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※ DとU


 DwarfとUrchin


 4章2話内の話の内容後にあった大将とトリの会話。


■レザー (大将)


 ぐったりと小鬼っ子が食堂のテーブルに突っ伏していた。


 もうじきお昼だ。このダンジョンでは食事が日に3度出される。最初は驚いたものだが、いまではもうなれた。


 本来食事は朝と夕。仕事始めと仕事終わりに摂るのが普通だ。


 なんと云っても、旨いしな。食事を楽しみにするなど、思いもしなかったことだ。


 里にいた頃は食えりゃいいって思ってたからなぁ。


 仕事に熱中して飯を抜くなんてなザラだったからな。そんときゃ終わった直後に酒をあおって、それから干し肉を齧って寝るような生活だ。


 今にして思うと、里を追放されてからのほうがまともな生活をしとるな。


 しかし、いまの鬼っ子はまさに昔の俺みたいな有様だな。いったい何があったんだ?


「鬼っ子。お疲れだな」

「あー。大将のおっちゃん。おっちゃんは元気だね」


 突っ伏していた顔を僅かに上げて、鬼っ子がぼそぼそと答えた。


 冗談じゃなしに酷い有様だな。なにがあった?


「本当にお疲れだな。なにがあったよ」

「……おっちゃんは昨日、会ったんだよね?」

「ん? あの珍しい黒髪の娘っ子か? 会ったぞ。ここに居つけるかどうか相談したってことは、夕べ話しただろ」

「うん。聞いた。で、おっちゃんたちは結論出たの?」

「ここに腰を据えることに決めたぞ。なにができるかはまだわからんがな。それにドワーフの性だな。あんな美味い酒を飲んじまったら、他に行けるか」


 俺たちはこのダンジョンに住むことに決めた。


 旨い飯の力、なにより酒の味には抗えん。


 それに談話室に置かれた幾らかの書物。あれは凄かった。カーブたちは狂喜していたな。置いてあったのは、いわゆる商品のカタログのようなものだ。異様につるつるとした紙に、異常なレベルで精巧な絵で記された工芸品のカタログ。その内容に創作意欲を刺激されたらしく、いまも落ち着きなく、まるで冬眠し損ねた熊みたいにウロウロと歩き回っている有様だ。


 いや、それをいったらコックたちもだ。食事の時に大興奮していたからな。皿のデザインや、透明なグラス、そしてもちろん、異様に旨い料理。もちろん酒だってな。


 そういやコックは里では不遇だったな。それなりに店は繁盛していたが、どいつもこいつも味なんて気にしちゃいなかったからな。


 まぁ、コックもいろいろと工夫をしていたが、特別に旨い料理を作れたわけでもないしな。ロクな材料の無い中頑張ってたんだ。それでもそこらの町の飯屋と似たり寄ったりの味を出していたんだ。……いや、そう考えると、ここらの国の飯のレベルはあんなもんってことか。食材だのに恵まれてるってのに。


 となると、ここの飯の旨さは異常ってことだな。いかんな。ますますここから出ることなんて考えられんぞ。


 椅子に飛び乗るように席につく。ここの家具は人間を基準にして設えてある。俺たちドワーフや鬼っ子には少しばかり丈が高すぎる。特に椅子はテーブルにあわせ、俺たち用に特別に設えた代物だ。即ち、椅子の足が長いのだ。


「……おっちゃんは良く平気だねぇ」

「なんだ、いきなり」

「いや、だってさ。このダンジョンの最高責任者だよ、あのお姉ちゃん」

「は?」


 俺は目を瞬いた。


 いや、鬼っ子はいまなんていった?


「すまん。いま、なんていった?」

「あのお姉ちゃん、このダンジョンの元締め」

「……うそだろ?」

「嘘ついてどうすんのさ」


 あの娘っ子がダンジョンマスター?


 口元が引き攣れる。


「おっちゃんが気さくに話してた、なんて聞かなかったら、回れ右して逃げ出してたよ」

「……マジか」

「話したら普通だったけどさ。でもそれだけに余計に怖かった」


 それって、ウチたちをまるで歯牙にかけてないってことだもん。


 そう云って鬼っ子は深いため息をついた。


 まるで魂でも吐き出しているみたいだな。


「そうそう、おっちゃん。ウチもここに住むことにしたよ」

「そんな有様でか!?」

「うん。あのお姉ちゃんは……厳しいとは思うけれど、それ以上に優しいと思うよ。相談に乗ってくれたし」

「相談?」

「そう」


 自分は役立てそうなことがなにもないと、鬼っ子はダンジョンマスターに云ったのだ。


「そこまで卑下せんともよかろうに」

「そうもいかないよ。働かざる者、食うべからずっていうじゃん」

「アーシンにしちゃ珍しいな」

「ウチは放浪癖のある同胞じゃないからね」


 は?


