04 ロミルダのおしごと
母からの手紙が届いたのは、両親と愚弟が王都タイタナイトを出発して半年ほど経った頃だった。
手紙など1年くらい経ってからではないと届かないだろうと思っていたから、少々意外ではあった。
仕事に関することでは、私個人にではなく番頭のほうで大半が処理されることであるし、そこに私信が紛れていれば私の所に届けられるだろう。
もっとも、父も母も筆不精であるのだから、そんなことをするのは余程のことがあった時だけだ。
双方の調子など、商売の様子で分かるのだから。
つまりだ、この手紙の内容はその余程の事態が起こっているということだ。
……嫌な予感しかしないのだが。
「お嬢様?」
長年我が商会の番頭をしているレークニングが、手紙を手にしたまま冷汗をかいているような私を怪訝に思ったのだろう。心配そうな顔をしている。
私は意を決して封を切り内容を読む。
そしてその内容に私は崩れ落ちた。
あまりの事態にレークニングも驚いたのだろう。駆け寄ってきた彼に私は手紙を渡した。
それを読んだレークニングは両手を広げ天を仰ぐような恰好をすると、私同様に崩れるように膝をついた。
内容は愚弟に関すること。
あの馬鹿がやらかしやがった。
よりにもよって、女神様に懸想するとかどういうことなのだ。
いや、百歩譲って、それは良しとするとしよう。女神様であらせられるのだ。それはそれは美しい容姿をしているのだろう。まったくもって不敬極まりないが。
【赤教】においてならば、神楽の巫女様に懸想する者どもの多いことを知っている。それを考えれば、もうどうにもならない事であろうと思うしかないのだろう。
なにせ神楽の巫女様は「男に懸想されぬようになったら終わりぞ!」などと、なんとも剛毅なことを仰っておられたし。
事実、手紙にはまさにその通りであると記されていた。
そして、非常に気さくであるとも。
ただ、その容姿が――
「どこからどうみても幼女……」
「神兵様とお帰りになったときも、やたらとジッコ様に構ってらしたので、嫌な予感はしていたのですが……」
私はレークニングと顔を見合わせた。
そういえばそうだ。あの口数が少なく、妙にたどたどしい口調で堂々としたちいさな魔法師。あの幼さの残る魔法師に、やたらと我が愚弟はつきまとっていた。
「ど、どうしよう? どうしたらいい?」
商売上のトラブルであれば、その対処の仕方はわかっているが、さすがにこんなことの対処法などさっぱりだ。きっと両親もそうだろう。
実際、【黒教】に放り込んで鍛え直してもらい、矯正しようとしたらしいが増々悪化したということだ。
毎朝女神様(弟が懸想している女神様の妹神様。この妹神様が、我らが神であらせられるとのことだ)が先導し、町を一周するランニングを行っているらしく、弟も教会関係者と共に走り、己を鍛え直させていたそうなのだが――
「なんで団体の主催者とかになってるの? 【女神様を愛でる会】ってなに? そもそも女神様を愛でるって、不敬ではないの!? いろいろと怖いんだけれど、怖いんだけれど!?」
「おおお、落ち着いてくださいお嬢様。と、とにかく、ラウル様をどうにかする方法考えましょう」
「どうにかって、教会でも無理だったんだぞ!」
「では、もう隔離するしか方法はないのでは」
レークニングの言葉に私は衝撃を受けた。
「それだ! 隔離だ。女神様から引き剥がせばよいのだ! そうすれば少なくともアレが女神様に直接迷惑をかけることはなくなる。愚弟が作り上げた変な組織はあとからどうにでもすればいい」
「具体的にはどうするのです?」
「本店を女神様のお膝元へと移す。そしてここは旧本店としてラウルに取り仕切らせる」
かなりの荒業だが問題あるまい。なにせ手紙には、すばらしき商材のネタが無造作に転がっているというではないか。
父はあれこれ女神様相手にそれらを用いた商売の了承を取るべく動いているということだ。なんでも町の商業関係を任されたらしい。町の商業が軌道に乗るまでの限定であるようだが。だが、これは凄まじいアドバンテージだ。
発展することが確定してる町だ。そこを本店としても何も問題はない!
「レークニング、私はフォーティの町に行く。ラウルがここに戻るまで、後を頼むぞ」
「お任せください、会長」
「あぁ、そうだ。人事異動の草案も頼む。それと、各種職人の募集もだ。特に針子を集めてくれ。フォーティの町に移住しても良いという者をな」
「畏まりました」
よし。これであとはラウルをこっちに戻せば問題ない。それにアマデオのことも捕まえられる。
私は口元に笑みを浮かべながら、簡単に荷造りをはじめた。
★ ☆ ★
即日私は出立し、ロージアンを経て祠の村へと到着した。
こじんまりとした村ではあるが、ちょっと見て回っただけで理解の範疇を超えるものが多数あった。
コインをいれることで飲食物を手に入れるできる絡繰りもの。段に乗るだけで運んでくれる動く階段など、本当に目を丸くするばかりだ。
……昔、私がのめしたことがある悪ガキ共(もう悪ガキなんて歳ではないが)がここで働いているようだ。ということは、ここはトビアス一家が仕切っているのか? まぁ、あそこならロクでもないことにはならないだろう。
そして私はモノレールなる乗り物に乗り、フォーティの町へと入った。
祠の村もそうであったが、この町に足を踏み入れてはっきりとわかった。
この町はあまりにも異質だ。だが町往く人々を見る限り、明らかに他所の町と比べて警戒心が薄いことがわかる。それだけ治安が良いということだろう。
そしてその原因もすぐに分かった。
……何故トビアス一家の親分さんがいるんだ? あぁ、いや、代替わりしたと聞いたな。なんでも警備会社というのものを経営しているらしい。警備会社? 用心棒を派遣していると。なんだからしいことを始めたのだなと納得した。治安の良さはそのせいだろうか?
