03 自重なんて一切しなくていいかな
新しく作られた練兵所に52体のリビングドールが整然と並んでいた。
1列13名の4列縦隊。
今回のダンジョン攻略戦における主戦力はリビングドール部隊とスライム部隊だ。【黒】と【銀】の騎士団はお休みとなる。まぁ、お休みといっても、他のふたつのダンジョンの監視に回っているわけだから、厳密にはお休みではないけれど。
並んでいる彼女らの前には、部隊長を担っているリビングドール。彼女たちの場合、結構な頻度で隊長が変わっている。というのも、レプリカントに進化した結果、現場から離れているためだ。
ちなみに、前隊長はろっ子。その前はよっ子で、初代隊長はいっ子だ。
……隊長としての責任感とかも、進化に影響しているのかな。そうなると次に進化するのは隊長役の子なんだけれど、ちょっと注意して見ておこう。隊長を示す腕章をくっつけているし、判別は容易いしね。
隊長が朝礼台の上へと登る。
そういやあの台、朝礼台っていってるけど、ほかに名称ないのかな。朝礼のみに使う物でもないし。まぁ、どうでもいいけど。
「諸君、遂に時が来た。我らがダンジョンに大穴を開け、好き放題に我らが財を盗み出した恥知らず共に、己が愚かさを思い知らせねばならない!」
砂漠迷彩の施された戦闘服に身を包んだ隊長が胸元で拳を握る。
「財産ってなによ」
「大牙砂蟻はダンジョン防衛に使っていた以外にも、存在していることでDP源となっていましたから」
あぁ、確かに。
メイドちゃんの答えに私は納得した。
「彼奴等は我らを侮った。ただ見ているだけの弱者であると。ならば、我らの力を見せつけてやろう。爪先から関節ごとに切断し、誰を侮辱したかを思い知らせるのだ!」
隊長ドールが拳を振り上げた。
だ、大丈夫なのかな?
つーか、先生は隅っこの特等席で凄い勢いで拍手してるし。
「め、メイドちゃんや、なんか、えらく物騒なことを云ってんだけど」
「マスターのせいです」
「いや、なんでよ」
まるっきり心当たりがないんだけど!?
私はメイドちゃんに抗議した。
「私はなんにもしてないよ!」
「余計な映像データを娯楽として渡した結果です。『諸君、私は戦争が好きだ』とか云いださなかっただけよかったと思ってください」
「……私はパロディーのほうの『諸君、私は幼女が好きだ』を渡した覚えはあるんだけれど」
「なにをやってるんですか……」
メイドちゃんが呆れ果てたように私を見つめた。
いや、パロのほうは結構よくできてたんだよ。対象年齢で小児性愛者の呼び方が変わるとか、確かこれで知ったんだし。……あれ? 違ったっけ? なにぶん結構前の事だったからなぁ。
それまではペドフィリアって言葉しか知らなかったんだよ。ネピオフィリアとかエフェボフィリアとか聞いたこともなかったし。
「諸君、武器を取れ。進撃だ! 我らが任務はただひとつ。殲滅だ! 彼奴等愚かな海賊共の首をひとつ残らず刈り取り、奴等の船の舳先に並べてやろう。そして魔物どもを一掃し、無知蒙昧なダンジョン・コアを丸裸にしてやろうではないか!」
おぉぉぉぉぉぉっ!
雄たけびが上がるや、リビングドールたちが隊列を整然と維持しながら走って行った。
今回、彼らの装備は完全に現代の歩兵そのものだ。迷彩服に身を包み、主兵装としてアサルトライフル、副兵装としてハンドガンとコンバットナイフを装備している。
尚、それらの装備を使うに相応しい訓練もしている。具体的に云うと、籠城状態のテロリスト制圧を目的としたような訓練を。
もっとも、今回は手榴弾や小型爆薬なんかは持たせてはいない。閉鎖された扉だのなんだのは、同行しているスライムたちが解除する手筈になっているからだ。
あぁ、でも、制圧用の非殺傷のものは持たせてある。フラッシュバンっていう、騒音と閃光を発する手榴弾……になるのかな?
