04 アランブール王の災難
余りの事に私は頭を抱えていた。
いや、私ばかりではない。宰相はもとより、各部族長も頭を抱えている。
いまはまだいい。影響は出ていない。だが、来年になれば大変なことになるだろう。大牙蟻の繁殖を止めるだけの手立てが我々にはないのだ。
いや、人の手でアレをどうにかできるものではないのだ。一匹二匹であるならばどうにかなる。だがアレは蟻だ。蟻であるのだ。大群で活動する大型生物であるのだ。
大牙蟻の繁殖が食い止められているのは天敵たる生物がいるからだ。
例えばホルスロー半島に生息する大牙蟻の亜種たる大牙砂蟻。あれらが大繁殖しない理由は、肉食型の砂竜がいるからだ。大食いの砂竜がいるおかげで、大牙砂蟻が増えすぎずにいるのだ。
そしてこのアランブールでは、テテティア(大型の4足獣)がその砂竜のような役割を担っていた。
テテティアが大平原に生息する大牙蟻を主食としていたため、大牙蟻が増えずにいたのだ。
だがそれが絶滅した。
いや、一応は数頭、部族のいくつかが飼いならしているモノがいるが、いずれも老齢の個体だ。それにそれらを掻き集めても片手で数えられる程度の頭数だ。数を増やすことは不可能と云える。
そしてそれ以上にテテティアは国獣として神聖視されている獣だ。正確には、数世代に1、2頭生まれて来る黄色の個体。黄金獣とも呼ばれ我が国の象徴たる獣であった。
27部族の部族長がアランブール王都たる砦に集まり、連日、大牙蟻への対策を話し合っている。だが答えはまるで見えない。
もはや連中の入国を、狩りを許可したことに後悔しかない。
まさか誰が絶滅するまで狩ると思うだろう。いや、そもそも国獣たるテテティアを狩る許可など出していないのだ。
それを【緑教】の者どもが勝手に勇者を炊き付け殺して回ったのだ。
忌々しいハイエルフ共め。教団の者でなければ遇することもせんだのに。
あまりの腹立たしさに執務も進まぬ。
まぁ、やることは部族間の問題の仲裁であるから、余程厄介な状況でもない限りは多少遅れたところで問題ない。
とはいえ、書かねばならぬ手紙がいまだ真っ白と云うのも腹立たしい。
えぇい、なにかもが腹立たしい。
そう思っているとバタバタと政務補佐官が執務室に飛び込んできた。
「へ、陛下、大変でございます! 【黒教】の方々が面会を求めておいでです。今は宰相閣下が――」
はっ!? 今度は【黒教】だ!? 知ったことか!!
「放っておけ。いまはそれどころではないのだ!!」
皆まで云わせず、私は吐き捨てるように云った。
「神楽の巫女殿が直々にお見えになっているのですが、追い返してよろしいのですか!?」
「なんだと!? それを先に云わんか!!」
神楽の巫女といえば、教団の二本柱の片割れ。教団外部に関係する実務に関するトップではないか!!
教団の重鎮直々とは、いったい何事だ!?
さすがにこれを無視するわけにはいかん。無礼などもってのほかだ!
私は慌てて応接室――は? 外!? なにをしとるんだお前たちは!!
「ガントルド王、久しぶりですね。3年ぶりでしょうか。確か、最後にお会いしたのは建国祭の時でしたね。ドーベルクとシャトロワの戦の為にお会いすること叶いませんでしたが、息災のようでなによりです」
供を数人だけ連れた神楽の巫女殿。燃えるような赤毛は記憶にあるままだ。
慌てて私も挨拶を返す。
「では、私の後ろにいる方々を紹介させて――」
「待ちなさい。ひとまずは私だけにしておきなさい」
「はい? いえ、ですが……」
「卒倒されても困るでしょう」
「なるほど。確かに。私も初対面では無様を晒しました」
「面子を潰すのは問題です」
「畏まりました」
なんだ?
「ガントルド王、紹介いたします。こちらにおわすは、我ら【黒教】が教皇にございます」
「目通り光栄だわ。アランブール国国王陛下」
……。
……。
……。
青空が見える。
……。
はっ!?
「陛下、お気を確かに!」
いつの間に来たのだろうか? 突然、宰相の顔が視界に侵入してきた。
「なにが起きたのだ?」
「陛下は【黒教】教皇様の挨拶の直後、卒倒されたのです!」
……なんということだ。
私は慌てて立ち上がると、己の失態を謝罪した。
するとお二方の背後に控えていた。長身痩躯の少女が難しい顔をして首を捻っていた。
「う~ん……。以前の苛烈な“白”ならともかく、おだやかな【黒教】の教皇様相手でこれっていうのは……。もしかして、はみ出しでも――あ、瞳が縦になってるよ」
「あ……。教皇様、落ち着いてください。久しぶりの遠出ではしゃいでおられるのかもしれませんが」
「あらやだ、私としたことが」
教皇猊下が自身の目を手で覆った。
はて? どういうことだろう。
「ガントルド陛下、大丈夫ですか?」
「あぁ……いや、とんだ無様を見せた」
「いえ、はしゃいだ教皇様がうっかり“格”を表に出し過ぎた結果ですから。
さて陛下。あまり時間を取るのも問題ですから、私共の要件を伝えます」
そして神楽の巫女殿から伝えられた内容は、目的の不明のモノであった。そして現状を考えると非常に問題のある事でもあった。
テテティアの毛皮を集めろ、それこそ出来るだけ多く。
もはやテテティアはいないのだ。毛皮がどれだけ大事なものとなったかは分かっている筈だろうに!!
