クラフト封筒
「では、貸金庫の中身を確認いたします」
昨日以上に凛とした彼女が俺に告げる。この時点まで俺は貸金庫から出てきた物に一切手を触れていない。チラ見しただけだ。
「預金通帳。中山県信用金庫内削支店、普通預金口座、番号〇八四五二一九。名義人、後藤星來様」
「同じく、預金通帳。中山県信用金庫内削支店、普通預金口座、番号四八七〇四〇八。名義人、後藤はな様」
ご丁寧に二人分の口座作ってたんだ。几帳面だったアイツらしいが。
「印鑑が二本ありますが、記帳ついでに確認してもらいました。届出印と完全に合致します」
彼女はそこまで言うと、少し間を置いた。
「続いて、預金の残高です」
俺は大して期待なんてしちゃいなかった。
「後藤星來様の預金残高、七百六十八万七千七百十一円。後藤はな様の預金残高も同額です」
何だと?アイツ、そんなに貯めてやがったのか?
「通帳を拝見した限りでは…少なくとも月に一度は、それより多いこともございますが…数万円ずつお二人の口座に入金しておられたようですよ」
「一体、何のつもりで…」
「最後に、日記帳。ご自身がつけておられたものです」
「こんなもんまで…」
「これを持ちまして、相続物件の確認を終了します。あと、私としてはこれから後藤様が相続の意思決定をされるのを待つことになります。どのようなご判断をされても、直ぐに手続き出来るよう準備しております故、決断は今すぐでなくても構いません。ご決断なされるまでの間、通帳と遺品の日記は当法律事務所でお預かりします」
俺は暫く考えた。この金さえあれば借金なんてあっという間に完済出来る。なんなら贅沢しなけりゃ車だって買えるかも知れない。はなの預金は?大学の学費位余裕で払える。
ただ、不安もある。
この金の出所だ。怪しい商売や犯罪に手を染めて生み出された金だったら…
「もし…」
「何でしょうか?」
彼女が凛としたまま無表情で答える。
「もし、この金が悪いことでもやらかして生み出されたものだったり、盗んだ金だったりしたら…」
今まで仕事モードの時は無表情だった彼女が、俺の目を真っ直ぐに見据え、今まで俺が聞いたことのないような強い口調で言った。
「その答えは、クラフト封筒の中にございます」
どうしても俺に言いたい、伝えたいことがある。だけど職業上の義務か何かがあって言えない。そんなもどかしさが彼女の感情を突き動かしたんだろう。
「事情については守秘義務がございますので、私の口からお答えすることは出来ません。ただ、当法律事務所から持ち出さないのであれば封筒の中身を閲覧していただくことは可能です」
「じゃあ、ここで中身を確認してから判断しろってことか?」
「ではありません。確認したいのであれば当法律事務所で閲覧して下さい、ということです。見るも見ないも後藤様の自由です」
口では自由だというものの、彼女の目からは明らかな意思が伝わってくる。
依頼を受けた以上、彼女は何かを知っている。いや、すべてお見通しなのだろう。そうでもなきゃ依頼を受けたりしない筈だ。
何も言わず、ただ俺を見つめる彼女の瞳を俺は真っ直ぐに見返す。
事務所の中を、暫く沈黙が支配した。
この封筒を開けば、何かが解る。
この封筒を開けば、忌々しい過去が蘇る。
この封筒を開けば、余計なトラウマが増えるだけかもしれない。
でも、
この封筒を開けなければ、何も解らない。
この封筒を開けなければ、何も見えない。
この封筒を開けなければ、一生後悔するかもしれない。
俺は決心した。
「中身を見たい」
「では、ご準備いたします。少々お待ちくださいね」
暫くして、俺に封筒と鋏を手渡したのは、朴訥な方の彼女だった。