04 皇都探訪
■ベレシュ神聖皇国
白教教皇たる白竜は、その豪奢な椅子にだらしなく腰掛けていた。
頬杖をつき、左手は肘置きを苛立たし気にコツコツと叩いている。それは先日、いままさに下働きの巫女たちに運び出されようとしているエスタファド軍務卿が、フォーティの町を侵攻する際に行っていた様と同じことだった。
思い通りにことが進まず、苛々と指先でコツコツと叩く。
視線の先には、騎士によって担がれて来た軍務卿が転がっている。そしてその周囲で4人の神官たちが慌てたように作業をはじめている。
そしてひとりが首を、3人が体を掴んで運んでいく。血が落ちて床がこれ以上汚れないように、襤褸となった毛布で切断面を包んでいる当たり、彼女たちはよく心得ているといえる。
12000もの兵を与えたにも関わらず、敵の戦力について何もわからぬとは、どれだけ使えぬのだ。
たかだか5体の魔物に全滅させられたなどと、なにをどうやれば12000の兵が全滅させられるのか。
白竜は理解に苦しむ報告に、渋面を晒したままだ。
「猊下、迎撃は我らにお任せを」
跪き、自信をもってそう宣う騎士を、白竜は忌々し気に睨む。
「貴様に神を殺せると?」
「神はここにおわします。なれば、我が国に押し入りし賊のどこが神でありましょうや」
大真面目にいう騎士に、白竜は胡乱気な視線を落とす。
胸甲を叩き礼をする騎士。果たして彼のいう“ここ”とはどちらのことか。
白竜は口元を微かに歪めた。
「好きにするがいい。だが、そう云ってのけたのであれば、見事討ち果たしてみせよ」
「御意」
一礼し、この場に軍務卿を担いできた騎士は揚々と神殿から出て行った。
その姿に、教皇側仕えの神官たちはその渋面を隠さぬまま、恐る恐る教皇の様子を伺う。
あの騎士のあからさまな取り入るような態度は、明らかに教皇の不興を買うものなのだ。
「ふん。心にもないことを」
そう呟き、白竜は再びひじ掛けをコツコツと叩き始めた。
★ ☆ ★
■はじまりのダンジョン:一般居住区
はじまりのダンジョン、一般居住区。ここに住んでいるのは、最初期に保護されたドワーフたち7人と、エルダードワーフのマギー(マーガレット)とアーシンのトリ(ヴィクトリア)。そして砂エルフの3人、ロー、ユー、ネー。
しばらくはこの12人のみであったが、この程ドーベルク王国から第2王女であるエルゼ姫が侍女3人と共に人質として来ている。
そんな彼女たちが姉神、雪歌によって集められた。
ついでに、【黒教】と【赤教】の神託と巫女と神楽の巫女も。【赤教】の場合は、どちらかひとりは本拠地であるドーベルク王国の大神殿に駐在していなくてはならないのだが、本日に限っては大神官に業務を任せて来ている。
レプリカントたちは一部を除き、本拠のほうの食堂に集まっている。そして騎士団の面々も。ここにいるレプリカントは、いっ子とにっ子、そして荒事組のやっ子、きゅー子、じっ子、なぐ、ルーティ、そして雪歌の護衛役のひろの8名。
準神であるふたり、メイドちゃんとメイドさんも、雪歌のとなりに控えている。
そしてもちろん、祖竜たちも同席している。【黒】、【青】、【赤】、【黄】の4体が人の姿で参加している。
これからここで行われること。それは――
「やー、突然の呼び出しに応えてくれてありがとう。本日、みんなに集まって貰ったのは他でもないわ。雷花ちゃんがベレシュをぶっつぶしに出掛けたから、それを皆で見ようと思ったのよ。
少なからず、関係はあるでしょう? ドーベルクと【赤教】はお隣同士ってこともある上に、向こうがちょっかい出して来るから小競り合いが絶えないし、【黒教】は――黒竜さんが白トカゲと険悪なのよね?」
「老害は黙って云うことを聞けと、宣いやがりましたからね」
【黒教】教皇の姿のまま、黒竜はそう答えた。彼女の前には、緑茶と山盛りになった和菓子が置かれている。和菓子の内容は羊羹、最中、きんつば他諸々で、基本、摘まんで口に放り込める一口サイズのものばかりだ。
確かに【黒】と【白】とでは年齢差はあるが、たかだか500年だ。
「お姉様。それ、初耳なのですが?」
「そりゃ、他に誰もいない時に云っていたんだもの。わざわざそんなことを知らせる必要もないでしょ。あの莫迦は自分が最後に生み出されたものだから、もっとも優秀であると思っているのよ。で、最初の私は最も無能ってね。というか、あんたもそんな感じだったでしょう? あんたが私をどう思っていたのかなんて、まるっとお見通しよ。
