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03 ドーベルク王国にて:ロー


 肩に担ぎ上げられた首を支点にして、仰け反るように1回転。


 ずだん! と、その傭兵は床に叩きつけられた。


 叩きつけられたダメージはたいしたものではないだろう。でも、あの投げられ方では首へのダメージは相当なものだったに違いない。


 というか、良く首が折れなかったと思う。


 ……いや、違うか。折れなかったんじゃなくて、折らなかったんだろう。


 きゅー子さんは両手で首を抱えたまま蹲っている傭兵の顔面を、容赦なく蹴っ飛ばした。


 いやいやいや、死んじゃう。死んじゃうから。


「きゅー子、ストップ」


 さすがにじっ子さんが止めた。そして倒れた傭兵に手を差し伸べ……違うな。なにをやってるんだろ?


「ん。治した。また壊していい、よ」


 え?


 あ、きゅー子さんが続きをはじめた。


 私はオロオロしながら後ろを振り向いた。


 そっちはそっちで、ルーティさんがギルマスの髪を引っ掴んで、受付カウンターの角に顔面を叩きつけていた。


 ううう……、なんでこんなことになっちゃったんだろ?


 私、傭兵ギルドに退会手続きをしに来ただけなのに。


「大丈夫、問題ない」

「問題しかないよ!」


 背の低めな私より、さらに背の低いじっ子さんの言葉に、思わず私は叫んだ。


「証拠隠滅は私に任せ、る。記憶を、消す」

「え……えっ?」


 記憶を消す? え、そんなことできるの!? ……できるんだろうなぁ。なんてったって神兵様だもの。


「ちょっと余計に消える、かも? でも問題、ない。私たちが覚えて、る」

「だから問題しかないよ!」


 辺りを見回す。


 受付嬢(私はいまだに名前を知らない。多分、私が傭兵登録をしてからは3代目のはずだ)は真っ青な顔のまま固まっている。ギルド内にいる他の傭兵たちも青い顔をしてこっちをみている。何人かは見知った顔だ。もちろん、私の後輩ってことになる。


 なんのかんので、私はこの傭兵ギルドに所属して8年にもなる。すでに古株のひとりだ。……砂エルフであるから、見てくれは小娘だけれど。


 ギルマスも2年前に代替わりした人物で、どこぞの支部から配属された余所者だから、私はよく知らない人物だ。


 ……考えたら別に好ましく思ったこともないし、どうなってもいいか。


 どうせ、退会するつもりで来たんだし。


「ロー、斬れ!」


 ルーティさんの言葉に反応する。ぼーっとしている間に、傭兵のひとりが私に斬りかかってきた。


 腰の鮪包丁を抜き放ち一閃する。さすがに腕を斬り飛ばすのは問題だろうから、振り下ろされてくる長剣に刃を当てる。


「【防壁(しーるど)】」


 じっ子さんの気の抜けるいつもの調子の声が聞こえる。


 鮪包丁は容易く長剣を両断。斬られた刀身が回転するように私に向かって来たが、手前でなにかに当たって弾け飛んだ。


 あ、きゅー子さんが叩き伏せた傭兵の尻に突き刺さった。……真ん中じゃないから、大丈夫かな? 悲鳴がうるさいけど。


「お尻の刺傷で出血死はするの、かな? ……治しておこう」


 じっ子さんが再度きゅー子さんを止め、傭兵に治療魔法を掛けに向かう。


 途中、ほぼ柄だけになった剣を手に狼狽えている傭兵に魔法をかけ、壁にまで吹き飛ばした。哀れ、その傭兵はその一撃で意識を手放した。


 で、お尻に剣が突き刺さった傭兵はというと、きゅー子さんがその剣をぐりぐりしてるな。尻が血塗れなんだけれど……。


 あの、その傭兵、さっきから「ごめんなさい」って連呼してるんですけど、そろそろ止めません?


 謝罪を装った命乞いは認めない?