ん? なんで剣と魔法の世界に現代兵器をぶち込んだかって? いや、カラッパとか作ったしいまさらでしょ。
それに、対ダンジョン戦なら、自重なんて一切しなくていいかなと。これがウチの人死にありきの一般開放ダンジョン(建築予定)での通常運営だったら、ふつうに剣と魔法で相手をするけれどさ。
さて、例の砂エルフちゃんだけれど、彼女は後方支援系のタイプだったんだよね。なのに、いかにも前衛脳筋のあの海エルフとやりあいたいというから、あれこれ支援をした。主にSF技術をこれでもかと盛り込んだ軽動甲冑を。実はあの動甲冑、半自律型なんだよね。
彼女には頼みたいことがあるからね。思いっきり過保護にしちゃったよ。鉄打姫に頼んでもいいんだけれど、いかんせん、エルダードワーフに頼むとなると、なんかややこしいことになりそうだから、一般人的な立ち位置の彼女のほうが安心なんだよ。
鬼っ子? あの子は種族的に信用が微妙らしいからさ。
頼み事って云うのは、宣伝。要は広報活動的な事だ。まぁ、もうちょっと先だけれどね。
さて、それじゃ自宅へ戻って、モニターで状況を確認していこう。
私は先生を抱えると、メイドちゃんと自宅へと戻った。
鎧から着替え、いつもの居間に腰を据えて目の前の大型モニターに視線を向ける。
モニターのすぐ横に出窓があるんだけれど……地味に邪魔だな。特にあってもなくてもいいような窓だし、潰しちゃおうか。
うん。潰して、もうひとまわり大きいモニターにしてしまおう。なんかミニシアターっぽくなるけど。
ということで、さくっと改築。ダンジョン内施設ってことでもなければ、こんなことは簡単にはできないよね。
新しいモニターを設置して、これまでのモニターは娯楽室にでも持って行こう。居住区のほう娯楽室にするか、騎士やドールたちの格納庫のほうの娯楽室にするかはあとで考えよう。
モニターのスイッチを入れ、チャンネルを部隊長が装備しているカメラに合わせる。
丁度、部隊は転移地点から進み、敵ダンジョンへと繋がる入口へと到達したようだ。
なにせ口を開けている場所が、ウチのダンジョンだと数少ない普通の通路、幅2メートル、高さ2メートル半程度のものだ。
いや、どの通路もだだっ広く作られていた通路の大半を標準的なサイズに改修しているんだけれど、まだまだ途上なんだよね。どうせならちゃんとした迷宮にしておきたいからね。
現状は、実験的に全自動屠殺場もどきをつくっただけだよ。
そのうち、現代の迷宮と名高い新宿駅をどっかに作ってやろうと思っているよ。
さて、そんな普通の通路であるわけだから、部隊は一列縦隊で進んでいる。
部隊長が率いる第1小隊14体は、最下層最奥部を目指す。彼女らの任務は、ダンジョン・コアの確保だ。
第2小隊13体+1名は海賊討伐。砂エルフちゃんにはきっちり敵を討ってもらおう。ついでに彼女たちには新装備を持たせておいた。実際、どうなるかは分からないから、実戦でテストというか、確認してもらう予定だ。戦闘中にテストするわけじゃないから、使い物にならなくても問題ないだろう。
第3、4小隊は遊撃。遊撃とはいっているけれど、やることは放置することになるその他の敵ダンジョンモンスターの討伐。多分、彼女たちが一番、存在質量を稼ぐんじゃないかな。わずか17階層しかないダンジョンとはいえ、結構な数のモンスターが徘徊しているらしいから。
いや、ウチの規模がおかしいんだけれどね。5000平方キロメートルサイズの階層が140もあるんだから。
それじゃ、モニターを2分割してと。縦横比がちょっとアレだけど、まぁ、適当に切り替えればいいか。
第1小隊と第2小隊のカメラをモニターに映す。この2部隊が今回の作戦では見どころとなるわけだからね。
各隊とも敵ダンジョン内へと突入した。ここからは敵側にこちらの動きは丸見えだ。ダンジョンである以上、その中いるというだけで、どこで何をしているのかは、ダンジョン・コアがその一切を把握している。
故に、小細工など無用。ただの力押しのゴリ押しで突き進むしかない。とはいえ、通路の角などでカバーしつつ銃撃というような戦術は使えるので、まるっきりのゴリ押しで突き進むというわけでもない。
手榴弾を持たせた方がよかったかな? まぁ、向こうは飛び道具なんて持って無いみたいだから、普通に接敵される前にアサルトライフルで眉間を撃ちぬいて終わっているけれど。
……アケバロイのあそこは眉間と云っていいのか? 鳩尾? いや、鳩尾の部分だと、どうみても鼻筋の位置になるな。
そもそもアケバロイの身体構造はどうなってるんだ?
