云いたいことは分かるけど云っても無駄よ。手を抜くところはとことん手を抜く子だから、雷花ちゃんは」
「え、なんでけなされてるの?」
マスターが酷く傷ついたような声を上げました。
かくして、期間限定でサンタクロースが実装されました。意外に好評のようです。
町中で豚鼻を付けた女性や、頭頂にチューリップを咲かせた強面の戦士などを時折みかけます。サンタクロースに殴りかかった証として、知っている者たちから嘲笑の的となっています。
ちょっと哀れですが、見た目は笑える有様です。こうしてみると、顔が分からなくなるアイテムを付けられた者は運がいいといえるでしょう。
チューリップの生えた彼は、きっとペナルティ期間終了後もやらかしたこと揶揄されるに違いありません。
そうそう、3択の話は無くなりましたよ。無用の騒ぎをもたらす原因になると。
ほら、あっちを選んでおけばよかった! ということが有り得ますからね
基本的に押し付けるくらいでよいのですよ。
さて、こうしたイベントも結構楽しいものです。
他にもなにかしら突発的なイベントを企画してもいいですね。基本、【サンティの塔】は遊び場のような場所ですからね。
ふむ。せっかくですし、私も何か企画を考えてみるとしましょう。
※誤字報告ありがとうございます。