 ……私を見るな。自業自得だ。痴漢行為をしたお前が悪い。じっ子さんが怪我を治してくれてるんだから、そのことに感謝しとけ。


 私は他の傭兵連中に視線を向けた。みんな一斉に顔を背けた。


 私はギルマスの方に目を向けた。傭兵の治療を終えたじっ子さんが、気絶したギルマスにも治療魔法を掛けている。


 そして治し終わったかと思ったら、その鳩尾に手にした杖の頭を容赦なく突き込んだ。


 なんだか凄い音がしたんだけど。骨、折れてない?


 あ、ギルマス、目を覚ました。


「さて、そろそろ会話をする気にはなったかな?」


 ギルマスがルーティさんを睨む。あれだけ痛めつけられても平気なんだ。……まぁ、怪我は治っているからね。まさか『へへ、俺はまだ傷ひとつついちゃいないぜ!』とか思ってないよね?


 あ、ルーティさんが膝蹴りを入れた。


 ……今度は本当に骨が折れる音がしたんだけど。いまので肋骨が何本か逝ったね。


「さて、傭兵ギルド・ギルドマスター殿。もう一度確認したいのだが。クライアントに裏切られ殺害されかけた彼女が、任務を放棄した上に、クライアントの金品を盗んだことになっているのはどういうことなのかな?」

「そ、それは、クライアントが――」

「彼女のこれまでの任務の達成記録から、彼女が傭兵として優秀であることは明白。そしてギルド会員として一切の規約違反もせず、実に模範的な傭兵であることも記録されている筈だ。にも拘らず、今回の件に関し彼女の話を一切聞くこともせず、一方的に彼女を犯罪者としたのは何故なのかな?」

「そ、それは――」


 ギルマスが明後日の方向に視線を向けた。


 ルーティさんがギルマスの胸ぐらを引っ掴み、自分の顔に近づけた。


 ルーティさんは覆面にゴーグルを装備した姿だ。そのゴーグルも変わったデザインのもので、正直、初見の者は気味悪く思えるだろう。


 私もそうだったし。


 ギルマスは視線をせわしなく彷徨わせているのが見える。


「いくら貰った?」


 ギルマスは顔を強張らせた。


「ふむ。何度も貰っていて、どれのことか覚えていないのかな? ならば質問を変えよう。金を貰い、彼女が殺されることを黙認したな?」


 ギルマスが私を見、そしてルーティさんに向き直る。そして頷いた。


「言葉で云いたまえ」

「あ、あんたの云う通りだ。俺は、彼女を売った」


 ……なんだろう、ショックといえばショックだけれど、そこまでじゃないな。あっ、そ。で済ませられる程度のショックだ。


 ルーティさんが手を離した。ギルマスはその場に崩れ落ち、ゲホゲホと咳き込み始めた。


 ……吐血してる。骨が肺に刺さったのかな? あ、じっ子さんがその側に屈み込んだ。


「ここからは、有料。完治には、これだけ」


 そう云って、じっ子さんは指を2本立てた。


 ギルマスは荒く息をつきながらも、懐から財布と思しき袋を取り出して、そのままじっ子さんに乱暴に渡した。財布から金貨がいくらか零れた。じっ子さんが落ちた金貨数枚を拾って財布に戻しながら、その中身を覗いている。


「20枚は入ってるだろ。助けろ」

「……毎度」


 ……じっ子さん。値段を云ってないよね? 多分だと思うけど、あの2本って、金貨2枚のつもりだったと思うんだけれど。

 まぁ、致命傷の治療なら、金貨20枚でも破格の安さだと思うけど。


 というかギルマス、そんな大金を持ち歩いてるんだ。物騒だとか思わないのかな? スリはそこら中にいるっていうのに。


「骨は繋ぐ。傷も治す。でも、痛みは消えない。少なくとも、自然治癒で治るのと同じ期間、は」

「え?」

「私に命令する、な。何様のつもり、だ?」


 じっ子さんが底冷えのするような笑みを浮かべた。ギルマスが小さく悲鳴を上げ……あ、這いつくばって手を合わせて謝りだした。


 ルーティさんはその様子を確認すると、ぐるりとギルド内を見回す。そして胸を張り、怖気づいている傭兵たちに話し始めた。


「さて、ここにいる傭兵ギルド会員諸君。君たちも考えるべきだと思わないか? このギルドマスターは君たちがクライアントに殺されることを容認している。こんなことしているのは一部のクライアントだろうが、賄賂をもらい、ギルドの金で賠償金を支払い、もちろん、その賠償金からも、いくらか懐にいれているのだろう。正に組織に対する背任行為だ。そうだな?」


