02 海エルフの移住
「マスター、移住希望者が来ました」
桃花ちゃんの言葉に、私は眉をひそめた。
いま、私の手にしているフライパンの中では、この世界の“牛”肉がジュウジュウと良い音を立てている。
焼きに関してはとことん相性の悪いこの謎の肉質の肉を、どうにかできないかと試しているところだ。で、今作っているのは生姜焼き。というか、生姜焼きテイストのステーキ。
……ゴムみたいな、無駄に噛み切れない食感になったりしなけりゃいいんだけど。本当、炒めに失敗した剥きエビみたいになったんだ。ひとまずヨーグルトに一晩漬けて、筋切りだって念入りにしてみたんだけど……。頼むから、頼むからどうにかなってくれ。
まぁ最悪、焼きは捨てて煮込むだけになるかもしれない。煮込みなら良好だしね。もう角煮とかラフテーだけにすればよかったかな?
それはさておき移住か。
現状、フォーティの町の人の受け入れの余裕は十分にある。わざわざ移住者が来たということだけで、私に報告がされることはない。余程の問題を抱えている場合か、あまりにも人数が多い場合でもない限り。
「問題はなにかな?」
「海エルフが村を引き払って来たようです。現在、代表として来ている5名以外は、祠の村に滞在しています」
「村ごと? なんでまた? というか何人?」
「人数は247人です。村人全員というわけではないようです。それなりの人数が、この機に村を出たのだと思われます。そして村ぐるみでの移住となった理由は――」
桃花ちゃんの話を聞いて、思わず私はため息をついた。
原因はドーベルクとシャトロワの戦争。もっと詳しく云うと、デラマイル。
そう、移住してきた海エルフたちは、デラマイルの故郷の村の者たちだ。
なんでも、今回の戦争の原因がデラマイルにあると知れ渡った結果、デラマイルの故郷である彼らの村が非難され、もはやシャトロワでの生活が不可能になったのだそうだ。
つーか、デラマイルは確かにならず者であったけれど、海賊行為に関しては国とつるんでいたわけだから、彼の故郷となった村が非難されるのもおかしいと思うのだけど。いや、気持はわからなくもないけど。
「シャトロワが責任転嫁をした結果ですね。シャトロワ国民は、デラマイルが国の犬であったことを知らされていません」
「はぁ……本当、どーしようもない国だわね。そーいや戦争って終わったの?」
「いえ、いまだ継続中です。が、もはや勝敗は決まったようなものです。ドーベルク側の損害は軽微。死者は無し。対してシャトロワ軍は半壊状態です」
「うーわぁ。そこまで差がついたか。その原因、理由は分かる気がするけど」
「はい。お察しの通り幻獣が原因ですね。リアルでゾンビアタックのできる存在ですからね。消耗しない戦力というのは完全にチートです。
にも関わらず諦め悪く、シャトロワは戦争を継続していますね。周辺国にドーベルクのないことないことを吹聴しまくって、いまさら同盟を結ぼうと躍起になっていますよ。もっとも、どこの国も白けた目で見ていますが」
なんだろう、地球のどこぞの国を彷彿とさせるような国だな。
「この機にそんな馬鹿な国潰してくんないかな」
「あー、それはないですね。ドーベルクとしても、そんな国欲しくないでしょう。むしろそんな国民性の連中を自国に加えたくもないと思いますよ」
「それもそうか……って、え、国民全員がそんな感じなわけ? それなら海エルフの連中はお断りなんだけど」
「あぁ、確かに。ですが救いようのないのは、大半の貴族と、そこに追従している者たちです。連中はせいぜいエルフらしいエルフであるかと。
そもそも地方で日々の暮らしに四苦八苦している者たちは、ペテンにかまけている暇などありませんからね。それ故か、かなり排他的で殺伐としたところがありますが」
「それはそれで問題のありそうな感じだけれど」
「食糧事情が地球の中世初期と大差ありませんからね。ダンジョン近隣であれば、ある程度はマシではありますが、ダンジョンは資源とはいえ費用対効果が決して良いとは言えません」
「あー。人的被害が問題か。近接戦闘が個人技頼りっていうのは問題だよねぇ。戦闘技術の継承がまともにできていないとか、もう魔法が悪い形で働いてるとしかいえないよねぇ」
これはそっちの方のテコ入れも考えた方がいいかな?
「とりあえず、そのムカつく国は放っておこう。関わらなければ私の心は平穏だろうし。
んで、海エルフだけれど、ひとまずは無害といっていいのね?」
「……ごく普通のこの世界のメジャーなエルフと思って貰えれば」
その間はなにかな? で、メジャーなエルフって?
