それじゃ、さよなら
新作の投稿を開始します。
各章が完成次第、順次投稿していく予定です。
本日より、序章、第一章を一話ずつ0時に投稿していきます。
よろしくお願いします。
川沿いの道から慎重に車を土手側へと進める。舗装された道から、ただ土が踏み固められただけの道へとはいる。
確か、なんとか遊歩道などと名付けられていたハズだけど、ただのあぜ道みたいなものだ。
現在の時刻は1:08。空模様は半ばの曇り空。お月さまは見えないけれど、雲を通して月明かりがほんのりと漏れている。
桜並木を右に見ながら、ゆっくりと、慎重に車を走らせる。なにせ、車なんて運転したことないからね。体はガチガチに強張って力が入りっぱなしだ。
ここまでどこにもぶつけずに来れたのは奇蹟だ。例えスタート地点がここから1kmと離れていないとしても。
目的の場所に到着し、車を停める。桜並木の向こう、道路を挟んだ先は墓地。私の住む町の名前の由来となったお寺だ。もっとも、その由来となった樹はもう無くなってしまっているけれど。それも私が産まれるよりもずっと前に。
当時の町長をはじめ、区画整理を推し進めていた連中が自分の利ばかりを考えた結果、町のシンボルとなっていた樹を枯らしたというのだから、本当にロクでもない。
そんなことをしたら枯れると警告を受けていたというのに、お金万歳でやらかした結果がそれだ。
まぁ、人間というのは、それだけ欲と業が深いのだろう。
私はそれを両親の葬儀と、そして姉の葬儀でまざまざと思い知った。
葬儀の場は故人を悼む場だと思っていたが、それは私の思い込みであったようだ。
なにせ、両親や姉を本当に悼んでくれたのは、身内や血縁ではなく、ちょっとした付き合いのあった友人知人たちだけであったのだから。
ま、もうそんなことはどうでもいい。
他人なんか知ったことか。もう終わりにするんだから。
ギアをPに入れて車から降りると、トランクに詰んでおいた折り畳み自転車を取り出す。これは帰りの足だ。歩いて帰れる距離だけれど、のんびりテクテクとあるいて、誰かに見とがめられるのは困る。なにせ深夜もいい時間だし。いまの私は怪しさ抜群だ。
見つかることも考慮して、いろいろと変装もしてきているし。
母のウィッグに、父のスニーカー。スニーカーの方は、踵の所に布を詰め込んで無理矢理足にフィットさせている有様だ。ちょっとばかり歩きにくいけれど、自転車に乗ってしまえば問題ない。
自転車の次は死体。
後部座席から中年女の死体を引きずり出し、運転席に座らせる。もちろん、シートベルトもしっかりと。
助手席には、この女の娘が座っている、当然ながら、これまでにないくらい死んでいる。
ふたりとも、しっかりと私が溺死させたからね。
さてと、これを川に沈める訳だけれど……機敏にやらないと。ギアをDに入れてドアを閉める。ぐずぐずして私も川に引き込まれたらたまったものじゃない。
いまの時期、田植えのために堰枠は閉じられ、川の水は冬場と違いなみなみとしている。街灯が整っていなかった昔は、川面を道路と誤認して車が落ちる事故が絶えなかったそうだ。いまじゃしっかりと道路が整備されて、縁石やガードレールがあるからそんなことはないけれど。
さて、やろうか。
ギアを操作し、車体から体を抜いてドアをバタンと閉める。
スルスルと進んでいった車は、ざぶんと川に落ちた。エンジンはすぐに止まるだろうけれど、水嵩の増しているいまの時期なら、十分に沈むだろう。見つかるのは数時間後くらいかな? 早ければ四時ごろには見つかるかもしれない。
私は自転車に乗ると、少しばかり遠回りをして自宅へと帰った。やることはまだ沢山ある。
まったく、本当なら向こう2年で準備するハズだったのに……。
空が白んできた頃に、必要最低限の準備が終わった。
姉の初七日法要の後片付けはまだできていないけれど、これはもう、このままでいいや。食器やらなんやらの片づけはできているし。
姉のお骨は今日、お墓におさめたし。本当なら四十九日まで置いていきたかったけれど、あのクズ共が来たことを考えると、今日でよかった。下手をすると、お骨をぶちまけられてたかもしれないし。
……あぁ、そうだ。この後、お墓はどうなるんだろう? 無縁墓地に移されるのだろうか? 一応、お金関連はしっかりとしてあると姉は云っていたけれど……。まぁ、こればかりは考えても仕方ないか。
彩へのメールの方は、大丈夫。弁護士の先生への手紙も……うん、問題ないと思う。
残しておいた睡眠導入剤をまとめて飲む。両親の死後、体調を崩して病院に通っていた時に処方してもらったものだ。眠れないと云ったところ、思ったよりもあっさりと処方してもらえたのを覚えている。まぁ、そんなに強い薬ではないからだろうけど。とはいえ、市販されているものよりは強いんじゃないかな。
これで準備は完了だ。
よし、それじゃ――
「死ぬとしようか」
誰ともなく云うと、私は浴室へと向かった。
唯一、心残りがあるとすれば――
自殺じゃ、お姉ちゃんと同じ場所にはきっと逝けないよね。あぁ、それ以前に、ふたり殺したんだから無理か。
逝くのはきっと地獄だ。
自嘲的に笑い、そして私は手首を切った。
それじゃ、さよなら。