05 今日からお前、パシリな
瞬間湯沸かし器。
とんでもなく短気な人を揶揄するときに使われたりする言葉だ。そして私も、この言葉に相応しい気性の人間だと思う。
まぁ、ことあるごとにブチ切れるわけじゃない。ただ――なんていったらいいんだろ。所謂、逆鱗、地雷というのがあって、そこを踏み抜かれるとガチギレする感じだ。
あのふたりにも衝動的にスタンガンを叩きつけてしまったんだよ。さすがにやった直後に『あ、やっちゃった』と思ったけれど。でもやっちゃったものは仕方ないし、やったことを後悔しているわけでもない。
痕がつかないようにタオルでふたりの手足をくるんで拘束。その後、裏手の川にまで行って、空いたペットボトル二本に水を汲み、その水を洗面器に溜めた後、失神しているふたりの顔をそこに突っ込んで溺死させた。
その後、そのふたりの死体をふたりが乗って来た車に乗せ、私が運転して先の川に沈めた。オートマ車だったから、無免許の私でもなんとか運転はできた。とはいえ、どこかにぶつけたりもせずに、近くとはいえ目的地まで運転できたのは奇蹟だと思う。
ん? 殺人に対する罪悪感はないのかって? ないね、もちろん。全然。まったく。さっぱり。少なくともあいつらに関しては。
あいつらは死んだ方が世のためだよ。とはいえ、普通に警察沙汰だし、多少の工作はしたけれども、スタンガンの火傷の痕はあるし、私が簡単に逮捕されるだろうことは、想像するまでもないことだ。
正直な話、奴らの為に刑に服するとかまっぴら御免だ。
予定としては、姉の三回忌が終わってから自害するつもりだったんだけれど、前倒しして、今に至るというわけだ。
殺したふたり? あぁ、あいつらは姉を殺した奴の家族だよ。両親の事故死の際にお世話になった弁護士の先生に間に入って貰っていたんだけれど、いろいろとトラブルが発生していたんだ。そのことで、姉の初七日法要の終わった夜中にケチを付けに来たんだよ。それどころか、自分たちの方が被害者だから、賠償金を自分たちに払うべきだと云って来やがった。曰く、勝手に死んだお姉ちゃんが悪いんだと。ふっざけんなって話だ。
てめぇの旦那、父親が私怨でコンビニに車で突っ込んで、たまたまそこで買い物をしていた私の姉を轢き潰して殺したんだろうが!
その辺りでブチ切れて、衝動的にやっちまったってことだ。
死体を片付けたのは、あんなやつらに家にいて欲しくないってことと、わずかながらの時間稼ぎのためだ。私の死んだ後のあれやこれやをお願いする手紙を弁護士の先生に残して、私の死体を発見してもらうために、週明けにメールを送るように設定し、自殺した。いきなり「自殺したから、私の遺体を――」なんてメールを送られた友人はきっと怒っているだろうけど。
おまけに私の遺体の第一発見者になって、頭を抱えた事だろうけど。
ほんと、ごめんよ。いまさらだけど。
……うん。多少は落ち着いた。苛ついてはいるけれど。よし、この事態はどういうことか、きちんと聞いてみようか。
「ねぇ、これはどういうことかな? 説明してよ」
腰を抜かしたように座り込んでいるメイドちゃんに問うと、メイドちゃんは慌てて立ち上がった。
「失礼しました。ダンジョンを掌握するためには、ダンジョン・コアとのリンクを確立する必要があります。さきほどマスターにダンジョン・コアに物理的接触をしていただきましたが、それがリンクを確立するためにもっとも簡単な方法です。
ただ、その際に主導権をどちらがとるか、争うことになります」
「それが、さっきすごい不愉快なことをされた理由ってこと?」
「このダンジョン・コアがマスターになにをしようとしたのかは私には不明ですが、自身の配下とするために、マスターの精神を屈服させようとしたのではないでしょうか」
ん?
「配下となっていたらどうなったの?」
「先ほどマスターが仰っていた通りのことになります」
なるほど。つまり、ダンジョンから出られない。ダンジョン・コアが破壊されたら即死亡。ほほう……。
「なんでそんな重要なことを先に教えてくれなかったのかな?」
「このことに関してお知らせしなかったのは、神となったマスターの精神が、ダンジョン・コア如きに敗北するなど有り得ないからです」
自信満々に答えるメイドちゃんに、私は胡散臭いものを見るような目を向けた。
さすがにそんな目で見られるとは思ってもいなかったのか、メイドちゃんはオロオロとしはじめた。
「う、嘘じゃありません。私はもはやマスターの一部ですから! 自分からこんな遺物の僕になろうどととは思いません!」
は?
「ちょっと、一部ってどういうこと?」
「私はマスターに授けられたギフトです!」
……授けられたギフトって、被ってない? 頭痛が痛いみたいな?
まぁ、それはいいや。いったいどういうことよ?
