本当は続くはずだったこの日常
「ピピッ、ピピッ━━」
2021年4月3日
タイマーを切り、布団の中で身じろぐ。春とはいえ朝方はまだ冷え込むようだ。布団をでてすぐに上着を羽織った。
洗面所で顔を洗い、歯磨きをしながらテレビをつける。
「━━の駐車場で男性が殴られる事件がありました。容疑者は18歳の高校生で「殴りたいから殴った」と供述しており━━」
「(ん、前にもそんな事件なかったっけ)」
歯ブラシをくわえながらパンをトースターに入れる。
たしかあのときの事件も、高校生が通行人に暴力を振るったんだっけ。その時は「誰かに因縁をつけたかったから」と、なんとも大迷惑な理由だったのを今でも覚えている。
「(高校生ってそんなにたいへんなのか......?)」
ふとそんなことを考えながら、焼けたパンをトースターから取り出す。
朝食はいつも、焼いた食パンにマーガリンとブルーベリージャムを塗ったもの。飲み物はコーヒー牛乳、どれも親が作ってくれていたものだ。
朝食を終え洗濯物を干した後、俺が今年から通う皐月ヶ丘学園の制服に着替える。制服はブレザーで男女ともにネクタイをする。けっこうおしゃれなデザインで、これを着たいがために頑張って勉強をする人もいるのだとか。
スマホを軽く確認し、出発の準備が整うと机に置いてある父さんの形見である腕時計をつけ、母、父、弟、俺が写った家族写真に手を合わし、
「いってきます」
と言い、家を出た。
*
皐月ヶ丘学園では一昨日が入学式がだった。本館の三階にある一年の教室では新入生たちがさっそく友達を作り会話を楽しんでいた。
みんな華やかな学園生活を期待して、胸を躍らせているのだ。
そんな中、俺━━桜川逢馬は窓側の席で外の桜並木をただ眺めていた。
「典は部活何に入るか決めたか?」
不意に名前を呼ばれて振り向くと、少し日焼けをした長身の男子が立っていた
「いーやまったく、典は陸上部だろ?」
「ああ、スポーツ推薦で受かったから入らないといけないんだよな」
そう話すのは中学からの親友、門真典。俺の数少ない友人だ。偶然にも同じクラスになり、中学時代同様に仲良くしている。
中学から短距離走を初めたらしいが地方でトップ10入りするほどの実力者。この学園にはスポーツ推薦で入ったのだが、本人は真面目にやるつもりはないらしい。
「お前を知ってる人は驚くだろうなぁ、なんで皐月ヶ丘なんかに入ったんだ、って」
「はははっ、確かにそうかもな」
ここ、皐月ヶ丘学園は偏差値が高い有名校。だが、陸上部は全国で名をあげるほど強くはない。
「俺の実力じゃ全国レベルに比べたら足元にもおよばないからな。それに将来は陸上選手で食っていこうなんて思ってないし」
典はわりと現実主義のようで、常に将来のことを見据えているのだそう。そのため、中学の成績も毎年上位にいるほどの文武両道で、スポーツ推薦がなくてもこの学園に入れるほど賢い優等生なのだ。
「そういえば、朝から女子がお前のことでうるさいほど盛り上がっているぞ、さすがイケメン」
「やめてくれ、俺はそんなの興味ないし迷惑だ」
「でも場所も人も変わったんだし、一回ぐらい彼女を作ってみたらどうなんだ?協力するぞ」
「恋愛経験ゼロのお前に協力できることなんてあるのか?」
「あるとでも思ったか?」
典は中3のとき恋愛関係でトラブルがあり、それがトラウマになり女子と交流するのが苦手なのだ。
しかし、顔立ちがよく性格も誠実で優しい。陸上部では部長をしていたこともあってリーダーシップがあり、コミュ力も高い。まさしく非の打ちどころがない理想の人間像。これで彼女がいないのだからみんなは不思議がることだろう。
典は、はははっと笑い、
「そんなことより、入りたい部活がないんだろ?だったら一緒に陸上部見に行こうぜ」
「俺は陸部に興味はないぞ」
「まあまあ、学園説明会のときに「レベルにあった練習メニューがある」って言ってたし先輩や監督も優しそうだったから、ただ運動する分にはちょうどいいと思うぞ。」
「どうだかな、ていうかそもそも俺が暑い中運動するのが嫌いなの知ってるだろ」
「そういうなって、お互い一人暮らしだしなにかあったときに頼れるのは己の筋肉だけだぞ。筋肉はすべてを解決してくれるし」
