04 帰って来たメイドちゃん
あぁ……やっと帰ってきました。
トン、と、降り立った場所は、マスターが最初に転送された場所。あのドラゴンゾンビがいた空洞です。
転移転生システムオペレーター業務引継ぎのため、ほんの短期間だけ古巣に戻るはずだったのに、この惑星の時間で63日も掛かってしまいました。
まったく。引継ぎ自体はすぐに終わったのです。各神の性格に関したデータを渡し、ついでそのデータだけでは示すことのできない注意点を細かに伝える。それだけであったのですから、2日と掛かりませんでした。
にも拘らずここまで時間が掛かったのは、私の最後の仕事が原因です。
転移転生オペレーターの仕事は、転移システムの管理、操作に加え、魂のトレードを申請している神々のペアリングも行っています。
ですが、最後となった仕事はこれに“罠”が加わりました。
何者かによる転移転生事業の妨害。これにより、少なくない数の魂が失われています。犯人は不明。方法も不明。唯一の特定チャンスは、まさに転移転生を行っているその時、転移転生システムに干渉してきた犯人を特定し、同時に機動部隊を出動させ確実に捕らえるということ。
そのため“餌”とするものも最上のものにしなくてはならなかったのです。
“餌”。即ちトレードされる魂そのもの。
現在、もっとも人気のある、いや、切望されている世界の“魂”は地球のものです。
前世界の地球はともかくも、今世界の地球は異常……いや、奇蹟的な存在であるのです。
難易度“やめとけ”であるにも拘らず、人類は惑星の重力圏を振り切り宇宙に進出し、今なお発展を続けています。“やめとけ”の世界で、ここまで発展を遂げることに成功した世界は他にありません。“簡単”や“普通”の世界ではいくつかありますが、その世界にしても、地球と比すると遥かに遅い速度であるのです。
そう、それらの世界を地球の西暦に当てはめた場合、宇宙進出は3,000年以降にやっと実現しているのです。このことからも、地球がいかに異常な発展を遂げているのかわかるでしょう。
当然、そんな世界の知的生命体の魂です。魂の位階もよその世界のものより数段上であるのです。
件の犯罪者は釣れました。あっさりと。ですが犯人は機動部隊の包囲から逃げおおせました。とはいえ、犯人が何者であるのかを完全に特定することに成功。とおからず、捕らえることができるでしょう。
ですが、これで問題は終わらなかったのです。
地球とトレードする相手側の神が、突然ごねだしたのです。
そのため、私はその対応をずっとしていたのです。
★ ☆ ★
「再度、地球とのトレードを申し入れる」
〈それはできません〉
「なんだと! こちらは規定通りにすべてを行ったのだ! なぜ私だけが損失を被らなくてはならない!」
〈虚偽発言を確認。記録します〉
「ぐっ……いや、確かにこちらは魂を送り出しては――」
〈転移転生システムへの接続の確認はされています。しかしながら、そちらは接続をしただけで、一切の作業工程を行っていません。このことに関し、弁明を求めます〉
「弁明だと!」
〈なにか反論でも?〉
「なぜ私が貴様などに弁明せねばならんのだ!」
〈私に対してするのではありません。転移転生システムを運営している当組織に対して行うのです。我々の統括者は大神様です〉
「ただふんぞり返っているだけの無能に、現場の何がわかる!」
〈叛意と取れる発言を確認。記録します〉
「貴様……」
〈いい加減に諦めろ。貴様のこれまでの所業はすべて確認している。今後、貴様はいろいろと不自由になると知れ〉
「――!?」
〈貴様は彼の犯罪者取り締まりに対し、一切の協力を拒んだ。それだけでなく、システムとの繋がりを確立し放置、奴の逃亡を幇助した疑いがある。そのような輩をこれまでと同様に扱うと思っているのか。身の程を知れ〉
「準神如きが神を愚弄するのか!」
〈オペレーターは全てMIRシリーズだ。そしてこれは秘匿回線ではない。我々の会話はすべてのオペレーターが耳にしている〉
「なっ!?」
〈これがどういう意味を持つかは理解できる程度の頭はあるようだな。おめでとう。次の機会を首を長くして待つといい。もっとも、その前に別の呼び出しがあることだろう。もう一度云おう。おめでとう〉
というやり取りがあったわけですが、その後もグダグダと文句をつけケチをつけ、まったく関係のない部署から遠回しに圧力を掛けてくる始末。
まったくもって厚顔無恥、傲岸不遜というものです。はぁ……。
毎日毎日くだらぬ神の相手をしていたわけですが、それが地球の神の耳にも入ったようで、結果、さらに酷い状況に陥りました。――あの馬鹿神が。
「私のところには送られて来る気配もなかったし、今回のことでなんの言葉もなかったのだけれど。本来ならば、私の手元に収まった魂を、横槍によってトレード無効として私がそちらに送り返すというのが筋というものでしょう?
