04 開いた場所に花を植えよう
私は上を見上げていた。
思いっ切り真上を見るようにしているから、馬鹿みたいに口が開いてるけど。
見上げてみているのは、目の前に聳え生えている樹。立派な枝葉が伸びて、周囲を陰らせている。
生憎、風は吹いていないから、さわさわとした葉の音とかは聞こえてこないけれどね。
ここは拠点のとなりに新たに掘った大空洞。直径にして200メートルくらいの円筒形の空洞だ。拠点よりちょっと狭いけれど、高さに関しては拠点の2倍以上だ。
この空洞にあるのは、この目の前の樹、1本だけ。これが魔素を生み出してくれるのだとか。これでダンジョン内の魔素も安泰といっていいだろう。このサイズにまで成長すれば、相当量の魔素を生産してくれるのだそうだ。ま、足りなければ、もう1本創ればいいしね。
世界樹? ってダンジョン・コアに聞いてみたところ、そんな大層なものではないらしい。
マナリヤという樹らしい。なんかセコイアみたいにでっかいんだけど。樹の幹の感じは欅みたいなんだけれどね。くすんだ銀灰色の幹に、ややオレンジ色っぽい……なんていえばいいんだ? 斑点ってほど大きくないし、筋っていうほど長くないし。まぁ、人差指の先くらいの長さの線が不規則に樹の幹の表面にまばらに浮かんでいる。
樹の成長に合わせて樹の幹の表面が割れて、剥がれたりしているところなんか、本当に欅そっくりだ。葉っぱは欅と違って大きいし形も違うけれどね。
以前はこの星に沢山生えていたそうなんだけれど、気候や環境の変動で、いまや南の大陸にしか生えていないらしい。
いや、もう南の大陸でも絶滅寸前になっているとのことだ。
なんか、エルフ共がやらかして、森の大半を焼失させたんだと。
焼失“した”ではなく“させた”だ。
エルフもいろいろと民族? っていうのがあるんだって。ハイエルフとかそういうの? と聞いたところ、色々とエルフは分かれているらしい。大別するとハイエルフとエルフ。で、それぞれが森、岳、海、砂、闇、黒と分かれているそうな。
森なら森ハイエルフと森エルフとがいるってことだ。
で、森を燃やした原因っていうのが、森ハイエルフが民族主義をこじらせて「我らこそが選ばれたエルフだ!」とか世迷言をいだして他のエルフを隷属化しようとしたところ、思いっきり反発を喰らって戦争状態。いちおう上位種とはいっても、他のエルフ全てに喧嘩を売った挙句、獣人族を家畜扱いするようなことを云って更に戦争相手を増やしてほぼ自滅。結果「我らの物にならないのなら、森ごと焼き尽くしてやる!」と、やらかして、ほぼすべてが燃えてしまったそうだ。
ちなみに、世界樹っぽい馬鹿でっかいマナリヤの樹もあったらしいけど、ものの見事に燃えて焼失。
あ、本物の世界樹じゃないそうだよ。本物はウチの拠点の柿の木くらいの大きさだそうな。七メートルくらいだったかな? 創れるかな? と思って、裏庭の空いているところに創造してみたところ、あっさりと世界樹が創れてしまった。メイドちゃんが頭を抱えてた。
そんなわけで、森ハイエルフはほぼ滅亡したそうだ。一応、馬鹿をやらかした森ハイエルフに反発していた森ハイエルフもいたらしいけれど、今は肩身の狭い思いをしながら生活しているらしい。暴走を止められなかったんだから仕方ないね。
エルフって自然至上主義で頭の良さそうなイメージだったけれど、選民思想的な妄想をするとただの馬鹿になるんだね。
そしてさらに悪いことに、マナリヤの樹が育たなくなってしまったらしく、かなり厳しい状況にあるとのことだ。いまは僅かに残った樹を枯らさぬようにしつつ、どうにかして増やそうと四苦八苦しているらしい。
植物にも感情(?)があるなんていう話を聞いたことがないかな? サボテンに音楽を聞かせるなんて実験とかなかったっけ? うん。マナリヤもそんな感じで、感情と云うか知性と云うかあるようで。仲間がガンガン燃やされて、そして燃やした連中と見分けのつかないエルフたちが周囲をうろつく。
……うん。ストレスしかないな。それが原因でマナリヤは弱る一方で、もはや増えるということは絶望的なんだと。
どうやらエルフたちは、樹々の声を聞くことはできないらしい。
だからここで私が創ったのは、この星にとっては非常に良いことのようだ。管理システムからお礼を云われたよ。ダンジョン・コアと同じ声だったからびっくりしたよ。いずれは地上部にも何本か創るつもりだ。調整すれば、このあたりでも育ちそうだからね。
さぁ、マナリヤの樹も十分に育ったし、開いた場所に花を植えよう。植える花はもうきめてあるんだ。レンゲソウとラベンダーを植えるよ。
そう、はちみつを作るのだ。基本といえるレンゲのはちみつと、香りの素敵なラベンダーのはちみつ。その為にハチも創っちゃったよ。普通のミツバチを創るつもりが、なぜか見た目がマルハナバチになっちゃったけれど。
このハチも私の配下、モンスター扱いになっているから、私の云うことを聞いてくれる。お願いしてはちみつを分けてもらうのだ。
だからこのハチさんの知能はガン上げして拵えたよ。とはいえ、人間ほどにまではあげていないけれど。……2歳児くらいの知能は人間ほどと云うべきだろうか? いや、でもワンコもそれくらいっていうしなぁ。
ちなみに、必要DPは約3万だった。知能をあげるとかなりDPが掛かるよ。
番で四組創って、大きめの養蜂箱を創って、きれいに左右に分けた花畑にそれらを設置。養蜂箱はちょっと改造して、はちみつを入れる瓶を設置する部分をとりつけた。これでその内、はちみつが得られるだろう。楽しみだ。