 ギルマスがコクコクと頷いている。


「明日は我が身だぞ、諸君。クライアントが金惜しさに雇った傭兵を殺しているという噂は聞いているだろう? それが単なる噂ではなく事実であったということだ。彼はこれまでもやって来たのだ。きっと、これからもやるだろう。なに、自分の命ではなく、諸君らの命だ。金になるならどうなっても良いのだろうな。

 さて、受付殿、今日は彼女の退会手続きに来たのだよ。すぐに処理をしてくれたまえ。あぁ、そうそう、彼女の仲間であるふたり、ユーとネーの退会手続きもよろしく頼む」


 ルーティさんがそういうと、呆けていた受付嬢が急にキッと睨みつけてきた。


「こ、こんなことをしてタダで済むと――」

「なにか問題があるかね?」


 受付嬢は絶句した。まさかそんな返しがくるとは思わなかったのだろう。


「見たまえ。怪我人など誰ひとりいないぞ」


 ルーティさんは受付嬢の髪を引っ掴むと、無理矢理その顔を待合所で待機している傭兵たちに向けさせた。


 先ほどまできゅー子さんにいたぶられていた傭兵は、蹲ってぶるぶると震えていた。もちろん、怪我の一切は、じっ子さんによってすべて完治済みだ。そして他の傭兵たちは青い顔をして震え上がったまま壁際で縮こまっている有様だ。


「君も試してみるかね? そうすれば、私が嘘を云っていないと理解できるはずだ。さぁ、その身で――」


 受付嬢が息を呑むような悲鳴を上げた。


「なに、大したことではない。見ていただろう? 壁に叩きつけられたり、殴られ、蹴られたりするだけだ。もちろん傷跡も残らなければ、後遺症などもない。もしかすると新たな快感に目覚めるかもしれん。体験してみるといい。いい勉強になるのではないかな? それにそうなれば、今の職を辞しても働き口をすぐにみつけられるだろう。その手の趣味の輩は多いぞ」


 受付嬢はブンブンと首を振った。首を振り。泣きながらバタバタと書類の作成をはじめた。


 ルーティさんは大仰に肩をすくめて見せた。


 こ、これは交渉と云っていいの? 酷すぎない?


「これがマスターの基本的な、やり方。私たちは真似をしている、だけ」


 えええ……過激すぎだよ。


 私はあの黒い鎧のダンジョンマスターを思い出し、思わず口元を引き攣らせた。



 ★ ☆ ★



 ……く、苦しい。


 久しぶりに拠点に戻ってきたところ、ネーに抱き着かれて放してもらえない。そのネーはというと、泣きじゃくってて私のいうことを聞いてくれないし。


 ユーもいたけれど、ニコニコと笑ってない笑顔で私を見るばかりだ。


 ルーティさんたちに助けて欲しいんだけれど、さすがに初対面のふたりを説得してもらうのは難しいよね。


「再会の喜びに水を差して悪いのだが、我々もあまり時間を掛けられないのだ。世話になっている商会へと、日の暮れる前に戻らなくてはならないのでな」


 ルーティさんがそういうと、ユーがあからさまに胡散臭げな目を向けた。


「ちょっとユー、そんな目で見ないでよ。私の恩人なんだよ」


 いや、なんで私まで胡散臭げに見るの!?