体形の関係で、弓の類が使えないのはわかるけど。弓にしろクロスボウにしろ、構えるとものの見事に目と鼻に接触してまともに構えられないから、あいつら飛び道具をまともに使えないんだよ。
使えるとしたらスリングくらい? あとは投石。
まぁ、顔面が胴体にある、いわゆる頭足人というのに近いからね。
でだ、体内構造はどうなってんのさ。胴体にくっついてる顔面がフェイクってわけじゃなさそうだし。アボカドを口に放り込んだら大変なことになって死んだしね。
「アケバロイの体内構造ですが、棘皮動物と似たような構造になっているようです」
メイドちゃんが教えてくれた。
「……ナマコ?」
「内臓は吐き出さないようですが」
「それじゃウニ?」
「見ての通り棘はありませんね」
「ウミユリとか?」
「……なんでそんなに棘皮動物を知っているんです? 普通、ナマコとウニはともかく、ウミユリはそうそうでてこないと思いますが」
そういやなんで知ってるんだろ? 別に私は棘皮動物マニアってわけでもないし。そもそもなんでウミユリがでてきたんだ? 多分どっかで仕入れてきた知識なんだろうけれど……。
「なんでとっくに絶滅した生き物がでてきたんだろ?」
「? なんの話です?」
「ウミユリだけど」
「ウミユリは絶滅していませんよ。もちろん、地球での話です」
「え!?」
私は目を瞬いた。
「私はてっきり古生代の生物で、とっくに絶滅してると思ってたよ」
またひとつ賢くなったよ、私。……いや、なんの意味もない知識だけど。それにここは地球じゃないしね。
モニターではでっかい蜥蜴が蜂の巣にされている。どっからどうみてもコモドドラゴンにしか見えない。サイズはコモドドラゴンの2倍くらいあるけれど。
あれもきっと毒の塊なんだろうなぁ。
第1小隊はなんの問題もなく、障害を排除しつつ敵ダンジョンを突き進んでいく。
敵ダンジョンの構造は、ウチのダンジョンの構造とほぼ同じ。人が2、3人横並びで通れるほどの通路。壁はいかにも自然洞窟、もしくは坑道のような感じだ。
うん。崩落防止の梁とかが作られていない坑道みたいだ。
罠に関しては完全に無効化して進んでいるので、警戒などまったくしていない。
どういうことかというと、グランドスライムが通路の床、壁、天井を薄く覆って岩に擬態化することで、罠自体を完全に封じているのだ。
感圧式の罠発動装置とかあったみたいだけれど、圧力を掛けずに蓋をされてしまえば、罠が発動することはないからね。
グランドスライムはかなり有能だ。というか、こういった工兵的な仕事がやたらと便利だ。
そんなグランドスライムのアシストの結果、ダンジョン探索の醍醐味も何もぶん投げた、ただ一直線に最奥部へと突き進むという、まさにRTA状態だ。
第2小隊が海賊共を制圧し、ひとり残らず首を刎ねた頃、第1小隊は最奥部へと到達した。時間を考えれば、驚くほど早いといえる。
ダンジョンが繋がっていたのは第3階層。そこから最下層の17階層まで迷わずに進んだわけだけれど、途上の障害排除を考えると、この速度は異常といってもいいだろう。
……ステルススライムとグランドスライムの支援が凄いな。トラッパースライムが己の有り様に悩んでいるっぽいから、今度、いろいろと相談に乗ってあげよう。
さて、その第1小隊は一際豪奢な巨大な扉の前で足を止めた。
「みるからにボス部屋って感じだね」
「あの大きさの扉ということは、大型のモンスターがボスのようですね」
「扉の大きさで分かるの?」
「どうも黄竜がそういう仕様というか、規格として廉価ダンンジョン・コアを調整したようです」
あぁ、5千年前にこっから出て行ったというか、不老不死の試しで作られて放り出された祖竜だっけ?
