02 トリのおしごと
さー、開店開店。今日はお店の日だ。
ガラガラとシャッターを開けて、お店の前に立て看板を立てる。書いてある文字は【商い中】。
ここは【サンティの塔】1Fにある商店のひとつ、【シェイディ商店】。そこがウチの城だ。毎日開いているわけじゃないけど、安定してお客さんがやってくるから、それなりに賑わってはいる。
女神様曰く“シェイディ”とは“胡散臭い”という意味なんだって。
そんな名前で思うところはないのかって? ないよ。だって、もともとそういうコンセプトのお店にしよう、って、女神様が云っていたお店だしね。
しかも店の責任者はウチ。アーシン族の小娘が店をやるんだよ。これ以上に胡散臭い店はないって。
あ、ウチはヴィクトリア。愛称はトリ。アーシン族のトリだよ。
さて、このお店が扱うものは、ダンジョンから得たアイテム全般。
探索者からアイテムを安く買いたたいて、高く売るという普通のお店だ。
……普通のお店のはずだったんだけどさ。胡散臭いだけの。
えっと女神様からのお達しで、買取りが販売価格の半額なんだけど、良心的すぎないかな?
普通、口八丁手八丁で安く買いたたいて、店頭に並べるときは買い取り額の10倍20倍なんてのが普通なんだけど。
……。
えっと、うん、女神様は女神様ということだね。
あ、本日最初のお客さん来店。
「おはようトリちゃん。アレは入荷した?」
先ごろこのフォーティの町にやってきた新人探索者(元中堅冒険者)のお兄さん。名前はしらない。アーシン族の店主相手にも普通に接して来る豪の者だ。
「残念。入ってないよー。というか、ここには持ち込まれないと思うよ」
彼のいう“アレ”とは、【脱出の珠】。【サンティの塔】のダンジョン部分から、なんのペナルティも無く脱出するためのアイテムだ。
【サンティの塔】から出る方法は3つしかないからね。“踏破する”、“【脱出の珠】を使う”、“死ぬ”の3つ。
まぁ、最後の死ぬは実際に死ぬわけじゃなく、ペナルティとして入手アイテムの一部をロストしてダンジョンから放り出されるだけだけどね。運が悪いと、持ち込んだ愛用の剣が無くなったりするから、そうなったらご愁傷様だね。
「うーん……やっぱり入らない?」
「有用なアイテムだからねぇ。だから掲示板とかで直接取引とかされてるんじゃん。お値段は5倍くらいだけど。でも募集だけで、取引があったとか聞かないよ」
「5倍か……でもよくその値段で済んでるな。10倍20倍くらいすぐに行きそうな感じだけど」
「女神様が上限を掛けたからね。頑張れば確実に拾えるものを、アホみたいな値段で売るなって」
お兄さんが胡散臭そうな顔をする。
「俺は全然拾えないんだが」
「何階までいけるの?」
「一応、5階まではなんとか」
「それなら運が良ければ1個くらいかなぁ。ダンジョン部全50階層で、最低でも3個、平均5個くらいは配置されるって話だから。10階までいければ、大抵1個は拾えるみたいだけど」
【サンティの塔】は入るたびに構造が変わる。だからマッピングで商売をしていた元冒険者たちは嘆いている。
そしてアイテムの類もその度にランダム配置されるから、誰でも確実に稼げるというのがこの【サンティの塔】だ。……よほど運が悪くなければ。
「俺も募集をだすかぁ……」
「でないと思うけど。きっと余分ができたら自分用に取っておくだろうし」
「そうかぁ……まぁそうだろうなぁ。俺もそうするだろうし」
「諦めて幻獣をつかいなよ。元々【サンティの塔】は幻獣ありきでの攻略を想定したダンジョンなんだし。そうすれば安定して1個は拾えるようになるよ。そもそもなんで使うのを嫌ってるのさ」
「生き物の類はなぁ」
「幻獣は生き物じゃなくて、どっちかっていうとゴーレムだよ」
彼はますます胡散臭げな顔をした。
「町で連れてる探索者を見たけど、どうみても動物の類なんだが。たまにぬいぐるみにしかみえないのもいたけど」
「そういうものだからね。一定以上のダメージを受けると雲散霧消するから、動物じゃないのは分かるでしょ?」
「分かるでしょって、そんな場面見た事ねぇよ」
そりゃそうか。使ってないもんね。町中で幻獣を戦わせるなんてことも起こるわけないし。警邏隊のお人形さんたちが怖いから。
「魔力の塊だからそうなるんだよ。だから消えてもすぐ召喚できるっていうね。女神様がぼっち探索者救済の為に作ってくださった傑作だよ」
「……ぼっちゆーなよ」
なにがあったのかは知らないが、彼がこの町に来た時には見てくれはともかく、中身はボロボロだった。それこそ遠目に見ても痛ましいほどに。
あからさまに人間不信だったしねぇ。まぁ、そういう人には、ソロでしか攻略できない【サンティの塔】はまさにうってつけと云うか、最後の楽園みたいなものなのだろう。
その【サンティの塔】に関しての情報収集の一環として、ウチの店の商品を見に来たりするんだよ、この人。それなりに有能な証拠だと思うよ。
パーティも組めるだろうに、なんでぼっちで活動してんだろ? そんなに酷い目にでも遭ったのかな?
