夏祭りの決意 続
続編です
幽子さんと出会ったのは、部活の帰りにいつも通る、うちの近くにあるとある河川敷。
大雨で見通しの悪かったあの日。傘が作る死角を、ギリギリに避けて幽子さんは目に入った。
幽子さんは水かさが増した川の前に立っていた。今にも飛び込んでしまいそうだと思った僕は、指していた傘を放り投げ、びしょ濡れになりながら彼女の元へ走った。
その時、僕は何かを叫んで、幽子さんを宥めようとしたんだ。それを聞いて彼女は何故か笑って、その笑顔に恋をして...
...はて、僕はあの時、何を叫んだのだったか。
「---喉、痛い。」
目蓋をゆっくりと開ける。
どうやら、僕は眠っていたらしい。
あの後、おぼつかない足取りで、家の近くの河川敷に来た。
はっきりと目的があって来た、というよりかは、この場所に来れば幽子さんに会えるという、衝動に近いもので来た。
当然そんな都合のいい感動的な再開劇は起こらず、いくら探しても幽子さんの影一つ見つけられなかった。
勝手に幻想を抱き、勝手に失望した僕は、座り込んで寝入ってしまったのだ。
もう一度、河川敷全体を見渡す。
そこには、誰もいない芝生と、闇を湛えた川が。
その静けさと、どこまでも続くような暗さは、僕に妙な思考を与えた。
「この闇に飛び込めば幽子さんに会えるかな。」
この場の静けさと、この思いが消えてしまわないように、静かに腰を上げた。
足を踏み出す。
一歩、また一歩と暗闇に近づく。
そして、後一歩で、この闇へ---
---ヒュウゥゥゥゥゥ
素人の口笛のような、不安定な高音が、静けさを破った。
思わず足を止め、音の方へ顔を向けた。
---ドオオォォォォン!!!!
夜空に、一輪の花が咲く。闇を湛えた川に、真っ赤な光が差し込む。僕の脳裏に、幽子さんの笑顔がよぎる。
---一瞬にして、世界は反転した。
「...ふ、ふふ、あははははははは!!」
もう笑うしかない。
花火一つで何もかも吹き飛んでしまったのだ!
「幽子さん、僕も、花火が大好きだ!」
何より、この花火が幽子さんの声のように聞こえて...あぁ、そうだ。あの時僕は---
---僕が貴方を、幸せにします。 だから、早まらないで!
「僕が幸せにされちゃったな。幽子さん、貴方は、幸せでしたか?」
宙に問いかける。答えは帰ってこない。当然だ。けれど、僕は嬉しさに顔を綻ばせた。
だって、今日の月は雲ひとつ無い綺麗な満月だから。
「幽子さん、今夜は月が綺麗ですね」
花火が散る。あぁ、なんて贅沢なお別れだろう。先程の絶望はなんだったのか。
月に花火、川にまで僕たちの別れが祝福されている。
そして、その祝福の中、愛を伝えることすらも叶った。
だからきっと、いや、必ず、この思いは届いている。僕のお別れも、告白も、届いている。
安堵すると、急に疲労が体を襲う。
僕はズドーンと、地べたに寝転がった。
川の流れを感じながら、花火の轟音を聞く。そして、満月の輝く空を眺めていると、いつの間にか、僕の視界は真っ黒になっていた---。
---時を同じくして、とある病院。
オンギャア、オンギャア
赤ん坊の元気な鳴き声が、母親、父親、全ての立会人を笑顔にした。
「お母さん、可愛らしい女の子ですよ」
「よく頑張った、本当によく頑張ったよ!」
朦朧とした意識の中、夫に手を握られながら、その女性は看護婦が抱える、自分が生んだ愛おしい赤ちゃんにを見つめた。
「ふふっ」
女性は思わず笑う。だってこんなにも---
「本当、笑えるほどかわいい赤ちゃんだよ」
「違うの、いいえ、間違ってはないのだけど」
首を横に振る。
そして、再び顔を覗き込んだ。
「だってこの子、こんなにも幸せそうに泣くんだもの」