そうそう、【青】。あんたもアレにババアだのなんだのと、散々な云われようだったわよ。【赤】も似たようなものね。唯一アレが怖れていたのは【黄】だけよ」
【黒】の暴露に【青】は頭を抱え、【赤】は憮然としながらも、【黄】が一目置かれているということには納得していた。
「なんというか、ある意味末っ子あるあるな感じに育っているのね。甘やかされてわがまま放題のクソガキみたい。
まぁ、雷花ちゃんを殺して存在質量を奪おうって魂胆らしいし、火の粉は振り払おうってことで雷花ちゃんが出張ったのよ」
「そもそも神の存在質量を奪うことは不可能です。神は亡ぼすことはできても殺すことは不能です。そして亡ぼすためには存在質量を削り消滅させるわけですから、奪うことなどできません」
雷花の側近であるメイドちゃんが補足する。尚、彼女は留守番を雷花より仰せつかっているため、こうしてここにいる。そのため、少々機嫌が悪い。
メイドちゃんはジロリと呑気な様子に見えるきゅー子となぐに視線を向けた。
「きゅー子となぐはよく見ておきなさい。マスターの近接での実戦など、恐らくはこれが最初で最後です」
メイドちゃんがレプリカントたちを名付け前の名で呼んでいるのは、この場に身内以外のものが臨席しているからである。
彼女たちが名付けられた名で呼び合うのは、基本的に身内の時のみだ。
また、ドーベルク王国で活動していた時には名付け前であったため、彼女たちが以前の名で知られているということも理由だ。
「まぁ、そうね。雷花ちゃん、基本的に護身と逃亡に特化した感じだからね。今回みたいに殴り込みに行くなんていうのは有り得ないのよ。
本当は、殴り込みにきた白竜を迎え撃とうと思っていたのに、結局来そうにないからねぇ」
「ここの広さを考えれば、わざわざ乗り込もうとは思わないでしょう」
メイドちゃんの言葉に、雪歌は肩を竦めた。
同時に、室内の照明が僅かに暗くなる。
「おっと、雷花ちゃんが行動を開始したみたいね」
《映像を出します》
設置されたスクリーンに、雷花たちの姿が映し出された。
その足元には首都の入り口となっている大門を護っていたのであろう衛士たちが倒れていた。
「おー。思っていた以上に綺麗に映っているわね」
《カメラマンにステルススライム、中継を管理システムが行っています》
「……神様の中継を神様代行がやってるとか、なんだか凄い状況ね」
《門を護っていた衛士は、マリアが始末しました》
「あ、雷花ちゃんじゃないんだ。好き勝手やるのは、町に入ってからかな
?」
門を潜り抜け、町を一直線に貫いている大通りを進む。
当然のことながら、この道は町の中央に聳えている大神殿へと繋がっている。軍事的に考えれば、もっとも無警戒な作りの町といえるだろう。なにせ、なんの障害もなく、国家の中枢たる教皇の下へと辿り着けてしまうのだから。
そしてこの大通りに沿って並ぶ……いや、この町に存在する建造物は、大神殿とそれに付随する施設を除き、全て同じ建物であるようだ。
いわゆる豆腐建築と箱庭ゲーなどで揶揄されるような建物が並んでいる。商店のような建物はなにひとつみつからない。
「なんだか、町らしくないわねぇ」
「人通りがまったくありませんね。戒厳令でも出たのでしょうか?」
「みんな一緒の建物が並ぶというのも、気味の悪いものですね」
雪歌、メイドちゃん、いっ子と、画面に映し出された光景の感想を述べていく。
《ベレシュでは全てが配給制の国家であり、国民は全て指定された作業に従事しています。職の違いはありますが、格差はありません。同時に、自由もほぼありませんが》
ダンジョンコアの説明に、雪歌が呻くような声を上げた。
「ということは、完全に真っ赤な国ってことかしら?」
「あ、姉神様!? 我が【赤教】は【白教】のようなことは――」
「あー、誤解させちゃったわねー。私が前にいた世界は、大雑把に勢力が二分していたのよ。それを色で表していてね。ひとつが赤、もうひとつが青っていう感じ。
共産主義なんかを赤で色分けしていたわけだけれど……私が思うに、人が人である限り、共産主義はちゃんとした形で動かせるとは思えないのよねー。それこそAIにでも国家運営を任せでもしない限り。でもそうすると、人類VS機械が題材の破滅世界を題材にしたSFな世界になりそうな気がするわねー」
「……姉様。随分と殺伐としていますが、それほどですか?」