「行方不明になって、帰って来たと思ったら得体の知れない連中と一緒。そんなことになってれば――」

「口を閉じる。時間は、有限。聞くも聞かないも、自由。私たちは勝手に、話す」


 じっ子さんがユーの言葉を遮った。


 その後ろでは、きゅー子さんが変な形のナイフでジャグリングしてる。無表情でなんだか怖い。


「それともそれすらも無用と排除、する? 手に隠したナイフを、しまえ」


 急にぞわりと背筋が冷えた。勝手に足がカタカタと震えだす。


 え、なに? なに!?


 見るとユーも、いまにも泣き出しそうな顔でカタカタと震えて――って、痛い痛い痛い。ちょ、ネー! 力を緩めて! 締めあげないで! 息が出来ないから!


「じっ子、やめておけ」

「ふふ。ちょっと、ふざけた」


 じっ子さんが口元だけで笑う。……それは笑っているのかな?


「前特殊機動兵団(ドールズ)総隊長ルーティだ。彼女、ローのこの数ヵ月の事情を私が成り代わり説明しよう」


 ルーティさんの後ろでは、じっ子さんが木製の柄のついた的をあっちこっちに振り、そこに向けてきゅー子さんがナイフを的確に投げている。


 いやあの、いまの威圧をやらかしておきながら、それはどうなのかと? それにここ、私たちの拠点としている家ですけど借家なんで、あまり無茶は……。


「あ、そうだ。簡単な方法が、ある」


 すこん! と既にナイフだらけの的で最後の1本を受けると、じっ子さんが私たちの方へと向き直った。ネーは私にしがみついていたから、そこまで被害を受けていないけれど、ユーがいまにも泣きそうだ。


 いや、私に助けを求められても、さすがに変に疑われたら私でもショックだからね。


 そもそも基本ヘタレなのに、変なことをしようとするから……。


「じっ子、なにをする気だ?」

「映像記録を見せれば、いい」

「それだと、彼女が我々の元に来た経緯の説明が抜けるだろう」

「その説明は簡単。クライアントに蹴られて砂走船から落とされた。砂漠で遭難。私たちの町に辿り着くも力尽きる。マスターの力で蘇生」

「「蘇生!?」」


 ユーとネーが驚いたように声を上げた。


 やっとネーが離れてくれたよ。


「あははは……。なんか、その、1回死んじゃったみたいなんだよ」


 そういうと、ネーもユーも泣き出した。


 ……。

 ……。

 ……。


 手短に説明をして、ギルドでの騒動についても説明したところ、ユーが殴り込み行こうとしたので何とか止めた。なんで無駄に強気なのか。すぐにその脆い根性をへし折られるんだから、大人しく座ってろ!


 それからじっ子さんがどこからか機械を取り出した。えっと“すとれーじ”って云ってたかな? ダンジョンの倉庫から引っ張り出しているらしい。


 テレビモニターと、手持ちの機械。それと、他に“ばってりー”とかいうのと繋いで――あ、画面が映った。


 ユーとネーが驚いて、危うく椅子ごと転びかけた。きゅー子さんが支えてくれなかったら、ひっくり返ってたよ、ふたりとも。


「ろ、ロー。なにが始まるの?」

「えっと……じっ子さん?」

「港での戦闘記録。一時停止して……説明する。これがきゅー子、こっちがなぐ。私は遊撃のΔ(デルタ)小隊で隊長だったから、ここにはいない。これがルーティ、そしてこの鎧がロー」


 画面に映っている、岩場に集結している部隊の人物を指差し、じっ子さんがふたりに説明する。


「ロー、一番の重要人物は自分で、説明」


 奥に映っている船の画が拡大される。船上にいる者たちの姿がはっきりと見える。


 私はそこに映るひとりの海エルフの男を指差した。


 ユーは顔を引き攣らせていた。ユーも、こいつが何者か、片時も忘れたことがないハズだ。


「こいつがデラマイル」


 続けて私は云った。


「ごめん、ふたりとも。敵を討ってきたよ」


 私がそういうと、ふたりは呆けたように私を見つめていた。


誤字報告ありがとうございます。

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