「脳筋かよ」
そんな感じで笑って話しているとチャイムが鳴った。典は「気になったらいつでも言えよ、じゃあな」と言い、席に戻っていった。
ほんとに部活なんて入る気はなかったが......、確かに一人暮らしは大変だ。もう少し体力はつけたほうがよさそうな気もする。
「(まあ、暇つぶしに見に行くか。)」
などと考えていると担任の先生が入ってきて朝のHRが始まったのだった。
*
6限目のチャイムが鳴り、全員が一斉に帰る準備をし始めた。
今日は初めての授業ということもあり特に疲れることもなく終わった。
「逢馬、一緒に帰ろうぜ」
学生カバンを持とうとしたところに典がやってきた
「部活はまだやらないのか?」
「ああ、やらないというより今日は休みだからな」
部活の体験入部は明日から始まる。たぶん足並みを揃えるために休みなのだろう。
「そうなのか、じゃあ俺も明日見学しに行くよ」
「おっ、ほんとか!じゃあ先輩に新人確保したって連絡しておくわ」
「まてまて、まだ入るとは言ってないぞ」
本当に見に行くだけだ、と何回も忠告し典と帰路についた。
綺麗な桜の花が香る道をまっすぐ歩く。
この町は田舎ほどではないが山や川などがあり、3つ先の駅で降りると海が見えるなど自然が豊かだ。海の方向には噴水や映画館もある大型のショッピングモールもあり、ここらではデートスポットの定番である。
「おばさんとおじさん元気にしてるか」
自転車を押して歩く俺に典が訊く。
「めっちゃ元気、俺が立派になるまで死ねないって言ってたよ」
「はははっ、あの人たちらしいな」
俺は訳あって、中学生の頃は母方の祖父母に育てられていた。典はよく家に遊びに来たから祖父母ととても親しい仲なのだ。
「いやーしかし、お前が本当に一人暮らしするとわな。毎日騒ぎに行ってやるよ」
「迷惑だ、来るな」
「辛辣すぎないか!?」
「嘘だって、たまになら遊びに来てもいいぞ」
そして駅につく直前の信号に捕まり、待っていると
「あれ?逢馬くんと典くんだよね?」
後ろから俺たちの名前を呼ぶ柔らかな声が聞こえてきた。
「なんだ、穂美か」
「なんだって、その反応はないと思いますけど」
そう不機嫌そうにしゃべるのは同じ中学出身の芦原穂美。彼女もとても勤勉で、いつも三人で成績争いをしていた仲だ。彼女も4月から皐月ヶ丘学園に入学した。
垂れ目と腰近くまであるふわっとした髪が特徴で、見た目はおっとりしているが物事をはっきりと言うタイプだ。穂美の家族は最低でも小学校の間は空手を習わせるようにしているらしく、力が強く知力もある。
昔、気の強い女子が好きな男子は、穂美のことが好きだったらしく腹いせに嫌がらせをしたのだ。が、ボコボコに返り討ちした挙句論破でとどめを刺し不登校直前まで追い詰めたことがあった。しかし、負い目を感じた穂美はその男子を言葉巧みに操り女子と付き合わせ学校に通わせたという武勇伝を持っているやばい奴だ。
「穂美も電車なのか?」
「うん、その感じだと典くんも電車なのかな?」
「あ、ああ、そうだけど」
そういえば典が女子のことが苦手になったとき、穂美と二人でデートして治そうとしたことがあったな。でも、いつまでもくよくよしている典にイライラした穂美が毒をちょろっと吐いてしまったらしい。以降、典は穂美のことが怖いのだとか。
「よかったな!典!」
「なんでそんな腹立つ笑みをしてんだ......!」
「どうかしたの?」
「あっ、いや、なんでもないですよ!大丈夫です!」
「どうして敬語なのかな」
穂美が温かい目で典を見る。穂美のやつ、わざとやってるな。
「じゃ、俺帰るわ。穂美もまた三人で昼ごはん食べようぜ」
「うん、またね~」
「ちょ!待ってくれよ!」
「仲良くやれよー」
そう言い残し、典の制止の声を無視して走り去った。
高校生になったがあまり変わってないなと感じたが、前と変わらない日常が過ごせるならそれでいいやと思った。
しかし、夕焼けに染まっていく空のように思い描いた日常は少しずつ変化していくのだった......。
初投稿です。
時間は多く要しますが最高の作品を作ります。
よろしくお願いします。