さて、アリンコの駆除をはじめてから半年が過ぎた。うん。もう半年だよ。
最初に駆除した後、襲撃をちまちまやって全てを丁寧に駆除するのは無駄と私は判断した。判断した結果、アリンコのコロニーを覆うような感じでダンジョンを掌握することに方針転換。
その周囲の枝道をすべて塞ぎ、最下層へと繋がる道をひとつにする。そしてその道には頑丈な扉を構築。これはまぁ、アリンコを駆除するまでの一時的な措置だ。
そうやってアリンコのいる範囲を壁や扉で覆いこんだら、なにかしらのガスを充満させて窒息死させるつもりだ。……二酸化炭素が一番楽かな。いや、強引に換気をして、酸素濃度を下げる方が楽か。そのあたりの調整はダンジョン・コアができるし。まぁ、実際どうするかはダンジョン・コアと相談しよう。
たぶん、今日あたり包囲が完成するハズだ。
最前線で働きアリを殲滅しまくっていたリビングドールが3体ほど種族進化したのは驚いたけれど。
リビングドールからレプリカントになったよ。
そしていつものようにメイドちゃんが頭を抱えてた。
有り得ない進化らしい。というか、レプリカントなんて種族は前例がどこにもないらしい。
私は映画で観て知ってるんだけれどね。まぁ、広義的にはアンドロイド、有機アンドロイドだからねぇ。あ、でも寿命は映画と違って、不老不死であるようだ。まぁ、元が人形だからね。メンテナンスさえしていれば、死ぬことなんてないもの。
で、レプリカントになった3人。見た目は完全に人間になっちゃったよ。みんな美人さん。これは私の元の姿を創ったセンスが良かったに違いない! と、勝手に自画自賛しているよ。三つ子みたいに同じ姿になるかと思ったら、三者三様なんて言葉通りにみんな姿と性格の違う女の子になった。……訂正。女の子ふたりと女性になった。
その3人は進化した途端にリビングドールたちから戦力外通告されて、いまでは私のところでお手伝いをしている。お掃除とか料理とか果樹の世話とか。おかげで私のやることが激減しちゃったよ。
彼女たちが戦力外にされたのは“進化したんだから、これからの存在質量は私たちに譲れ!”という理由からだ。
いまリビングドールたちは、3人に続けと云わんばかりに、これまで以上に獅子奮迅の戦い方をしている。……相手は働きアリで、さほど危険は無いから心配はしていなんだけど。喧嘩とかしないでね、と、釘は刺しておいたよ。
リビングアーマーたちはさした変化はなし。彼女らのほうが存在質量を奪っているだろうに、進化はしていない。私が徹底してSFな代物にしたから、既にハイエンド状態なのかもしれないね。
スライムたちと案山子教官も同様だ。まぁ、案山子教官はデコイ役だから、進化するほどの存在質量を得ていないからだろうけど。
いや、それ以前に、彼女が現場に出たのは初期だけで、あとはもっぱらお留守番だったしね。
養蜂箱を設置し、ハチたちがすでに出来上がっている巣に喜んでいることを確認して、私はマナリヤの広場を後にした。
《マスター。予定していたコロニーの征伐が完了しました》
お、ついに準備が完了したか。あとは適当に扉をつけるなりして、残りのアリンコどもを封鎖してしまえば終わったも同然だ。
厄介だった大牙砂蟻の駆除が済んだら、あとは外縁部に巣食っている外敵だけだ。まずは普通の大牙蟻の駆除からはじめよう。ついでに蛇人を追い出すこともできるだろう。
大牙蟻。大牙砂蟻の原種。生息圏が違うだけで、姿も大きさも一緒のアリンコだ。あ、色が違ったか。砂蟻はベージュ色だったけれど、原種の方は赤褐色だ。
連絡路を通って拠点に戻る。繋いである場所は拠点の左側。本当の実家であれば、車庫の前の道あたりに繋がっていて、目の前には物置。物置と云っても、元は納屋みたいなものだから、自宅と同じくらい大きかったりする。もっとも、それは実家の話であって、こっちだと寮になっているけれど。いま入居しているのは、レプリカント化した3人だけだ。
レプリカントのひとり。赤毛のおっとりした性格の彼女が、背伸びをして枇杷の実を採っていた。右手には剪定鋏。足元には笊。笊には枇杷が山盛りになっている。そして恰好はなぜかエプロンドレスだ。どうにもメイドちゃん準拠であるらしい。
「今日は枇杷?」
「!? は、はい。本日のお昼にお出しします」
にへーっとした笑顔を彼女は浮かべた。
見た目は20代のお姉さん。なんだけれど、行動のひとつひとつがどことなく幼女っぽく、のんびりとしている。そしておっぱいが大きい。私もそれなりにある方だけれど、私よりも大きい。
「それじゃ、またあとでね」
私はそういって自宅に向かって歩き始めた。途中で振り返ってみると、彼女が鋏を持った手をブンブンと振っていた。
うん。危ない。あとで注意しておこう。
「ただいまー」
自宅に入り、スリッパに履き替えて居間へと向かう。
縁側から居間に入ると、すぐにダンジョン・コアが報告をしてきた。
《マスター。火急の報告があります》
「ん? どうしたの? また誰か進化した? まさか誰か重傷を負ったとかじゃないよね!?」
居間にあがり、いつもの私の席につく。ダンジョン・コアは報告を続ける。
《次の目標である蛇人のコロニーを確認したところ、ドワーフの一団が囚われていることを確認しました。いかが致しますか?》
へ?
予想外の報告に、私は思わず目を瞬いた。




