04 これはどういうことかな?
「姉を生き返らせてください!」
私は云った。云ってしまった。多分、倫理的にはいろいろと問題があるのだろうけど、ここは別の世界だし。相手は神様だ。なにより私が前例としている。問題ないんじゃなかろうか?
だがお爺ちゃんは顔を強張らせていた。
「うーむ……そいつは難しい――」
「問題ありません」
メイドちゃんが口を挟んできた。
その胸には、いつの間にやら銀色の金属製のトレイが抱えられていた。どこのウェイトレスかな? というか、そんなもの、どっから出したんだろう?
「問題ないというが、魂はすぐに輪廻に組み込まれるじゃろう?」
「地球は“やめとけ”の世界です。その為、神は基本的にやることが大分制限されています。云い換えれば、暇を持て余してます」
「身も蓋もない云い方じゃの」
「事実です。その結果、地球の神は人々の思想、妄想を重視しています」
妄想は重視しちゃダメなんじゃないかな?
「ふむ。それがどうしたのじゃ?」
「はい。各人の信仰に合わせ、その魂を管理するという、妙なことをしているのです。マスターの姉様は死後38日経過しています。彼女の信仰に合わせ、49日が過ぎるまでは輪廻の環には乗らず、待機していると思われます」
おぉ、よかった……って、え?
「38日?」
「はい」
「私が自殺したの、お姉ちゃんの初七日法要の後なんだけれど」
「マスターの進化に、約30日ほど掛かりましたから」
そんなに掛かったのか。いや、虫だって蛹の期間はそのくらい掛かるんだっけ? 私も繭のなかにいたわけだし、似たようなものなんだろう?
……あれ? あの繭の糸ってどこからでてきたんだろう? 知らないうちに私がお尻から出してたとかだったら、さすがにアレなんだけれど。
「ということですので、大神様。地球の神との交渉をお願いします」
「人使いが荒いのぅ」
「人ではなく神でしょう」
そういってお爺ちゃんを隅に追いやると、メイドちゃんはチャーハンを頬張る私の所へとやってきた。
「マスター、提案がございます」
「え、なに?」
「姉様の復活は暫し見合わせましょう」
え、なんで?
「いまこの場で生き返らせることは可能です。ですが、それでは人間として生き返ってしまいます。神と成られたマスターとの格差もそうですが、なにより人間では寿命がたかがしれています。
マスターは不老不死にしてほぼ不死身でありますので、老いて死にゆく姉様を――」
いや、聞きたくない!
私は耳を塞いだ。
ん? でも提案って云ったよね? ということは――
「なにか解決策はあるの?」
「魂の保全を大神様にお願いして、姉様の復活はこちらで行いましょう。幸い、マスターにはそれを可能とする力が備わりましたので、可能です。ですが、当然ながらすぐに出来る訳もないので、修練が必要となります。少なくとも姉様を仙人として復活させましょう。そうすれば姉様も不老不死となりますから」
なるほど。
その修練……修行にどれくらいの期間がかかるかわからないけれど、私が不老不死っていうなら、どれだけ時間を掛けても問題ないよね。
だいたい、転生とかしてこの世界に来たわけだけれど、目的なんてものもないしね。
「ふぅ、話がついたぞぃ。あやつめ、規則だなんだとぬかしおって。いまのこの状況がイレギュラーもいいところだというに」
「暇を持て余しておりますから、遊び相手が欲しいのでしょう」
「儂で遊ぶでないわ、まったく」
ブツブツと大神様はなにごとか悪態をついている。
「さて、お嬢さん。さっそく復活と――」
「あの、それなんですが、少々変更させてください」
「む? どうしたかの?」
私はさきほどメイドちゃんと話したことを伝えた。姉の復活を一時見送り、その魂の保全をお願いする。
「ほう、自分で姉を復活させるか」
「その方がマスターの姉様も喜ぶでしょうし、大神様との間に変な柵もできませんしね」
「……儂に厳しくないか?」
「気のせいです」
メイドちゃんがにっこりと微笑んだ。
「ぬぅ、釈然とせんな」
「大神様。急ぎませんと面倒なことになりますよ。それと、私の後釜をよろしくお願いします」
「わかっとるわい。ふん、今度こそ失敗せんからな」
「御戯れを。私は失敗作などではございませんよ」
バイバイ、といわんばかりにフリフリと手を振る。
大神様はあからさまに顔を顰めた。
「あの、大変お世話になりました」
「また暇を見つけてくるでの。では、またの!」
フッ! と、お爺ちゃんが消えた。
「……消えちゃた」
「ふぅ。やっと煩いのがいなくなりました」
……なかなか酷い云い様。仲が悪いのかな? それとも逆か。
「姉様の魂ですが、大神様に保管しておいて頂ければ問題ないでしょう。もしかすると、自身の話し相手として姉様にご迷惑をおかけするやもしれませんが。
さて、マスター。いろいろと説明せねばなりませんが、先ずやるべきことをやって――失礼しました。まだお食事中でしたね」
「構わないよ。お腹も大分膨れたし。えーっと、なにをするのかな?」
「こちらへ」
私は席を立つと、メイドちゃんについて行く。
奥の扉を通り抜けると、そこはなんの飾り気もない殺風景な部屋。六畳間くらいかな。コンクリ打ちっぱなしみたいな部屋だ。
その中央に台座があり、両手で持てるサイズの立方体がある。六面の色を揃えるパズルをふた回り大きくしたくらいかな?