まぁ、善人ではないってことだろうな。悪人でもないだろうけど。生活が安定すれば、まともな連中になるか? うーん……どうしたものかな。
「海エルフってくらいだから、いわゆる漁師なエルフってわけでしょ?」
「はい。そう思って戴いて差し支えありません」
「んじゃ、港ダンジョンの港を使わせようか。住処は真上の地上に村を作って、そこに住んでもらうとして、漁は港から船を出してもらおう。
あ、使わせるのは港湾施設だけね。
目付け役はケトと子ダンジョン・コアに任せれば大丈夫でしょ。地引網漁とかやってたのかしら?」
「投網漁はしていたようですが、地引網漁はしていなかったようです」
「うん。それなら港ダンジョンのほうでいいよ。
それで、彼らを受け入れることでの問題は?」
「恐らくシャトロワが難癖をつけて来るかと」
「あー……国民を拐かしたとか?」
「はい。此度の戦争でかなり疲弊をしていますからね。きっと金を寄越せと粘着して来るでしょう」
面倒臭ぇ。
「来たら来たでいいよ」
「は?」
「やらかしたら心おきなく滅ぼせるから」
「マスター!?」
珍しく桃花ちゃんが狼狽えてるな。なんでだ?
「だって私の信ずる神の有り様って、古き日本の荒神だよ。それも土着神の方。祟り神とかって云われてる方」
「そういえば、姉様もそう云ってましたね」
そうそう。神様は人の奴隷であっちゃいけないんだよ。
畏れられる存在であるべきだからね。
「だから喧嘩を売られたら、相応の神罰を以て買うよ。というか、オモイカネが喜んでやるでしょ。私が動く前に。さらに云えば私は雷神なわけだから、神罰とはとんでもなく相性がいいからね。私と同期してるから、オモイカネが扱う代行神罰の威力が跳ね上がってるって話だし」
「あー……」
桃花ちゃんはもはや呆れ果てたというか、諦めたとでもいうように声を上げた。
「まぁ、シャトロワの連中がひとり残らず死んだところで、特に問題はありませんね」
「害悪な存在はいなくなったほうがいいんだよ。必要悪じゃなく、単なる害悪でしかない存在は。どうせ私を奴隷にするつもりなんでしょ? 連中に取っちゃ、神なんてそんなものなんだからさ。始末の悪いことに、そのことを自覚していないっていうのがね。あれよ。我々は神に愛されているのだ! とかなんとか宣ってんじゃないの?」
《我が神よ。それはハイ森エルフ共です。彼の国の人間どもは、まだ多少はマシです。とはいえ、云っていることはさして変わりませんが》
珍しくオモイカネが口を挟んできた。
……これはアレだな。相当、苛立っていると見た。
これは名付けの結果に得た悪い部分と云えよう。いや、自我というか、これまでは杓子定規なAIみたいに、淡々とした機械的な感じだったんだよ。でもいまじゃそこに感情が宿っているからね。若干だけど、その感情に振り回されてるように思える。
「では、海エルフたちは半島の端の村に封じるという方向で」
「封じるとか、また酷い言い方だなぁ。まぁ、実際はそうなるだろうけど。あ、東側ね。港ダンジョンの真上だから、ホルスロー湾……いや、ホルスロー海? どっちでもいいや。そっち側に村をつくるよ。
デメテル、適当に村を拵えて。で、港に繋がるようにエレベーターと、階段も一応整備しておいて。それと、ここと村を繋ぐモノレールもね」
《了解です。南側にも村に適した立地もありますが? そちらは浜もあります》
「でもそっちだとある程度港湾施設も整備しないといけないでしょ。コストは削減しておこう。まぁ、もしやらかすか、ケトの忍耐を超えるようだったら、そっちへ移動すればいいよ」
さてと。南側のほうに港をつくるとすると、どの辺りが妥当かな? ローたちの村のあった場所は立地がいいんだろうけど……使うのはないな。あの娘たちの思い出がどの程度であるのかは不明だけど、余所者にくれてやるなんてのは、私のなけなしの良心がうるさくていけない。
えっと、アッディ村とかいう砂エルフの村の西側に村を作ればいいか。あとで良さげな立地を探しておこう。
★ ☆ ★
■海エルフ
「すばらしい! やはり我らこそが愛されているのだ! あのような森に引き籠る寄生虫どもとは違うのだ!」
「その通りですとも、族長!」
「愚かなりしシャトロワ! よくも世界に愛されし我らを放逐してくれたものよ。奴等はデラマイルをいいように使い潰し、我らを好き勝手に利用してきた。だが、我らのその屈辱もこれまでだ!」
「その通りですとも、族長!」
まるでどこぞの三文芝居のコントのようなことが繰り広げられていた。
場所はホルスロー半島東岸にある村。若干の緑はあるものの、荒野の端っことでもいうような立地の村だ。そしてホルスロー半島は崖で覆われた半島となっている。
海面までおよそ20メートル。海側からの外敵の侵入を防いでいる。
そんな村から海に出るには、真下にある港ダンジョンを利用するしかない。
村の中央にある祠。大きさ的には納屋程度の建物である。それはなんであるかというと、港ダンジョンへと続くエレベーターだ。
現状では【はじまりのダンジョン】に組み込まれたダンジョンではあるが、子ダンジョンコアが配備された別ダンジョンである。
海エルフの族長は狂喜した。
ダンジョンをまるごとひとつ譲渡されたと!