治安維持を行っている組織の者を見かけた。人のように見えるが、明らかに人ではないと思われる。軍の礼服のような黒い制服を身にまとい、帽子と覆面のせいで表情の見えない者たち。彼らが二人一組となって、町を巡回しているのだ。
私の見立てでは、そこらの騎士なぞよりも遥かに強いぞ。
私(と、護衛役の共4人)は、モノレールにいた車掌なる者の案内通りに、この町の要ともいえる【サンティの塔】へと行き、探索者カードを作った。このカードがあることで、この町での生活がより円滑にできるということだ。
そして支店へと向かう。ラルフの奴は今夜にでも護衛役の4人に連行してもらう予定だ。
予定通り、仕事もせずにほっつき歩いていた、もしくは例の組織の活動を終えて帰宅したラウルを拘束。トンボ返りとなって申し訳ないが、護衛達にラルフを元本店へと連行してもらう。
あぁ、どんなに騒ごうと無視していい。どうせたいしたことは云っていない。聞いてやるだけ無駄だ。
「ラウル、あんたは本店……元本店を取り仕切ってもらうから」
「そんな! 横暴だ!!」
「穀潰しはいらないから。レークニングに鍛えてもらいな」
「アマデオ、助けてくれ!」
「若、お世話になりました。私は本日付で、本店預かりとなりました」
「なら俺と一緒に行くんだろ!!」
「いえ、本店は本日付で、ここフォーティにあるこの店舗となりました」
「嘘だ!!」
「と云うわけだから、タイタナイト支店は任せたよ。落ちぶれさせたりしたら承知しないからね」
よし。愚弟の放逐完了。これで心配事はひとまず無くな……いや、回避できたと思っていいだろう。
……向こうで変な組織を起ち上げ兼ねないのが心配ではあるが。
レークニング、頼むぞ。厄介ごとを押し付けるようになってしまって申し訳ないが、本当に頼むぞ。
……こっちの酒は素晴らしいとのことだから、定期的に送ることにしよう。恐らくは、必要となるだろうからな。
すまない、レークニング。
翌日、私は父よりここでの経営方針を確認した。
「女神様にお願いして、農地を確保した」
父さん!?
「え、なにをする気なの?」
「ダンジョンより提供されている作物は美味かっただろう?」
「えぇ、驚くほどにね」
「なにも特別な野菜というわけではないそうだ。いや、品種改良を重ねた代物であるそうだが、元は私たちが食べているような野菜と同じとのことだ」
信じられず、私は思わず胡散臭気な視線を父に向けた。
「さすがにダンジョン産の野菜を栽培する許可は頂けなかったからな。ならばこっちにある野菜をあの高みにまで改良すればいいだけだ。そもそも、育て方も違うらしいからな。その栽培技術……農業技術を教えて頂けることになった」
「……父さん、会頭に戻らない?」
「それはお前にやった。返却不可だ。というか、対外交渉はお前の方が私より上手いだろう」
私は顔を顰めた。
「ところで、なぜ野菜なの? 服飾に関することじゃないの? 針子を送れとかあったから、いま手配しているんだけど」
「それに関しては母さんから聞いてくれ。肌着関係だからな。
で、野菜もそうだが、他にも食材関連でいろいろと加工食品をだすぞ。
あぁ、それと、ドワーフの職人たちとも契約をした。各種木工製品や、陶器、ガラス製品に革製品をだせるぞ」
「父さん!? いや、うちの商会をどういう方向に持って行くの? 商品の方向性が多角すぎない? もともとウチは日用品を中心にやってたでしょ! 野菜やら服飾やら、どこまで手を広げるの!?」
「面白そうな物全てだ! なに、商品の幅を広げたところで問題ないだろ。元々ウチは冒険者向けの商品をまとめて取り扱ってもいたんだ。商品に一貫性がなくとも問題ない。なんでも取り扱っている店を“百貨店”とかいうらしいぞ」
あ、ダメだ。父さんの目がおかしなことになってる。多分、この感じだと母さんも似たようなことになってるに違いない。
このまま暴走させといたらまとめきれずに、商会が瓦解する。
なんとかして私が手綱をしっかり握らないと。
この時はまだ、これが我がボナート商会の躍進のはじまりとなるなどと、私は思いもしなかったのだ。