「実際、そんなものよ。AIによる支配云々は妄想でしかないから置くとして、じゃあ人がってなると、大抵はロクでもない独裁者になるのよ。
こんな事例があるわよ。
政府高官が最高指導者に贈り物をしたの。それはそれは素晴らしいブレスレット。指導者はその贈り物に満足し、すべての執務を終えた後、それを身に着けようとした」
雪歌のその云い回しに、聞いていた皆が一様に僅かながらに怪訝な表情を浮かべた。
「でも、そのブレスレットは指導者の腕には嵌らなかった。そのことに激怒した彼は、それを贈った高官を処刑してしまったわ」
周囲の皆が皆、え? と云わんばかりに、目をパチクリとさせた。
「処刑して……しまったのですか?」
「そーよ、いっ子ちゃん。ちなみに、腕に嵌らなかった理由は、指導者がぶくぶくに肥え太ってたのが原因よ。ちなみに、町で早馬に追い抜かれたからって理由で、その早馬の……使者? も殺したっていうのもあるわよ。ちなみに同じ指導者のエピソードよ」
「え、えぇ……?」
いっ子は雪歌の答えを理解できずにいた。いや、理解すべきではないと思考を一瞬放棄していた。
「そもそも社会である以上、管理する者は必要となるでしょ。で、その管理する側も人である以上は欲はあるものよ。そしてその最たる者が国のトップ。帝王学を修めた聖人君子なんて有り得りゃしないんだから、最終的に出来上がるのは独裁者の治めるディストピアってものよ。好き放題できるからね。眼鏡をかけている奴は俺より頭が良さそうだからって理由でみんな殺した指導者もいるしね。
まぁ、全ての赤い国がこんな有様ってわけではないと思うけれど、やらかしてる国がこんな有様だもの。私はそんな国に住みたいとは思わないわね」
「まさに【白】の国のことねー。あの子、そこまであからさまではないけれど、似たようなことをしていたもの」
【黒教】教皇が気だるそうに羊羹にようじを突き刺しつつ、雪歌の言葉に続いた。
画面では、雷花が見惚れるような所作で町を進んでいる。服装は普段通りのロングのキュロットスカートに白いブラウス。足元はやたらとゴツいジャングルブーツという出で立ちだ。その背後をまるで幽鬼の如く、ゴシックファンタジーのヴァンパイアハンターような姿の人美が続く。
皇都へと入る際の衛士との戦闘以降、なにごともなく一直線に皇宮、【白教】大神殿へとまっすぐ進んでいる。
それこそ、のんびりと散歩をしているだけのようだ。
ただ、通りには誰ひとり姿は見えない。雷花は一切のよそ見もせず、真正面を見据えたまま歩いているが、人美はときおり左右に視線を彷徨わせていることから、周囲の建物内に人はいるようだ。
「うーん……これじゃ本当にただのお散歩ね。私もついて行けば良かったかしら?」
「やめてください」
メイドちゃんがすかさず雪歌に釘を刺した。
「考慮する間も無し!?」
「……なにを、唄われるのですか?」
問われ、雪歌は視線を明後日の方向へと向けた。
「本当、お願いしますから自重してください。先日の【子守唄】事件のことを思い出してください」
「いや、『酒、飲まずにはいられない!』なことになる歌を唄うつもりだっただけだから」
「そこら中に死者がでますよ!?」
「大丈夫よ。完全管理の宗教国家よ。家庭に急性アルコール中毒になるほどの量のお酒なんて、置いてあるわけがないわ!」
断言する雪歌に、メイドちゃんは頭を抱えた。
画面ではそんなメイドちゃんの苦悩を感じたかのように、突如として雷花が足を止めた。
直後、その眼前の石畳が轟音を立てて爆ぜた。
雷花のすぐ目の前の石畳を割って突き刺さっていたモノ。それは――
「あれは……槍?」
「槍にしては少し太いですね」
《あれはバリスタの矢玉です》
「設置場所を間違えてないかしら? バリスタって、攻城兵器でしょうに」
「暴動対策……でしょうか?」
《【林】が【マジックミサイル】でバリスタ1基を破壊》
ダンジョンコアが状況を説明する。
画面では、マリアの頭に乗った【林】ことクアッドスライム2番が、特大の【マジックミサイル】を容赦なく連射している。普通なら到底届かない距離を飛び、バリスタを次々に破壊していく。
「これはディーに見せ、たかった」
「本来の【マジックミサイル】の10倍くらいの射程?」
「お母様のことだから、20倍くらいでもおかしくないんじゃないかな」
じっ子ときゅー子、そしてなぐが考察をはじめた。
