表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夏祭りの決意 続

作者: 小松 

続編です

 幽子さんと出会ったのは、部活の帰りにいつも通る、うちの近くにあるとある河川敷。

 大雨で見通しの悪かったあの日。傘が作る死角を、ギリギリに避けて幽子さんは目に入った。

 幽子さんは水かさが増した川の前に立っていた。今にも飛び込んでしまいそうだと思った僕は、指していた傘を放り投げ、びしょ濡れになりながら彼女の元へ走った。

 その時、僕は何かを叫んで、幽子さんを宥めようとしたんだ。それを聞いて彼女は何故か笑って、その笑顔に恋をして...

 ...はて、僕はあの時、何を叫んだのだったか。



 「---喉、痛い。」

 

 目蓋をゆっくりと開ける。

 どうやら、僕は眠っていたらしい。

 あの後、おぼつかない足取りで、家の近くの河川敷に来た。

 はっきりと目的があって来た、というよりかは、この場所に来れば幽子さんに会えるという、衝動に近いもので来た。

 当然そんな都合のいい感動的な再開劇は起こらず、いくら探しても幽子さんの影一つ見つけられなかった。

 勝手に幻想を抱き、勝手に失望した僕は、座り込んで寝入ってしまったのだ。


 もう一度、河川敷全体を見渡す。

 そこには、誰もいない芝生と、闇を湛えた川が。

 その静けさと、どこまでも続くような暗さは、僕に妙な思考を与えた。


 「この闇に飛び込めば幽子さんに会えるかな。」


 この場の静けさと、この思いが消えてしまわないように、静かに腰を上げた。

 足を踏み出す。

 一歩、また一歩と暗闇に近づく。

 そして、後一歩で、この闇へ---


 ---ヒュウゥゥゥゥゥ


 素人の口笛のような、不安定な高音が、静けさを破った。

 思わず足を止め、音の方へ顔を向けた。


---ドオオォォォォン!!!!


 夜空に、一輪の花が咲く。闇を湛えた川に、真っ赤な光が差し込む。僕の脳裏に、幽子さんの笑顔がよぎる。

---一瞬にして、世界は反転した。


 「...ふ、ふふ、あははははははは!!」


 もう笑うしかない。

 花火一つで何もかも吹き飛んでしまったのだ!


 「幽子さん、僕も、花火が大好きだ!」


 何より、この花火が幽子さんの声のように聞こえて...あぁ、そうだ。あの時僕は---


---僕が貴方を、幸せにします。 だから、早まらないで!


 「僕が幸せにされちゃったな。幽子さん、貴方は、幸せでしたか?」


 (そら)に問いかける。答えは帰ってこない。当然だ。けれど、僕は嬉しさに顔を綻ばせた。

 だって、今日の月は雲ひとつ無い綺麗な満月だから。 


「幽子さん、今夜は月が綺麗ですね」


 花火が散る。あぁ、なんて贅沢なお別れだろう。先程の絶望はなんだったのか。


 月に花火、川にまで僕たちの別れが祝福されている。

 そして、その祝福の中、愛を伝えることすらも叶った。

 だからきっと、いや、必ず、この思いは届いている。僕のお別れも、告白も、届いている。

 安堵すると、急に疲労が体を襲う。

 僕はズドーンと、地べたに寝転がった。

  

 川の流れを感じながら、花火の轟音を聞く。そして、満月の輝く空を眺めていると、いつの間にか、僕の視界は真っ黒になっていた---。


 


 ---時を同じくして、とある病院。


 オンギャア、オンギャア


 赤ん坊の元気な鳴き声が、母親、父親、全ての立会人を笑顔にした。


 「お母さん、可愛らしい女の子ですよ」

 「よく頑張った、本当によく頑張ったよ!」

 

 朦朧とした意識の中、夫に手を握られながら、その女性は看護婦が抱える、自分が生んだ愛おしい赤ちゃんにを見つめた。

 

 「ふふっ」


 女性は思わず笑う。だってこんなにも---


 「本当、笑えるほどかわいい赤ちゃんだよ」

 「違うの、いいえ、間違ってはないのだけど」


 首を横に振る。

 そして、再び顔を覗き込んだ。


 「だってこの子、こんなにも幸せそうに泣くんだもの」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