不思議に思うけれど、聞くようなことじゃないか。それじゃ、商売をしよう。
「ということで。ででん! ぼっちな貴方を支え慰める幻獣はいかが? 卵のほうは在庫がないけど、カードの方はいくつかあるよ」
「なんか云い方が酷いな!?」
「事実じゃん」
「ちくしょう!」
「で、買ってく?」
「……値段による」
「バインダーも買わないと、カード式の幻獣は使えないよ」
あ、崩れ落ちた。
結局予算不足で購入を断念。金稼いでくると、お兄さんは飛び出して行った。
まぁ、ウチのお店はいつもこんな感じかな。売るよりも買取りのほうが多いのが現状だ。まだ【サンティの塔】が本格運営を開始して間もないこともあって、ウチも品ぞろえが少ないからね。
そのうち在庫がしっかりしたら、初心者セットみたいなものも作れると思うんだけど、そうなるのはまだ先になりそうだ。
その後もお客さんがちょこちょことやってきて、戦利品の鑑定の査定をしたり、売却していく。購入は無し。基本的に要らないものが売られるわけだから、売れる商品というのが並ばないという悪循環。
普通の商売なら、とっくに商売として成り立っていないから潰れているだろう。女神様はこうなることが分かってて、この店を経営しているから問題ないけれど。
もともと、探索者に稼がせることを目的にしているからね。
★ ☆ ★
「トリちゃん! ガラポン!!」
夕方も間近となった頃、パメラさんが飛び込んできた。
【サンティの塔】の試験運用時から探索者をしている最古参。とはいっても、まだ二十歳を過ぎたばっかりだっけ?
すっかり幻獣蒐集という沼に嵌ってしまっている魔法師のお姉さん。
「ガチャ玉貯まったんだ」
「うん。やっと10枚目を見っけた。10連お願い。1等がでたら補充して」
「はいよー。って、またウチが回すの?」
「トリちゃんのほうが運がいいもの!」
ガチャ玉。【サンティの塔】に落ちているお宝のひとつ。ガチャ玉1枚で、いわゆるくじ引きができる。この八角形の箱をグルグル回して、出てきた玉の色で1等~5等+スカと、もらえる景品が決まる。
一回まわすのにガチャ玉1枚。一遍にガチャ玉10枚分だと、1回追加となって11回まわせてお得なのだ。
なので、今回はガラポン11回。
あ、さっきの補充というのは、玉の補充のこと。ガラポンを回して玉を出す。当然、中の玉は減る。そのまま回せば、僅かながらにも1等の玉のでる確率があがるということだ。
たかが知れてると思うけど。
ということで回そう。ちなみに――
1等:黒 2等:黄 3等:赤 4等:青 5等:緑 スカ:白
となっている。色は6体の祖竜様から。そしてこの並びは……まぁ、云わなくてもいいよね。ほら、【白教】と【緑教】は女神様に嫌われてるから。
ってことで、回そう。
白白青緑赤白黒。黒が出たから出玉を戻してと。あと4回。いや、パメラさん落ち着いてよ。1等がでたからって、叫んで踊らなくていいから。
緑緑赤虹。
ウチとパメラさんの動きが止まった。
虹色の玉。女神様曰くメキシコオパールとかいうそうだ。確かに1個だけ入ってたのは知ってたけど、初めてでたよ。
「えっと……トリちゃん、これなに?」
「……特賞?」
「特賞!?」
「女神様曰く、シークレット枠の賞だよ。出るとは思わなかった。えっと、おめでとう?」