私は以前に聞かされた話を思い出した。
確か6匹いて、他の5匹が宗教の元締めをそれぞれやってんだよね。竜信仰とかになってるのかな? まぁ、ウチに迷惑さえ掛けなければ、どうでもいいや。
大きな扉が開かれ、その部屋の主の姿があらわになる。
「ドラゴンだね」
「王道の作りのダンジョンですね。ですが、やはりここの廉価ダンジョン・コアはアホのようです」
なかなか辛辣な評価をだすね、メイドちゃんや。
「その理由は?」
「ボス部屋が狭すぎます。この広さではドラゴンに行動制限が掛かります。間抜けな相手であれば、ただゴロゴロ転がっていれば押しつぶして勝てるでしょうが、我がリビングドール部隊はそんな間抜けではありません」
なんだか不機嫌そうにメイドちゃんが応えた。
まぁ、なんだ。ある意味馬鹿にされた対応ともとれるからね。いわゆる舐めプされていると。
実際には、メイドちゃんが云ったようにダンジョン・コアがアホなだけなんだろうけど。
とはいえ――
「攻撃が効いてないっぽいね」
「分厚い皮膚で銃弾が止まっているようですね。貫通できず、皮膚に埋まっているような感じです。対物ライフルでも持たせるべきでしたか」
「そんなデカブツ、ダンジョンじゃ取り回しが悪すぎるよ。このドラゴンって強い方なの?」
映像に映るドラゴンは、水牛のような角を生やした淡い茶色に、くすんだ白色の横縞模様。翼は退化しているのか、生えてはいるものの飛ぶには役立ちそうに思えないほど小さい。
うーん……頭を小さくしたデブなティラノザウルスに、角と羽を生やした感じかな? もしくは某狩りゲーの、砂漠にでてくるでっかいの。
「砂竜の特殊個体ですね。2倍体でしょうか? レッサードラゴンとはいえ、竜種ですからね。強いモンスターではありますが、その強さをまるで活かせていませんね」
「解説お願い」
「先にも云いましたが、まず、部屋が狭すぎます。砂竜は地上特化の小回りの効かないドラゴンです。走り回れるだけの広さがなくては、本来の戦い方ができません。走り回って翻弄し、頭突き、もしくは踏み潰すというのが砂竜の基本的な戦い方です。
また、フロアが石造りなのもいけません。これによりブレスを吐くことが出来なくなっています」
ん?
「吐けない? 吐かないじゃなく?」
「はい。砂竜は砂の混じったブレス、いわゆるサンドブラストを吐きます。その為には砂をある程度取り込んでいなくてはなりません。ここには砂が一切ありません」
あぁ、なるほど。ここだと、例えブレスを吐いても、思いっきり息を吐き出すだけになっちゃうのね。
というか、サンドブラストって、サビサビの金属部品とかの錆落としにつかうやつだよね。そんなものをまともに喰らったら、全身やすり掛けされたみたいな有様になるよ。怖っ!
これは向こうのダンジョン・コアがアホで助かったってことかな?
リビングドールたちは適度に距離を保ちつつ、ちまちまとちょっかいを出して砂竜を翻弄。隙を見てリビングドールの1体が砂竜の背に取りつき、頭部にまで移動すると、そこに容赦なく右腕のパイルバンカーを叩き込んだ。
憐れ、敵ダンジョンのボスは、その性能をまともに発揮することもできずに、頭を貫かれて絶命した。
少しばかり時間は掛かったものの、特に損害も無し。まったく申し分のない結果だ。
「よし。それじゃ、現場に行こうか」
「お供いたします」
私とメイドちゃんは揃って現場へと転移した。