「心中穏やかでないことは承知です。ですが、これはそちら、アランブールにとって良きことに繋がります。【緑教】の擁護する“勇者”なる愚連、無頼の者が引き起こした問題を修復することが目的です」
私は目を見開いた。
それは……まさか!?
「えぇ。テテティアを復活させるのですよ」
今回の災難について、今後どう対応するかを話し合うために、各部族長が砦に集まっていたのは幸いだった。
アランブール代表たる私と各部族長28名が見守る中、砦中から集められたテテティアの毛皮が山と積まれている。その数282枚。
「おー。結構あるんだね。国獣として大切にしているっていうから。こういった毛皮とかは希少かと思ってたよ」
「日本でいうところの雉と同じ扱いなんでしょう。雉も国鳥ですが、食用などにもなっていたでしょう?」
「あー。そういやそうだね。うちにもなんか剥製があったよ。それじゃとっとと始めようか。
王様。申し訳ないんだけれど、これらの毛皮の端っこ。爪の先くらいを切り落とさせてもらうね」
は? すべてを接収するのでは!?
「いや、本当、ごめんね。この方が手っ取り早いし、おかしなミスもないだろうからさ」
少女がそう云いながらパチンと指を鳴らすと、毛皮の端の部分が切り取られた。恐らくは注視していなければ、切り取られたこともわからないくらいに僅かな程だ。
「よーし。それじゃあやるかー。システーム。サポートよろしく。欠損部分の補完をお願いね。私がやると多分みんな同じ個体になりそうだからさ」
《了解です。お任せください》
「さてと、先ずは草を刈るか。ちょっと分かりずらいからね。えっと、確か象サイズってことだから、余裕をもってこれくらいでいいかな?」
少女がバチンを指を鳴らした。するとどうだ、途端に眼前に広がる平原が正方形の形に草が消え去った。
「よし。ついで切り取った毛皮を等間隔に置いてっと」
草の消えた、やや湿った地面に毛皮の切れ端が綺麗に等間隔に並ぶ。なんだこれは? 魔法? だがこんな魔法など知らんぞ。というよりも、訳が分からん。
「さぁ、始めようか。システム、必要な存在質量に関してのデータ頂戴。一気にやるから」
《了解です。……どうぞ》
「ん? おろ? 思ったより少ないね。かなり図体が大きい生き物だから、もっと必要だと思ったよ」
《大型生物であっても、ごく普通の動物ですから》
「それもそうか。……でも二桁で賄えちゃうとは。約300体の復活でも4桁で済むとはびっくりだ」
「……マスター、もしかしてウチのスライムたちを基準にしていませんか? あれ、それぞが特殊個体に簡単に変位したくらいイレギュラーな存在ですからね」
「なるほど……。だからあのとき頭を抱えてたのか。やっと理解したよ。
さて、それじゃ復活させるよー。ほいっとな」
再び少女が指を鳴らした。直前の侍女との会話は不明であったが、彼女が指を鳴らした途端。草の刈られた大地に、雄々しいテテティアの姿が整然と並んで現われた。
私や宰相はもちろん、居合わせている族長たちもこの光景にただ呆然としていた。
殺され、もう失われることが決まってしまっていたテテティア。
民に、そして先祖にどう詫びるか頭を抱えていたというのに、それがすべて解消された。
これは夢か?
「宰相」
「なんでございましょう、陛下」
「ちと、殴ってくれんか?」
「なにを仰るのですか!?」
「陛下、これは夢ではございませんよ。我らはこの為に来たのですから。もっとも、我ら【黒教】の役は、陛下方との繋ぎを円滑に取り持つことだけですが」
神楽の巫女の言葉に、私は目を瞬いた。
そうだ。この奇蹟を起こしたのはあの少女だ。
彼女はいったい……。
そう訪ねようとしたとき、【緑教】のハイエルフ共が足を踏み鳴らして乱入してきた。
そして――
「この穢れた醜い獣共を殺せ!」
【緑教】大司教が配下の神殿騎士共へ命ずるのを聞き、私は目を見開いた。
ふざけるな! せっかく【黒教】の方々の厚意でテテティアを復活したというのに、なんということを!
連中を止めるべく、私を始め族長たちが動き始めた時、少女の声が聞こえた。
「マリア、処理」
直後、聞き慣れぬ破裂音が響き渡った。