……実際には、そんなことはまるでないのだが、自らをありとあらゆる存在から愛されていると信じてやまない海エルフたちは、そうと信じ込んでいた。
当然のことながら、この港ダンジョンの管理 (ダンジョンマスターではない) を任されているケトは、この海エルフたちの傲慢な思い上がりに眉根を寄せた。
だが主たる雷花の命に従い、連中を相手にすることなく、関わり合うことの一切を放棄した。
なにせケトの本体たる伊号潜水艦を寄越せと恫喝してきたのだ。母の命なくば、その時点でケトは連中を皆殺しにしていただろう。
とにかく、移住してきた海エルフたちは増長した。いや、増長したというのは違うだろう。これまでの海エルフとしての生き方そのもののまま、移住してきたといえる。
海エルフたちは同種族のみで集落を築いていたため、シャトロワにおいても重大な揉め事を起こすことなく、どうにかやってこれていただけなのだ。
実際の所、海産物の取引においては、細々とした衝突が商人たちとの間で起きてはいたのだから。
それらをはじめとする諸々の事柄が原因でシャトロワより追放されたようなものであるのに、相も変わらず海エルフたちは傲慢であったのだ。
そう、デラマイルの件はただの切っ掛け、追放の止めとなっただけに過ぎないのだ。
ケトは港内で船体を沈降させることで、海エルフたちに乗り込まれることを防いでいたが、それでも船体にアレコレ害を与えて来る海エルフたちに辟易としていた。
そして彼らの引き起こす害は、ケトの様子を見に来た四葉……よっ子にも及んだ。
これが彼らの命運を決定づけた。もっとも彼らの有り様から、この後に起きることが少しばかり早くなったというだけだが。
なにしろ雷花直属の配下たるレプリカントたちの望みは母の安寧。即ち母を煩わせるモノの徹底排除であるのだ。
散々理不尽な要求を突き付けられ、それらを却下したところ殴られ、蹴られた少女は最も近くにいた海エルフの男を引っ掴み、建物へと投げつけ壁の染みとした。
そうしてやっと自分たちが何に対し暴力を振るっていたのかを自覚したのだろう。いや、自覚などなく、ただ恐怖し、そしてその状況をどうにかして乗り切った後、神に縋り、神の配下である彼女たちを排除すればいいなどと考えていたのである。
なんと実に浅はかで、浅ましい考えの者たちなのだろう。
これらの報告を受けた桃花は、これまでに見せたこともないほどの満面の笑みを浮かべた。
「デメテル」
《なんでしょう、メイド様》
「あの愚かな海蛆共を南端に放逐。せめてもの慈悲です。船くらいはくれてやりましょう。あと、砂浜へと降りるための階段も整備してあげなさい。あぁ、でも、手摺は不要ですよ。たかだか20メートルの崖です。注意すれば、落ちて死ぬような事故などそうは起きないでしょう」
《漁獲物を崖上へと運搬するための設備はどうしましょう?》
「不要です。我々は一切の取引をしませんからね。連中にこの半島の端に住まうことを許してやるのです。それだけで十分でしょう。欲しければ自作すればよいのです」
《了解です。では、今夜にでも、連中が寝ている間に転移しておきましょう》
「何故だ―っ!!」
翌日朝、海エルフ族長は崖っ縁に立ち叫んでいた。
彼らは無事“はじまりのダンジョン”の庇護から放逐された。自業自得である。
「我らは愛されているのではないのかー!!」
なぜ愛されると思っているのか?
「我らこそが世界最高の種であるというのに!!」
傲慢、ここに極まれり。
「神よ!!」
《メイド様、これをマスターにどう報告しましょう?》
「身の程知らずの馬鹿であったと報告すればよろしいです。あと、ケトを蹂躙し、四葉を殴ったといっておけば完璧でしょう。……マスターを宥めることは私がしますので。まぁ、シャトロワから難癖を付けられても、南端であれば勝手に住みついたと云えますしね」
《……》
かくて、海エルフ移住騒動は終息したのである。