「待て待て。放浪癖のないアーシンがウロウロしてるとか、聞いたことがないぞ」

「里が襲撃されて滅びちゃってね。運よく襲撃を察知できたから、みんな散り散りに逃げたのさ。ウチはちょっと特殊で、家族もなにもいなかったからね。ひとりで逃げたんだよ」


 絶句するしかなかった。まさかそんな事情を抱えてたとは。


「なんでそんなことになったのかは、思い当たることはあるのか?」

「ぜんぜん。ってゆーか、そんなものないようなものだよ。強いていうなら、ウチらがアーシンってことかな」


 どういうことだ?


「襲撃してきた連中って、【白教】の騎士団だったからね」


 あいつらか……。


「連中、本当はエルフやドワーフも根絶やしにしたいんだろうね。でも使えるから生かしとくんだってさ。

 『お前らは役に立たねぇから皆殺しだ』なんて喚いてたしね。確か、そんな調子で蛇人の一属を全滅させたでしょ。コブラ属だっけ? あの首が広くなってる連中」

「俺は見たことも無いが、話には聞いたことがあるな。猛毒持ちだってことくらいしか知らんな。つか、連中、同族の抗争で滅んだんじゃないのか?」

「違うよ。いや違くはないけどさ。私らを捕まえたマムシ共とは不倶戴天の敵同士でね、互いに潰しあってたんだよね。でも滅ぼすまではやらないよ、さすがに。でもそこに【白教】の馬鹿共が考えなしに首を突っ込んで殺しまくったもんだから、抗争であっさり滅びちゃったんだよ。で、マムシ共が勢力を広げだしたんだ。私らはそれで捕まった感じかな。あのあたりは連中の縄張りじゃなかったんだから」


 テーブルに突っ伏したままの鬼っ子を見つめる。恐らく、傍から見たら、相当胡散臭気な目をしていただろう。


「なんでそんなこと知ってんだ? 鬼っ子、お前さん、東からこっちに流れて来たんだろう?」

「神託」


 ……。


「は?」


 いまなんて云った?


「だから神託。アーシンにも神託の巫女はいるんだよ。といっても、アーシンの気質だと、竜教団みたいな感じにはならいけどね。ありがたいお告げだー、程度で。

 まぁ、アーシンの気質がこんな有様のせいもあってか、システム神からのお告げって妙に親身なものが多かったんだよ。

 アーシンにもなにかしらの役どころがあるのかなぁ。特別扱い……じゃないな、滅びたら困る、みたいな感じだったし」


 テーブルに顎をくっつけたまま、鬼っ子は頭を左右に揺らす。


 というかだ……神託を聞く!?


「神託の巫女様!?」

「あー、うん。一応そうなるんだよね。でも一般的に思われてるような上等なものじゃないよ。アーシンだと。

 ウチも巫女としてありがたがられてたわけじゃないしね。里じゃ普通に畑耕してたし」


 いやいやいや、どうなってんだアーシン族。


 そういやドワーフの神託の巫女ってな聞かんな。いや、エルダードワーフのほうに……。


 なんでエルダードワーフは姿を消したんだ? どこぞで隠遁しとるってのは聞いているが。マギーの嬢ちゃんも妙な訳アリってことのようだし……。


 なんか首を突っ込むのは嫌な予感がするな。


 よし。考えんでおこう。知らなければなにも問題ない。


 ひとり頷いていると、鬼っ子が半開きの目でこっちを見ていた。


「現実逃避しても逃げ切れるもんじゃないよ。まぁ、ここに居ればそれらの些事なんて、あのお姉ちゃんが片手間で解決してくれそうだけど」

「俺の考えてることを見抜くな」

「おっちゃん分かりやすいんだもん。気を付けた方がいいよ。アーシンは子供みたいな見てくれで、喋り方も子供みたいな雰囲気で考えなしにしか見えないけれど、実際にはよーく周囲を観察して自分の利になるよう強かに考えてるから。そんなんだから、放浪癖のあるアーシンは凄腕の盗人なんかになってやらかしてるわけだし」


 鬼っ子の言葉に思わず口元を引き攣らせた。もっとも、自慢の髭のおかげで、それを見られなかったことは幸いだ。


 アーシン族。無邪気な好奇心と手癖の悪さのせいで、少しばかり煙たがられている連中だ。だが、その持ち前の陽気さもあいまって、余程の事がない限りは精々が少しばかり煙たがられる程度で、蛇蝎の如く嫌われることはない。


 だが、それがすべて計算ずくの演技で行われていたとしたら?


「やー、怖いよねぇ。私らのことを分かった上で、仕事の提案とかされたんだもん。背筋が凍るって、ああいうことをいうんだね」


 いや、鬼っ子、それはお前さんもだ。


 ぞわぞわとした感覚を背に感じながら戦いていると、どやどやとカーブたちがやってきた。


 どうやら昼飯の時間となったようだ。


 見ると、鬼っ子は今しがたまでの姿はどこへやら、ニコニコとして無邪気に体を左右に揺らしている。


 まさに昼飯を待ちきれないという感じで。


 俺は先の彼女の言葉を反芻し、出来るだけ意地悪く見えるような笑みを浮かべて肩をすくめて見せた。



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