「なんで疑問形なの?」
「だって、回したのウチだし」
「いや、そうなんだけどさぁ」
ということで、黒と虹以外の景品を渡す。どれもあると嬉しいというダンジョンで拾える物。なおスカは薬草。一番安いダンジョンで拾えるお宝だ。もっとも、とある特殊効果があるため、それが露見したら一気に価値があがると、女神様が珍しく悪い笑顔をしていた。
それじゃ、黒の景品の処理をしよう。
「えっと、黒の景品はこの中から選んでね」
そういって私は一枚の紙をカウンターに開く。
そこに記されている景品は4つ。
・幻獣交換券
・バインダー(非売品仕様)
・魔法の武器(要相談)
・プチマジックバック
「幻獣交換券! で【アントマン緑】と交換!」
「即決だね」
「そーよ! って、まだ間に合うわよね? 記念幻獣の交換って」
「大丈夫だよー。いろいろあったせいで明日まで延長になったからね。というか、コンプリートしたんじゃない?」
「そう! 遂によ!」
なるほど。だから踊り狂ったのか。喜びもひとしおだろうし。
【アントマン】。アリをモチーフにした人型の幻獣で、なんと5種類存在する。しかも期間限定ガチャでの景品交換でしか手に入らないということから、全種入手はかなり厳しいものだったりする。
でもそうか、5種のコンプってことは――
ウチは姿勢を正すと、畏まった調子でこういった。
「【アントマン】シリーズのコンプリートおめでとうございます。つきましては、【アントマン】5種を集めた方には、こちら【アントマンV】のカードを進呈します。ただし、引き換えに単体の【アントマン】カードは使用不能となることをご了承ください」
パメラさんが目をパチクリとさせた。
そして私が差し出したカードに視線を落とす。
「え? どういうこと?」
首を傾げるパメラさんに説明する。
【アントマン】は5体1組となる、チームタイプの特殊な幻獣である。5隊同時に運用することで、チームプレイによる特殊必殺技なんかがあるらしい。
しかし5体を別個でそれぞれ召喚するのは手間がかかる上、まず魔力が足りなくなるため、それらを解消するためにひとまとめにしたモノが、1度に5体召喚できるこのカードである。
もちろん、単体、あるいは任意の数を召喚することも可能だ。
尚、このカードを渡すにあたり、これまでの単体でのカードは使用不能となる。
「えっと、それじゃ、これまでのカードは無くならないのね?」
「大丈夫だよ。コレクターにとってはそっちのが問題だろうしね。あ、これが【アントマン緑】のカードね。見ての通り、ギミックが動かなくなってるから。
「あ、ほんとだ」
「他のもそうなってると思うよ」
「えっ!? ……うわ、マジだ。女神様凄い」
そういってパメラさんはカードをバインダーにしまうと、いま入手した、5体が揃ってポーズを取っている画の【アントマンV】カードをバインダーにセットした。
パメラさんのバインダーは、以前は試作型だったけれど、今は標準タイプの本型になっている。
「ちょっと召喚してみるね」
「あ、ウチも見てみたい」
パメラさんが【アントマンV】を召喚する。雷が地面から飛び散るようなエフェクトのあと、ポーズを取った【アントマン】たち5体が現れた。
現れたんだけど……あれ?