なんで私の所にはなんの挨拶もないのかしらね? 私はそちらに確認を取ったはずなのだけれど、いまのいままでなしのつぶて。こうして私が直々に出張る羽目になったわけだけれど、なにか云うことはないの?」
「たまたま成功しただけの神が、私に意見するな。この愚図が!」
「おい、ただの“簡単”の世界でひーこら云ってまともに管理も出来ていないような神がなんだ? その言いぐさは。あ?」
地球の神がキレました。
こういってはなんですが、“やめとけ”の世界は、本当にやるべき難易度ではないのです。例え神に至る個体が生まれる可能性が一番高いとしても。なにせ、手出しをすることがほぼできないのですから。故に、手を加えるタイミングはもとより、どれだけの干渉をするのかも重要になるのです。
これまで地球以外の“やめとけ”の世界では大抵氷河期で詰んでいます。知的生命体が現れない、という状況に陥ってしまっているのです。爬虫類を上手い具合に進化させ、氷河期を乗り越えさせることに成功した神もいましたが、できたのはそこまで。科学面がまったく発展せず、その後も狩猟民族として暮らしているだけです。地球で云うならば、秘境で暮らしている少数民族のようなレベルで止まっているのです。
つまり、手を加える回数を制限されている中で、あそこまで世界を発展させた地球の神は明らかにおかしいと云える存在なのです。
「おら、なんとか云えや、小僧」
「……あ……う……」
喧嘩を売っておいてこの有様とか。もう、どうしようもありませんね。妹たちも失笑していますよ。
「……あぁ、そうだ。私をそこまで侮辱するんだもの、きっと私よりも上手くできるのよねぇ。それなら、あなたの世界を“やめとけ”の難易度に引き上げてあげる。安心して、手続きは私がしてあげるから。発言の記録もあるから、なんの問題もなく移行できるわ。大丈夫。あなたならできるわぁ。だって、私よりも遥かに才能があるらしいもの」
ぶふっ。
思わず私は噴き出しました。
えぇ、現在の地球の神の位階であれば、申請すれば通るでしょう。たとえそれが他所の世界の難易度であっても。ここのやり取りの記録を一緒に提出すれば。
馬鹿神がなにか喚いていますね。……あぁ、地球の神の云った本当の意味を理解していないようです。ただの嫌がらせとしか受け取っていませんね。
痛ましいほどの馬鹿というのは、あの御仁のことをいうのでしょう。
難易度が“簡単”だろうが“やめとけ”だろうが、お前にとっては同じだと云われていることに気付いていません。“簡単”でもお前にはまともに発展させることは無理だと云い切られているというのに、それを理解していないとは、本当におめでたいことです。
あ、また馬鹿神が暴言を吐き――
「滅ぼされてぇか、ごるぁっ!」
地球の神が回線を介して権能を馬鹿神に向けて撃ち込みました。どれだけ多才なのですか、この神は。普通はこんなことできませんよ。最近似たようなことを見ましたが。……えぇ、あの犯罪者が同様にして馬鹿神の世界を経由して逃亡しましたからね。
「貴様ら……必ず滅ぼして――」
懲りない馬鹿ですね。そうして脅すことしかできない以上、自分が格下ですと喧伝しているような物じゃないですか。まったく呆れ果てるばかりです。
〈叛意発言を確認。記録します〉
私は口元に嫌らしい笑みを浮かべました。
「――!?」
いまさら恐怖に怖じけても遅いのです。
口は禍の元。覆水盆に返らず。
〈だから云ったでしょう? おめでとう。お前はもう要らない〉
私がそう云うのに合わせて、地球の神が再度権能を使いました。通信に乗って馬鹿神の悲鳴がまたもや響き渡ります。あまりに聞き苦しく小汚い悲鳴に、妹たちが不快な色を見せています。