《バリスタの射程は凡そ400メートルです。先ほどマスターの手前に着弾した矢玉は422メートルの距離を飛来しました。風による影響が微々たるもののあったと思われます。
ちなみに。【マジックミサイル】の標準有効射程は40メートル。マスターが魔改造した長距離仕様【マジックミサイル】の有効射程は2000メートルです》
「伝授してもらわねば」
じっ子が鼻息荒く呟く。
画面では、すべてのバリスタの沈黙を確認した雷花たちが再び前進をはじめる。
雷花の頭上を頂点に、扇状に縁をピンク色にしたような白色の球体が8つ出現した。
「……なんだかどっかのゲームで見たことのある魔法ね」
「マスターが自動迎撃魔法として開発したものですね」
大神殿まであと200メートルというところで、神殿前に展開した騎士団が矢を射かけはじめた。だがその悉くが雷花の周囲に展開する光球から射出される【マジックミサイル】によって撃ち落されている。
接敵まで100メートル。
雷花がゆっくりと走りはじめる。徐々に速度をあげ、全速力で騎士たちへと突撃した。
まずは真正面の騎士の首に腕をぶち当て、そのまま仰け反らせて転倒させるように地面へと叩きつける。
そしてその屈んだ状態から、いましがた倒した騎士の後ろに控えていたもうひとり、即ちすぐ眼前にいる狼狽えた騎士に向かって胴回し回転蹴りを叩き込み、巻き込むようにように転倒した。
地面に転がることは折り込み済みだ。一緒に転倒した騎士の首を踏みつけつつ体勢を立て直す。そして踏みつけたそれをへし折りつつ次なる獲物へと突撃する。突き出される剣を躱し、スルスルとまるで蛇のようにその騎士に取りつき足でその首を挟みこみ振り回すように投げを打つ。
騎士たちが剣を振るうに振るえない立ち回りをしつつ、容赦なく騎士たちを肉盾とし、転倒させ、首を踏みつけ、或いは頭部を蹴り飛ばして戦闘不能に陥らせていく。
スーツアーマーなどという完全防備が、彼らにとって完全に仇となっていた。金属の塊であるスーツアーマーは重い。だがそれ以上に各関節部が部位を護る装甲により可動範囲に制限が掛かっている。故に、一度転倒すると起き上がるのに手間が掛かるのだ。それこそ、コツが必要な程に。
実際、こういった鎧兜が全盛だった頃の地球では、転倒させた後、腹部の鎖帷子をめくりあげて、短刀で切り裂いて止めを刺して回ることなど普通であった。
雷花が次々と神殿騎士を打ち倒して行く姿に、食堂に集まっている面々は半ば呆然としていた。
目測で200人はいたと思われる神殿騎士たちは、すでに半数が戦闘不能に陥っている。雷花が突撃してから、たかだか数分しか経っていないというのに。
「いやぁ、話には聞いていたけれど、本当に“普通”の世界の人ってこんなにも弱っちいのね。まぁ、雷花ちゃんがおかしいのもあるけれど、とはいえあの子、荒事に関しては素人に毛が生えた程度よ」
「……無双しているんですが。現状の“器”の性能は、人とさほど変わりないハズですよね?」
「生前のレベルまで能力を落としたっていってたわよ。体の性能が良すぎて制御しにくいって云ってたわね」
「姉様、マスターが使っている技を見たことがないのですが」
きゅー子が手を挙げ問うた。
「あー……。あれ、ほとんどプロレス技なのよ。エンターテインメントに寄った派手な技だから、基本的に実用には向かないわよ。一緒に転倒したりして隙が多いから。雷花ちゃんはなんか、無理矢理隙を潰して技を繋いでるけど。
えっと……ランニングネックブリーカーから胴回し回転蹴り、レッグシザーズホイップ、ドラゴンスクリュー、STO他色々。柔道技も混じってるけど、まぁ、プロレスでも使われてるし問題ないわね」
STOなんて普通に大外刈りだしねぇ。と、雪歌が苦笑いしながら眺める画面では、ちょうど雷花がその技で神殿騎士を転倒させている。
「あんな大技を乱発しているけど、相手側が微妙に密集していて剣を振り回せないことと、それに合わせた立ち回りをしているから、雷花ちゃん、やりたい放題よ。味方を斬りつけることも厭わなければ、一撃くらい雷花ちゃんに入れられるかもしれないけれど……いや、無理かな。あの間合いだと」
ほどなくして、雷花の侵攻を阻止すべく待ち構えていた神殿騎士たちは全滅した。
大多数はまだ生きてはいるが、暫くは行動不能だろう。
雷花は辺りを確認すると、大神殿へと入って行った。その後を追うように、マリアが続く。