「なんか、幼い感じがしない?」
「か、可愛いーっ!!」
あ、ダメだ。パメラさん聞いてない。
【アントマン黒】を掲げてクルクル回ってる。
えっと、確か仕様書があったよね。なになに……あー、一度に5体になるから、魔力量を抑えるために若干小型化してあるのね。各個体の耐久度が若干下がっているものの、でも戦闘能力は変わらないと。集団戦ができるために、非常に強いみたいだ。
まぁ、単純に1対5の図になれば、袋叩きにして終わるだろうしねぇ。
さて、次は虹玉、特賞の景品なんだけれど――
「私が来た!」
「うわぁっ!?」
いきなり現れた姉神様に、パメラさんが飛び上がった。うん。私がいるカウンターからは、転移の魔法陣が展開されるのが見えたから、パメラさんほどは驚きはしなかった。
さて、姉神様がおいでになられた理由はと云うと。
「特賞の景品についての説明に来たわよ。ひと言で云うと【幻獣引き換え券:一部制限解除】となるわ」
「「一部制限解除!?」」
ウチとパメラさんが驚いた声を上げた。だって制限なしってことは――
「そう。【幻獣引き換え券】で制限を掛けてある、21階層以降の幻獣を無条件で手に入れられるわ! あ、上限は45階ね。そっから上はあきらかにおかしいから、おいそれと出せないのよね」
うわ、上限付きとはいえ、すごい破格の景品だ! あ、でも。
「セッカ様。それだけ破格でも、そもそも幻獣を知らなければ手に入れられませんよ」
「うん。分かっているわよ、トリちゃん。だから今回は固定で私がひとつ渡しに来たわ。イベント限定のをね。そうそう、なんか雷花ちゃんがノセられて【サンティの塔】RTAなんてやることになったのよ。それでその様子は公開されるから、未踏部分の幻獣を知ることができるわよ。近いうちに」
そう云いながら、雪歌様がふところから幻獣カードを一枚取り出した。
「はいこれ。幻獣【アントマン銀】」
「銀!?」」
え、知らないよ。聞いてないよ。え?
「シークレット枠で作っておいたのよ。5種コンプリート者がでたら公開しようと思ってたんだけれど、誰もコンプできなくてねぇ。ガチャ玉、キャンペーン中は塔での出現率を上げておいたし、それなりにガチャも回ったっていうのに【アントマン】を選ぶ人がいなくてさぁ」
「あー……それは丁度ドーベルクの騎士さんたちが、エレメントの4体を集め捲ってましたから」
実際、1等を引き当てた人は、みんな【アクア(女性型)】を選んでたしねぇ。もしくは【ラピス(女性型)】。【イグニス】と【トニトルス】は触れても感触がアレだから、この2種と比べると敬遠されたんだよね。ストイックな騎士様以外には。そしてストイックな騎士様は驚くほど少なかったというね。
普通の探索者も、それに協力と云うか、ガチャで1等が当たったら手に入れて売ってたみたいだし。
「くっ、戦争のせいか。おのれシャトロワ!
あ、銀の性能だけれど、基本の5体の能力全て。当然、若干能力は落ちるけれど、オールラウンダーとして使えるわよ。ピーキーじゃないぶん小器用で戦術に応用が利く幻獣になってるわ。個体戦力としては35階くらいかしらね。うまく実力を発揮させてあげられたら」
うわ、強っ! 現状、出てる幻獣の中じゃ馬鹿みたいな強さを誇ってる【パペットベア】より強いじゃん。
「あ、もうひとつ欠点があったわ。継戦能力はないわよ。破格の性能の代償と思って。格下相手に余裕をもって戦うならともかく、格上と戦った際の消耗は酷いから」
いやあの、それって普通なのでは? 姉神様。
「ということで、可愛がってあげてね。じゃっ!」
そう言い残して、姉神様は歩いて帰っていった。いつの間にいたのかまったくわからなかった背の高いメイドと一緒に。
帰る時は転移じゃなくて徒歩なんだ。
★ ☆ ★
パメラさんが帰って少ししてから、お店が混み始めた。
この時間になると、戦利品を売却しにくる人がたくさんやって来る。基本的に小金にしかならないものばかりで、大半が薬草と毒草だけれど、売らないよりましだからね。
でもこの最安値の薬草に裏の効果があると知ったら、みんなどうするんだろう? その効果の程は私も知らないから、なんとも云えないんだけれど。
あの女神様がニヤニヤするほどだからね。
さて、本日の収入はと云うと、驚きの0GP! いや、本当に誰も買って行かないのよ。まぁ、これは商品の品ぞろえが原因だから、潤沢になるまで待たないといけないんだけどさ。
はやくコンスタントに上層まで登れる探索者がそれなりに出てきてくれないかなー。
最古参のパメラさんたちでさえ20層にまだ届いていないから、暫くは無理かな?
まぁ、ここは儲けは度外視って女神様が云っていたから、この有様でも問題ないんだけどさ。
締めの作業も終わったし、そろそろお店を閉めよう。
一応キャンペーンは明日までだから、明日もお店を開けなきゃ。
立て看板をしまい、入り口の目立たないところにあるボタンを押してシャッターを降ろす。
これでよしっと。とっとと帰ってご飯を食べよう。今日のおかずはなんだろうな?
それじゃ、お疲れー。