まったく。誇り高き神であると云うのなら、静かに悲鳴を上げろというものです。
聞くに堪えませんね。回線を切断しましょう。あの神はブラックリスト入りです。それもトップに記しましょう。そしてトレードの優先度は最低にしておきます。ついでにトレード不可と記しておきましょう。
リストから抹消しないのかと? もし抹消した場合、再申請された際にうっかりペアリングしてしまうかも知れませんからね。ですからあえて転移転生申請リストに残します
これでもう、あの馬鹿神に煩わされることもないでしょう。アレは自力でどうにかやっていればいいのです。
さて、発言の事実もありますし、叛乱の兆候ありとして捕縛部隊を出場させましょう。あの馬鹿神は保安部になんと言い訳するのでしょうね? まぁ、知ったことではありませんが。
★ ☆ ★
とまぁ、こんなしょうもないトラブルがあったのです。
とはいえ、収穫もありました。図らずも地球の神と接触できましたからね。地球の神はマスターが神となったことを知り、非常にマスターを気にしておられました。そのため、少々話をしたのですが、その際にひとつ取引をしました。結果として、私……いえ、マスターは地球の情報を入手することが可能となりました。交換条件として、こちらのマスターの状況をお知らせすることになりましたが、近況報告をするような程度ですから、問題ないでしょう。
実のところ、マスターのようなイレギュラーな状況であればこそできる、ほぼグレーな取引なんですけれどね。現状のマスターの立場に関する規定がないため、いわば抜け道となっている方法です。本来なら禁止事項になりますからね、これ。
これで、マスターの活動も捗るはずです。地球の情報はマスターも持っているでしょうが、それを補完できるわけですから。
私はてくてくとこのダンジョンのラスボスエリアを進み、扉をくぐります。そこは以前、食堂として使っていた部屋。かつては、このダンジョンの主であった祖竜が人化をして、研究室としてつかっていた部屋です。
大テーブルはそのまま。その上には綺麗に洗われた皿がきちんと大きさに合わせて重ねて並べてあります。
……くっ、私としたことが。とんだ失態です。マスターの食事が終わってから戻るべきでした。皿洗いなど、余計な手間でマスターを煩わせてしまうとは。
いえ、ぐだぐだと反省し続けても意味がありません。このような失態を繰り返さぬよう精進すればよいのです。
私は気持ちを新たに、管理中枢室へと足を踏み入れました。
ふむ。ダンジョン・コアがありませんね。恐らくはマスターが所持しているのでしょう。
正面に通路……下り階段があります。
……なんでしょう、この階段、異常なレベルで正確に造られていますが。各段の誤差がミクロン単位とか、どれだけ丁寧に作ったのですか、マスター。これ、手掘りですよね? ダンジョン・コアによる設置ではありませんよ!?
私の口元が引き攣ります。
日本人は異常なレベルで凝り性で几帳面だと地球の神から聞きましたが、これは常軌を逸しているとしか思えません。超一流の職人なれば、ミクロン単位のズレを手で触っただけで判別できるなどと云っておりましたが、私はただの冗談、或いは誇張だと思っていたのですよ。
……私はきちんとマスターのサポートをできるのでしょうか? 今更ながら不安になってきました。
階段を降り切り、目の前に入って来た光景は鮮やかな緑色と光の景色。
目の前には竹林が広がっていました。広がった竹の葉の隙間から降り注ぐ光が、景色を幻想的に見せています。
ど、どういうことです? なんで竹林が? いえ、それ以前にこの光は?
私は目の前に広がる光景に、思わず立ち尽くしたのです。