詳しく訊いてみた。
……。
……
……。
……あぁ、なるほど、そういうことね。
まず私は、悪意を持った第三者の手によって、予定されていた場所とは違うところへと強制的に転移させられた。その際、私はまだ構築途上で、丁度ギフト関連も構築が始まった所だったらしい。そんな最中に強制転移。結果、ギフトが破損。即時修復は不可能。ということで同種の代替ギフトを探すも同等のモノは無し。ならばと、同等の別種のギフトとして彼女が来たらしい。
いや、ギフトって、普通は能力的なものなんじゃないの? 地球だとギフト持ちなんていわれている人のことを“天才”っていうわけだし。
「マスターに与えられるハズのギフトがかなり破格であったので、見合うものとして私が自らをギフトと致しました」
「え? どゆこと?」
「代替たるものが他になにひとつなかったのです。ですので、私が補佐役としてギフトとなることをシステムに提案。受諾された次第です」
メイドちゃんはそれでいいの? あ、いいんだ。
……あぁ、今回のことで、自身のことが知れ渡っちゃったのが問題で、オペレーター業務に支障がでるのね。賄賂だのハニトラだのが困るし面倒だと。だから私の補佐役に収まることにしたのか。……あ、補佐役はどっちにしろ誰かが来たのね。それなら自分がってことね。
……あれ?
「それなら、放っておいても補佐役が来たってことじゃないの?」
「基本的に補佐役は、質問に答えるだけの代物です。多少の進言はしますが、できるのはそれだけです。他のことに関しては無能です。マスターに分かりやすくいうならば、旧世代の対話型AI、もしくは人工無能というところでしょうか」
うわぁ……地味に使えないじゃん。単なる対話型のデータベースみたいなもんだよ、それ。しかも、明確な質問をしないかぎり、欲しい答えが帰ってこないという。
「というと、メイドちゃんはそんな代物ではないと」
「はい。自己紹介が遅れました。私、転移転生システムオペレーターをしておりました、準神МIR40GKfeと申します」
は?
「いやいや、待って。それは名前なの?」
「いえ、型番、といった方が近いでしょうか」
……ロボットとかアンドロイド的な?
詳しく聞いてみた。
……。
え、えーっと……ひとことでいうと、神様の出来損ない?
神様方が、現状、箱庭ゲーって形で神様を生み出そうと躍起になっている、っていうのはさっき聞いた。転移転生も、その一貫で行われているっていうことも。
けれども、その方法以外にも神様を生み出そうという試みは、それこそ数えきれないほど試行されたそうで、彼女はそのうちのひとつから奇蹟的に生み出されたものらしい。
ただ、神には到達できなかったものの非常に優秀であることから、神々のサポート役として生産されているのだそうな。……生産って云い方はいいのかな?
メイドちゃん曰く『神のサポートをすることが私たちの存在意義です!』とのこと。
あぁ、だから私にくっついてきたってことか。……あれ? そういえばギフト云々って、進化前のことだよね? ってことは、私が神に進化するって分かってた?
んん? なんか気になるからこれも訊こう。
「先にも申し上げましたが、オペレーターから外れることは決定されていましたので、変な場所に配属されるよりは、マスターの元につくのがよいと判断しました。マスターが神に到達したことは、私にとってはうれしい誤算です。
どうぞ、今後、末永くよろしくお願いします」
「あ、うん。こちらこそ……」
まぁ、正直なところ、信用するしかないんだけれどね。現状は。
「ではマスター、確認をさせてください。ダンジョンの支配権は奪取しましたでしょうか?」
「あ、まだだよ。怒鳴りつけて大人しくさせた……だけ? で、どうすればいいの? なんかすっかり黙りこくってるんだけど、これ」
私は手に持っている立方体を見つめた。さっきまではひび割れっぽいところから光が見えていたんだけれど、いまではすっかり暗くなっている。
……壊れた?
「リンクはしていると思うので、従えとでも念じれば、マスターの支配下に置くことができます」
「支配……支配ねぇ。うん。よし。今日からお前、パシリな」
あ、なんか激しく明滅しだした。
そしてメイドちゃんは目をまんまるくしている。はて?
「どうかした?」
「ぱ、パシリ……ですか」
「そう」
「なぜパシリと?」
「だって、これでこのダンジョン・コアは私の配下として働くってことでしょう?」
「そうですね」
「ということはさ、ダンジョン内の雑事はみんなダンジョン・コアが行うってことだよね?」
「そうですね」
「パシリじゃん」
「そうです……ね? あれ?」
どうにも納得? いっていないみたいだ。
「ま、まぁ、支配下の置けたのであれば問題ありません。えぇ、大丈夫でしょう」
なんで自分に云い聞かせるように云っているのかな?
「ではマスター、先ほどの部屋へと戻りましょう。食事もまだ途中ですし」
云われ、お腹をさする。……うん、また空腹感がするよ。というか、結構な量を食べたと思うけれど、もう食べた気がしない。
これも進化とやらの影響なのかな?
そんなことを考えながら、私はメイドちゃんの後をついていったのだ。