赤黒く、表面がひび割れて、そのひびからオレンジ色の光が漏れ出ている。
……なにこれ?
「ではマスター、こちらに触れてください」
「……これなに? なんか禍々しいんだけれど」
「このダンジョンのコアにございます」
は?
「え、ダンジョン?」
「はい。ここ“はじまりのダンジョン”の管理中枢です。現状、管理者が空位となっております。せっかくですから、ダンジョンマスターとなりましょう」
は?
「ダンジョンマスター?」
メイドちゃんに確認する。
ダンジョンマスターって、ダンジョンの親玉だよね。
「はい。その通りにございます。先ずはダンジョンをマスターの管理下に置いてしまいましょう」
「え、えっと、デメリットとかあるんじゃない? ダンジョンから出られなくなるとか、そのコアが壊されると死ぬとか」
「そういった物はございません」
私は胡散臭気にダンジョン・コアとメイドちゃんを見た。
どうみても怪しい物体にしか見えないんだけれど。それに、なんだか見た目が熱そうだし。
「火傷したりしない?」
「大丈夫です」
「……」
断言するメイドちゃんに、私は眉をひそめた。
この子が何者かも分からないんだよね。なんか、色々ありすぎて、いまだに微妙に頭が働いていないし。
とはいえ、ここがダンジョンって云われて、納得している私もいるんだよ。あんなドラゴンもいたし。目の前のコレがダンジョン・コアってことは、あのドラゴンがラスボスだったってことでしょ。うん。納得するしかないよ。
立方体をじっと見つめる。そして深く深呼吸をひとつ。
よし!
私は意を決して右手で立方体をぐわしと掴んだ。
とたん、私は首をのけぞらせた。
頭が痛い。気持ち悪い。脳みそに手を突っ込まれて握り締められてるみたいな感じがする。
ってか、脳に痛覚なんてないのになんだこれ!
――恭順――忠誠――服従――支配
頭の中に、言葉ではなく、そういったイメージが暴力的に叩き込まれる。力任せに私をねじ伏せようと。
不意に、あるふたりの人物の顔が浮かんだ。
ギシリと歯を食いしばる。
ふっざけんなよ。それが私の弱みだとでも思ったかてめぇ。
――隷属
「うるせぇ! 黙れ! もう一度殺すぞ、てめぇら!」
一瞬、辺りが青白い光で満たされ、轟音が響き渡った。
余りの閃光に目を閉じ、ゆっくりと呼吸をし、苛立った気持ちを整える。
すでに頭の中の不快感は消えた。代わりに、恐怖し、委縮するなにかがいるのがわかる。恐らくは、これがいましがた巫山戯た真似をしたヤツだ。
オゾン臭が鼻につくなか、私はゆっくりと目を開いた。右手にあるキューブは、ただの赤黒い塊にしか見えない。
辺りを見回す。
元凶のもう片方はどこだ?
見つけた。
私の口元が意志に反して歪む。
「ねぇ、これはどういうことかな? 説明してよ」
私は苛々としたまま、腰を抜かしたように這いつくばるメイドちゃんを見下ろした。